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恋人たち

2015年12月01日 | 邦画(15年)
恋人たち』をテアトル新宿で見ました。

(1)7年前に見た橋口亮輔監督の『ぐるりのこと』が大層素晴らしかったので、映画館に行ってきました。

 本作(注1)の冒頭は、風呂に入っているアツシ篠原篤)が、独り言を喋っています。
「あいつから婚姻届書くように言われ、時間をかけながら書いた」「タバコを吸うのをあいつが嫌っていたから、タバコを止めると宣言した」「書き終わって、あいつが風呂に入って一人になった途端、結婚するんだと、ベランダに行って一本吸った」「そっこうバレて、こいつ癇癪起こすなと思ったら、あいつ、少しずつ減らしていけばと言った」「結婚したら嬉しいんじゃなかと思った」などなど。



 次いで、早朝、タバコを吸いながら瞳子成嶋瞳子)が、雅子さんを歓迎する人々が写っているビデオをTV画面で見ています。
夫が起き出してきたので、「うるさかった?」と言ってタバコを消します。
 夫がトイレに向かうので、瞳子は「お母さん(木野花)が入っているよ」と注意します。



 さらに、アツシが乗る橋梁点検の船とか(注2)、瞳子が働く弁当屋の模様が映し出された後、弁護士事務所で依頼人と話している四ノ宮池田良)の場面。
 アナウンサーと自称する女(内田慈)が、「成田別居してます。結婚詐欺だ」などとまくし立てるので、四ノ宮は「判例を調べてみます」と応じます。



 これで、本作を構成する3つの話に登場する3人が映し出されましたが、さあこれから物語はどのように展開するのでしょうか、………?

 本作では3つの物語が交互に綴られており、物語相互の関係は希薄ながらも(注3)、どれも類似する雰囲気を漂わせていて、全体で一つの作品を作り上げているように見えるところに感心しました。そして、それぞれの物語で中心となる人物は、オーディションで選ばれた知名度の低い俳優が演じているにもかかわらず、それぞれ「恋人」を失いながらも立ち直っていく様子をなかなかうまく演じていたりもして、全体として『ぐるりのこと』に勝るとも劣らない優れた出来栄えだなと思いました(注4)。

(2)登場する3人は、それぞれ恋人のことで痛手を被ります。
 アツシは、愛妻が3年前に通り魔に殺され、そのショックで仕事に出たり出なかったりしている模様です。
 また、瞳子は、鶏肉卸業の藤田光石研)と不倫の関係を持ちますが、実際の藤田の酷い有様を知って元の生活に戻りますし、同棲していた同姓の恋人と別れた四ノ宮は、親友の山中聡)に接近しようとするも、聡の子供の事で素っ気なく対応されてしまいます。
 でも、それぞれ厳しい事態を迎えるとはいえ、最後までそれを引きずることなくポジティブな姿勢で明日に向き合っていこうとする姿が描かれており、見終わると「いい映画を見たな」という感じにさせてくれます。

 印象的な場面としては、例えば、アツシが国民健康保険のことで区役所の窓口に行った際のシーン。
 滞納している保険料を支払って保険証をもらおうとするのですが、窓口の健康保険課職員・溝口山中崇)の対応が酷く冷淡なのです。
 事情があって1万円しか支払えないとアツシが言っても、溝口は残りの滞納分の支払いを確約しろと言い張り、挙句、1週間しか有効期間のない保険証を交付する始末です(注5)。
 これにはアツシも、切れる寸前にまでなって、窓口からなかなか立ち去ることが出来ません。
 本作がアクション物ならば、アツシが、隠し持っていたマシンガンを振りかざして健康保険課の職員を全員射殺してしまうところかもしれません。無論、そんな事態にはならずに、アツシはぐっと我慢して引き上げるのですが。

 また、瞳子が、藤田に連れて行ってもらった養鶏場の裏手の高台に登って、綺麗な夕日を見ながら野外放尿します。
 このシーンは、自分にもこれから新しい人生が開かれるとの期待が膨らんで開放感に浸されたことを表しているものと思われますが、瞳子の期待が藤田の実像を見ることで見るも無残に崩れてしまうシーン(注6)と対比されて、強く印象に残ります。

 さらには、四ノ宮が、聡の影の頭の部分を松葉杖(注7)の先でなぞる場面も、その聡に対する想いをとてもうまく表している感じがしました。

 これらの以外にも印象的な場面は数多くあります。
 総じて言えるのは、どの場面も、よく見かけるもの(あるいは見かけうると思わせるもの)となっていて、見る者に大層リアリティを感じさせるという点でしょう。
 それでいて、本作では物語が描かれていて、ラストのアツシの姿は、明日があることを見る者に充分納得させます。

(3)渡まち子氏は、「好みとしては断然「ぐるりのこと」が好きだが、「ぐるりのこと」が完璧に計算された作品だとしたら、本作は原石のような面白さがある」として60点をつけています。
 中条省平氏は、「とくに凄いのは、素人とプロの中間というべき3人の主役で、その演技の不思議な迫力に圧倒される。素人に潜在する演技力をここまで引きだした点で、監督の演出力にも驚かされる。そして、個々の愛の物語をこえて、ここには現代日本の絶望感が息苦しいまでにみなぎるが、ラストの船からの眺めの連続に、解放感と希望がかいま見える」として★4つ(「見逃せない」)をつけています。
 森直人氏は、「圧巻だ。市井の人々の疎外された思いや鬱屈(うっくつ)を描きながら、日本社会の全体像を見据えるスケールとボリュームがある。同時に、生き難き者たちの心の奥底まで一緒に降りていく覚悟がある」と述べています。
 読売新聞の恩田泰子氏は、「何があっても生きていくほかない。市井の人の哀感とかすかな希望をこれほど見事にすくいとった映画が、今、生まれたことがうれしい」と述べています。



(注1)原作・脚本・監督は、『ぐるりのこと』の橋口亮輔

(注2)アツシは、小さなハンマーで叩くことによってコンクリートのヒビ割れ状況がわかるという能力を持っています。会社の上司は、「この人は天才だから」と言っています。
 それにしても、橋口監督は、『ぐるりのこと』の法廷画家(リリー・フランキーが扮します)といい、余り知られていない職業を探し出してくるものです。

(注3)アツシが、殺された妻のことで弁護士の四ノ宮と相談するシーンが設けられているとか、アツシの上司(黒田大輔)がアツシの住まいにやってくるときに持参する弁当が、瞳子のアルバイト先の弁当屋の物のように思える、といった希薄な関係は描かれています。

(注4)出演者の内、光石研は『天空の蜂』、藤田の愛人役の安藤玉恵は『ピース オブ ケイク』、木野花は『娚の一生』、アツシの同郷の先輩役のリリー・フランキーは『バクマン。』、山中崇は『ふがいない僕は空を見た』で、それぞれ見ました。

(注5)保険料の計算は元々複雑で、なおかつ地方自治体によっていろいろ異なっているので、素人にはよくわかりませんが、アツシが言うように「前年の所得が100万円くらい」であれば、保険料の減額措置が受けられ、そんなにたくさん収めなくても済むのではないかと思われるところです。少なくとも窓口の職員は、そういうことを優しくきちんと説明した上で、滞納者の保険料の支払いを促すべきではないでしょうか?何にせよアツシは自主的に支払おうとしているのですから、溝口のような高圧的な対応は言語道断です(それに、短期の国民健康保険証はあるにしても、1週間のものなど存在するのでしょうか?)。

 話は異なりますが、年収100万円くらいでアツシはあのアパートの生活を維持できているのか、やや不思議な気がします。バス・トイレ付きで、普段は使わないもう一部屋(妻の遺骨や位牌などが置かれていて、アツシは部屋に入っていくことが出来ません)がありますから、家賃はある程度かかるのではないでしょうか?それを6万円だとしても年間72万円かかりますし、食費が月2万円ならばそれで24万円。結局、残るのは4万円しかなく、それで光熱費・雑費を支払えるのでしょうか(電気・ガス・水道で月1万円は必要なのでは)?

(注6)瞳子は、呆けたようになって、自分が働いていた時に上司に言われた話をし、更に「その話は、後で聞いたら口説き文句だったとのこと。そしてそれが今のダンナ」と言います。

(注7)四ノ宮は、階段を仲間と一緒に歩いている時に、後ろから誰かに押されて転げ落ち、脚を骨折してしまいます。突き落とされる前に、依頼人の自称アナウンサーのことを酷くバカにして仲間と喋っていましたから、あるいはその女かもしれませんが、映画では犯人はわかりません(冗談ですが、『グラスホッパー』に登場する「押し屋」を思い出してしまいました)。



★★★★★☆





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2 コメント

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Unknown (ふじき78)
2016-04-10 00:41:02
アパートの住居費は生前同様、事件にあった恋人の口座から折半分出てるのかもしれないです。彼の恋人その物も金持ちと言う訳ではないでしょうが、結婚資金の貯えがあってもおかしくないので、そういう資金を心の整理が付くまでと言う事で出してもらってるのかもしれません。彼女の財産がどこに行くのかは素人ゆえよく分かりませんが。
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Unknown (クマネズミ)
2016-04-10 05:48:47
「ふじき78」さん、TB&コメントをありがとうございます。
なるほど、「事件にあった恋人の口座から折半分出てる」ということまで気が付きませんでした。恋人の事件が3年前だとしても、50万円くらい口座に残っていれば、なんとか光熱費くらいはまかなえるかもしれません。
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