早いとか遅いとか

この時期、各地の保育園では見学会を実施していることでしょう。
いずみ保育園の見学会も９月からこれまで、多くの方に来ていただいています。

大切な我が子の預け先を探す親心として、保育園選びが真剣になるのもよく分かります。
あちこち回られている保護者の皆様、お疲れ様です。


今年の当園の説明・見学会において、少し目立つ質問がありました。
ごくまっとうな、普通の質問です。
でも今年はちょっと多いという感じ。

「うちの子は早生まれなのですが、月齢が上の子や上のクラスの子との共同生活は心配です」
というもの。
1歳児クラスでも、４月と翌年の３月生まれでは、歩けるかどうかも違う。
食事を自分で食べられるかとか、言葉だっておしゃべりと喃語くらい違う。
そういうことを心配されているのだと思います。

あまり心配いらないと答えるのですが、伝わった手ごたえがない。
私自身も想定していなかったので、質問をくれた保護者の方には上手く答えられなかったかもしれません。
ごめんなさい。


なぜ心配いらないか？ちょっと整理してみました。
簡単に言うと、発達の段階は共同生活にあまり支障をきたさない。
保育園はそういう場所だということを言いたかったのです。

子どもの数に対して大人の数は当然少ない。
我が子がちゃんと見てもらえるかというのは、つまり「先生との関係を保証してくれるか」
そういうことだと思います。
保護者もそういうことが、放っておかれないかが心配だと、こう言いたかったのでしょう。
そういう視点では、発達の進み具合はあまり重要ではないのです。

では、何が重要か？
それは、自己主張です。

「先生！聞いてよ！」
「先生！だっこして！」
「先生！これ読んで！」
言えるとか言えないとかではありません。

保育士のエプロンを引っ張って何か言いたそうにする。
両手を広げて「あーーー！」と訴える。
無言で絵本を渡してきて、何も言わずに膝の上に座る。
それで十分伝わります。

それができるかどうかは結構重要な事です。
発達以上に。

そして、家庭で育ってきたお子さんの中には、これが出来ない子がいる。
こういう子は、集団生活の中でも大人が何かしてくれるのを待っています。
泣きもせず、叫びもしないから、一見手がかからなそうに見えます。
だけど健全ではない。

これからお子さんを保育園に預ける保護者。
その方達に言えるとしたら、過干渉はやめましょうということです。
先月の保護者会でも言いました。

子どもがすることすべてに対して、あれもこれも先回りしてやってしまう。
子どもが泣いたり叫んだりしなくても、ぜーんぶ気をまわしてしまう。
こうされてきた子は、親元を離れてから大変な思いをします。
専属で何でも気持ちを汲んでくれる大人がいないんですから。

是非、主張できる子にしてあげましょう。

やさしい手

2年くらい前の話です。

保育室の納戸、その扉の掛け金がゆるくなっていたので、建具屋さんに来てもらいました。

作業着を着て、何やら荷物をいっぱい持ってきました。
ゴツゴツした手で、器用に工具類を操る様子は職人そのものです。
立ったりしゃがんだりを繰り返しながら、作業は淡々を進んでいきます。

その様子を、一人の男の子が見ていました。

他の子はおもちゃで遊んだり絵本を読んだり、普段と変わりません。
でも職人さんが仕事を始めるや、子どもらしからぬ距離をおいて座る男の子。
しかも正座です。

開始から10分くらいでしょうか、どうやら作業は大詰めです。
と、そこで初めて職人さんが手を止めました。
男の子を見て、そして近づいてきました。

「はい」
そうやって差し出したのは養生テープの切れ端。
工具の一つと化していそうな手から、男の子の小さな手へ。
職人さんは足元を片付け始めています。


養生テープはロッカーの扉に貼っておくことにして、帰る時に持って帰ろう。
男の子もおもちゃで遊んでいます。

とそこへ、職人さんが戻ってきました。
ドライバーの一本でも忘れたかな？

「さっきはすみませんでした」
「なんか、勝手なことしちゃって…」
頭を下げて帰っていかれました。


お母さんが迎えに来て、男の子は真っ先に養生テープを見せに行きました。
「ママ！もらったの！」
1歳児の言葉ではとても足りないけれど、でも一生懸命説明しています。
優しいおじさんから、宝物をもらった話を。

言葉をいくつも使う必要のない教育が、そこにはありました。