前々回ご紹介した『癌の治った話 どうして治ったか』(大浦孝秋:著、人間医学社:1951年刊)という本には、臀部を指圧して胃腸にできた悪性腫瘍を発見する方法が書かれているのですが、これはあまり知られていないと思いますので、少し詳しくご紹介します。
この方法を発見したのは、九州帝国大学医学部教授の小野寺直助氏で、『小野寺教授論文集』(小野寺直助:著、日本医書出版:1944年刊)という本には、次のように説明されています。
1.圧する点(小野寺臀部圧診点)は左右腸骨節に沿い、前上腸骨棘と後上腸骨棘との中間、かつ節より約3ないし4cm下のところで、中臀筋起始部に一致する。(腸骨は骨盤上部の骨、腸骨節はその上縁、「節」は原文では「櫛」、棘(きょく)は尖った部分)
2.検査するときには、患者を診察台の上に横向きに寝かせ、股と膝で軽く脚を屈曲させ、指頭を腸骨面に垂直に立ててひねり気味に強く圧迫する。
3.この際単に局所の圧痛を訴えるのみであれば(+)とする。胃腸カタル、下痢等でも(+)となる。便秘があれば左側のみ(+)となる。
4.圧痛が放散して膝の裏側に達するものは(++)とし、さらに足の裏または足の指先にまで放散して感じれば(+++)とする。臀部圧診点が(++)または(+++)となる場合は必ず胃または十二指腸の粘膜に欠損を伴う。なお、患者によっては、悲鳴を上げて反転し、放散するか否かを判断できかねる場合がある。
これは、解剖学の知識がないと理解しにくく、しかも使われている医学用語が古く、掲載されている説明図も不鮮明なのですが、『生体症候観察』(高橋華王・菅原克夫:共著、成文堂:1967年刊)という本に同じ図があったので、それを元に「小野寺臀部圧診点」を再現してみました。
【小野寺臀部圧診点】(骨盤の原図は『人体系統解剖学 巻之一』(鈴木文太郎:著、丸善:1918年刊)より)
『生体症候観察』の図も大まかなので、この図の赤丸の位置は参考程度に考えていただきたいのですが、このように胃や十二指腸とはまったく関係がない部分に痛点が存在するというのはとても興味深いですね。
小野寺氏が、この臀部圧診点と潰瘍の関係を確信したのは、腸チフス患者は一定期間必ず小腸に潰瘍を生じ、同時に臀部圧診点が陽性になることを経験したためで、この方法は腸チフスの診断に有効なのだそうです。
この経験から、小野寺氏は「小野寺臀部圧診点」が胃腸の潰瘍や食道疾患を発見するのにも有効であることを実証し、胃がんや食道がんの患者においても強陽性を示す場合が多いことを明らかにしました。
ただし、胃がんや食道がんと診断されても「小野寺臀部圧診点」が強陽性とならない場合があるため、潰瘍を伴わないがんはこの方法では発見できないのかもしれません。
さて、『癌の治った話 どうして治ったか』に戻ると、大浦氏はちょうど胃がん患者を治療していたので、早速この方法を試してみたところ、患者は相当強烈に圧痛を感じたらしく、小野寺氏のいうように悲鳴をあげんばかりであったそうです。
また、大浦氏は通常左側の臀部を調べるのですが、念を入れる必要があれば右側も調べるし、左で出ない場合に右でやることもあると書かれています。
なお、『胃潰瘍・胃下垂の根治療法』(田村豊幸:著、日本文芸社:1966年刊)という本によると、内臓下垂の場合でも「小野寺臀部圧診点」が強陽性となるため、正確に診断するには、診察の際に患者を両肘、両膝で四つん這いにさせる必要があるそうです。
ところで、この本には、胃酸過多症や、それに伴う胃・十二指腸潰瘍を治療する方法として、ジャガイモをすりおろした汁、または10%の澱粉浮遊液を毎食前に飲む方法が紹介されているので、ご興味のある方は『胃潰瘍・胃下垂の根治療法』をご覧ください。
胃腸の病気は、現代では内視鏡やコンピュータ断層撮影(CT)によって正確な診断が可能ですが、いずれも苦痛と出費を伴いますから、胃腸の具合が気になる人は、手軽にチェックできる「小野寺臀部圧診点」を試してみてはいかがでしょうか?
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