前回と前々回は新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)に関する情報をお伝えしましたが、今回から再び『漢方の味』(鮎川静:著、日本漢方医学会出版部:1939年刊)のご紹介に戻ります。今回は第11回目となります。
◆盲腸炎
盲腸炎については、外科を専攻し漢方を深く研究した龍野一男氏が、『東邦医学』(東邦医学社:1939年1月号)という雑誌に手術治療と漢方治療の成績を発表し、漢方治療は手術治療に優(まさ)ってはいても決して劣ってはいないので、非常に安く治療ができる漢方治療を推奨していたそうです。
鮎川氏は、それに加えて治療後の健康状態を考慮して、漢方治療に優る治療法はないと断言しています。
これはどういうことかというと、鮎川氏の医院を訪ねてくる患者には盲腸炎の手術を経験した人が多くいて、しかもそのいずれもがほとんど口癖のように、盲腸炎手術後、非常に弱くなりましたと訴えるのに対し、盲腸炎の患者を漢方で治した場合は、治療前よりウンと健康になりましたと喜んでくれるのが普通だったからです。
この本には、盲腸炎の手術後、腹膜炎を起こした人の治療例が載っているのでご紹介しましょう。
あるとき、写真屋の奥さんが盲腸炎の手術を受けたのですが、その後の体調が思わしくなく、特にここ一週間は胸が痛みどおしで苦しんでいて、鮎川氏に往診の依頼が来たそうです。
鮎川氏が診察すると、腹膜炎を起こしていたのですが、これは腹膜炎であると言ったら手術をした医師の名に傷がつくので、次のように説明したそうです。
「盲腸炎というのは、盲腸についている虫様突起に魚の骨か何かが刺さって起こす病気のように一般に言われ、そう信じられているが、決してそんなものではない。必ず瘀血(おけつ)と水毒が原因をなしている。私の薬でその原因物を出してあげるからすぐに痛みは止まる。」
そして、小柴胡湯(しょうさいことう)と桃核承気湯(とうかくじょうきとう)の合方を処方したところ、たった一服で劇痛が止まり、約二週間後にはもう起こしてもよい程度になり、その後も順調に回復したそうです。
鮎川氏は、この患者がもし漢方治療を受けていなかったら、腹膜炎は慢性に移行し、胃腸障害から肺結核になっていたであろうと予測しています。
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西洋医学の専門家は、なぜか外科手術が大好きですが、実は漢方薬の方が安くて安全で、しかも体調がよくなるというオマケがついてくるというのは面白いですね。
ところで、『臨床応用漢方医学解説』(湯本求真:著、同済号書房:1933年刊)という本には、盲腸炎の治療薬として、大黄牡丹皮湯(だいおうぼたんぴとう)のことが書かれています。これは本ブログの「高血圧と糖尿病」に登場した薬ですが、ここで説明するのが最適と考えて説明を省略していました。
この薬は、盲腸炎で、下腹部が腫(は)れてつかえ、押すと痛み、尿道炎に似ているが排尿に支障がなく、ときどき発熱・発汗・悪寒があり、化膿していない場合に適する処方だそうです。
主薬の大黄(だいおう)は、第10回でご説明したように消炎誘導作用のある下剤で、もう一つの主薬の牡丹皮(ぼたんぴ)は、桂枝茯苓丸(けいしぶくりょうがん)にも配合されている瘀血の薬です。
なお、化膿しているかどうかは脈を診(み)て判断し、化膿している場合は薏苡附子敗醤散(よくいぶしはいしょうさん)という漢方薬を使わなければならないそうです。
漢方は、こういった細かい症状の違いを明確に区別し、最適な処方を用意しているわけですから、先人の知恵の深さには本当に驚かされます。
また、この本の著者の湯本氏は、「手術は繁雑でお金がかかり危険な上、患者に非常に苦痛を与えるので、これを避けて、優秀で簡易な漢方の手法を採用するのは医者たるものの義務であると信じる」と明言しています。
将来、漢方の知恵が大いに広まって、医者としての義務を果たしてくれる人が増えるといいですね。
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