咲とその夫

 定年退職後、「咲」と共に第二の人生を謳歌しながら、趣味のグラウンド・ゴルフに没頭。
 週末にちょこっと競馬も。
 

涙なくして見られない・・・「とんび」

2012-01-16 23:32:00 | レビュー
 「僕に恨みを抱かせなかった父を誇りに思う」

 14日(土)21時00分から放送されたNHK土曜スペシャルドラマ「とんび」の後編、見た、泣いた、笑った・・・最高のドラマ。

 物語の後段、冒頭の「・・・父を誇りに思う」と、息子が入社試験の作文の結びに書いていたこの言葉を聞いて、再び涙が流れてくる。



 昭和30年代後半から昭和60年代までの古き懐かしい昭和の時代、母親を事故で亡くした父と子が貧しいながらも懸命に生きていく姿。子供を一人前の人間に育てるために懸命に頑張っている父、時には笑い、時には父子の喧嘩、そして“とんび”が“たか”を産んだと周りから呼ばれる父と子・・・。

 その子「アキラ」は、父「ヤス」が勧める地元の広島大学よりも東京の大学(早稲田)受験を密かに目指していた。「ヤス」はこれまで苦労して男手ひとつで育てた息子「アキラ」と別れて暮らすことがどうしてもできなかった。

 ある時、遂に言ってはいけない言葉を口にした父、「・・・行くんじゃったら勝手に行け、その代わり銭は出さん。学費も生活費も全部自分でやれ」と・・・。

 「アキラ」は、父の友人の副住職などに相談し、寺に下宿し受験勉強をすることとなった。「ヤス」父子を支えている周りの友人たちは、「ヤス」が一人で暮らすためのお試し期間として、しばらく付き合わないようにして突き離す・・・。ここらあたりが、何ともいい雰囲気で周囲の皆が「ヤス」、「アキラ」父子のことに親身になっているということがよく分かるシーンであった。

 本当に素晴らしい仲間たちである。

 「ヤス」父子を支えている周囲の仲間、さらに職場の仲間たちの温かい触れ合いの素晴らしさが視聴者にヒシヒシと伝わってくる。あの頃は、周りのすべての人たちが親身になってくれていた時代・・・。

 それらの場面を見ながら、我が家では既に“ジーン”ときて目頭が熱くなっている

 「ヤス」は息子と別れた寂しさを紛らわすために酒を飲み歩き、十分な食事を摂らなかったので栄養失調で倒れてしまった。その後、意地を張ることを止めた「ヤス」は「アキラ」に早稲田大学受験を許す・・・猛勉強の後、「アキラ」が見事に早稲田大学に合格する。父は勿論、周囲の人たちも大喜びであった・・・お祝いの宴会が始まるいい場面だね。

 高校を卒業した3月下旬、「アキラ」が上京する日がきた。その前夜、父と子がカレーライスを食べながら、会話をするシーンが続く。今まで父に育てられた思い出が去来するなか、「お父さん、東京に行かせてくれてありがとうございます」・・・には、当方たちまでもジーンとくるのである。

 そして、当日の朝が来た。寂しさで駅に送っていけない「ヤス」、ところが、「アキラ」からの置手紙を読んだ父「ヤス」は、自転車で列車が通る堤防まで行って堤防上から「フレー、フレー、アキラ」と歓声を上げる・・・「アキラ」は父の姿が目に入り「おとーさーん」と連呼する・・・泣きながら。

 このいいシーンを見ていた我が家も・・・思わず涙目となった。(笑)

 それから五年後、「ヤス」に無言電話がかかるようになる・・・それは、幼少の頃自分を捨てて家を出た父親からであった。その後、義弟から電話がかかり、病床にある父が一目「ヤス」に会いたいとのことであった。

 一方、「アキラ」は、大学時代のアルバイト先の出版社に、卒業したら勤めようと考えていた折、和尚さんが病気で入院し家族を通して「アキラ」に会いたいと・・・。

 「アキラ」は、地元の祭りの頃、和尚さんの病気見舞いに帰って、和尚さんと二人になった時に母親の死の真相を聞かされた。これまでは、父を助けるために母が犠牲になったと父から聞かされていたが、実は「アキラ」を助けるためであったとの真実に「アキラ」は涙が流れて止まらない。

 そのことは、出版社の入社試験の作文に記載していた・・・

 後日、「ヤス」は意を決して危篤の父に会いに上京し、その足で出版社を訪れ大手出版社の編集長に会った。すると編集長が息子の作文が素晴らしいといって、「アキラ」が入社試験で書いた作文を特例により見せてくれた。
 その内容とは、「ヤス」にとって思いもよらないことが書かれており、とても涙なしでは読むことができないものであった。

 この作文の内容については、視聴者の心を大きく打つもので・・・結局、この場面でも涙なしでは見ることができなかった。その作文は、このドラマを見る者の心を捉えて離さないであろう。

 その後、物語も終盤へと次々と展開し息子が結婚をする・・・東京で一緒に暮らそうという「アキラ」に広島からは出ないという「ヤス」。

 「アキラ」たちが途方に暮れたとき、帰る場所がないと困るから“ふるさと”としてこの広島にいつまでもいると・・・。ここに日本のお父さんを見る思いがしたのは、当方たちだけではないであろう。

 わずか、これだけの言葉であるが、最愛の「アキラ」をりっぱに育て上げた安ど感と一人暮らしとなっている寂しさも入り混じった複雑な心境の「ヤス」の人生後半の哀愁のこもった堤真一さんの素晴らしい演技に思わず拍手したくなった・・・最高のドラマであった。(咲、夫)

[追 記]~後編 あらすじ~
 高校三年になりアキラ(池松壮亮)は受験勉強に励む。アキラと離れて暮らしたくないヤス(堤真一)は広島大学への進学を勧めるが、アキラは内緒で早稲田大学を目指し邁進する。本心を知ったヤスは寂しさのあまり激怒し、東京に行くなら学費も生活費も出さないと言い放つ。
 たえ子(小泉今日子)たちの計らいでアキラは照雲(古田新太)の寺・観音院へ下宿し勉強を続ける。幸恵(谷川清美)や葛原(塚地武雅)も、ヤスが子離れして自立するための"お試し期間"だとアキラの家出に賛成する。
 一方、ヤスは寂しさに耐え切れず、毎晩飲み歩いた末に栄養失調で倒れてしまう。結局ヤスはアキラの希望を受入れ、アキラは見事、現役合格を果たし上京する。
 五年後。一人暮らしのヤスの元に不審な無言電話がかかってくる。それは、かつて幼いヤスを見捨てて上京した実父からの電話だった。
 一方、海雲和尚(神山繁)の見舞いで帰省したアキラは、東京での雑誌記者のアルバイト、卒業後もそこで働く決意、そして、東京でお父さんと一緒に暮らしたい、と伝える。
 後日、実父が危篤と知ったヤスは、照雲たちに説得され上京する。それでも、まだ再会を躊躇するヤスはふと思い立ち、アキラが働く出版社を訪ねる。ヤスはそこで編集長から、アキラが入社試験で書いた作文を渡される。そこには、アキラが既に母の死の真相を知っていたことが書かれていた…。
 六年後、アキラは広島で子連れの結婚式を挙げる。東京で孫と一緒に暮らさないかと誘うアキラにヤスは、自分は東京には行かない、アキラと家族がいつでも帰ることが出来る"ふるさと"として、これからもずっと広島に居ると語るのだった…。
(出典:NHK公式HP 抜粋)



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