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エヴェレスト 神々の山嶺

2016年03月21日 | 邦画(16年)
 『エヴェレスト 神々の山嶺』を吉祥寺オデヲンで見ました。

(1)阿部寛が出演するというので映画館に行ってきました。

 本作(注1)の冒頭では、エヴェレストの威容が映し出された後、一人の男がもう一人の男の写真を撮っているところが描かれ、ナレーションがかぶさります。
 「山頂は8848メートル、そこは神々に最も近い場所。1924年6月8日、8740メートルの地点にマロリーアーヴィンがいた。登頂は目前だったが、その後消息を絶った。1953年5月29日に、ヒラリーとテンジンによって登頂が達成される。しかし、マロリーとアーヴィンの遭難は、頂上に立った後という可能性もある。果たして、……」。

 次いで、1993年のネパール。
 カメラマンの深町岡田准一)が、ヒマラヤの急斜面を登山隊の仲間が登攀する様子をカメラに収めています。
 登山隊は順調に進んでいたように見えたのですが、突然、先頭の2人が斜面を落下してしまいます。
 深町は、滑落する様子を撮影すべくシャッターを切り続けます。

 カトマンドゥのホテルのロビー。登山隊は帰り支度をしています。
 深町が「このままでは帰れない」とエヴェレスト登頂を主張するものの、登山隊の隊長は「写真集は出ないそうだ」と答えます。それに対し、深町が「何としても出したい」と言うと、隊長は「2人も犠牲者が出ている。よく写真を撮っていられるな!」と応じます。
 深町はなおも「それが仕事」と食い下がるのですが、登山隊は彼を残して乗ってホテルを出てしまいます。

 カトマンドゥに残った深町は、街の雑踏の中をザックを背負って歩き、一軒の古道具屋に立ち寄ります。
 そこで古いカメラ(注2)が置いてあるのにふと気が付きます。深町が値段を尋ねると、店の主人は「200ドル」と答えます。値引き交渉をすると主人は値を下げますが、深町は、それでも高過ぎるとして店を出ます。

 深町は、そのカメラはマロリーが携えていたものに違いないと考え直して、再び古道具屋に戻りますが、そこで彼は、現地人の暮らしをしている羽生阿部寛)と出会います。
 さあ、この後物語はどのように展開するのでしょうか、………?

 本作では、エヴェレストを前人未到のやり方で登頂しようとする山に取り憑かれた天才クライマー、その姿を追い続けるカメラマン、そしてこの二人の男に翻弄される女が、エヴェレストを背景にぶつかり合う様子が描かれています。実際に現地ロケしただけあって、ヒマラヤの威容とか大地震前のカトマンドゥの様子(注3)など、なかなか興味深いものがあります。ただ、カメラマンにすぎない男が、なぜ天才クライマーと張り合おうとするのかなど、よく理解できないところがありました。

(2)本作のロケは、エヴェレストの5200メートルの地点で実際に行われているため、エヴェレスを背景にした映像は凄い迫力があります。
 特に、5400メートルのベースキャンプ地点からすぐのところにあるクーンブ・アイスフォールの映像は印象に残ります。
 また、昨年の大地震でかなり破壊されてしまったカトマンドゥの市街地も、映画の中に随分と登場しますので、とても貴重な映画となっています(注4)。
 それに、深町役の岡田准一にしても、羽生役の阿部寛にしても、酸素の薄い高所での演技が含まれているにもかかわらず、全編にわたって実に堅実な演技を観客に見せてくれます(注5)。

 とはいえ、よくわからない点があるように思います。
 本作は、実際には天才的なクライマーである羽生を巡る物語であり、カメラマンの深町は狂言回しの役割を担っています(注6)。
 それで、深町は羽生の行動を見守る必要がありますから、本作で深町は、まず羽生と一緒に南西壁を登ろうとし、さらに、もう一度羽生を捜しにエヴェレストを登ろうとします。
 ですが、どうして深町は羽生にそこまで拘るのか、その動機の設定がうまくなされていないような感じがします。
 確かに、深町は単なるカメラマンではなく、クライマーでもあるようです。それで、羽生の行動に深く共感するところがあるのかもしれません。それにしても、天才クライマーの羽生をもってしても困難極まる南西壁を一介のクライマーにすぎない深町がなぜ登ろうとするのか、理解し難いところです。
 あるいは、南西壁を冬季に無酸素・単独で登頂する羽生の写真を撮影して自分をもっとマスコミに売り込もうと考えていたのかもしれません。ですが、同じ格好で深町が羽生に付いて回れば、羽生は“単独登頂”ではなくなってしまうのではないでしょうか(注7)?
 もしくは、マロリーが携帯していたカメラのことを知る羽生を追いかければ、カメラに内蔵されていたフィルムが見つかり、世紀のスクープ(マロリーがヒラリーよりも早く登頂していた!)をものすことが出来ると深町は考えていたのかもしれません。
 ですが、それだけであれば、何も南西壁を一緒に登らずとも、山頂から戻ってきた羽生をつかまえて追求すれば済むように思います(注8)。

 本来的には、本作の主役である羽生は、実際のモデルがあるようで(注9)、常軌を逸した行動を取るにしても、ある程度説得力はあるように思います。それにしても、どうして危険なことを何度でも試みようとするのかよくわかりません(注10)。



 また、涼子尾野真千子)は羽生を慕っていて、彼を捜しにネパールまで行くとまで言うのですが、映画では二人の関係があまりに簡略にしか描かれていません。



 確かに、涼子の弟・文太郎風間俊介)が山で遭難死した時に一緒に登攀していたのが羽生で、その後も涼子をサポートしてくれたことから二人の付き合いが始まったとされていて、それはきっかけとしては充分にありえるでしょう。ですが、その後のことが何も描かれないので、羽生をカトマンドゥで見かけたという深町の情報を得て涼子がネパールに捜しに行くのが、なんだか随分と唐突な感じを受けてしまいます(注11)。それに、時期も遅すぎるのではないでしょうか?なにしろ、羽生が行方不明になって7年も経過しているのですから(注12)。

 このように、主要な登場人物の3人のキャラクターの設定が中途半端なものになってしまったのは、狂言回し役の深町役に岡田准一を当てて、本来の主人公の羽生以上の役割を与えようとしたことから来るのではないかと、密かに思ってしまいました。

 とはいえ、三浦雄一郎氏が80歳でエヴェレスト登頂に成功した時(2013.3)の様子を写した映像がTVで放映されたり、また昨年は、1996年の遭難事故を描いた『エベレスト3D』が昨年11月に公開されたりし(未見)、さらに本作というわけで、エヴェレスト登頂もかなり身近になってきたなという感じがします。といっても、天地がひっくり返ってもクマネズミには出来ない相談ですが!

(3)渡まち子氏は、「男2人の熱い演技、とりわけ体力の限界に挑んだという阿部寛が終盤に見せる壮絶な姿には圧倒される」として65点をつけています。
 前田有一氏は、「風景には本物の迫力があるだけに、こうした人物演出上のいたらなさがより目立つ。それが本作をあと一歩の印象にしている原因である」として55点をつけています。
 佐藤忠男氏は、「平山秀幸監督は、この風景の大きさと神秘性をよく生かして、この大地と張り合うつもりの人間たちの不思議さを面白く見せてくれている」と述べています。



(注1)監督は、『太平洋の奇跡-フォックスと呼ばれた男-』や『必死剣鳥刺し』の平山秀幸
 脚本は、『ふしぎな岬の物語』の加藤正人
 原作は、夢枕獏著『神々の山嶺』(集英社文庫:未読)。

 なお、出演者の内、最近では、岡田准一は『永遠の0』、阿部寛は『ふしぎな岬の物語』、尾野真千子は『起終点駅 ターミナル』、羽生のライバルのクライマー・長谷(Wikipediaの記事によれば、長谷川恒男がモデル)役の佐々木蔵之介は『残穢―住んではいけない部屋―』、ピエール瀧は『の・ようなもの のようなもの』、羽生と一緒に「鬼スラ」(谷川岳一ノ倉沢滝沢第三スラブ)を冬季に初登頂した井上役の甲本雅裕は『超高速!参勤交代』、山中崇は『恋人たち』、風間俊介は『Zアイランド』で、それぞれ見ました。

(注2)ジャバラ式の1眼レフカメラ。レンズのところに、「VEST POKET KODAK MODEL B」とあります。
 なお、劇場用パンフレット掲載の記事「山岳史上最大のミステリー ジョージ・マロリーの失踪と遭難」には、1999年5月にマロリーの遺体が発見されるも、マロリーとアーヴィンが携行していたカメラは発見されていないとのこと。

(注3)現地での撮影は2015年4月だったとのことですが、撮影終了後の4月25日に大地震が発生しました(この記事を参照)。

(注4)深町と涼子は、塔に登ってカトマンドゥの市街を見下ろしますが、あるいは有名な「ダラハラ塔」かもしれません。ですが、その塔は大地震で崩壊してしまいました。

(注5)例えば、エヴェレストのほぼ垂直に切り立った南西壁を、アイスアックスを使って一人で登っていく羽生の姿は真に迫っていましたし、またラストの方で、朦朧状態でエヴェレストを下ってくる深町の様子を岡田准一は巧に演じています。

(注6)映画全体は、深町を通して羽生の生き様を描き出すという構成をとっています。

(注7)それに、南西壁から戻って帰国した深町に対し、山岳雑誌の編集者の宮川ピエール瀧)が「最後の羽生を撮って有名になるのでは?」と訊くと、深町は「そんなことは馬鹿らしくなった」と答えるのです。

(注8)それに、深町は、見つけたマロリーのザックの中にフィルムを探そうとはしません(「そんなものはどうでもいい」として)。羽生の「何をしにここに来たのか?」という(声だけの)問いに対しても、「わからない」と答える有様です。

(注9)原作小説についてのWikipediaの記事によれば、羽生の「エピソードモデルは森田勝」とされています。ただし、森田勝氏についてのWikipediaの記事によれば、同氏はエヴェレストではなくグランド・ジョラスで遭難死しています。

(注10)羽生は、マロリーが言った「そこに山があるから登る」を否定して、「俺がここにいるから登る」と深町に言ったりしますが、その言葉によって、山に登ることはある程度分かるにしても、危険極まりない南西壁を冬季に無酸素・単独で登ろうとすることまでは理解できません。人類がこれまでやったことがないことをやり遂げたいという気持ちが旺盛なのでしょうか?

(注11)それに、涼子は登山家でもなさそうですし、また現地語を習得しているようにも見えません。わざわざ現地に行っても、どうやって羽生を探しだそうというのでしょうか?

(注12)3年前に羽生から石のペンダントが送られてきた時、涼子は何も動かなかったのではないでしょうか(住所がはっきりと記載されていなかったのかもしれませんが、少なくともネパールからのものである位のことは分かるでしょうに)?
 何故、7年も経過して、自分から羽生を捜しに行こうと言い出すのでしょうか?
 総じて、本作における涼子は、じっと男を待つだけの役柄になっているようです(劇場用パンフレット掲載のインタビューにおいて、「尾野さん自身は涼子をどんなキャラクターだと受け止めて演じたのでしょうか?」との質問に、「ひと言でいうと“待つ人”です」と尾野真千子は答えています)。 深町と一緒にヒマラヤに再度入った際も、深町が羽生を捜しにエヴェレストに向うのをベースキャンプの地点でシェルパのアン・チェリンテインレイ・ロンドゥップ)と共に待機しているだけです。
 ところが、7年目のその時だけは、涼子は、自分の方から深町とコンタクトを取るくらいに積極的に行動し、さらに自分から羽生を捜しに現地に行こうと言い出します。なんだか見ている方は調子が狂ってしまいます。



★★★☆☆☆



象のロケット:エヴェレスト 神々の山嶺(かみがみのいただき)


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4 コメント

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Unknown (ふじき78)
2016-03-21 21:51:50
> 7年目のその時だけは、涼子は、自分の方から深町とコンタクトを取るくらいに積極的に行動し、さらに自分から羽生を捜しに現地に行こうと言い出します。

あれやな。最後にあった時に「七年殺し」を掛けられたんだな、きっと。そら必死に探すわな。
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Unknown (クマネズミ)
2016-03-22 05:48:59
「ふじき78」さん、TB&コメントをありがとうございます。
メタクソ団の“七年殺し”を知っている世代と、そのポーズを見て五郎丸選手ではないかと思ってしまう世代とがあるようですね。
なお、本作では、3年前にペンダントが涼子に送られてきたとされていますから、“三年殺し”も踏まえているようです!
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なぜ山に登るのか (もののはじめのiina)
2016-04-07 11:59:56
原作を読んだエベレストのイメージとは違ってましたが、現場はほぼ垂直に切り立ったエヴェレストの南西壁なのでした。

>深町は、見つけたマロリーのザックの中にフィルムを探そうとはしません(「そんなものはどうでもいい」として)。
マロリーの屍体が発見されたことで、夢枕獏はラストを書き直したそうです。それで、遭難者たちが今も歩きつづけている
としたのでしょうか・・・。
それにしても、「人はなぜ、山に登るのか?」

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Unknown (クマネズミ)
2016-04-07 21:38:02
「もののはじめのiina」さん、TB&コメントをありがとうございます。
夢枕獏氏は、マロリーの遺体発見の報を得てその著書のラストを書き換え、深町がフィルムを見つけて、それを日本に持って返って現像したら、山頂に立っているマロニーが写っていた、というようにしたようです。
しかし、そのようなラストにすると、本作の焦点が羽生ではなくなって、エヴェレストの初登頂者は誰か、という方に移ってしまうかもしれません。
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