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映画を見た後にネタバレOKで映画を、展覧会を見たら絵画を、など様々のことについて気楽に話しましょう。

ハドソン川の奇跡

2016年10月11日 | 洋画(16年)
 『ハドソン川の奇跡』をTOHOシネマズ渋谷で見ました。

(1)クリント・イーストウッドの作品だというので映画館に行ってきました。

 本作(注1)の冒頭は、機長の「離陸する」の声。それから「操縦不能」「ラガーディアに引き返す」「低すぎる」「もう少しだ、頼むぞ」などの声がして、USエアウェイズの飛行機が、両エンジンから煙を吐きながらニューヨークのビル街を低空で飛んで、ビルに激突し火に包まれます。
 そこで本作の主人公のサレンバーガー(57歳:トム・ハンクス)がホテルのベッドで飛び起き、今のが夢であったとわかります。

 次いで、本作のタイトル「Sully」が流れてから、大きな川べりの道をジョギングしているサレンバーガーの姿。ぼやっとした様子で横断歩道を渡ろうとして、車に衝突しそうになります。
 その後、機長はサウナに入りますが、頭を抱えて沈み込んだり、鏡で自分の顔を凝視したりします。

 次の場面では、機長(captain)のサレンバーガーと副操縦士(first officer)のジェフ(49歳:アーロン・エッカート)がNTSB(国家運輸安全委員会)のポーターマイク・オマリー)らによる事情聴取を受けます。
 最初に、ポーターが「ハドソン川の墜落事故の人的要因について調べる」と言うと、サレンバーガーは、「あれは墜落(crash)ではなく、不時着水(foeced water landing)です」と異議を唱えます。
 次いで、ポーターが「なぜラガーディア空港に引き返さなかったのか?」と尋ねると、機長は「高度が足りず、不可能と判断した。40年以上の経験に基づき、視認によって判断した」「乗客を救うには着水する他なかった」と答えます。これに対し、ポーターは「シミュレーションすることによって、引き返せたのかどうかわかる」と応じます。
 また、「睡眠時間は?」の質問には「8時間」、「ドラッグは?」には「否」、「飲酒は?」には「9日前」と機長は答えます。

 戻るタクシーの中で、ジェフは機長に「馬鹿げている。乗客を救ったのがいけないというのか」と怒ります。運転手は、「乗ってくださって光栄です。「ハドソン川の英雄」の記事は最高です」と言います。

 車の中からサレンバーガーは、自宅にいる妻・ローリーローラ・リニー)に電話をします。
 機長が「マスコミが大勢待ち受けている」と言うと、妻が「こっちも」と応じます。



 機長らは、マスコミにもみくちゃにされながらホテルの中にやっとの思いで入りますが、さあこれからどのように物語は展開するのでしょう、………?



 本作は、2009年1月15日に実際に起きた事件(この記事を参照)に基づいて制作されています。ただ、国家運輸安全委員会の調査が入り、英雄的な行為とされたことに疑問が呈されることによって、一方では機長の人間性が描かれることになり、他方で起きたことを客観視できることにもなり、ある意味で単純な出来事に深みが加えられているように思いました。

(2)本作が描くUSエアウェイズ1549便の事故は、わずか3分間ほどの出来事に過ぎません(注2)。救助に要した時間も24分間ほど(注3)。



 それだけをいくら克明に描いても映画にならないと考えたのでしょうか、本作では、事故があってからそれほど時間を置かずにNTSBによる調査や公聴会が行われたように描かれています(注4)。それも、NTSBの人間を、ある程度悪役に仕立てながら(注5)。
 でも、そうすることによって、事故に焦点を当てるだけでは表し得なかった機長の人間性が巧みに描かれることになり、さらには事故の全体像をより幅広い視点から見通せることになったように思われます。



 特に、「PTSD」の症状が事故直後から機長に現れた様子が(注6)、上記(1)に記したように、映画の冒頭で描かれていますし、さらには公聴会における機長の証言が本作の山場になっています(注7)。

 なお、「PTSD」と言えば、本作を制作したクリント・イーストウッド監督の『アメリカン・スナイパー』が直ちに思い起こされるところです〔同作についての拙エントリの(2)をご覧ください〕。
 そして、思い起こすと言えば、本作を見て、クマネズミは『フライト』(2013年)のことが頭をよぎりました。
 同作も飛行機事故に関する作品で、尾翼とエンジンにトラブルが生じて機体の制御ができなくなったものの、機長のウィトカーデンゼル・ワシントン)の長年の経験と勘によって、無事に着陸することができます。
 本作ではサレンバーガー機長が機体をハドソン川に着水させますが、それと同じように、同作のウィトカー機長は、背面飛行した挙句、草原に胴体着陸させることによって、犠牲者を最小限にとどめることができました。

 ただ、違っている点はいくつもあります。
 なにより、本作が事実に基づいているのに対し、同作はフィクションなのです。
 また、同作でも本作と同じようにNTSBの調査が描かれています。ただ、本作の場合、NTSBは機長の判断を的確なものと認めるのに対し(注8)、同作では、NTSBの公聴会において、ウィトカー機長は飛行中に飲酒したことを正直に告白してしまい、刑務所に入ることになってしまうのです。
 そのため、同作は、ウィトカー機長の類まれなる操縦技術(なにしろ「背面飛行」を敢行するのですから!)によって沢山の命が救われたことよりも、むしろ、アルコール依存症の恐ろしさとか、“正直であることの大切さ”の方を訴えている作品と見られてもしまいます。
 その点からすれば、本作は、起きたことを劇的にではなくあくまでも客観的に淡々と描いており、マスコミで“奇跡”と賞賛され機長が英雄視された事件を描くやり方としては、極めて適切ではないかと思いました(注9)。

(3)渡まち子氏は、「いくらでも冗長にできる物語を、約90分にキリリとまとめてみせた編集が潔く、緊張感を持続させてくれる。いい意味での古風な人間讃歌を作るイーストウッド監督らしさが出た良作だ」として75点をつけています。
 中条省平氏は、「われわれは自分の仕事をしただけだ」という機長の言葉に、イーストウッドが描きつづけてきたプロフェッショナルの心意気が美しく結晶している」として★5つ(「今年有数の傑作」)を付けています。
 北小路隆志氏は、「本作での大惨事の映像は、今日の映画のシミュレーション化への批判的言及かもしれない。なるほどそれは便利な技術だが、「初めての出来事」にそれでも適宜対応しようとする人間のとっさのアクションを捉えられない」などと述べています。


(注1)監督は、『アメリカン・スナイパー』のクリント・イーストウッド
 脚本は、トッド・コマーニキ
 原作は、サレンバーガー機長とジェフリー・ザスローが書いた『Sully: My Search for What Really Matters』(あるいは、『Highest Duty: My Search for What Really Matters』)。

 なお、出演者の内、最近では、トム・ハンクスは『ブリッジ・オブ・スパイ』、アーロン・エッカートは『ラビット・ホール』、ローラ・リニーは『最終目的地』で、それぞれ見ました。

(注2)劇場用パンフレット掲載の杉江弘氏のエッセイ「ハドソン川の奇跡は、なぜ起きたか」によれば、エアバス機は「離陸直後の(午後)3時27分11秒、カナダガンの群れに突入し」、「3時30分42秒ハドソン川に着水した」とのこと(かかったのは3分強です)。
 なお、同機がラガーディア空港を離陸したのは、午後3時25分56秒ですから、それからしても着水まで5分弱しかかかっていません。

(注3)劇場用パンフレット掲載の芝山幹郎氏のエッセイ「プロが描いたプロ」によります。

(注4)劇場用パンフレット掲載の「Production Notes」では、「劇中では、不時着水直後のサリーは国家運輸安全委員会(NTSB)の調査にほとんどの時間を費やすことになる」と述べられています。

 なお、そこでは追加的に、「NTSBの聴聞が始まったのは18カ月後」とのことと書かれています。
 ですが、NTSBの結論が出されたのは2010年5月4日(NTSBの報告書の日付)ですから、「NTSBの聴聞が始まったのは18カ月後」ではなく、「NTSBの報告がなされたのは15カ月後」ではないかと思われます(なお、同報告書のP.131に記載されている「Public Hearing」は2009年の6月9日~11日に行われています)。
 また、この記事に「関連記事」として記載されている朝日新聞記事によれば、NTSBは、事故の翌日から調査を開始している模様です。

(注5)本作からは、NTSBのポーターらが、まるで機長らが飛行機をラガーディア空港か、あるいはテターボロ空港に着陸させることができたのではないか、という疑いを持って、機長らと相対しているかのように思えてしまいます。

(注6)劇場用パンフレット掲載のインタビュー記事の中で、「すぐにパイロットの仕事に復帰したのですか?」との質問に対し、サレンバーガー機長は「PTSDの症状がやわらぐのを待たなければならなかった。通常通りに睡眠をとれるようになって、血圧や脈拍が通常値になるまで3ヵ月ほどかかった」と述べています)。
 なお、ここらあたりは、劇場用パンフレット掲載の「Production Notes」において、「サレンバーガーと作家のジェフリー・ザスローが著した原作には盛り込まれなかった部分に映画は焦点を当てている」に対応していると思われます。

(注7)機長は、NTSB側が行ったシミュレーションでは、両エンジンの不具合が判明してから空港に引き返すか着水するかを決断するまでに要した時間(30秒あまり)がマッタク考慮されていないと反論します。30の時間を組み込んでシミュレーションすると、ラガーディア空港とテターボロ空港のいずれに向かっても、途中でビルに激突してしまいます。

(注8)なお、上記「注4」で触れたNTSBの報告書の結論部分においては、例えば、「15. The captain’s decision to ditch on the Hudson River rather than attempting to land at an airport provided the highest probability that the accident would be survivable」などと書かれています。

(注9)最後につまらないことですが、サレンバーガーが、救命ボートからフェリーに乗り移った時に最初に行ったのは、携帯電話で妻・ローリーと連絡を取ることでした(彼が「大丈夫だ、かすり傷一つない」と妻に言うと、家にいた妻は初めのうち何のことかわからず「?」の状態になると、彼は「TVを点けろ。ハドソン川に降りたんだ」と言います。慌ててTVを点けた妻は、画面を見て「まさか…」と絶句します)。
 このシーンは、機長が、以降の厳しい局面を乗り越えていくために家族(特に妻)の支えがなくてはならないものだったことを描くためにも、必要なのでしょう。
 ただ、日本の雰囲気だったら、最初に会社に連絡を入れるのではないかな、家族とプライベートな連絡を取るのは一段落してからになるのではないかな、とほんの少しながら違和感を覚えました。
 なお、この記事によれば、ラガーディア空港から飛び立つ前に、機長は、会社の方に、携帯電話で登場した乗客数を連絡しているようです(映画の中で、「機長には乗客名簿は渡されない」といった会話があったように思いますが、よくわかりません)。



★★★★☆☆



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8 コメント

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TBありがとうございます (すぷーきー)
2016-10-11 21:02:42
ほんの数分の事故をどう映画化するのかと思っていたら、事故後の機長の話で、なるほどと思いました。
事故が起きれば調査をするのは当たり前なんでしょうけど、NTSBを悪役にして観客にサリーを応援させるという目論見にまんまとはまりました。(笑)
サリーの主張が認められ、ホッとしました。
Unknown (クマネズミ)
2016-10-11 21:18:06
「すぷーきー」さん、TB&コメントをありがとうございます。
おっしゃるように、クマネズミも、「NTSBを悪役にして観客にサリーを応援させるという目論見にまんまとはまりました」。サリーがもしかしたら逮捕されるかもしれないと見る者に思わせるのですから、本作は、ある意味でサスペンス物とも言えそうです。
Unknown (ふじき78)
2016-10-11 22:49:33
> ただ、日本の雰囲気だったら、最初に会社に連絡を入れるのではないかな、

事故が起こった事は会社は知ってるだろうし、事故後、いやでも会社の人間は接触してくる。逆に、会社側は社員の家族に対するケアまではしてくれなさそうだから、連絡したのではないでしょうか。私は違和感は感じませんでした。
客室乗務員なども別々に救助され、機長が報告できた事は着水した事と、自分が救出された事くらいでしょうから。
Unknown (クマネズミ)
2016-10-12 05:34:02
「ふじき78」さん、TB&コメントをありがとうございます。
おっしゃるとおりでしょう。ただ、クマネズミは、日本の特殊な企業風土(“会社人間”、“社畜”などと言われます)から、まず会社に一報を入れるのかなと推測しました。「違和感」と書いたのはまずかったかもしれません。アメリカならば映画のとおりでしょうが、日本で同じことが起こった場合、どういう描き方になるのかな、と疑問に思った次第です。
Unknown (atts1964)
2016-10-13 06:21:46
この作品は切り口が絶妙でした。全体を描いた感動ドラマにするという普通のやり方でないところが、監督の手腕で、あの時間に収めたのも、イーストウッドはもう極みのレベルになっているのか?とも思いました。
こちらからもTBお願いします。
こんにちは (ここなつ)
2016-10-13 12:50:47
こんにちは。TBをありがとうございました。
そうですね、私も確かに「フライト」を想起しました。
しかし、こちらは事実であり、技術だけでなく、人格的にサリー機長が優れた人物である、という事が、おっしゃるように「あくまでも客観的に淡々と」描かれており、そこがまた素晴らしかったと思います。
人の命を預かる職業というものは、相当に神経をすり減らす仕事なのだ、と感じました。
Unknown (クマネズミ)
2016-10-13 20:51:25
「atts1964」さん、TB&コメントをありがとうございます。
おっしゃるように、「全体を描いた感動ドラマにするという普通のやり方でないところが、監督の手腕」だとクマネズミも思いました。
Unknown (クマネズミ)
2016-10-13 20:55:14
「ここなつ」さん、TB&コメントをありがとうございます。
旅客機は、水平飛行になればコンピューターがすべてをやってくれと言われていますが、それでも離陸と着陸は人的な要素が大きく、おっしゃるように、やっぱり「相当に神経をすり減らす仕事」だなとクマネズミも思いました。

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