僅か十代である意味人生を諦めた男がいた
そんな生き方を選んだ自分を厭い 安易に走った己をおぞましく思い すっかり夜と女の匂いが体に沁みついた頃 彼は春を見た
ただその春に手が届こうとは かけらも考えなかった
一 陽だまり
この春初めて自分のクラスを持った村井千花(ちはな)は 心弾む日々を送っていた
クラスの学生で 顧問を引き受けているクラブの新入部員でもある生徒達が 学園祭の準備の手伝いに 数名家へ 学校帰りついてきた
千花は嫁いで一年で未亡人となった姉の家に同居していた
「賑やかねぇ 千花さん どうしたの」
廊下に出てきた姉の鶴子に 千花は ちょっと唇を噛んでから早口で言う
「お姉様 学生がインクを被っちゃって ちょっとお風呂お借りします」
「楽しくていいこと」その時 鶴子の目が光った事に 千花は気がつかなかった
そしてそれが全ての始まりとなる
「大丈夫 田宮さん インク落ちるかしら ここに着替え置いておくから ゆっくり入ってね」
「ご迷惑かけて すみません」
「あとで お家まで送っていくわ」
手から首に散ったインクを洗い落として 失敗だァーと 田宮かずひは溜め息をつく
この春 高校に入ったばかり 担任の先生は若く美しい お姉さんに欲しいような女性だった
文芸部の顧問と聞きアイドルのおっかけやるように入部
五月に早速学園祭があるので 張り切ってお手伝いに来たのだが―
級友の片野弓子が 蓋がきっちり締まってないインク瓶を ふざけて振り回し その中身が座っていた かずひにドバッとかかったのだ
すっかり汚れを落としてから 湯船につかる 何処かの旅館のように 豪華で広々とした風呂だった
「先生のお姉さんってお金持ちなんだ」
手足を伸ばして寛いで・・・上がりにシャワーを浴びる
少女から若い娘に変化しつつある伸びやかな細い手足 膨らんではいるものの まだかたい胸の線
開花後の美しさを予感させる蕾の美しさ誇り高さが肢体にみちていた
土曜の昼下がり 高窓から日が差し込む
もう一方のはきだし窓からは 庭へ出られるようになっている
かずひは知らず その姿から目が離せない人間がいた
―こういう事か あの人はなぶるような真似をする―
青年は舌打ちをする
さっき鶴子から頼まれたのだ「もう雪柳が咲いていたの ひと枝取ってきてちょうだい いいものが見られるかもしれなくてよ」
その時の変な笑いの意味が判った
切った雪柳の枝を折りそうになって 我に返り踵を返す
だが彼には鶴子に逆らえない事情があった
―ふん 男妾さ―苦いものが こみあげる
―あの少女は春そのものだ 許されぬ花だ 夜の生き物は 明るい光りにこがれてはいけない―
男が思えば思うほど 少女の姿は彼の心に住み着き まるで 彼が諦めた人生のように浮かぶのだった