映画的・絵画的・音楽的

映画を見た後にネタバレOKで映画を、展覧会を見たら絵画を、など様々のことについて気楽に話しましょう。

太平洋の奇跡

2011年03月19日 | 邦画(11年)
 またまた遅ればせながら、『太平洋の奇跡−フォックスと呼ばれた男−』を新宿ピカデリーで見てきました。

(1)この映画を見終わって、かなりの人は、どうして主人公の大場大尉竹野内豊)が、米軍に畏敬の念を持って“フォックス”と呼ばれたのだろう、と訝しく思うのではないでしょうか?
 下記の映画評論家の渡まち子氏も、「彼の何がすごかったのかが伝わりにくい」と述べていますし、また前田有一氏も、なぜ彼が「率いるゲリラ軍団が、食料も弾薬もなし、衛生状態も最悪な、あそこまでキツい状況に追い込まれても無駄な抵抗(にしか見えない)を続けているのか、さっぱりわからないのである」と述べています。
 なにしろ、映画における最大のクライマックスが、山の中に入って掃討にきた米軍をギリギリのところでやり過ごして、民間人を含めた一行200人が無事だったという場面なのですから!

 でも、あるいはもしかしたら、大場大尉は、まず民間人を無事に収容所に送り、暫くして軍人47名を率い、粛々と隊列を組んで米軍に投降しますが、それらの行為全般を指して、彼をフォックスと名付けたのではないでしょうか?



 そこら辺りはよくわからないものの、この映画は、日米対決の戦争物というよりも、如何にしてできるだけ少ない犠牲で太平洋の小島での戦争が終結まで辿りついたのか、という点に焦点を当てて描いている、と捉えた方が受け入れやすくなるのではと思いました。

 戦闘場面は、冒頭、米軍の猛爆で、何もしないうちに犠牲者だけがどんどん増えていく状況、指揮官4名が最後の総攻撃を前にして自決する場面、総攻撃といっても米軍の自動小銃に三八式歩兵銃で立ち向かうだけの悲惨な兵士たちの姿(実際には、様々な火器が使われたようですが)、こうしたものが描き出されるだけで十分だと思われます。
 むしろ、この映画では、そうしたこれまでの映画で何度も描き出された場面は極力控え(注1)、それに引き続いて、なんとかして相互のコミュニケーションをスムースなものにしようとする日米両軍の努力を描き出す方に重点が置かれていると考えられます。

 米軍側としては、日本軍側の行動が理解できないとして、問答無用に掃討してしまえとするポラード大佐を更迭し、後任になんとかその行動を理解しようとするウェシンガー大佐を持ってきます(注2)。
 そのことにより、それまでないがしろにされてきたルイス大尉の意見が取り入れられるようになります(注3)。何と言っても彼は、日本に2年間留学したことがあって、日本人の精神構造をよく理解しているのです。たとえば、彼は、将棋の駒を使って、巧みに日本人の精神構造を説明します(注4)。
 と言っても、分かる人にはわかるといったやり方にすぎませんが。



 他方、日本軍側では、食料や医薬品が底をついてしまったため、警戒の緩い収容所や米軍キャンプ地に侵入して、様々なものを掠め取ってきますが、その際に、日本の置かれている状況に関する情報も集まりだします。
 むろん、一息に結論にまで辿りつこうとすれば、跳ね上がり分子(木谷曹長山田孝之〕など)の手によって計画もオジャンになってしまったことでしょう。時間をかけ段階を踏んで、一つずつ確認しながら前進させることで、大場大尉は最後の降伏式にまでたどり着くことができました。

 こうした描き方は、従来の戦争物からすれば、余りにも緩すぎる感じがするものの、現下の世界情勢をも考えに入れると、十分ありうる選択ではなかったかと思います。なにしろ現在は、テロ行為と反テロ行為とが問答無用でぶつかっているだけで、相互のグループの間には憎しみしかなく、コミュニケーションを拡大していこうとする兆しなどほとんど見えないのですから!


(注1)原作のドン・ジョーンズ゙著『タッポーチョ 太平洋の奇跡』(中村定訳、祥伝社黄金文庫)には、「コーヒー山の勝利」など、面白そうな戦闘場面がいくつか描かれていますが、映画では取り上げられていません。

(注2)映画で懐柔派の士官とされるウェシンガー大佐は、原作には登場しません。上記注1と相まって、映画が何を強調したいのかがヨクうかがわれると思います。

(注3)原作では、ルイスは大尉ではなく少佐(途中で中佐に)で、情報将校とされています。なお、原作の冒頭に置かれている「序」においては、日本語が堪能な者として描かれているところ、本文ではなぜか日本語を使う場面は描かれていません。

(注4)映画の中で非常に印象的なこの将棋のエピソードは、原作にはないもので、米国サイドの監督・脚本のチェリン・グラックが書き加えたもののようです。
 ただ、ここで言われている理屈は、西欧人に事態を呑み込ませるには向いているかもしれませんが、当時の日本人の精神構造を説明するモデルとしてはどうかな、という気がします。


(2)この作品で描かれるサイパン島での戦いは、クリント・イーストウッド監督の『硫黄島からの手紙』で描かれた戦闘と比べてみたくなってしまいます。
すなわち、
 45年2月の硫黄島の戦いでは、11万名の米軍に対し、守備兵力 2万余名が1カ月余り持ちこたえた挙句に玉砕しましたが、この場合、栗原中将以下の部隊は、戦いの前の半年以上前から、広範囲な地下坑道からなる要塞を建設して米軍の上陸に備えるとともに、1,000名ほどの島民は事前に疎開させられたため、戦闘が開始された時点では、徴用された軍属だけが残っていたにすぎません(約230名)。
 他方、サイパン島においては、硫黄島の戦いよりも8か月前ということもあり(44年6月)、3万名強もの日本軍(斎藤中将)がいたにもかかわらず、準備が全く整っておらず、6万名強の米軍に対し3週間ほどで壊滅してしまいました。
 また、民間人についても、2万名以上の在留邦人の半数近くが死亡したようです。

(3)映画評論家の前田有一氏は、上記(1)で引用した文章に続けて、「この映画は、その理由を誰もがわかるように伝えるのが最大の目的ではないのか。原作者は少なくとも、それを伝えたくて書いたと言っている。とすれば、作り手がそもそもよく理解していないと結論づけるほかないではないか」。「そういう事実があったのはわかるものの、もう少し緊張感というものが必要だし、彼らがそこまでして山にいる理由を描き切れていないからおかしなことになっている」。「結局のところ、軍事・戦争に関する想像力が、この映画には決定的に欠如しているのだろう。こういういびつな戦争映画は、おそらく現代の日本以外では作られることはない」等々と述べて、30点しか与えていません。

 ですが、前田氏は、あたかも、「原作者」の意図をそのまま伝えること(「原作者が願ったコンセプトを再現しようとする」)が映画の使命だなどと言っているように思えますが、果たしてそんなものでしょうか?だったら、映画など作らずに、また観客も映画など見ずに、その本を繰り返し読めばいいのではないでしょうか?
 それに元々、原作本から何を読み取ろうと、映画製作者の勝手のはずです。なにも、原作者が読み取ってほしいと考えていることを読み取らずとも、全然構わないのです。
 まして、今回の映画の場合のように、現下の社会情勢を踏まえて、この本に基づいて世界を描いてみたいと映画製作者側が考えたとしたら、まずはそうした点を映画から汲み取ることからレビューを始めるべきではないでしょうか。

 なお、前田氏は、堀内一等兵唐沢俊明)のスキンヘッドに対して、リアルさに欠けると口をきわめて非難しているところ(「だいたい、ろくな水場もないサイパンの山で、あのきれいなスキンヘッドを彼はどう維持しているのか」)、タイガーと呼ばれた堀内一等兵の心情を強調するための道具の一つ、と考えれば済むことではないでしょうか?もとより、とことん戦争のリアルさを描いたとしても、本当の殺し合いの場面を映せるわけでもなく、それらしい演技をするだけのことですから、中にはこうしたデフォルメがあっても、何ら異とするに足りないことと思われます。




(4)また、映画評論家の渡まち子氏も、「物語は、いわゆる戦争秘話なのだが、この映画では、米軍からも恐れられた日本人将校を描きながら、彼の何がすごかったのかが伝わりにくい」。「肝心の主人公・大場大尉の中に、本来、家庭を愛する平凡な男が、いきなり戦場で寄せ集めの部下を率いて戦う矛盾や苦悩がまったく見えないのも人間描写として浅いとしか言えない。強烈な個性を持たない軍人をリアルと見るか、映画の主人公として魅力がないと感じるかで、この映画の評価は分かれそうだ」として50点をつけています。
 おそらく、映画製作者側は、できれば「本来、家庭を愛する平凡な男が、いきなり戦場で寄せ集めの部下を率いて戦う矛盾や苦悩」を描きたかったのではと思われます。でも、全体的な制約から、そうした部分は入りきらなかったのではないでしょうか。あるいは、そういったものは、これまで伝えられている様々の資料などから、観客側である程度推測されるものと考えたのでは、とも思われます。




★★★☆☆



象のロケット:太平洋の奇跡
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こゆこと? (ふじき78)
2011-03-19 22:42:08
クマネズミさんが映画から読み取った映画のテーマは「戦時下における戦闘以外のコミュニケーションの成果」、前田氏が原作から映画のテーマにすべきとしたのは「長期間戦闘が維持できた理由の明確化」でしょうか。
別に原作、映画テーマは各々別でもいいのですが、クマネズミさん提唱する映画を嘘っぽくなく成立させるためには、前田氏が映画に求めた物を省略するのは得策ではないと思います。人が死ぬシーンが極力ない。困窮が言葉でしか語られない。双方がコミュニケーションを取らなければならない理由が「憧れ」程度にしか見えず必死になる理由がしっくりきませんでした。
どこに重点を置くのか (クマネズミ)
2011-03-20 07:51:14
「ふじき78」さん、TB&コメントをありがとうございます。
おっしゃるように、「前田氏が映画に求めた物を省略するのは得策ではない」のでしょう。ただ、一つの映画の中にあれもこれも詰め込むと何が何だか分からなくなってしまいます。それで、「前田氏が映画に求めた物」は、冒頭の描写だけにとどめたものと思います(それはそれで凄まじい者がありました!)。そんなふうに省略してしまっても、まだ「双方がコミュニケーションを取らなければならない理由が「憧れ」程度にしか見えず必死になる理由がしっくりきません」と、描写不足になってしまうのですから!
なお、前田氏にクマネズミが反発するのは、その余りの原作尊重主義の姿勢なのですが。
「クマネズミさんがご無事で良かったです〜。」 (愛知女子)
2011-03-20 10:35:26
こんにちは、
クマネズミさんトラックバックありがとうございました。
原作ご覧になったのですね。

階級違ったのですね。
大尉同士のところが良かったのですが。やられましたね(笑)

私は不勉強なので、南方の激戦の話をあまりよく知りません。名古屋師団戦歴もよく分かりませんが、激戦地ばかりだという話は聞いた事があります。
仙台師団のラバウルでの話は興味がありましたので、何冊か読みましたが、将校と下士官では考え方や受け止め方、分析の仕方が違い、興味深いです。
話も将校は冷静で美談になりがち、下士官はリアルでしっくりきます。

戦闘シーンは必ず文句出ますよ…。もっと激しかった!とどんな映像を作っても必ずありますよね。
当事者からみればそんなもんじゃない!美化するのはやめて欲しい!
という話は他の映画でも出て来ますね。
仕方ないと思います。

忘れないように伝えてもらえる事が最大の目的ではないでしょうか。

よく分からないコメントですみません。
クマネズミさんのブログ勉強になりました。
ではでは
もう一言 (ふじき78)
2011-03-20 22:36:34
冒頭の描写は純粋に「戦闘」ですが、コミュニケーションが題材なら、より強く語られるべきは各人の思いが複雑に交差する森に入ってからの苦難の筈です。映画としてはその設計が誤ったのではないでしょうか。

映画は原作の従属物ではないけれど、原作の意図を無視する方向だとしたら良くないというのは、ごく一般的な共通認識だと思います。基本、持ちつ持たれつの関係だから、映画側が無意味な逸脱をするなら異議を上げる事は間違えではない。原作とあまりに違うものを目指すなら「原作」の冠は外すのが正しいと思います。この映画がそうであるかどうかまでは分かりませんが。
原作と映画との関係 (クマネズミ)
2011-03-21 06:33:28
「映画は原作の従属物ではないけれど、原作の意図を無視する方向だとしたら良くない」とあるところ、いったい「原作の意図」をどうとらえるべきなのでしょうか?一つの原作には一つの意図しかないのでしょうか?
むしろ、原作は一定のページ数をもって書かれているのですから、そこから様々の点を読み取れるはずです。なかには、原作者が意識的には思っていもいなかったことを読み取れるかも知れません。それが読書する意味ではないでしょうか?一つの固定した意図を読み取るというだけであれば、その解説本でも読む方が早いはずです。
映画でも同じことで、観客に伝えたいメッセージを制作者側がよく公言したりしますが、そんなものを感じ取らずに別の意味合いを映画に見出しても問題があるはずもありません。むしろ、そういうことが出来るからこそ、映画館に行くのが楽しいのでしょう。
前田有一氏は、本にはただ一つの伝えたいことがあるかのように思っているようですが、そして自分はそれを把握できると不遜にも思っているようですが、そんな狭量では評論家としては失格ではないかと考えるところです(注)。
なお、『太平洋の奇跡』に関しては、原作者のドン・ジョーンズ氏は既にこの世になく、著作権所有者の夫人の承認を得て映画化されたとのことです。

(注)古いところで恐縮ですが、前田有一氏の映画『変身』に関する論評を見て下さい。
http://movie.maeda-y.com/movie/00633.htm
彼は、この映画を100点中の1点としか評価していませんが、その理由の大きなところは、「小説版のラスト1行にあたるあの名場面」は、「誰もが認めるこの作品最大の重要ポイント」であるにもかかわらず、「これをやらないのは、絶対に許されまい」という点です。でもそんなふうに原作『変身』を読まなくてはいけないと、誰が決めたのでしょうか?
もうもう一言 (ふじき78)
2011-03-21 22:34:54
『変身』は原作も映画も未接触だから文書を読むのはやめました。

私は原作とあからさまに反する物を取り込んだり、原作のもっともコアな部分を除外してはいけない。そんなニュアンスですね。

例えば、森村誠一の推理小説を全編ミュージカル仕立てでやるとか(反する物の取り込み)。
横溝正史の金田一でラストの推理部分を全てナレーションだけで済ませてしまうとか(コアの除外)。原作が大事にしていた物を映画化する人間のエゴのみの為に破壊すべきではない、と考えます(もちろん思いがけない破壊で傑作が生まれる事もあるでしょうけれど)。

あ、全てダメなのがハリウッド版『ドラゴンボール』だ。
原作をぶち壊せ! (クマネズミ)
2011-03-22 06:12:36
まさにおっしゃる点が核心でしょう。
今さら「森村誠一の推理小説を全編ミュージカル仕立てでやる」ような酔狂な人が出てくるとはとても思えませんが、仮にそんな映画があるとしたら、その何処がいけないのでしょうか?その小説のコアとは誰が決めるのでしょうか?仮に、何かそういうものがあるとして、それに反しては何故いけないのでしょうか(「原作が大事にしていた物」とは、もしかしたら原作者のエゴによる物ではないでしょうか?)?
大昔のことになりますが、映画『ジーザズ・クライスト・スーパースター』(1973年)を見たことがありますが、ロック・ミュージカル仕立てにしたことなどから、敬虔なキリスト教徒から聖書や神に対する冒涜だとして激しい非難を浴びました。
でも、この映画の評価は高く、グラミー賞候補になったりしましたし、元のミュージカルの方も世界各地で上演され続けたりしています(さらに最近では『アンチクライスト』も、普通に上映されるようになっています)。
原作のコアとされるものを後生大事に守る保守的な監督ではなく、むしろコア中のコアとされるものをぶち壊すことが出来る才気溢れる映画制作者の出現を強く望むものです。
例えば、横溝正史の『八つ墓村』なら、原典に忠実な市川崑監督版よりも、ホラー映画まがいの物に仕立てた野村芳太郎監督の作品の方が遙かに面白いですし、モット言えば、その「ラストの推理部分」などどうでもよく、むしろ洞窟探検の部分をもっとクローズアップしてもらえたら、などと思ったりしています(仮に横溝正史の金田一物に「コア」があるとしたら、「ラストの推理部分」などではなく、そのオドロオドロしい雰囲気にあると言えるのではないでしょうか?)
なお、昨年12月12日の『黒く濁る村』に関する当ブログの記事の(2)をご覧下されば幸いです。
また、ハリウッド版『ドラゴンボール』は見ておりませんが、実写版であっても、その内容さえ面白ければ、アトは何の問題もないと思いますが。
もうもうもう一言 (ふじき78)
2011-03-23 00:39:35
> 「原作が大事にしていた物」とは

原作購買者が観客の何割かを占める原作物映画の場合、原作購買者および作者本人がこの一点を変えては原作が原作として成立しえないという一点が、あくまで共同幻想としてですがあると思います。

『ジーザズ・クライスト・スーパースター』はロックテイストにした事よりもトリックスター(神の子)のキリストをスーパースター(人間)として描いた事の方が、より深い問題だったのでは? テイストの違いはCDで売られてる『ボサノバ・ウルトラマン』とか『ウクレレ・ウルトラマン』とかと同等で大きな問題ではないと思います。この映画の場合は原典が遥かな昔から色々な解釈がされていた物だったので、反対はあっても宗教ではなく、解釈を加えた物語なのだという言い訳で通ったという認識です。何となく原作云々とはレベルが違う一本じゃないでしょうか。

『八つ墓村』は失礼ながら何かどーでもいー(笑)。原作の推理部分がもともと鈍いので違う部分を大きくすることにそんなに抵抗がないのかもしれません、私感ですが。ようはそこは変えてもいいやって許せる範囲(これが一つ一つ一人一人異なるから平均値を出しづらくて話が混線してしまうんだけど)。

『ドラゴンボール』は原作のルールも無視して、リスペクトも感じられず、そしてバリバリにつまらないので問題です(「面白い」という人に会ったことがない)。
共同幻想? (クマネズミ)
2011-03-23 06:18:20
,海海乃繁槊缶聖瓩粒鞠亜峩ζ姥諺曄廚鮖ち出されるとビビッてしまうところ、単に先入観と受け取っておけば、無論そうしたものの存在は否定しませんが(実際には、時間の経過など様々の要因でドンドン変化するでしょうが)、わざわざ沢山の人手をかけて映画化する意義は、原作に纏わり付いた先入観を打ち壊して新たな観点から原作を読み直すことが出来るよ、といった点を提示することではないでしょうか?そうでもなければ、映画など見ずに原作だけを読み続け、一度捉まえた先入観が壊れないよう後生大事に守り続けていれば十分ではないでしょうか?
◆悒検璽競此Εライスト・スーパースター』の例は、「森村誠一の推理小説を全編ミュージカル仕立てでやる」と「ふじき78」さんが言われるから持ち出したまでで、内容のことまで立ち入る積もりはありません。要するに、「森村誠一の推理小説」を全編「ミュージカル」テイストとするかどうか、という点は、ここでの問題と関係しないのではないか(「テイストの違い」は「大きな問題ではない」)、と言いたいだけです。
なお、「ロックテイストにした事よりもトリックスターのキリストをスーパースターとして描いた事の方がより深い問題」とおっしゃると、今度は、「原作」ばかりか「映画」にも「共同幻想」としての「コア」があるというようなお考えに見えてきますが?
『八つ墓村』は、これも「ふじき78」さんが「横溝正史の金田一」とおっしゃるから取り上げたまでのことです。「『八つ墓村』は失礼ながら何かどーでもいー」とされるからには、別の具体例をお考えのことなのでしょう。
なお、『本陣殺人事件』といった本格物でも、ナントATG作品化されているのは素晴らしいことです!
ぁ悒疋薀乾鵐棔璽襦戮蓮△修痢屮丱螢丱蠅砲弔泙蕕覆ぁ廚里原作の「コア」とされるものとどのように関係するのでしょうか?
もうもうもうもう一言 (ふじき78)
2011-03-24 00:45:34
「共同幻想」は単に字面通り「皆が共同に抱えてる幻想(阿頼耶識かな?)」の意味です。吉本隆明なんて読んでないっす。

各論に行ってしまったことで論旨が分かりづらくなってしまいました。すいません。

人は何故、原作のある著作物を映画にしたがるのか。多分、この考えが私とクマネズミさんで最初から合っていません。私は一番の理由はお金を儲けやすいからだと思っています。原作とは違う視点で見つめなおすというのはどちらかというと少数派の意見だと思います。

何故、原作があった方がお金儲けしやすいのか。〆酩覆篋郤圓涼名度で話題性が上がる原作のファンが原作の感動の再認識をする為に映画を観に来る。△魯マネズミさんと意見が違うかもしれませんが、一般的に原作を読んだ人が多ければ多いほど、その人たちを取り込めると製作会社は腹勘定しますし、映画を観た原作派が原作と異なる部分をあげて「こんなのは違う」と駄々をこねるのはありふれた光景です。それは原作の感動を映画に求める人が多いという事の反証ではないでしょうか。

原作と映画の関係も今はさまざまかもしれませんが、一般的には「映画は原作の持っていた感動を増幅して作る」と言うのが昔ながらの考え方ではないでしょうか。プラスアルファはあってもいいけど、プラスアルファに引きずられて元々のテイストを乱すのはおかしい。私はそう、思います。

些末な話ですが、森村誠一はテイストが違うと成立せず、『ジーザス〜』はテイストが違っても成立するコンテンツと思ってます。とは言え、やったことがないから、やってみたら森村誠一のミュージカルもしっくりきたり・・・するかなあ。
原作の有難み (クマネズミ)
2011-03-24 06:35:37
「ふじき78」さんがおっしゃったことを映画『太平洋の奇跡』に当て嵌めてみましょう。抑も話の出発点は、この映画に関する前田有一氏の論評にありました。
さて、「ふじき78」さんは、「人は何故、原作のある著作物を映画にしたがるのか」というご自分の問いに対し、「一番の理由はお金を儲けやすいから」と回答され、さらにその理由として、「〆酩覆篋郤圓涼名度で話題性が上がる原作のファンが原作の感動の再認識をする為に映画を観に来る」の2点を挙げておられます。
しかしながら、本映画に関しては、映画を見終わったときに劇場用パンフレットを読んで初めて、クマネズミは、この映画に原作本があることを知りました。これは全くの推測でしかありませんが、この映画を見に来る人の大半がクマネズミと同じ(「作品や作者」をマッタク知らない)ではないでしょうか?それに、クマネズミの場合は、ブログを書きながら原作との比較をしたくなって文庫本を買い求めましたが、映画鑑賞者の大部分はそんなことはマズしないでしょう(なお、文庫版は、映画の公開に合わせて本年2月に刊行され、原本は1982年に出版されながら現在絶版。また、原作者には、もう一つ英語版著書『Oba Last Samurai』があり、これも本映画の基になっていますから、一体原作本とは何でしょう?)。
ですから、本映画に関しては、「作品や作者の著名度で話題性が上が」っている訳でもなく、「原作のファンが原作の感動の再認識をする為に映画を観に来る」訳でもないのではないでしょうか?
なお、「人は何故、原作のある著作物を映画にしたがるのか」との問いに対する答えの一つは、アイデアが映画制作者側で枯渇しているため、原作に拠る方が至極手軽にお金儲け出来る(そこから原作改変の話も出てくるのでしょう!)、という憂うべき事態があるのではないでしょうか?
もうもうもうもうもう一言 (ふじき78)
2011-03-25 02:04:05
「もうもう一言」以降は脱線で、原作バリューを当てにしてる映画に対する一般論に話が移行していて、この映画固有の話としては成立しない部分が多いです。

ただ、原作がある物語はごく当たり前な感覚として、原作を否定しない方向で作ってもらいたい(肯定の延長上として違う物に変わるのは致し方ないとしても)。という点は原作の知名度の有無にかかわらず、そうであってほしいと願います。
少数派 (クマネズミ)
2011-03-25 06:25:07
ここまでくると、映画に対する基本的な姿勢の違いがあからさまになってくるようです。そういえば、映画『トロッコ』を見て、「ふじき78」さんは、「トロッコのエピソードが『トロッコ』というタイトルを付ける為だけにとって付けられたような違和感」を感じられたのに対して、クマネズミの方は、映画のように「アレンジすることによって、却って原作のよさが強調されている」と申し上げたことがありますから、今回も、議論はこのまま平行線に終始することでしょう。
ただ、今回の議論で誠に面白いなと思ったのは、あれほど破天荒なレビューをお書きになる「ふじき78」さんにもかかわらず、前々回の「もうもうもうもう一言」で、「映画を観た原作派が原作と異なる部分をあげて「こんなのは違う」と駄々をこねるのは爐△蠅佞譴晋景瓠廚任△蝓◆岼貳姪には「映画は原作の持っていた感動を増幅して作る」と言うのが狎里覆らの考え方瓩任呂覆ぁ廚、といった点を肯定的に述べておられるように、映画に対する基本的な姿勢は随分と素直で保守的でいらっしゃると分かったことです(今回のコメントでも「原作がある物語は爐瓦当たり前な感覚瓩箸靴董原作を否定しない方向で作ってもらいたい」とあります!)。
あるいは、クマネズミの姿勢は、そのコメントの冒頭で「ふじき78」さんがおっしゃっるように、「少数派」なのかもしれません。例えば、話は飛躍してしまい恐縮ですが、映画『ゲゲゲの女房』に対するブログ「京の昼寝」のcyazさんの見解、「原作の、貧乏を貧乏と感じなく、心だけは豊かであり続けたいと願う、そう“ボロは着てても心は錦”が全く出てこない」といったもの、が多数派なのでしょう。
でも、クマネズミとしては、たとえ少数派であるとしても、“原作のどんなアレンジも面白ければ許される派”を今後とも継続したいと考えております。
もうもうもうもうもうもう一言 (ふじき78)
2011-03-26 10:15:14
こんなに長いやり取りになるとは思ってませんでした。

クマネズミさんがおっしゃってる通り、この先は好みの問題なので、どっちが正しいではないですね。

私は自分のブログに変な事を書きますが、保守的かもしれんですねえ。「変」を書くにあたって「変」の前提が「当たり前」でなきゃ困るって保守肯定が頭の中にあるのかもしれません。
TBありがとうございました。 (かえる※)
2011-03-26 20:12:03
この度は、トラックバックありがとうございました。

激戦地サイパンの状況は、もっともっと酷かったはず…
と思い始めると、少々違和感を覚えたりもしましたが
私にとっては、色々考えさせられた映画でした。

余震が多くて、地震以降映画館から足が遠退いています…
私もそろそろ、映画を観に行こうかしらっ!

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太平洋戦争の激戦地であるサイパン島でたった47人の兵力を率いて米軍と戦った実在の日本人、大場栄大尉の実話を映画化した戦争ドラマです。劇場予告編は昨年の秋くらいからかかっ ...
映画『太平洋の奇跡-フォックスと呼ばれた男-』  (よくばりアンテナ)
どんな風に感想を書けばいいのか、ちょっと迷っていた。 いい作品だったと思う。 戦争映画って、実はあんまり好きじゃ無くって、 映画館に出向くことはほとんどなかったんです。 エンターテイメントと...
『太平洋の奇跡 フォックスと呼ばれた男』 (ラムの大通り)
----これって、ずいぶん前から期待していた映画だよね。 あまり、戦争映画には興味がないと思っていたけど…。 「監督が贔屓の平山秀幸。 最近の日本の戦争映画って、 潜水艦や戦艦など海戦中心で、 こういう本格的な地上戦は あまり描かれなかっただけに ちょっと興味が...
太平洋の奇跡-フォックスと呼ばれた男 (とらちゃんのゴロゴロ日記-Blog.ver)
原作はサイパンに従軍した元アメリカ兵のノンフィクションで、竹野内豊演じる大場大尉を主演にした映画だ。イーストウッドの「硫黄島」2作もすばらしい戦争映画だったけど、日本の製作でここまでの戦争映画が出来たことを賞賛したい。最後の行進するシーンでの日本人とし...
太平洋の奇跡 フォックスと呼ばれた男 (映画通信シネマッシモ☆映画ライター渡まち子の映画評)
太平洋の奇跡-フォックスと呼ばれた男-オリジナル・サウンドトラック物語は、いわゆる戦争秘話なのだが、この映画では、米軍からも恐れられた日本人将校を描きながら、彼の何がす ...
太平洋の奇跡−フォックスと呼ばれた男−・・・・・評価額1700円 (ノラネコの呑んで観るシネマ)
日本人の知らない、日本人の戦争。 第二次大戦下のサイパン島で、日本軍の玉砕後も、実に512日間も戦い続けた兵士達がいた。 「太平洋の奇跡−フォックスと呼ばれた男−」は、神出鬼没のゲリラ戦で、“狐の様に...
太平洋の奇跡-フォックスと呼ばれた男- (だらだら無気力ブログ)
太平洋戦争末期、激戦地となったサイパン島で部隊が壊滅した後も、残存する 47人の兵士を率いてアメリカ軍に立ち向かいながら200人ちかい民間人を守り、 アメリカ軍からフォックスとして恐れられた日本陸軍・大場栄大尉の実話を 元アメリカ兵ドン・ジョーンズの著作をも...
太平洋の奇跡−フォックスと呼ばれた男 (再出発日記)
監督平山秀幸出演竹野内豊(大場栄)ショーン・マッゴーワン(ハーマン・ルイス)井上真央(青野千恵子)山田孝之(木谷敏男)中嶋朋子(奥野春子)意外だったことは二つ。冒頭から...
『太平洋の奇跡 フォックスと呼ばれた男』 開戦から70年だから描けることは? (映画のブログ)
 『椰子の実』の歌を聴きながら、私は涙した。  この歌を作詞した島崎藤村は、忌み嫌われる戦陣訓の作成にも参画した人物である。にもかかわらず、日本の戦争映画では、しばしば平和を希求する曲として歌わ...
太平洋の奇跡-フォックスと呼ばれた男- (シネマDVD・映画情報館)
太平洋の奇跡-フォックスと呼ばれた男- スタッフ 監督: 平山秀幸 キャスト 竹野内豊 唐沢寿明 井上真央 山田孝之 中嶋朋子 阿部サダヲ ショーン・マクゴーウァン 劇場公開日:2011-2-11
映画『太平洋の奇跡−フォックスと呼ばれた男−』 (闘争と逃走の道程)
 太平洋戦争末期。日本の重要な軍事拠点だったサイパン島が米軍の手に落ちた後も、山にこもり、少数の兵士を率いて実に512日にも渡って抗戦を続け、米兵たちから“フォックス”と呼ばれ恐れられた日本人がいた...
劇場鑑賞「太平洋の奇跡フォックスと呼ばれ... (日々“是”精進!)
「太平洋の奇跡フォックスと呼ばれた男」を鑑賞してきました太平洋戦争末期、玉砕の島サイパンで、たった47人で敵に立ち向かい、多くの民間人を守り抜いた実在の軍人、大場栄大尉...
太平洋の奇跡/洋菓子店コアンドル (あーうぃ だにぇっと)
2月11日(金)公開の邦画2本。 “あしたのジョー” は残念ながらゲットできず。 年代的には、“あしたのジョー” 世代なのだが、漫画もテレビのアニメも私は観たことがない。 親に禁止されて見られなかったのだ。 今となっては考えられない? この前、実家でケー...
太平洋の奇跡−フォックスと呼ばれた男− (とりあえず、コメントです)
1944年のサイパンを舞台に描いた戦争ドラマです。 予告編を見ながら、大場大尉とはどんな人だったのだろうと気になっていました。 戦いのリアルさと深い人間ドラマに、いつの間にか引き込まれていました。
ほんの少し勇気があれば・・・。『太平洋の奇跡-フォックスと呼ばれた男-』 (水曜日のシネマ日記)
太平洋戦争の激戦地サイパン島を舞台に日本人大場栄大尉の実話を映画化した作品です。
『太平洋の奇跡 フォックスと呼ばれた男』  (京の昼寝〜♪)
  □作品オフィシャルサイト 「太平洋の奇跡 フォックスと呼ばれた男」 □監督 平山秀幸、チェリン・グラック□脚本 西岡琢也□原作 ドン・ジョーンズ□キャスト 竹野内 豊、唐沢寿明、ショーン・マッゴーワン、井上真央、山田孝之、岡田義徳、ベンガル...
映画鑑賞【太平洋の奇跡フォックスと呼ばれた男】128分本土以外の終戦の真実。 (愛知女子気侭日記)
1944年6月。陸軍歩兵第18連隊、大場栄大尉は日本から2000kmはなれた北マリアナ諸島サイパン島へ送られる。 この重要な軍事拠点である島を死守する使命を持つ日本陸軍43師団守備隊。 圧倒的物量で上陸して...
映画 「太平洋の奇跡 フォックスと呼ばれた男」 (ようこそMr.G)
映画 「太平洋の奇跡 フォックスと呼ばれた男」
太平洋の奇跡-フォックスと呼ばれた男- (悠雅的生活)
赤い目印。山中の水場。タッポーチョの狐。
太平洋の奇跡−フォックスと呼ばれた男− (to Heart)
生きて、 日本に帰ろう── 製作年度 2011年 上映時間 128分 原作 ドン・ジョーンズ 『タッポーチョ「敵ながら天晴」大場隊の勇戦512日』 脚本 西岡琢也/グレゴリー・マルケット/チェリン・グラック 監督 平山秀幸 音楽 加古隆 出演 竹野内豊/ショーン・マッゴーワン/...
「太平洋の奇跡−フォックスと呼ばれた男−」見てきました。 (平太郎独白録 親愛なるアッティクスへ)
親愛なるアッティクスへ 昨日、友人と映画「太平洋の奇跡−フォックスと呼ばれた男−」を見てきました。 (当然、本日はしっかりと二日酔いです(笑)。) 先日も、昭和27年公開の山本薩夫監督作品「真空地帯」について述べた際に、「もう、日本は太平洋戦争を舞台...
太平洋の奇跡 (上) (WEBLOG:e97h0017)
本作のレビューを執筆するにあたっては、作品が有するテーマとその表現方法を明確に分けて書く必要があると感じています。プレビューで書いたとおり、私はこの映画は決して「反戦映画」ではないと考えます。実は日本人にとって「反戦」というテーマで映画を作る
太平洋の奇跡 (下) (WEBLOG:e97h0017)
本作が当時の日本人を描くときに用いた基本的な表現方法にまずは言及しておきたいと思います。クリント・イーストウッド監督が「硫黄島の戦い」を2作品をもって描いたのは、戦争を切り取る視点が一方に偏らないようにする配慮によるものということになると思います。本作...
太平洋の奇跡 フォックスと呼ばれた男 (やっぱり最終的には自分じゃないの)
太平洋戦争の末期。陸軍歩兵第18連隊の大場大尉は、日本から2000キロ離れたサイパンへ送られる。彼は軍から離れて戦う一等兵の堀内と共同戦線を張り、アメリカ軍を翻弄していく。神出鬼没の彼らは“フォックス“と呼ばれ、アメリカ軍はついに大掃討作戦...
太平洋の奇跡 −フォックスと呼ばれた男 (勝手に映画評)
事実に基づいた物語。太平洋戦争末期の1944年、サイパン島が玉砕してから、大場大尉の物語は始まる。援軍はもちろん、食料・弾薬はおろか、水も乏しい中、512日にも渡り抵抗を続け、最後は、連隊長からの正式の投降命令を受けて投降した。 大場大尉を演じたのは、竹野内....
[Review] 太平洋の奇跡 -フォックスと呼ばれた男- (Diary of Cyber)
『硫黄島からの手紙』では、栗林忠道中将を中心とした、硫黄島の戦いが、『俺は、君のためにこそ死ににゆく』では、鳥濱トメさんと彼女が甲斐甲斐しく世話をした特攻隊隊員が、『男たちのYAMATO』では、戦艦大和に搭乗する若き船員達が、今にも死ぬかもしれない状況の中で...
「太平洋の奇跡 −フォックスと呼ばれた男」国民と兵を守るために512日間戦い続けた指揮官の人望 (オールマイティにコメンテート)
2月11日公開の映画 「太平洋の奇跡 −フォックスと呼ばれた男」を鑑賞した。 この映画は1944年7月に太平洋戦争で アメリカ軍がサイパン島に侵攻し殆どの日本軍は壊滅した ...
『太平洋の奇跡 -フォックスと呼ばれた男-』・・・これでは心に響かない (SOARのパストラーレ♪)
けっきょく何を描きたかったのか、そもそも何が奇跡なのか、伝わる物があまりに弱くて残念。期待が大き過ぎたか・・・。
太平洋の奇跡 -フォックスと呼ばれた男- (映画鑑賞★日記・・・)
2011/02/11公開 日本 128分監督:平山秀幸出演:竹野内豊、ショーン・マッゴーワン、井上真央、山田孝之、中嶋朋子、岡田義徳、板尾創路、阿部サダヲ、唐沢寿明生きて、日本に帰ろう─ ...
太平洋の奇跡 〜フォックスと呼ばれた男 (迷宮映画館)
四面楚歌作戦は、効くなあぁ
「太平洋の奇跡 フォックスと呼ばれた男」 (Con Gas, Sin Hielo)
演者の熱意と骨太の事実が脚本を救う。 「殺してやる」と言っても本当に相手を殺すつもりはなかったんでしょう?というのは「十二人の怒れる男」だったと記憶している。 しかし、戦時中の「命を懸けて」は、まさに生命の存亡の線上で発せられていた言葉だった。 敗戦....
フォックスと呼べる男・竹野内豊 (美容師は見た…)
『太平洋の奇跡-フォックスと呼ばれた男-』で、実在した大場大尉を演じた竹野内くんは、本当に見事に魅せてくれました。竹野内ファンでもあり、若い頃のイケメンな彼を思い返すと、こんな役を演じるようになったんだな〜って感慨深くて…恋愛ものに萌え〜だったあの頃が懐...
嫁さんと映画「太平洋の奇跡-フォックスと呼ばれた男-」を観る (饒舌な寝言)
偶然テレビ番組・奇跡体験!アンビリバボーで大場栄大尉の実話をドラマ化していたのを観た。 アメリカ軍から恐れられた実在の日本 人、「フォックス」と呼ばれた軍人 大場栄というのは、 軍事オタクでもあるオレは知っていたが、 愛妻家で戦争中でも数百数千の手紙のや...
「太平洋の奇跡 フォックスと呼ばれた男」 (【映画がはねたら、都バスに乗って】)
サイパン陥落後も山の中に閉じこもってがんばった日本兵の物語。 あなた、戦争映画なんて興味あったっけ? イーストウッドの「硫黄島からの手紙」みたいなのかなあと思って観に行ったんだけど。 あれに比べるとどうも・・・って思ってるんでしょ?でも、イーストウッドと...
映画「太平洋の奇跡」 (しづのをだまき)
2月22日(火)自分が生れた昭和19年を
映画「太平洋の奇跡」 (しづのをだまき)
2月22日(火)自分が生れた昭和19年を
太平洋の奇跡 −フォックスと呼ばれた男 とにかく生きるのだ・・・ (労組書記長社労士のブログ)
【=12 -3-】 大阪〜阪神地区を午後、仕事でウロウロしていたが、すごく雪が降ってビックリ! このまま降り続けたら、明日の朝までに数メートルの積雪にでもなるのではないかとびびったけど、夕方にはすっかり融けたようだ、とにかく大袈裟だ、関西人。  1944年、太平....
映画「太平洋の奇跡 −フォックスと呼ばれた男」を観ました!!(2011-04) (馬球1964)
映画「太平洋の奇跡 −フォックスと呼ばれた男」を観ました!!
映画「太平洋の奇跡 フォックスと呼ばれた男」 (After the Pleistocene)
 かなり大がかりなロケをしているはずなのに、まるで狭い舞台で見ているようにしか見えず、激しい戦争の息遣い、迫力が感じられない。すでにクリント・イーストウッドの硫黄島激戦の映画を見た後では、残念ながら『奇跡』が奇跡に見えてこない。太平洋戦争の奇跡と言えば...
太平洋の奇跡 - フォックスと呼ばれた男 ‐ (Diarydiary! )
《太平洋の奇跡 - フォックスと呼ばれた男 ‐》 2011年 日本映画 サイパン
太平洋の奇跡 フォックスと呼ばれた男 (小部屋日記)
(2011/日本)【DVD】 監督:平山秀幸 出演:竹野内豊、唐沢寿明、井上真央、山田孝之、中嶋朋子、岡田義徳、板尾創路、光石研、柄本時生、近藤芳正、酒井敏也、ベンガル、阿部サダヲ 生きて、日本に帰ろうー。 原作はドン・ジョーンズの実録小説「タッポーチョ『敵な...
太平洋の奇跡-フォックスと呼ばれた男- (こんな映画見ました〜)
『太平洋の奇跡-フォックスと呼ばれた男-』 2011年(日本)監督:平山秀幸 出演:竹野内豊、ショーン・マッゴーワン、井上真央 、山田孝之、中嶋朋子、阿部サダヲ、唐沢寿明 太平洋戦争末期、玉砕の島サイパンで、たった47人で敵に立ち向かい、多くの民間人....
太平洋の奇跡 -フォックスと呼ばれた男- (Akira's VOICE)
FOXHOUNDではありません。
「太平洋の奇跡-フォックスと呼ばれた男-」 守るべきものは何なのか (はらやんの映画徒然草)
海外出張の帰りの飛行機の機内で観賞(行きは映画を観る気持ちのゆとりがなかった〜)