今回は、『末期ガンが快くなった』(松尾四郎:著、松尾書店:1981年刊)という本をご紹介します。
著者の松尾四郎氏は、書店の経営者ですが、『梶原景時の生涯』、『宗良親王信州大河原の三十年』、『恐怖の中の繁栄』などの著作もあり、教養豊かな人物のようです。
患者は61才になる松尾氏の妻で、直腸がんで5年前に大手術を受けて一命を取りとめたものの、手術後3年経過して徐々に痛みが現われ、結局、周辺の臓器や骨盤にがんが転移、浸潤していることが判明し、不治の宣告を受けたそうです。
ところが、松尾氏はそれでも絶望することなく、テレビ、新聞、雑誌、知人の話等、がんに関するあらゆる情報を集め、吟味したそうです。
そして、肝臓がんで絶望状態になった親類の近親者が「佐藤式リンパ球療法」によって治り、今は社会復帰しているということを知り、これは信頼できると思ったそうです。(この治療法については、本ブログの「免疫監視療法」という記事でご紹介しています。)
ところで、松尾氏によると、「佐藤式リンパ球療法」を受けるには、病状の経過を書いた主治医の紹介状とレントゲン写真を持って、家族が佐藤博士に会い、治療してもらえるかどうかの相談をしなければならないそうです。
そこで早速地元の医師に頼みに行ったら、「そんな治療は何の役にも立たない。そんなものにかかるなら、××を煎じて飲んだがマシだ。」といって断られたそうです。
これは丸山ワクチンによる治療を受けたい場合でも同様だそうですが、がんの本当の治し方を知らないくせに、標準治療(手術、抗がん剤、放射線)以外の治療法を頭から否定するレベルの低い医師が大量生産されている現状には驚かされますね。
しかし、松尾氏はそこでくじけることなく、なおもしつこく頼んだら、その医師はしぶしぶ紹介状を書いてくれたそうですが、それを渡してくれる時なおもいまいましげに、「動物実験になるつもりなら、いいだろう。」と言われたそうです。
結局、松尾氏の妻が入院して治療を受け始めたのは10月の中旬で、それから2か月後には、痛みで眠れなくなるようなことはなくなり、1日1回は感じた悪寒もなくなり、体重は54kgから2kg増えたそうです。
そして、12月20日に一時的に退院して、1月8日に再入院し、最終的に2月24日に「寛解」という状態で退院して社会復帰を果たしたそうです。
ただし、完全に治った訳ではないため、重い物を持つことや長い旅行は禁止で、退院から6か月経った時点でも、痛みだけは消え去らないが、だんだん軽く、時間も短かくなり、次第に元気になっていったのだそうです。
この本は、以前ご紹介した免疫監視療法が、患者側の視点で欠点も含めてとても具体的に描写されているため、この治療法に関心のある方にはとても参考になると思われます。
また、松尾氏は、「治療を受けてさえおけば、患者の日常生活で何をしてもよい、というものでなく、自ら破壊行為をすれば、治療の効果を半減させる、あるいはゼロにする事がある。」と述べていますが、これはがん患者が肝に銘じておくべき金言ではないでしょうか?
ちなみに、破壊行為の代表的なものは、「風邪を引くこと」と「疲れること」だそうで、そうならないよう、松尾氏は以下のことを推奨しているので、よかったら参考にしてください。
1.雨、風の強い時、急に寒くなった日、疲れた時には外出しない。
2.マスクは非常に変化のある時のほかは、しない方がよい。
3.人混みの中へはなるべく入らない。
4.着物が濡れたら、早目に乾いた着物と取り換える。
5.フトンはやや暖か目にする。
6.ゆるやかに体力をつくる事を志す。
7.栄養はなるべく充分に、種類は偏よらず広くとる。
8.暖かい間に皮膚を強くする工夫をする。注意しながら日光及び空気にさらす。
9.軽く汗を出すことを尊ぶ。