日々これ楽日

桜情報を機に始めたブログがH25年猫は天国に、娘は結婚、夫は認知症と一気に環境が変わって老老介護の記録になって来ました。

オンライン面会 3

2021-03-18 23:59:05 | アルツハイマー病

3月11日。東日本大震災から10年たってしまいました。

私が住んでいる地域は津波の被害が大きかった地域ですが海から4~5キロ離れているので津波の被害は停電が4日ほど続き、ラジオで聞いたり、携帯で見る小さな画面からは何が起こっているのか理解出来ずにいました。後で見たテレビの映像は想像を絶するものでした。幸い断水もなくガスを使っていない我が家は生活はあまり不自由を感じることなく過ごす事が出来ました。

この頃の夫はまだ認知症の宣告は受けておらず地域の町内会の仕事や市民会館などで得意な事を教えあうような講座を立ち上げ楽しく活躍していました。

ただアレ?と思うような言動が時々あった事は否めませんでした。震災直後に心配して電話をくれた知人たちには「家は一切何の被害もありませんでした」と言っていました。

確かに海辺の方々から比べると被害はすくなかったとは言え、実際は食器はガラガラと音を立てて壊れ、本棚は倒れ足の踏み場もなく、又別の部屋は棚がドアの前に倒れドアが開かなくなっていたのですが。

夫の認知症を案じていた私は同じボランティアの仲間の方に「何か不都合があったら教えてくだい」とお願いしておきました。

震災から2年たった頃講座の際に「ちょっとおかしい事がある」という事を伝えてもらいました。その話を聞いた時その足で夫の主治医を訪ねました。

先生は私の話は信じてくれませんでした。そのくらいまだ少しの時間の間には目だった事はなかったのですが日々の暮らしの中では徐々に認知症が進んでいました。

 

それから8年。2年少し前、誤嚥性肺炎になって今の病院に中心静脈にして転院。病院では寝たきり。コロナで面会もままなりません。

3月11日は3回目のオンライン面会の日でした。

朝、主治医の先生から電話を頂きました。
「2日前から39度の熱が出て、糖尿病も急激に悪くなって来て、いまは大分落ち着いてきて熱も7度3分くらいになって来ましたが鼻から酸素の管を通しているのでオンライン面会でびっくりすると思い電話をしました」
「体力がなくなってきているからでしょうか?」とお聞きしましたが「顔つやも良いし体重も減っていないので何とも言えない」という事でした。

午後からの面会でしたが何度声をかけても目は閉じたまま。
看護師さんも「先ほどまで目を開けていたのですが・・・」声をかけたり、目を拭いて開けようとて下さいましたが目覚める事はありませんでした。
頬はこけ、歯茎の周りが汚れているように見え歯茎から血でも出ているのかと聞きましたが明快な答えは得られませんでした。
パソコンの画面越しに見ているので本当の姿は分かりません。決められた面会時間は10分ですが5分もいたでしょうか?話題もなく「又来るからね」と声をかけて帰って来ました。

覚悟はできているはずなのにタクシーを待っている間急に悲しみが襲って来ました。

このコロナを乗り切って直接会って手足をさすりせめて結婚してから50数年の感謝の気持ちを伝えたいと思っています。

本当は自分の明日も分からないのですが・・・・・。

 

お父さん今は頑張って乗り切って下さいね。