友人が行方不明になった
死んだ恋人の墓参りに行き そのまま帰って来なかった
家を借りる時 互いに保証人になっていたものだから 管理会社から連絡が入り 友人・・・青木の働く会社に電話すると一ヶ月以上 無断欠勤のままだと言う
連休にやることもなく 青木を捜しに行くことにした
青木の死んだ恋人は随分田舎の出身で先祖代々の墓に埋葬されたのだ
青木がひと目で夢中になったその女性は ひっそりと目立つことを厭うようなーすっと数歩下がり 何処か愁いの陰があった
名前は祐果(ゆうか)と言ったか
墓は山の中の寺にあり そこへ行く為には 村共用の駐車場へ車を置いて歩かねばならなかった
寺には細い坂道が続いている
誰かに何か尋ねようにも 店は見当たらず 人の姿も見かけない
駐車場に 青木の車は無かった
ただ 駐車場用の空き地の奥の崖になっている場所に 何か滑ったような跡が残っていた
暗い想像を首を振って払い落とす
寺に向かう細い道には 幾つかの分かれ道があり 繁った木の枝などがかかり昼でも随分暗かった
最後の分かれ道には古い祠が立っている
寺の名前が書かれた木の札の字は かすれてよく読めなかった
案内を乞うと 熟年の僧が出て来て 探るような目付きで こちらを視(み)た
「ひと月と少し前 友人の青木がこちらへ祐果さんの墓参りに来てから行方不明になっております
何かご存知ないでしょうか」
用意してきた写真を差し出す
僧は写真を受け取り じきに思い当たった表情(かお)になった
「このお人なら 確かに訪ねて来なさんした」
若い人には珍しく 酒と菓子を 提げてきたーと 僧
寺の住職は言った
祐果の墓の場所を尋ね 墓参りが終わると今から帰ると 別れの挨拶をして帰っていったと
「てっきり無事に帰らしゃったとばかりー」
住職は暗い表情になった
「アレは ええ男が好きやさかいになぁ
お前さまも気をつけたがよい
この数珠を差し上げよう
気をつけることじゃ」
何に気をつければいいかは 教えてくれなかった
石段を降りくねくね曲がった坂道を下っていくと 何やら目眩に襲われる
ふと目の端を白い物がよぎった
小さなやっとよちよち歩きの子供
何処から出て来たのか
時々 屈み込み 何かをくわえていた
「落ちているものを拾って食べてはいけない
お腹痛くなるよ」
子供が口に入れているものを見てゾッとした
何かの虫の足が口からはみ出ている
幼過ぎて分からないのか?
だが 次の瞬間 子供はなつっこい笑顔を向けてきた
「おにたん 遊ぼ」
指を思いの他 強い力で 引っ張る
笑顔のあどけなさに 不審に思う気持ちは消えた
少し歩くと また子供が出て来る
「一緒に来て 一緒に遊ぼ」
妙になつっこい子供達
つられる
気が付けば 道を外れていた
まあいい 来た道を戻ればいいのだ
子供達を送っていった先で帰り道を尋ねてもいいし
まさか送っていった先に鬼もいるまい
「おねたん おねたん おにたん 連れてきた」
木に向かって子供が呼ぶ
すると木の陰から 着物の女性が現れた
「捜しておりましたの
見つけて下さって有難うございます
喉が渇かれませんか
ささお茶でも」
そう言われると随分喉が渇いている気がしてきた
「家は すぐ先でございます
ちょっと お寄りあそばして」
乞われるままに庭から入り 縁側に腰かけて待つ
きゅっと締めた半幅帯が似合う細い腰
女はすぐに戻ってくる
「いただきます」
こちらが飲むのをじっと女は見ている
飲み終わると急に眠くなった
ーなんて美味しそうなー薄く笑って女が言った・・・
腕が重い 動かない 妙に熱い
「ご褒美に味見させてあげてるんだから 余り飲み過ぎるんじゃありません
いきのいい餌は そうそうないのだから」
女の声がする
と 別な声もした
「おやま ちび達が わらわら向かってると思ったら
ご馳走じゃないか」
「よかったら姐さんもどうぞ」
「おかたじけ 」
首のところに柔らかなものが触れ ちくりとした
妙に熱くなる
力が抜ける
目が開かない
瞼を動かしても 駄目だ
俺は どうなっているんだろう
体の上を何かが犇めき動いている
妙だ 妙すぎる
「妙なモノをお持ちだ」
女の声が低くなる
上着の内ポケットに女の指が触れる
ギッギッギッギッ
体から何かが引いていく
「ちぃっ・・・」上着が腕から抜かれた
「おお くわばらくわばら」
「数珠に触れては大怪我するところでした すみません姐さん」
瞼を覆う何かが外れた
女が二人 俺を見ている
女達の体は妙にぼやけ揺れ
溢れた
部屋いっぱいの・・・
壁 天井 床
みっしりと びっしりと 蜘蛛で覆われる
俺の体は蜘蛛達に
蜘蛛がいる 何処もかしこも蜘蛛だらけだ
蜘蛛が噛む 蜘蛛が 蜘蛛が 蜘蛛が
視界も頭の中まで蜘蛛でいっぱいだ
蜘蛛 蜘蛛 蜘蛛
ああ・・・・・
(関連作品「雨宿り」青木についての物語です↓良かったら・・・読んで下さい)