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くりぃーむソ~ダ

気まぐれな日記だよ。

未来の落とし物(83)

2025-06-14 21:02:00 | 「未来の落とし物」

 青い鳥を回収してラボで修理をした後、この時間線に戻ってきて鳥を放った場所は、どこだったか――。
 子供達が遊べる公園だったのは覚えていた。
 住宅街の中にある、心ばかしの広さの公園だった。
 名前は、“あら……”なんとかいう公園だったはずだった。
 どうして、その公園に青い鳥を放したのか。

 ――そうだ。

 と、瞬は歩きながらうなずくと、待ち合わせの場所に向かう足を心持ち早足にした。
 瞬が公園に青い鳥を放したのは、世界樹の幼樹がその公園に生えていたからだった。
 道を進んで行くにつれ、瞬はどこかしら見知った景色があることに気がつき始めた。
 あの時の公園になら、このままたどり着けるかもしれない、という確かな自信が、瞬の中に湧き上がっていた。

「――だんな。トラベラーのだんなってば。なにしてるんです」

 どこからか声が聞こえてきて、瞬は戸惑ったように足を止めた。
「なんだ、おまえ達か――」と、瞬はほっとしたように言った。
「どこに向かってたんです? 待ち合わせ場所はもうとっくに過ぎてますよ」と、地面かから突き出した潜水艦のハッチから、心配そうな顔をしたボスが、体を乗り出して言った。「早く乗ってください。あいつら、まんまと逃げおおせましたよ」
「なんだって」と、瞬は顔色を曇らせて言った。
 意外な状況に驚いた瞬は潜水艦に乗りこむと、そこにはまた、別の驚きが待っていた。

「この二人は?」

 と、瞬は新たに潜水艦に乗船した沙織とジローを見て言った。
「それが、いろいろありまして」と、ボスは困ったように言うと、もじもじと頭を掻いた。
 見れば、ほかの盗賊達も、ばつが悪そうにうつむいていた。
「私は雪野。こっちは、ジローよ」と、沙織は言うと、小さく会釈をした。「彼らから簡単に話は聞いたけど、どうやら私達にも関係あるみたいなの」
「――」と、瞬はうなずきながら二人を見ると、言った。「いまさら正体を隠すつもりはないが、きみ達は未来の道具を持っているのか」
 瞬の目は、明らかにジローを意識していた。
「ジローは関係ないわ」と、沙織は瞬の思いを見透かしたように言った。「スカイ・ガール達は、この指輪を狙っているのよ」
 沙織の薬指に填められていた指輪は、年齢に似つかわしくないほど大粒の宝石だった。エメラルドのような、深い緑色をしていた。
「その指輪は、どんなことができるんだ」と、瞬は首を傾げながら言った。
「旦那でもわからないんですか」と、舵を操作するボスは困ったように言った。「未来から来た旦那なら、なにかわかるかと思ったんですがね」

 


未来の落とし物(82)【7章 青い鳥】

2025-06-14 21:01:00 | 「未来の落とし物」

         7章 青い鳥
 記憶の器を手に入れ、タイムパトロールの時間航行船を降りた瞬は、盗賊達の待つ潜水艦に向かっていた。
 見えなくなる帽子を脱いだ瞬は、街の中にすっかり溶けこみ、未来人という違和感は微塵も感じられなかった。
 落ち着いた様子で歩いていた瞬は、信号待ちをして立ち止まっていた交差点で、

「あっ」

 と、思わず小さな声を上げた。
 瞬と同じく信号が変わるのを待っていた数人が、びくりと首をすくめて瞬に目を向けた。
 自分でもどきり、とした瞬は静かに息を整えると、人々が歩き出すのに合わせて一歩を踏み出した。
 踏み出した瞬の一歩は、横断歩道を渡りきる間にどんどんと早さを増し、とうとう走り出した瞬は、彼方の空に目をこらしながら、ちらりと見かけた影を追いかけていった。
 信号待ちをしていた瞬が見たのは、青い色をした鳥だった。
 どこか怪我をしていたのだろうか、ふらふらと力なく、それでもしっかりと風を捕らえて滑空する鳥を見た途端、瞬は重要な事を思い出していた。
 続けざまのミッションで、大雑把にしか目的の時間線を確認していなかったため、どうして自分が派遣されたのか、頭の隅にもやもやとした疑問はあったものの、ろくに考えもしていなかった。
 前回この時間線に来たのは、自分が改造した野鳥型人造模型を回収し、修理するためだった。
 それは、トラベラーとして与えられたミッションをクリアーした後の、任務外のアフターケアだった。瞬の行動は、時間旅行に関する代表的な規律である航時法のほか、いくつかある関連の法律に抵触している可能性があった。にもかかわらず、瞬は未来では広く親しまれている青色の鳥形アンドロイドに、時間航行装置、タイムジェネレーターに使用されているのと同系統の、いわゆる小型のタイムマシンを取りつけ、鳥自身の意志で、時間線を自由に移動することができるように改造を施したのだった。
 幾つもの時間線を自由に飛び回り、いろいろな事物を見聞きして記録し、伝え見せる使命を負った青い鳥だったが、なんらかの原因で故障を起こし、内蔵したレスキューの信号を受けた瞬がやって来たのが、まさにこの時間線だった。
 遠くの空にちらりと見えた青色の鳥は、間違いなく、自分が改造した野鳥型の人造模型だった。
 あの青い鳥を、自分が修理して再び放った後に見つければ、青い鳥が持つ時間航行装置によって未来に戻り、故障したタイムジェネレーターを修理することができるはずだった。
 交差点で見かけた鳥の姿は、遙か頭上に聳え立つビル群によって遮られ、息を切らせて追いかけたのが徒労に終わるほど、無情にもあっさりと見えなくなってしまった。
 歩調を戻した瞬は、肩で息をしながらあの時の自分を思い出そうとしていた。

 


未来の落とし物(81)

2025-06-14 21:00:00 | 「未来の落とし物」

 翔は後ろに立っているSガールを振り返ると、首を振って言った。
「こいつ、もうだめだね。記憶抜かれてるみたいだわ」
 と、そばにいた孝弘が、目を覚ました。
「――あいつら、どうしちまったの」と、体を起こした孝弘は、周りで倒れているタイムパトロールの隊員達を見て、不思議そうに言った。「竜司、おまえ無事だったか――」

「あんた、おれのこと覚えてる?」

 と、翔は孝弘の目の前にしゃがむと、うれしそうに顔を覗きこんだ。
「――」と、こくりとうなずいた孝弘は言った。「カミナリの太鼓を持ってた人、だっけ」

「それより、竜司はどうなったのさ」

 と、孝弘が立ち上がると、Sガールは間髪を入れずに言った。
「もうだーめよ。記憶を消されちゃったんだもの――ぼんやりしてないで、そこに落ちてる道具を拾いなさい」
 Sガールに言われるまま、孝弘は竜司の様子をちらりとうかがいつつ、氷手袋と超スピードブーツを拾い上げた。
「あんたがもたもたしていたせいで、泥棒女が逃げちゃったじゃない」と、Sガールは憎々しげに言った。「これで自由になれると思ったら大間違いだよ。さっさとずらかって、次の司令を待ちなさい。次は、あんたがその手袋とブーツを使って頂戴」
「――だとさ」と、翔は孝弘を見ながら、ため息をつくように言った。
 と、悔しそうに唇を噛んだ孝弘は、黙ってブーツを履くと、風のようにどこかへ姿を消した。

「まだ続けるんでしょ」

 と、翔は立ち上がると、大きくため息をつくように言った。「次はどうするんです。もし手がないなら、おれ達を自由にして貰ってもいいんですけど」
「うるさい」と、Sガールは舌打ちをしながら言った。「力もないくせに、要領だけは人一倍なんだから――あんたも、どうしたらいいか考えなさいよ」
「はいはい」と、翔は止めていた自転車の所に向かうと、言った。「新しい指示が来るのを待ってますんで、よろしくお願いします」
「どいつもこいつも」と、Sガールは瞬の背中を見ながら舌打ちをすると、空の彼方に消え去っていった。

 


未来の落とし物(80)

2025-06-13 21:02:00 | 「未来の落とし物」

 それはしかし、Sガールのスーパースーツを無効化すると共に、命を奪うことにほかならなかった。
「ずいぶん残酷なやり方ね」と、タイムパトロールが持ち出してきた武器を見て、Sガールは憎々しげに言った。

「こっちだって、手加減してやらないんだから」

「――撃て」と、リーダーは言った。
 と、真っ青な空が広がっている中、目もくらむような雷鳴が轟くのとは、ほとんど同時だった。

 ズドドドンンンン――――……
 
 タイムパトロールの隊員達も、時間航行船も、その場にいたすべての者に電撃が襲いかかった。
 頑丈な装甲をもったプロテクターも機能を麻痺させるほどの一撃を受け、タイムパトロール達は意識を失い、その場で力なく動きを止めた。

「――遅いじゃないの」

 と、宙を舞っていたSガールは、ふわふわと浮かびながら不機嫌そうに言った。
「はいはい。遅れて申し訳ありません」と、自転車の荷台に、三連の太鼓を乗せてやって来た男は言った。「けれどこっちは、空が飛べないんです。こんな山ん中まで自転車で登ってくるって、そうとう大変なんですよ」
「文句なんて聞く気はないわ」と、Sガールはつまらなさそうに言った。「あんたはリュウジとタカヒロをお願い。二人は重要な戦力なんだから」
「――帰りは頼みますよ」と、自転車から降りた翔は、ヘルメットを脱ぎながら言った。「自転車の二人のは厳禁ですからね」
 Sガールはうなずくこともせず、動かない時間に捕らえられていたジローを探した。
「ここにいたお兄さん、見かけなかった?」と、Sガールは誰もいない空間を指さして言った。
「――誰も見てませんね」と、翔は首を振った。その足下には、電撃を受けた二人の男子が、正体をなくしたまま仰向けになっていた。

「――ちょい、起きろ。いつまで寝てる気だ」

 と、上体を起こして怪訝な表情を浮かべた竜司は、困ったように言った。
「ここ、どこですか……」と、被っていたキャップがはらりと落ちた。「あれ? ぼくって誰だっけ。あなたたち、誰ですか」


未来の落とし物(79)

2025-06-13 21:01:00 | 「未来の落とし物」

 現れた隊員達の様子をじっと見守っていた瞬は、扉の横にあるパネルに向かうと、覚えたばかりの数字を素早く打ちこんだ。
 スカッ――と、静かな音を立てて扉が開いた。室内に入った瞬は、バックアップされた記憶の器に目を走らせていった。
 と、亜珠理の言っていたクラスメートの記憶が二人分、棚に並べて入れられているのを見つけた。
 瞬は、二人分の記憶の器を手に取ると、左右のポケットにしまった。
 あとは、時間の逆行装置を探さねばならなかった。
 見えない帽子を被ったまま、タイムパトロールの船に居座って未来世界に行く手もあったが、今よりも文明の進んだ世界で潜伏したまま活動することは、かなりの困難が予測された。
 壊れたタイムジェネレーターの、少なくとも航時機能を復旧しなければ、やって来た時代に帰還することはできなかった。
 レスキューはやって来るだろうが、どの時間線で瞬を回収するかによって、せっかく手を掛けたミッションの成否が、改変されてしまう危険があった。十分な成果を上げるには、なんとしてでも、帰還しなければならなかった。
 目に入ってきたのは、リバーシブルの布きれだった。
 子供の頃読んだ本に出てきた、汎用型のリペアクロスにそっくりだった。
 瞬は、無造作に積み上げられた没収品の中から、ランチョンマットほどの大きさの布を引っ張り出した。目の前で広げた布は、間違いなく、瞬の時代よりも遙か以前の時代で使用されていた、修理用の時間遡及型の修理キットだった。
 手首から外したタイムジェネレーターを床に置いた瞬は、リペアクロスの過去面を下に向け、静かに覆った。
 鈍い光が瞬くと、瞬は期待を持って布をどけたが、傷ついた表面だけを元通りにさせただけで、タイムジェネレーターの画面は、期待していたとおりには動かなかった。残念だが、中の機能まで完全に回復させることはできなかった。
 タイムパトロールの時間航行船を降りた瞬は、いまだに抵抗を続けているSガールに驚きの声を漏らしつつ、潜水艦で待っている盗賊達の元に急いだ。

「抵抗するな」

 と、タイムパトロールのリーダーらしき男は言った。「おまえの着ているスーパースーツの情報は調査済みだ。怪我をさせずに回収したいが、あくまで抵抗するというのなら、強制的にスーパースーツの機能を無効化させてもらう」
「ずいぶん自信があるのね」と、腕にしがみついた隊員を振り払って、Sガールは言った。「あんた達に捕まえられるほど、弱くなんてないんだから」
 リーダーの合図を待って、控えていた隊員が数名、台車に乗った機銃のような装置を運んできた。
 Sガールのスーパースーツの機能を無効化する、なんらかの道具であることは間違いなさそうだった。外見は、口径の大きい重火器のような形をしていた。弾丸を通さないSガールのスーパースーツに、致命的な穴を開けるほど、強力な銃弾を撃ちこむ能力を備えているように見えた。

 


未来の落とし物(78)

2025-06-13 21:00:00 | 「未来の落とし物」

 瞬がいた時代の船に比べれば、まるで骨董品のような船だった。子供向けの乗り物図鑑にも掲載されている船の構造は、瞬の脳裏に鮮明に記憶されていた。
 未来の子供達の間で、憧れの職業に上げらているタイムパトロールについては、その活躍はもとより、使用している乗り物や細々とした装備に至るまで、専門の情報が広く公開されるほど人気だった。
「現役で動いている船に乗りこむのは、はじめてだな」と、タラップを登り切った瞬は、辺りに目を向けると言った。
 瞬が探しているのは、時間を一時的に遡らせることができる装置と、消去した記憶を保存しておく保管庫だった。
 時間はあまりなかった。宝石店の時とは違い、大勢の隊員達に囲まれたSガールは、抵抗むなしく確保されるはずだった。
 瞬は、船の操縦室に急いだ。

 ――やって来た操縦室には、案の定外の様子を映し出すモニターがあり、強く抵抗しているSガールの姿が映されていた。瞬は注意深くモニターを監視している隊員と、顔を並べてモニターを見ていたが、顔がぶつかりそうなほどそばにいる瞬に、隊員はまったく気づいていなかった。
 と、外の様子を映し出しているモニターとは別の映像を映しているモニターのひとつに、瞬は目を止めた。
 一見すると、銀行の金庫室のようだった。小さく区切られた棚が四方にあり、その一つ一つに砂時計が入れられていた。

「みつけたぞ」

 と思わず口を開いてしまった瞬を、モニターを見ていた隊員がびくりとして振り返ったが、そこには誰の姿もなかった。
 戸惑った表情を浮かべた隊員は、空耳だったと首を傾げ、再びモニターに目を戻した。
 その間に、瞬は保管室にやって来ていた。
 モニターで見たときは、まるで銀行の金庫室のようだったが、来てみると、広さはそれほどでもなかった。小さな窓から中を覗くと、没収された未来世界の道具が無造作に積み上げられ、壁に設えられた棚には、消去した記憶を複写した砂時計形の器が置かれていた。
 もたもたしてはいられなかったが、室内に入るためには、扉の横のパネルに数字を打たなければならなかった。
 思わず頭を掻いた瞬だったが、はっとして顔を上げると、扉を写しだしているカメラに向かって、見えなくなる帽子を脱いで姿を現し、おどけたようにあっかんべーをして手を振った。
 効果はてきめんだった。
 いくらもしないうち、船内に待機していた隊員がバラバラと集まってきた。押収品の保管庫に異状がないか、数人が中に入って点検すると、厳重に扉を閉め直し、瞬がどこに行ったか、すぐにまた別の場所へと走り去っていった。

 


未来の落とし物(77)

2025-06-12 21:02:00 | 「未来の落とし物」

「――わかった」と、竜司と呼ばれた男子も危機を察知したのか、素直に地面から手を離すと、体を屈めた孝弘の背に跨がった。
 互いに一歩も譲ることなくぶつかっていたジローとSガールは、図ったようにはたと動きを止めた。周囲の、わずかな変化に気がついたためだった。

 光の粒でできた幾つものドアが、あちらこちらの空間に浮かび上がってきた。

「逃がさないぞ」と、ジローは空に飛び上がったSガールの足首を捕まえると、地面に叩きつけた。
 膝まで地面にめりこんだSガールは、舌打ちをすると瞳を燃えるような赤色に変え、ジローに向かって熱戦を照射した。

「おとなしくしろ」

 と、ゴツゴツとした頑丈そうなプロテクターを纏ったタイムパトロールの隊員達が、広い庭を埋め尽くすほど、バラバラと大勢で姿を現した。
「――航時法及び先進ツール不法所持の容疑で逮捕する」と、隊長らしい男は言うと、隊員達がSガールを取り囲むように集まった。
「痛い、押すなよ」
 と、既に捕まえられていた二人組の男子が、庭に追い立てられてきた。その手に着けていた氷手袋も、履いていた超スピードブーツも、没収されていた。
 Sガールと戦っていたジローは、妙な表情をして立ち止まったまま、動きを止めていた。現れたタイムパトロールが、ジローの時間だけを止めてしまったようだった。

「――やっぱり来たな」

 と、黄色い潜水艦の潜望鏡で、地上の一部始終を見ていた瞬は言った。「計画どおり、タイムパトロールの船に潜入してくる」
「気をつけてください」と、盗賊達は口々に声をかけた。
「あんた達もな」と、潜望鏡から離れた瞬は言った。「この船も見張られているに違いない。私が外に出たら、全速力でこの場所を離れるんだ」
「大丈夫ですよ。へまはしません――」と、ボスは自信ありげに言った。
 庭の陰に浮かび上がった潜水艦から出てきたのは、見えなくなる帽子を被った瞬だった。
 瞬が降りたのを確認すると、潜水艦は素早く地中に姿を消した。
 タイムパトロールを乗せた時間航行船は、大きな帆船のような形状をしていた。
 Sガールを確保しようと、じりじりと距離を詰めているタイムパトロール達は、瞬が自分達の船舶に侵入しようとしていることなど、微塵も警戒していなかった。
 見えない帽子を被った瞬を止める者は、誰一人としていなかった。
 タイムパトロールの間を縫うようにして、船に近づいた瞬は、タラップを見つけると、一目散に駆け上がっていった。

 


未来の落とし物(76)

2025-06-12 21:01:00 | 「未来の落とし物」

 最後の“ごめんね”からは、謝罪の意志は微塵も感じられなかった。
「困ったわね」と、沙織はため息をつくように言った。「そこにいられちゃ、家の中に忘れ物を取りに行けないのよ」
「それって、スカイ・ガールが言ってた石でしょ」と、肩車をされているキャップを被った男子は言った。「ぼく達が取ってくるから、どこにあるか話してよ」
「――」と、沙織はその場で身を屈めると、ひと息に家の中まで飛び上がろうと力をこめた。
「やめておいた方がいいよ」と、キャップの男子が首を振りながら言った。「泥棒さんが飛び上がるより早く、下のこいつが蹴り戻すから」
「そうかしら」と、沙織は体を屈めたまま言った。「世の中そんなに、簡単じゃないのよ――」
 沙織は言い終わるより早く、凍りついた外履きを脱ぎ捨てて飛び上がった。
 肩車をした男子は、キャップを被った男子を肩に乗せたまま、姿が一瞬かすむほどの早さで移動すると、飛び上がった沙織を捉えて、蹴りつけようとした。

 ガッシャン――  

 と、ジローに投げ飛ばされたSガールが、二人の男子を巻きこみながら、家の壁に叩きつけられた。
「なにすんのよ、この鉄くず」と、黒く煤けたSガールが、バラバラに折り砕けた木材の下から這い出してきて言った。
「痛ぇよ」「なにすんだよ」と、肩車をしていた二人組の男子は、折れた木材の中から顔を覗かせて言った。
「うるさい」と、Sガールは後ろを振り返らないで言った。「私の邪魔はしないでちょうだい」
 と、Sガールは、ジローに向かって飛びかかっていった。
 家の中に入った沙織の姿は、どこにも見えなくなっていた。
「泥棒さん、出てきなよ」と、キャップを被った男子は言うと、真冬に使うような分厚い手袋を着けた両手を、足下の地面に当てがった。「雪像になるまで凍らしちゃっても、文句は言わないでね。って、雪像になっちゃったら、なにも言えなくなっちゃうんだけど」
 手袋をあてがった地面が、ピキピキと小気味のいい音を立てながら、放射状に広く凍りついていった。冷気の先にある物は、鉄だろうと木材であろうと、ありとあらゆる物が硬く凍てついていった。

「――竜司、ちょと待て」

 と、肩車をしていた男子が、耳を澄ませるように言った。
「なんだよ、孝弘」と、キャップを被った男子はうるさそうに言った。
「やばい、早く肩に乗れ」と、大きな革靴を履いた男子は、深く足を屈伸させて言った。

 


未来の落とし物(75)

2025-06-12 21:00:00 | 「未来の落とし物」


「どこに隠れているのかと思ったら、泥棒のくせに、ずいぶん堂々としてるじゃない」

 と、Sガールは憎々しげに言った。
「それに、目障りなサイボーグ君も一緒とはね。なんだか面倒くさそう」
「黙れ」と、ジローはSガールに言った。「おれは人間だ――」
「私がここに来た理由はわかるでしょ」と、Sガールはストンと弾むように地面に足を着いた。「あなたが盗んだ石を返して頂戴。素直に返せば、誰も痛い目を見なくて済むわ」
「初対面なのに、ずいぶんと事情に詳しいようね。石を盗んだのは悪かったけれど、あなたの物じゃないでしょ」と、沙織はジローの後ろから顔を覗かせて言った。「それに、あなたが返せと言うくらい貴重な石なら、なおさらお返しすることはできないわ」
「ネズミみたいにこそこそすることしかできないくせに、私に逆らおうなんて笑っちゃうのよ」と、Sガールは言うと、沙織を捕まえようと手を伸ばした。

 ――と、ジローはSガールの手を払い除けた。

 キッ、と表情を曇らせたSガールは、わずかに背の高いジローの正面に立つと、歯を剥きだして睨みつけた。
「邪魔しないでよ、お兄さん」と、Sガールは拳を握った手を、ジローに向かって振り上げた。
 ゴツン――と、鈍い音が響いたが、ジローは微動だにせず、胸にめりこんだSガールの拳を捕まえると、Sガールを軽々と振り回して、空高く放り投げた。
 どこかの住宅の庭に頭から落ちたSガールは、口に入った土を唾ごと吹き出して立ち上がると、空に飛び上がり、拳を構えたジローに向かって、宙を切り裂くように足を蹴り出した。
 ゴッツン  と、先ほどよりも鈍い音が辺りに響きわかった。
 沙織はくるりと後ろを振り返ると、外履きのまま家の中に駆けこもうとした。
 と、あと数歩だった。足を伸ばせば、ガラス戸を越えて部屋の中にたどり着くところだった。地面に下ろした外履きの底が凍りつき、次の足を出せないまま、沙織の動きを止めてしまった。
 はっとした沙織が足下を見ると、いつの間にか芝生に真っ白い霜が立ち広がり、冷気を立ち上らせながら凍りついていた。

「お姉さん、動かない方がいいよ」

 と、キャップを被った男子は言った。
 どこに隠れていたのか、肩車をした中学生くらいにも見える男子が二人、沙織の目の前に立っていた。
「――あなたたち、誰」と、沙織は言った。「招待した覚えはないんだけど」
「悪いね」と、肩車をしている男子は言った。「おれ達もやりたくないんだけれど、道具を使っていたずらしているところを見つかっちゃって、スカイ・ガールの言うことを聞くしかないいんだよ。ごめんね――」


未来の落とし物(74)

2025-06-11 21:02:00 | 「未来の落とし物」

「――」と、沙織は首を振った。「まったくわからないわ。支店長の多田は知っていたみたいだけれど、事故に遭ってしまったから、もう二度と聞くことはできないし」
「あと知っているとすれば、社長の工藤と、会長の杉野だけか……」と、ジローは本を手にしながら、考えるように言った。「これから、どうするつもりだ」
「スカイガールが、どこからともなく現れてきたでしょ」と、沙織はジローの隣に座りながら言った。「あれはきっと、石を取り返そうとしている“神の杖”の使者かもしれない」
「――だろうな」と、ジローはうなずいた。「だから、なにかあるって考えてるのか」
「そうかもね」と、沙織は思わせぶりな言い方をした。「大抵は、派手に登場するのは目くらましで、その裏でこそこそ動き回るのが狙いだったりするでしょ」
「確かにな」と、ジローは言った。「だが気にしすぎじゃないのか。おれならきっと、石を取り返すよりも、隠れ家に乗りこんでくるのを想定して、守りを固めているだろうけどな」
「あの石が本当にコンパスストーンだったらね」と、沙織は立ち上がると言った。「なにかの秘密は隠されているんだろうけど、どうやってアプローチすればいいか、まるでお手上げ状態なのよ」
「数学の先生にも、解けない問題があるんだな」と、ジローは本に目を落として言った。
「残念ながら、そのとおりよ」と、沙織はため息をつくように言った。「マコトがいれば、もっと知恵を出してくれるんだろうけど、今頃はどこにいるのかしらね」
「意外に近くにいるかもしれないが、こっちから探しに行っても、会えるとは思えないな」と、ジローは考えるように言った。「だが、マコトから会いに来る可能性はあるだろ。隠された場所に行ける“石”の情報は、マコトの耳にも入っているんだろうからな」
「悪夢にうなされていただけだと思っていたのに、あなたがリアルに目の前に現れたときは、心臓が止まりそうになったわ」と、沙織は言うと、大きく息をついた。
「おれも長い眠りの中で、なかなか覚めない夢を見ていたと思っていた」と、ジローは本を置くと言った。「だが沙織を見た途端、自分のやらなければならないことが、はっきりとわかったんだ。沙織に課せられた試練を一緒に乗り切ること。それは、みんなで誓った約束だからな」
 沙織は、黙ってうなずいた。
「あの石が、父の居場所に繋がっていることだけは、わかったんだけれど――」
 と、沙織が空を見上げていると、耳障りな音がかすかに空気を振動させているのが伝わってきた。
 注意深く耳を澄ませていた沙織の正面に、立ち上がったジローがさっと素早く背中を預けた。

「――なにか用?」

 と、沙織は言うと、頭上高く沙織とジローを見下ろすように、赤いマントを翻したSガールが浮かんでいた。