【映画がはねたら、都バスに乗って】

映画が終わったら都バスにゆられ、2人で交わすたわいのないお喋り。それがささやかな贅沢ってもんです。(文責:ジョー)

「象の背中」:神宮前六丁目バス停付近の会話

2007-10-13 | ★池86系統(東池袋四丁目~渋谷駅)

あそこに見えるビルは何?
キリンビールの本社だ。
役所広司ってキリンビールのCMにも出ていたわよね。
ああ、たしか一番搾りのCMに出ていた。
ほんとにいろんな映画やCMに出ているわね。
それだけ、芸達者だってことだろう。こんどの「象の背中」でも、肺を病んで死んでいく癌患者を実にリアルに演じていた。
病気が進行するに従って、ほんとに頬がこけて憔悴していくんだもの、かわいそうで観ていられなかったわ。
かわいそう?
そりゃ、かわいそうでしょ、あの年齢で癌で死んでいくなんて。
たしかに、まだまだ死ぬような年齢じゃない。でも、それを除けばかわいそうというより、うらやましいくらいの死に方だ。
うらやましい?
だってそうだろ。今井美樹演じる絵に描いたような貞淑な妻を始め、親にまったく反抗をしない優等生な子どもたち、優しく応援する職場の同僚、しかも聞き分けのいい愛人までいる。彼ら彼女たちが全員、主人公に対して最後まで実に天使のような健気な態度で接する。
そりゃあ、死に行く人に対して邪険な態度は取れないわよ。
でも、もうちょっと問題というか、葛藤があってもいいんじゃないのか。
たとえば?
子どもたちが非行に走っちゃうとか、妻と愛人の間で遺産相続をめぐる争いが発生するとか、離婚を切り出されるとか、何かあるだろう。
なんだか、下世話な話ね。
そりゃそうだ。あと半年で死ぬなんて言われたらそのことで心が乱れるのはあたりまえとして、周囲にだってそれだけじゃなく、いろいろ現実的で下世話な軋轢が出てくるのが人生ってもんだ。それをどう乗り越えていくのかっていうところを描くのが誠実ってもんだろう。
まあ、たしかに、愛人にまであんなに優しく見送られていいの、って気はするけどね。
みんなに見守られて思い残すこともなくこの世から去っていくというのはたしかに理想だけど、同じように癌に見舞われた笹野高史の言う「象が死ぬときは自分から群れを離れて一頭で死んでいく。俺はそういう死に方に決めたんだ」ってことばのほうが、いかに心に沁みるか。
そういえば、癌で死ぬ男を題材にした映画の最高傑作「生きる」でも主人公の志村喬はひとりでブランコに揺られながら死んでいったわね。
人がひとり死ぬんだから、もっと醜さも含めて人間同士の葛藤があってしかるべきなのに、「象の背中」は最初からものわかりのいい人ばかりで、人間同士の葛藤がほとんどない。
みごとに癒しの映画になってる。
考えてみれば、いま話題の映画「めがね」とかも人間同士の葛藤はほとんどない。これって、最近の日本映画の流行なのかな。
というより、日本の社会を反映しているんじゃないの。人と人が争う姿を見るのは疲れたっていう。
とくに、死ぬ間際にそんなもの見たくないとは思うけど、そうするためにはどうすればいいのかってことをもうちょっと考えさせてくれる映画でもよかったんじゃないのか。
そうねえ、愛人を持っててもあんな穏やかに死ねることを許されるなんて、役所広司くらいで、この映画を観た大部分の男性はよだれを垂らすだけで終わっちゃうもんね。
あ、よだれ垂れてた?
垂れてた。
口直しにビールでも飲みに行くか。
少なくともきょう一日は健康でいられたことに感謝してね。
ああ、少なくとも体だけは大事にしたいと思わせる映画ではあったな。


ブログランキング参加中。クリックをぜひひとつ。

神宮前六丁目バス停



ふたりが乗ったのは、都バス<池86系統>
東池袋四丁目⇒東池袋一丁目⇒池袋駅東口⇒南池袋三丁目⇒東京音楽大学前⇒千登世橋⇒学習院下⇒高田馬場二丁目⇒学習院女子大前⇒都立障害者センター前⇒新宿コズミックセンター前⇒大久保通り⇒東新宿駅前⇒日清食品前⇒新宿伊勢丹前⇒新宿四丁目⇒千駄ヶ谷五丁目⇒北参道⇒千駄ヶ谷小学校前⇒神宮前一丁目⇒表参道⇒神宮前六丁目⇒宮下公園⇒渋谷駅西口⇒渋谷駅東口