マーガレットという女の子は、にっこりと笑うと、小さくうなずいた。
「――それじゃあ、また」
と言って、アマガエルは二人と別れた。
ふと気になって、いくらも歩かないうちに振り返ったが、二人は、家族のようにも見えた。
アマガエルだけではなかった。あとから聞けば、キクノさんと女の子が連れ立っているところに、知り合いの檀家さん達も、同じように出くわしていた。そして、同じように、まるで家族のようだったと、印象を抱いていた。どうやら二人は、頻繁に行き来しているようだった。
小さなことかもしれなかったが、キクノさんにとっては、女の子との出会いが、元気を取り戻すきっかけになってくれたようだった。
ちょっと近所の店まで買い物に出るつもりが、考えごとをしているうちに、とっくに店の方向をそれてしまっていた。
しんしんと降り続く雪は止む気配を見せず、このまま行けば、今年のクリスマスは、ホワイトクリスマスになりそうだった。
例年、壁や塀のようにうずたかく降り積もる雪は、街に住む者にとっては迷惑な存在でしかなかったが、イベントの時に限っては、誰もが聖人になる魔法に変わった。
立ち止まったアマガエルの前には、がらんとした空き地が広がっていた。
恵果達の住んでいた家が、建っていた場所だった。
よく見れば、むき出しの地面がゴツゴツしているのがわかった。薄らと雪の積もった地面は、焼け焦げた傷跡を、どんな色にも染まる白色で、すっかり覆ってしまっていた。
恵果は、本当に異次元の彼方で、無事でいるんだろうか?
無限の牢獄に囚われている、と真人は言っていたが、アマガエルには想像もつかなかった。
ただ、アマガエルが目の当たりにしていたのは、恵果に違いない。と、それだけは、今でも自信を持って言えた。
職業がら、そんな考えはふさわしくないのだろうが、霊魂や幽霊などは、経典の中にしか存在しない、理論のようなものであると、思っていた。
人の、魂と呼ばれるようなものが、目に見えない障壁を突き抜け、あたかも自分がその場にいるかのように、自身の姿を映し出す。
――フフン。
と、アマガエルは笑みを浮かべた。
恵果が姿を見せたのは、それは、自分の特技と似ているじゃないか。と、また考えがいきついたせいだった。だとすればやはり、彼女はきっと今もどこかで、無事でいるはずだった。
タン――。
と、アマガエルが舌を鳴らすと、そこは白一色に染められた、野球場だった。
真人とはその後、一度も会っていなかった。
人が、悪魔のようになって起こした事件は、毎日のように報道されていた。しかし、悪魔が起こした事件は、一件もないようだった。
真人と別れた数日後、十字教が出入りしていた宝石店の社長宅で、乱闘騒ぎがあった。
しかし、新聞もニュースもどの報道も、詳細がわからないまま、多くの警察関係機関が出動した、とその事実を繰り返すだけで、くわしい内容はまるで不明だった。
風の噂では、最近まで頻繁に出没していた盗賊が、関係しているのだという。
謎めいた事件もまた、絶えることなく、思いも寄らないどこかで、起こり続けていた。
ブロロロロンロロン……
と、聞き覚えのある排気音が、近づいてきた。
「おいおい」と、公園の外を歩いていたアマガエルは、足を止めて言った。「よくここがわかりましたね」
“相棒ですから。あなたの行動は、予想がつきます”と、アマガエルの横に停車したジャガーが、奇妙な声で言った。“これからの予定を、忘れてはいませんか――”
「――いま、何時だっけ」と、あわてて腕時計を見たアマガエルは、頭を掻いて言った。「まずいな。住職の代わりに、町内会の集まりに出席するんだったよ」
と、顔を上げたアマガエルは、ジャガーに言った。
「呼びに来てくれたついでに、乗せて行ってくれたり、する?」
“今日は寒いですから”と、いつから話せるようになったのか、やって来たジャガーが、機械音で作った声で言った。“そのつもりで、迎えに来たんです”
「ありがとう」と言って、アマガエルは運転席に乗りこんだ。「いつもの会館まで。急ぐけど、できるだけ交通安全で、頼むね」
“了解しました――”
ブロロロロンロロン……
と、アマガエルを乗せた車は、雪を蹴立てて、走り去っていった。
おわり。そして、つづく――。
「前」
「――それじゃあ、また」
と言って、アマガエルは二人と別れた。
ふと気になって、いくらも歩かないうちに振り返ったが、二人は、家族のようにも見えた。
アマガエルだけではなかった。あとから聞けば、キクノさんと女の子が連れ立っているところに、知り合いの檀家さん達も、同じように出くわしていた。そして、同じように、まるで家族のようだったと、印象を抱いていた。どうやら二人は、頻繁に行き来しているようだった。
小さなことかもしれなかったが、キクノさんにとっては、女の子との出会いが、元気を取り戻すきっかけになってくれたようだった。
ちょっと近所の店まで買い物に出るつもりが、考えごとをしているうちに、とっくに店の方向をそれてしまっていた。
しんしんと降り続く雪は止む気配を見せず、このまま行けば、今年のクリスマスは、ホワイトクリスマスになりそうだった。
例年、壁や塀のようにうずたかく降り積もる雪は、街に住む者にとっては迷惑な存在でしかなかったが、イベントの時に限っては、誰もが聖人になる魔法に変わった。
立ち止まったアマガエルの前には、がらんとした空き地が広がっていた。
恵果達の住んでいた家が、建っていた場所だった。
よく見れば、むき出しの地面がゴツゴツしているのがわかった。薄らと雪の積もった地面は、焼け焦げた傷跡を、どんな色にも染まる白色で、すっかり覆ってしまっていた。
恵果は、本当に異次元の彼方で、無事でいるんだろうか?
無限の牢獄に囚われている、と真人は言っていたが、アマガエルには想像もつかなかった。
ただ、アマガエルが目の当たりにしていたのは、恵果に違いない。と、それだけは、今でも自信を持って言えた。
職業がら、そんな考えはふさわしくないのだろうが、霊魂や幽霊などは、経典の中にしか存在しない、理論のようなものであると、思っていた。
人の、魂と呼ばれるようなものが、目に見えない障壁を突き抜け、あたかも自分がその場にいるかのように、自身の姿を映し出す。
――フフン。
と、アマガエルは笑みを浮かべた。
恵果が姿を見せたのは、それは、自分の特技と似ているじゃないか。と、また考えがいきついたせいだった。だとすればやはり、彼女はきっと今もどこかで、無事でいるはずだった。
タン――。
と、アマガエルが舌を鳴らすと、そこは白一色に染められた、野球場だった。
真人とはその後、一度も会っていなかった。
人が、悪魔のようになって起こした事件は、毎日のように報道されていた。しかし、悪魔が起こした事件は、一件もないようだった。
真人と別れた数日後、十字教が出入りしていた宝石店の社長宅で、乱闘騒ぎがあった。
しかし、新聞もニュースもどの報道も、詳細がわからないまま、多くの警察関係機関が出動した、とその事実を繰り返すだけで、くわしい内容はまるで不明だった。
風の噂では、最近まで頻繁に出没していた盗賊が、関係しているのだという。
謎めいた事件もまた、絶えることなく、思いも寄らないどこかで、起こり続けていた。
ブロロロロンロロン……
と、聞き覚えのある排気音が、近づいてきた。
「おいおい」と、公園の外を歩いていたアマガエルは、足を止めて言った。「よくここがわかりましたね」
“相棒ですから。あなたの行動は、予想がつきます”と、アマガエルの横に停車したジャガーが、奇妙な声で言った。“これからの予定を、忘れてはいませんか――”
「――いま、何時だっけ」と、あわてて腕時計を見たアマガエルは、頭を掻いて言った。「まずいな。住職の代わりに、町内会の集まりに出席するんだったよ」
と、顔を上げたアマガエルは、ジャガーに言った。
「呼びに来てくれたついでに、乗せて行ってくれたり、する?」
“今日は寒いですから”と、いつから話せるようになったのか、やって来たジャガーが、機械音で作った声で言った。“そのつもりで、迎えに来たんです”
「ありがとう」と言って、アマガエルは運転席に乗りこんだ。「いつもの会館まで。急ぐけど、できるだけ交通安全で、頼むね」
“了解しました――”
ブロロロロンロロン……
と、アマガエルを乗せた車は、雪を蹴立てて、走り去っていった。
おわり。そして、つづく――。
「前」