地味な映画。
その地味さがいい。
造船所をリストラされた男とその妹、妻が夜の仕事に出ている男とその息子、仕事がうまくいかないガス屋の跡継ぎ、立ち退きを拒否する老女。そこいらへんにいるような人間たちのすすけたような生活の点描。
地べたにへばりついているような人々、そのすすけ具合がひたひたと心に沁みてくる。
あなたのような、すすけた人にはね。
海炭市とはよく名付けたもんだ。
モデルになっているのは、函館市なんだけどね。
観光客には煌びやかなイメージがあるかもしれないけど、そこで生活していかなくちゃいけない者にとっては、寂れた地方都市という厳しい現実に過ぎない。なんとも身につまされる。
あなたのような人にはね。
そんなこと言って、お前だって将来は、あの猫を抱いてるおばあさんみたいになりそうだぜ。
上等じゃない。
それぞれの挿話がからみあってくるというよりは、それぞれに独立して存在していて、袖すりあう程度のからみしかないんだけど、その挿話同士の距離の取り方がまたちょうどいい。
話を造り過ぎない。嘘くさくしない。
でも、それぞれの挿話の底を流れる、沈んだ感情は一緒だ。
だから、観終わった後にはそこで暮らす人々の悲しい息遣いが、街の息遣いとして立ち昇ってくる。
誤解を恐れずいえば、日本映画の真骨頂は、こういう地味な映画にあるとも言える。
それじゃあ、お客は呼べないけどね。
そう、それじゃあ客が呼べないところが問題なんだ、日本映画も地方都市も。
でも、こういう地味な映画の火を消しちゃいけないわよね。
ああ、消しちゃいけない、日本映画の火も地方都市の火も。
そういう思いでこの映画に協力したロケ地の人々の名前が、エンドクレジットに延々と出てくる。
そこが一番のポイントかもしれないな。