『漢方の味』(鮎川静:著、日本漢方医学会出版部:1939年刊)という本をご紹介しています。今回は第10回目です。
◆蓄膿症
鮎川氏によると、蓄膿症は主として腎臓機能に関係がある病気で、手術では容易に治らないため、耳鼻科の先生にとっては、一人の患者から何回も手術料がとれる「至極(しごく)結構な病気であるかも知れない」そうです。
あるとき、ひどい蓄膿症を患っていた鮎川氏の従妹婿(いとこむこ)が、ある博士の手術を受けることを決心したのですが、それを聞いた鮎川氏の叔母(おば)が、その従妹婿に漢方の煎薬(せんやく=せんじぐすり)を勧めたそうです。
ところが、従妹婿は「蓄膿症が煎薬ぐらいで治るものか」と言って断り、結局手術を受けたのだそうです。
それから二か月ほど経過した頃、その従妹婿が鮎川氏の医院を訪ねてきたので、鮎川氏が「此間(このあいだ)は博士の手術を受けたそうだね、定めし立派に治ったろう」と皮肉を言ったところ、少しも良くならなかったことを報告したそうです。
そこで、鮎川氏は、次のように諭したそうです。
「手術では何病も根本から治るものではない、蓄膿症などという病名は鼻に病毒が集まった場合の一症状への病名で、病根は深く身体にしみついているから、薬の作用(はたらき)でその毒物を出して終(しま)わないことには治らないのだ」
そして、小柴胡湯(しょうさいことう)、桂枝茯苓丸(けいしぶくりょうがん)の合方に朮(じゅつ)、薏苡仁(よくいにん)、大黄(だいおう)を加味して与えたところ、従妹婿の蓄膿症は約六週間で完治したそうです。
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今回登場した小柴胡湯は、『漢法医学講演集 第1輯』(森田幸門:述、木曜会:1940年刊)という本によると、本来は有熱性伝染病の薬で、寒くなったり熱くなったりを繰り返し、胸から脇にかけて非常に苦しくて中に物が充満している感じがし、一向物を言わなくなって食べ物を食べたがらず、心臓部のところが息切れて呼吸が苦しくなってムカムカする症状に対する特効薬だそうです。
また、『漢方の診かた治しかた』(寺師睦済:著、福村出版:1966年刊)という本には、この薬について、「生命維持に関係の深い物質代謝の中枢である肝と腎に作用して、全身に賦活力をつける体質改善薬といえよう。現代西洋医学にはかかる妙薬はない。」と書かれています。
したがって、小柴胡湯には、肝臓と腎臓の不調を治して体質を改善する効能があるようです。
なお、世間には小柴胡湯をかぜ薬として気安く考えている人もいるようですが、間質性肺炎の副作用が報告されているのでご注意ください。
次の桂枝茯苓丸は、本ブログの「呼吸器病」でご紹介したように瘀血(おけつ)の薬です。
最後に登場した朮、薏苡仁、大黄はそれぞれ単品の生薬(しょうやく)で、『漢方医学』(大塚敬節:著、創元社:2001年刊)という本によると、朮と薏苡仁には利尿作用があり(つまり水毒の薬)、大黄は消炎誘導作用のある下剤だそうです。
また、薏苡仁については本ブログの「ハトムギの薬効」でもご紹介しているので、よかったら合わせてご覧ください。
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