浪速おやじのつぶやき日記

川柳・都々逸・詩などでボケ防止

2015年12月詩集☆♪人生は夢(浪花夢見頃)節

2015-12-14 08:57:48 | 

2015年12月詩集☆♪人生は夢(浪花夢見頃)節
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♪人生は夢
 真っ暗な山道を只一人 下っていたら急にブレーキが効かなくなってスピードが
ぐんぐんと増して来てサイドプレーキも全く効かなく成りとうとうガードレールに
衝突して突き破り谷底に落ちていく瞬間に夢であってくれと拝んだ
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 真新しい道路を快適にマイカーで飛ばしていたら突然に前の道路が
橋桁が無いではないか何でや!まだ新築中で出来ていなかったんだと
思ったとたん車は空中を飛行しているではないか夢であってくれと拝んだ
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 街角で誰かが喧嘩をしているのを何気なく見ていると巻き込まれ刃物で脇腹を
刺されたら血がどくどく流れ意識が薄れていく夢であってくれと拝んだ
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 奥深い渓谷を一人でハイキングしている内に道に迷ってしまいもう何日も
前から食糧も底をついて力も尽きてもうどうでも良い気持ちで
夢であってくれと拝んだ
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 何が原因だが解らないが衝動的に割腹自殺をして責任を取ると宣言し
腹を切り刻んだら手の先に暖かい血を感じる早まった事をしたぞ
夢であってくれと拝んだ
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 今までに数10回も夢の中で死んだいずれは夢だと思ったままに
死ぬ日が来るのだろう人生は夢で始まり夢で終わる
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2015年12月(小話)川柳と俳句の違いとは(浪花夢見頃)

2015-12-14 08:23:50 | 小話

浪花親父のぼやき節
(71歳1944年S19年4月2日生)
2015年12月(小話)川柳と俳句の違いとは(浪花夢見頃)
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 私自身は季語を使わなくても良い時事川柳の便利さで使っていますが、
手元にある下記本の一文を紹介します 岩橋邦枝著
「俳風柳多留(はいふうやなぎたる)」(わたしの古典22)集英社1987年発行
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 川柳は付句から生まれたのであるから発句いわゆる俳句と異なって
切字(きれじ)や季語を必要としない。内容は自然よりも人事を主とし、
その細部まで鋭く観察、本質や矛盾等を指摘、機知を働かせて滑稽(こっけい)
に表現することに重きがおかれた。これを「穿ち(うがち)」といい、
明和ごろから流行した
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 黄表紙、洒落本(しゃれほん)、狂歌等にも共通するこの時代(江戸時代)の
文学の大きな特色であった。 停滞した封建時代下で、知識階級の人々は
そのうっ屈した気分や盗用されぬまま終わるすぐれた才能を発散する
場所としてこれらの文芸を選んだのである
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 また、川柳作者は表現技巧にも意をこらし、縁語や洒落、見立てなどを
多用したほか、信濃者(しなのもの)といえば大食い、相模女(さがみおんな)
と言えば淫放(いんぽう)といったような江戸っ子の自負が生んだ
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 類似型発想も続出、読者は謎解きの面白さをも与えられた柄井川柳の手になる
選句を収めたのが「柳多留」二十四編が寛政3年(1791)に刊行されている
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2015年12月(小話)♪がま吉(浪花夢見頃

2015-12-14 08:14:14 | 小話

浪花親父のぼやき節
(71歳1944年S19年4月2日生)
2015年12月(小話)♪がま吉(浪花夢見頃)
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 カエルのがま吉が冬眠からふと目覚めるとそこは人間のすむ
鉄筋コンクリートの大きな住宅団地だった
周りには緑がほとんど無く自分が冬眠に入った時期の
広々とした湿地 草原とは程遠い風景に変わり果てていた
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 しまった冬眠から目覚めるのが早かったんだ、くすんだ太陽と
濁った水と空気では いち早く再度冬眠に入らないと殺されて
しまう危険を感じる、湿地草原にいた仲間の動植物は今でも
元気に居るのだろうか!
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 まあいいや、もう数千年か数万年も冬眠 を続ければ、
この地球にも大きな天変地異が起こり人類も自然淘汰されて
元の緑豊かな湿地草原に戻るだろう、そのとき迄は地中
深い安全圏で、静かに眠っておろう。
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 多分その時は生き残った一人の人間がこの場所で、
昔この湿原に人間団地が 存在した事を懐かしむだろう
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2015年12月(小話)♪健太の波紋(浪花夢見頃)

2015-12-14 08:08:16 | 小話

浪花親父のぼやき節
(71歳1944年S19年4月2日生)
2015年12月(小話)♪健太の波紋(浪花夢見頃)
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 「健太」少年が湖のほとりを散歩していたときに、ふとした拍子に小石を
蹴飛ばしてしまったら小石は転がって湖に落ちた すると綺麗な波紋がどんどん
広がって行くなんと美しいと見とれていると他にも多くの人達が寄って来て
同じように見とれていた夢の様な出来事だった。
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 「健太」青年が大地震で目覚めると部屋のタンスの隙間に挟まれていた何とか
外に這い出して見ると、周り一面は瓦礫の山で有った、ふと気付くと両親や兄弟が
見あたらない、あわてて家の瓦礫を取り除いて全員無事に助け出す事が出来た
しばらくすると近所で火災が発生してどんどん燃え広がる、ほとんどの人は
ただ呆然と眺めているだけだった
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 健太はバケツを探し出して近くの川から水を汲んで来てはかけ始めた
次第に波紋のように協調者増えて長いバケツリレーが延々と続き襲って来る
火災に勇敢に立ち向かい類焼を止める事が出来た。
 「健太」親父が大飢饉の時に多くの人がばたばたと餓死し始めたのを見て
少しづつ米の募集をして、近くの大きな公園で無料の雑炊の炊き出しを初めた
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 その内に協力者が波紋の様に広がり、雑炊を待つ長い行列が整然と続き
全員が生きる為に食料を分かち合って食いつなぐ事ができた。
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 「健太」老人は毎朝起きると自分が出来る事をしたいと思って塵の袋を
持って散歩に出かけ塵の収集を始めた次第に塵の袋を持った 散歩者が
波紋の様に広がりその内にタバコや空き缶を捨て無くなり街は常に美しくなり
全員が気持ちよく暮らせる様になった。
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 「健太」老人の葬式には、波紋のように伝え聞いた人々が数多く集まって
焼香の長い列が出来たその後に「健太」を賛美する石碑が建てられ
健太の功績が波紋の様に伝えられ続けている
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2015年12月(小話)♪モナリザの思い込み(浪花夢見頃

2015-12-14 08:02:44 | 小話

浪花親父のぼやき節
(71歳1944年S19年4月2日生)
2015年12月(小話)♪モナリザの思い込み(浪花夢見頃)
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 ある町に子煩悩で夫婦が仲良く生活していた。婦人は何時も笑顔を
絶やさないモナリザのような美しい人で年齢は三十代で、近所の羨望の的で
親しまれて暮らしていました。 ある年の健康診断で小さな腫瘍が発見され
ました。大病院で精密検査の結果は軽い胃潰瘍と診断され
安静入院を勧められました。
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 婦人はてっきり悪性の胃の癌だと思い込んで主人に本当の事を言って
欲しいと言い寄る日々が続いた息子にまで何かに付け大声で叱りつける
事も多くなりました。 派手な洋服を買い求めては友達と夜遅くまで
食べ歩くようになり子供の食事は主人がする役割に
成ってしまいました。
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 婦人は病気の事が気になり病院に出かけては同じ様な患者と話込む様に
なりました、その内に死亡する人も出ましたが、どうも自分の癌の症状が
違うように思えて何カ所も病院を変えて検査を受けましたが、どの医師も
軽い胃潰瘍だと診断しました。医学書も読みましたが癌の症状が
見あたりません。「モナリザの思い込み」4
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 どうも自分が癌だと一人で思い込んでいたと気付くのに丸1年を経過
していました、今日も文句を言わずに子供の食事を準備をする主人の
後ろ姿を見て涙が止まりませんでした子供の笑顔に頭が下がります。
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 痩せ細った自分の顔を鏡で見て間違った思い込みに恥じ入り
家族への償いの人生が始まりました、それ以後は近所の人が羨むほどの
笑顔のモナリザ婦人に復帰して、仲の良い家族に戻りました。
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2015年12月(小話)タイムスリップ(浪花夢見頃)

2015-12-14 07:54:48 | 小話

浪花親父のぼやき節
(71歳1944年S19年4月2日生)
2015年12月(小話)タイムスリップ(浪花夢見頃)
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 最近は仕事を終えて帰宅する時は足が重く体がだるく感じる
日が多くなった。特に今日は風邪気味で早く帰って薬を飲んで
早めに床についた。 うとうとしていると何時の間にか生家の前に
立っていた家の中から母さんと祖父の話す声が聞こえて来た
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 突然玄関の戸が開いて兄が顔を出して君はいままで何処に
行っていたのか全員で探していたと言った 家の中に向かって
母さんに私が帰ってきと大声でどなった 僕はランドセルを
背負ったまま しょんぼりと突っ立てる小学2年生になっていた
 祖父が何故に学校帰りに何処で寄り道していたのかと言い
既に夜の8時だから早く家に入り食事せよと言った
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 家に入ると叔父も叔母もが僕の事を心配して来ていた
僕は頭が混乱して来た既に祖父や叔父も叔母も早く死んでいる
筈だと叔母の顔を凝視した。叔母は君は夢でも見ているような
馬鹿な顔していると言った。
 次の日の朝に近所の友達が学校へ行く勧誘に来た、
来年に成ると川に溺れて死亡したと思い観察すると
彼は君は悪い夢の中の顔に見える言った
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 僕は2・3日前から風邪で寝込んで時に白髪の大人に成って
仕事もして夢に入っていたのだ、早く夢から開放されて学校へ
行こうと思うと、宿題のしていない事に気が付いた
 その1年後に友達は川に溺れて死んだ予想した通りに近くの家に
火事がありあの家も引っ越した余り予想が当たるので他人に
言うと変に思われるので黙っている事にしている
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