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声をかくす人

2012年11月15日 | 洋画(12年)
 『声をかくす人』を銀座テアトルシネマで見ました。

(1)ロバート・レッドフォードが、『大いなる陰謀』(2007年)以来5年ぶりに監督・製作した映画ということで見に行ったところ、大層地味ながらまずまずの作品だと思いました。

 物語は、1865年に起きたリンカーン大統領暗殺事件に関与したとされるメアリー・サラットロビン・ライト)の裁判を巡るもので、映画は、彼女の弁護を引き受けたフレデリック・エイキンジェームズ・マカヴォイ)を中心に描かれます。
 メアリーは、ワシントンで下宿屋を営む女性で、リンカーンを暗殺した一味に宿を提供していたことから、彼らと通じていたとされて逮捕され、裁判にかけられます。
 元々フレデリックは、弁護士ながら南北戦争に従軍し負傷したほどですから、ジョンソン上院議員(トム・ウィルキンソン)から自分に代わってメアリーの弁護をしてくれと言われたとき、はじめのうちは峻拒します。ですが、メアリーのような民間人を軍法会議(注1)で裁くことの不合理性などを議員から指摘されると、やむを得ないということで引き受けることになります。
 法廷は、案の定、はじめに結論ありきの場となっていて、まともな弁護活動はできそうもありません。最初消極的に対応していたフレデリックながら、持ち前の強い正義感から、メアリーの命を何とか救おうと努め出します。さあ、うまくいくでしょうか、……?

 本作は、クマネズミがあまり好まない純然たる歴史物ながら、国内の政治動向を優先させるべきか、はたまた憲法の精神を守るべきか、要すればどこまで法治主義(注2)を貫くべきか、という現代に通じる点(というか一層現代的とも思える点)が強調されていて、なかなか興味深いものがありました。

 主演のジェームズ・マカヴォイは、『X-MEN:ファースト・ジェネレーション』とか『終着駅』で見ましたが、誠実そうな風貌が正義感あふれるフレデリックにぴったりという感じです。



 また、メアリーに扮したロビン・ライトも、『50歳の恋愛白書』とか『トラブル・イン・ハリウッド』で見ましたが、それぞれ状況を踏まえた的確な演技を披露しているところ、下宿屋ながらプライドを失わない毅然としたメアリーを物凄い気迫で演じています。



 なお、何故か、昨今はリンカーン大統領に関する映画が目白押しで、本作の他にも、『リンカーン 秘密の書』が現在公開中ですし、スピルバーグ監督の『リンカーン』も来年4月に日本でも公開されるようです(注3)。

(2)原題は「The Conspirator(共謀者)」で、それは暗殺者一味に宿を提供したメアリーを指しているのでしょうが(注4)、邦題の「声をかくす人」となると、確かにメアリーのことながら、息子を助けたいがために沈黙する人ということで、両者はかなりニュアンスが異なってくる感じがします。
 それはともかく、クマネズミの理解が不十分なせいなのでしょう、よくわからないことがいくつかあります(どなたかご教示願えれば幸いです)。
イ)映画では、メアリーのみに焦点が当てられますが、リンカーン暗殺の主犯ジョン・ウィルクス・ブース(彼は、逃走の果てに射殺されてしまいます)をはじめ、捕えられた共謀者たちは誰もが民間人(俳優)と思えるところ、映画ではなぜかメアリーについてだけ民間人であることが強調されます。ジョンソン上院議員やフレデリックは、他の被告に対しては何ら関与しなかったのでしょうか?

ロ)メアリーは、本作のストーリー展開上からすれば無実なのでしょうが、映画の中では、宿泊人のジョン・ブースたちがリンカーン大統領に対して何かよからぬことを企てていることをある程度知っていたとされています(注5)。むろん、「共謀者」とまではいえないにせよ、真っ白というわけでもないのでは、とも思えるのですが?

ハ)メアリーがどんな振る舞いをしようとも、いずれにせよ陸軍側は彼女を死刑に処したいと狙っていたわけで、そのことはわかっていながら、なぜフレデリックは、息子が名乗り出さえすればメアリーは無罪になると考えていたのか、そしてなぜメアリーが息子のことを必死に隠そうとするのか、よくわからないところです(注6)。

(3)渡まち子氏は、「アメリカで初めて死刑になった女性の知られざる真実を描く「声をかくす人」。正義の在り方を改めて問う意義は大きい」として65点をつけています。



(注1)被告人は民間人ですが、スタントン陸軍省長官(ケビン・クライン)は、陸軍省の軍法会議にかけます。すなわち、その判事として9人の北軍将校を選任し、検事はホルスト総監(Judge Advocate General of the Union Army:ダニー・ヒューストン)なのです。

(注2)Wikipediaに従えば、むしろ「法の支配」というべきかもしれません。
 なお、池田信夫・與那覇潤著『「日本史」の終わり―変わる世界、変われない日本人』(PHP、2012.10)の中で、明治維新に際して、西欧型の法治主義など何も根付いていないところに、ドイツ式の精緻化された法律体系を持ち込んだがために、今や霞が関がにっちもさっちもいかなくなってしまっている、との見立てが述べられています。
 最近、田中真紀子文科大臣が、3大学の新設を認めないと記者発表しながらその後撤回した事件は、様々な論点があるところ、法治主義という点でも興味深い出来事ではないでしょうか?
 というのも、すでに審議会の答申をもらっていて、大学の建設工事もかなり進んでいたにもかかわらず、一度はそれが覆されたというのは、いくら大臣の認可事項だと法律に書かれているとはいえ、これまでの日本的な風土の中では起こりえないことでしょうから(大学の事務局までも、田中大臣の行為は“認めがたい”と言ったのも、日本は法治国家とされていながら、それはあくまでも建前にすぎないことがよく分かる感じがします)。

(注3)といって、クマネズミとしては、今のところどちらも興味を持てないところです。

(注4)メアリーが、リンカーン大統領暗殺計画に加担したのかどうか(その計画を知りながら、宿を提供したのかどうか)が裁判で争われるわけですから。

(注5)フレデリックに対して、メアリーは、当初ブースらは大統領の暗殺ではなく誘拐を計画していたと述べたりするのですから(メアリーによれば、彼らは、森でリンカーン一行を待ち伏せて誘拐し、南軍の捕虜と交換しようと企てていたところ、その計画がその後なぜか変更になったとのこと)。

(注6)加えて、法廷におけるフレデリックの巧みな弁論により(あるいは、ホルト総監が用意した検察側証人が余りにお粗末だったことにより)、検察側の有罪の論証は疑わしいものとなり、陸軍長官が選定した判事でさえ、メアリーを有罪とする者は少数となってしまったのですから、息子ジョンを法廷に引き出す必要性は少なかったのではないでしょうか?
 それに、仮に息子が名乗り出て法廷で証言したとしても、娘アンナの証言と同様に、身内の証言として価値を置かれないことになってしまうのではないでしょうか?
 また、息子は、暗殺団の一味だとして指名手配されていたのでしょうか?ただ、そうだとすると、1年後に名乗り出て裁判にかけられるものの無罪放免になってしまうことが理解できません。あるいは、暗殺が行われた時に、彼は現場にも下宿にもいなかったわけですから、無関係の人物とみなされたのではないでしょうか?とすると、そうした者が母親の裁判で証言したとしても、誰も取り合わないように思えるのですが?
 さらには、メアリーも、なにも息子について沈黙しているようなふるまいをことさらせずともよかったのではないでしょうか?

 こんな風に考えてくると、邦題の「声をかくす人」は、ややミスリードではないかとも思えてくるのですが?



★★★☆☆




象のロケット:声をかくす人


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6 コメント

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軍人と民間人 (milou)
2012-11-15 09:07:35
例によって事実に基づいているし“事実”がそうだったとすればどうしようもないのだが腑に落ちないことが多々あった。

まず民間人を軍法会議にかけることが憲法違反ではないにしろ異例で理不尽なことなら(しかも極端に人選に問題がある)いわば秘密裏に勧めるのが妥当だと思われるのに一般人の“傍聴”が認められている。恐らく証人として以外は軍法会議に民間人が立ち入ることは許されないと思うのだが…

イ)で指摘されていることにはまったく同感。彼女が共謀者として有罪であろうとなかろうと彼ら3人の有罪は間違いないだろうし“事実”として当然審議(裁判)があったはず。

つまり映画として省略したなら最初の1回以外は同席させる必要もない。
結局のところ、最終的にハピーエンドかと思わせる喜びの瞬間に大統領命令で無理にでも“彼女”を有罪にし抹殺しなければならなかった理由は何か。
(相変わらず映画的に処刑の“直前”に人身保護命令をもってくる)

それは台詞でもあったように世情を安定させるための“大きな正義”のために、いわば成り行きで捕まえてしまっただけでも冤罪は許されず“無罪”にはできないという話。

最初エイキンが獄中の彼女を訪ねたとき手錠(?)をかけられ足は大きな鉄の玉には繋がれていて弁護士との面会にも看守が立ち会わなければならない。
それなのに健康のためとはいえ敷地内を手錠もなしに“散歩”できるのも不可解。

1回だけ窓から石を投げられる場面があるが、恐らく弁護などしたら闇討ちで襲われることが何度もあるはずだが…

軍事裁判ではあるし現代のような捜査方法とちがうにしろ当然彼女の家は捜査したはずだが、まるで一切、手を触れなかったように雑然とした机の上で切符を見つけたり簡単に動く家具の裏から下宿人名簿があったり
(というより誰がなぜ隠したのか…相当の理由があれば関与は明らかなのか)

ほかにも細かいことで不可解なことはあるが省略して最後に大統領暗殺という大事件なのに裁判に関するマスコミの反応や世論が一切描かれないのは、やはり“隠された”事件だったのだろうか…

ちなみにエンドクレジットを見るまでイーストウッドが監督だと思ってた。
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よくわからないこと (クマネズミ)
2012-11-16 21:09:41
Milouさん、貴重なコメントを誠にありがとうございます。
確かに、ご指摘のように「腑に落ちないことが多々あ」る感じです。
特に、おしゃるように、次の点などはどうしてでしょう。
・メアリー以外の被告の裁判が何も描かれていないこと。
・フレデリックは「弁護などしたら闇討ちで襲われることが何度もあるはず」なのに、平気で街を歩いていることこと。
・メアリーの下宿はくまなく「捜査したはずだが、まるで一切、手を触れなかったように雑然とした机の上で切符を見つけたり、簡単に動く家具の裏から下宿人名簿があったり」すること。
・「一般人の“傍聴”が認められている」にもかかわらず、「裁判に関するマスコミの反応や世論が一切描かれない」こと。
などなど。
これは、リンカーン暗殺事件には山のように不可解な点があるにもかかわらず(例えば、http://www.nazoo.org/assassination/lincoln.htm)、メアリーの弁護という点に絞って物語を組み立てようとしたことからくる齟齬なのではないかとも思うのですが?
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TBとコメントさせていただきます (西京極 紫)
2013-02-02 09:56:44
邦題「声をかくす人」は原題「The Conspirator」(共謀者)よりも
この映画の本質を言い当てている様な気がしています。

“声”をかくしたのは息子をかばった母メアリーを指しているのは当然として、
レッドフォードの描きたかった主題である
“戦時に法は沈黙する”という事実を併せて考えると
“法律”そのものが“声”をかくしていると採れなくもない。

そう思うとナイスなミスリードと言えるのではないでしょうか?
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タイトルの問題 (クマネズミ)
2013-02-03 07:04:43
「西京極 紫」さん、TB&コメントを誠にありがとうござい
ます。
確かに、“戦時に法は沈黙する”は、映画の中で検察官
がエイキンに向って言っていますね。
そして、邦題「声をかくす人」の「人」を擬人法的に捉え
て“law”と見なせば、おっしゃる解釈は可能でしょうし、
むしろ“ナイス”な解釈だと思われます。
ただ、“法”(この場合は、個別の「法律」というより、「憲
法」さらには「自然法」といったものではと思われます
が)は、あくまでも人間が主体的に使うものであって、自
分から動くものではありませんから、「声をかくす」という
能動的な表現にはやや違和感が伴いますが。
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類推野郎ふじき (ふじき78)
2013-05-06 22:36:33
こんちは。

いくつか根拠のない類推をします。
・メアリー以外の被告の裁判が何も描かれていないこと→映画の中で明確に覚えていないのですが、他の男たちは罪状認否で認めたんじゃないでしょうか? 基本、現行犯として捕まったのであれば「無罪」を主張できる根拠もなさそうですので。なので、裁判は「無罪」を主張した彼女の裁判そのものに特化したのではないでしょうか?
闇討ちがない点:英雄であった事。又、割と常に軍隊時代の彼の友人と行動を共にする事が多かったためにそれがカーテンになった。
タイトル:実は「声をかくす人」は更に、夫人の息子。彼を指す。彼が裁判に出てきて、夫人が無関係である事を主張すれば法廷取引により彼女その物の罪は問われなくてもよい方向に話が進んでいたが、彼が「声をかくした」為、その逆転はなされなかった。・・・なんてね(これが一番蛇足くさい)。
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Unknown (クマネズミ)
2013-05-07 05:44:58
「ふじき78」さん、TB&コメントをありがとうございます。
映画を見終わったあと、説明がなかった部分などについて類推したり連想したりすることは随分と楽しく、それはどんな内容であってもかまわないと思います。ただ、要らぬお節介をあえてすれば、リンカーン大統領を襲ったテロリストたちは現場で捕まったわけではなさそうに思いましたし、またメアリーの息子が問題かもしれませんが、それだったら「姿をかくす人」ではないかと思いましたが。
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