ZZR1400GTR's Tagebuch(日記)

主に独逸・墺太利・瑞西・南チロルの欧州事情を発信。

死んでいただろう夜

2010-10-24 13:57:31 | ZZR1400
以前、以下の様な記事を書きました。2006年9月10日の記事です。

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...48時間以内に7時間位の睡眠と全走行距離約1300キロ、家の傍2キロの地点で居眠りで転倒し、バイクはたいしたこと無かったのですし、打撲以外は怪我が無かったのですが左目の脇をメガネで切って結構血が出て止まらず、曲がったクラッチレバーを操作しながら救急病院で止血してもらったのです。投げ出された瞬間は居眠りしていたので記憶は無く、多分ヘルメットの左側から地面にたたきつけれられた拍子に目が覚めて3回転位したのですが、そのたびに左側を軸にして橋の中央付近を目指してコマのように転がっていったバイクを見ながら考えたのは、

一回目:火花が散ってきれいだな
二回目:あんな重いものがこんなにくるくる回ってる
三回目:これだったら修理にはそんなに掛からない(お金と時間)

時速はたかだか50キロ、幸いに早朝の日曜で後続車が無く、対向車のお兄さんも十分に手前で止まってくれ、バイクの引き起こしも手伝ってくれました。彼もびっくりしたそうです。私もびっくりしました。皆さん、睡眠は十分にとりましょう。無理な計画は怪我の元です。それから服装は重装備に越したことはありません。私も両膝を地面に直撃したようですがなんともありませんでしたし、3回も転がったのに怪我らしい怪我にはなりませんでした。
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今回の記事の写真がその 「現場の手前」 のものです。この右車線(右折)から橋を越えるための直線の車線(左車線)に変更し、緩く左カーブ切った後で 「居眠り」 したのです。

橋の欄干にでも激突していたら、、橋から河に重装備で飛び込んでいたら、河でなく橋の付け根下の道路に落ちていたら、橋の上で対向車と正面衝突していたら、後続車に轢かれたいたら、きっと死んでいたでしょう。

死んでいただろう夜、でも助かって生き延びている今、この道を通るたびに 「生きていることには必ず意味がある」 と考えられるようになりました。

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