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くりぃーむソ~ダ

気まぐれな日記だよ。

未来の落とし物(93)

2025-06-18 21:00:00 | 「未来の落とし物」

 ソラは、困ったように言った。
「妹がいますけど、なにか?」
「アーン……」と、女の人はまた考えるように言った。「ワタシ、青色の鳥を探してるんですが、この家の女の子が拾ったって、聞いて来たんですけど」
「――いらっしゃいますか?」と、言われたソラは、青い鳥を探している人物がまた現れて、ちょっと驚いたが、顔には出さず、とぼけるように言った。
「青い鳥って、世界的に珍しいって鳥のことでしょ」
 外国人の女の人は、ニッコリと微笑みながらうなずいた。
「さっきもこの近くで、男の人達に同じことを聞かれたんですけど、知りあいですか」
 女の人は、ソラと目を合わせたまま、ため息をつくように言った。
「アーン……そうですね。もしかしたら、ワタシの仲間かも、しれません――」
「その人達にも言いましたけど、青い色の鳥なんて、見たことありません」
「オウ……」と、女の人は残念そうに言うと、がっかりしたように首を振った。「わかりました。ドモありがとうございます」
 ソラがドアを閉めようとすると、わずかに開いた隙間から、さっと手が伸び、薄いピンク色に塗りそろえられた爪の手が、がっちりと強い力で、閉まりかけたドアをつかみ止めた。
「あの、私の名前はシェリルと言います。あなたの名前、教えてもらっていいですか」
 驚いたソラは目を白黒させながら、顔をのぞかせている女の人に言った。
「眞空、です――」
「妹さんは?」
「えっ」と、ソラは言うのをためらったが、「海密です」と口ごもりながら答えた。
「ごめんなさい。ありがとうゴざいました」と、女の人はさっと手を引き、後ろにさがった。
 どういたしまして、と言いながら、ソラは急いでドアを閉めると、カチャリカチャッとすぐに鍵をかけ、のぞき窓に目を当てて、外の様子をうかがった。
 シェリルと名乗った外国人の女の人は、残念そうに玄関のドアに向かったまま、手に持っていたサングラスをかけると、がっかりしたようにくるり、と振り返り、家の前に駐車していた赤いスポーツカーに乗りこんだ。
 運転席のドアを閉めると、女の人がエンジンをかけた。お腹の底に響くような重い音が、ブルルンッと空気を揺らすように轟いた。ソラの父親が、一度でいいから乗ってみたい、と風呂上がりによく口にする、黄色いエンブレムの高価な外国車に間違いなかった。
 ――――    
 シェリルは、ガラス越しにチラリとソラの方を見てから、車を発進させた。
 まるで、ソラがのぞき窓から様子をうかがっているのを、最初から承知していたかのようだった。
 と、甲高い急ブレーキの音が聞こえた。
 驚いたソラは、とっさに首を引っこめてのぞき窓から目を離すと、両手で頭を守るようにかばいつつ、その場にしゃがみこんだ。

 


未来の落とし物(92)

2025-06-17 21:02:00 | 「未来の落とし物」

 箱を床に下ろしたソラは、中の鳥を両手で挟むように持ち上げ、下から見上げたり、横にしてみたり、おかしなところがほかにもないか、ためつすがめつして鳥を調べた。
「やめて、乱暴にしないで――」
 立ち上がったウミは、青い鳥を取り返そうと手を伸ばしたが、ソラはくるり、と無視するように背中を向けた。
 ソラが手にした青い鳥は、精巧に作られたロボットのようだった。体をさわっても、ふかふかとして温かく、たっぷりの羽毛に包まれていて、本物の鳥と変わりはなかったが、首の辺りにのぞく細い線は、たどっていくとくるりと輪を描き、首と胴体とをつなぎ合わせてできた、継ぎ目のようだった。
(どこかにバッテリーでも入ってるのかな)
 と、青い鳥の丸く膨らんだ胸を、ソラがちょっと押し気味に触った時だった。
 ジジジッ――と、青い鳥が急に頭を持ち上げた。カクンカクンと、錆びついたクランクのようにぎこちない動きだったが、ぱっちりと見開かれた二つの赤い瞳は、ソラを見上げて、不思議そうに何度も首をかしげた。
「だめっ」と、あっけにとられているソラの手から、ウミが青い鳥を奪い取った。
「そんなに乱暴にする人には、もう貸さない」
「なにすんだよ」
 立ち上がったソラが、足早に部屋を出て行ったウミの後を追いかけようとすると、

 ピンポーン――。

 インターホンが、一階の自分達の部屋に逃げるウミを助けるように鳴った。
「はーい」
 と、大きな声を出したソラはあわてて立ち止まり、先にどちらに行くべきか迷ったが、妹を追いかけようとしていた足を引っこめ、小走りに玄関に向かった。
 くつ下のまま、靴も履かずにドアノブに手をかけたソラは、トントントン――と、せかすようにドアを叩く来客を不審に思い、大股でドアから離れると、靴をつま先に引っかけ、丸いのぞき窓から外をうかがい見た。
 ドアの向こうにいたのは、知らない女の人だった。背が高く、のぞき窓では顔がはっきりと見えなかったが、明るい色のスーツを着て、金色のネックレスを首に掛けていた。
 ソラは、用心のためにドアチェーンをかけると、「どちら様ですか」と言いながら、ドアを開けた。
 わずかに開いたドアの隙間から、金色の長い髪をさらりと垂らした外国人の女の人が、ソラと同じ目線まで、前屈みをするように顔をのぞかせた。
「こんにちは――」と、外国人の女の人は、少したどたどしい口調で、にっこりと笑いながら言った。
 ソラは心持ちドアから離れ、顔をしかめるように言った。
「なにか、ご用ですか?」
「アーン……」と、女の人は少し考えるように言った。「あのー、この家に女の子はいませんか」


未来の落とし物(91)

2025-06-17 21:01:00 | 「未来の落とし物」

 ウミが持っていた箱の中には、見たこともないきれいな青色の鳥がいた。ティッシュペーパーをふかふかに敷き詰め、その上にちょこんと乗せられた鳥は、どこかにケガを負っているのか、首をすくめてギュッと目をつぶり、まるで動かず、じっと痛みをこらえているようだった。
「どこにいたの」
 ソラが箱の中に手を伸ばそうとすると、ウミはサッと箱を抱き上げ、そっぽを向くように体をねじると、怒ったように言った。
「怪我をして苦しそうだったの――」
「なんで怒ってるんだよ」と、むすっとしたソラが、口をとがらせるように言った。「ウミのお兄ちゃんなんだから、見せてくれたっていいだろう」
「絶対捨てたりなんかしないんだから」と、ウミは鼻をすすりながら言った。
「お兄ちゃんだって、捨てたりなんかしないよ。怪我してるかもしれないんだから、見せてみろって」
「――ウソじゃないよね」と、顔を振り向かせたウミが、疑うような目でソラをた。
 さっと立ち上がったソラは、胸を張って気をつけをすると、左手を高く持ち上げて言った。
「神様に誓って、うそは言いません」
「絶対?」
 ウミが念を押すように言うと、ソラはこくりとうなずき、「うん、絶対――」と妹を見ながら言った。
「じゃあ、いいよ」
 ソラはウミが差し出した箱を受けとると、具合が悪そうにうずくまっている鳥を、まじまじと眺めた。
 青い鳥は、見た限りハトよりは小さかったが、スズメや、友達の家で飼われているセキセイインコよりは、ずっと大きかった。なによりも特徴的なのは、翼をはじめとして、まぶしく晴れた空のように青い色をしていることだった。
「へぇー、きれいな鳥だなぁ」
 と、ソラはあらためて、感心したように言った。心配そうなウミは、ソラの横から、自分の顔を割りこませるようにして、一緒に箱の中をのぞきこんだ。
 ソラは、帰り道で会ったニンジンのことを思い出していた。探しているという貴重な鳥と、特徴がぴたりと一致していた。
 サングラスの男達が探していたのも、青い色の鳥だった。はたして、どちらとも同じ鳥を探しているんだろうか……。
「――えっ」と、ソラは小さく声を上げ、青い鳥の首の辺りを、そっとさわった。
「どうしたの」と、青い鳥とソラの顔を交互に見ながら、ウミが心配そうに言った。
「この鳥、本物……?」と、ソラは、青い鳥の首の辺りを確かめるように指先で探ると、持ち上げていた箱を下げ、ウミにも見えるように傾けた。
「――なんか、変な線が入ってる」と、ウミはソラの顔を見上げて言った。
 ソラは、こくりとうなずいた。
「これって、ほんとに生きてる鳥なのかなぁ」


未来の落とし物(90)

2025-06-17 21:00:00 | 「未来の落とし物」

 二階建ての一軒家だった。「ただいま」と、ソラがインターホンのマイクに顔を近づけて言うと、トントントンと小気味のいい足音が近づき、すぐにガチャリガチャッ、とドアの上下に取り付けられた鍵が、二つともはずされた。
「――ただいま」
 と、ソラは玄関のドアを開けた。いつもなら、「おかえり、お兄ちゃん」と、元気よく出迎えてくれるはずのウミだったが、今日に限って、めずらしく姿がなかった。
 すぐにドアの鍵をかけ、靴を脱ごうとして足元を見たソラは、おやっと、思わず手を止めた。妹の靴が、だらしなく脱ぎ捨てられていた。
 平日はパートの仕事に行っている母親から、玄関の靴はきちんとかかとをそろえて置くように、と何度も注意されていた。遊びに夢中になって帰ってきた時や、なにか急いでいるような場合には、上級生のソラも、たまに母親の言いつけを忘れて、叱られることがあった。しかし妹は、年下のくせに小さな母親みたいで、覚えている限り、言いつけを破ったことがなく、一緒に外へ出かけると、いつもソラの後ろにくっついてきては、生意気にあれやこれやと小言を並べ立てた。
 そんなウミが、靴を脱ぎっぱなしにしているのを見て、ソラはすぐに、妹がなにか隠し事をしているんじゃないか、と疑った。
「ただいま――」
 と、片手にランドセルを持ったソラが、部屋の中を探るようにキョロキョロしながら、茶の間にやってきた。
 情報番組を放送しているテレビが、つけっぱなしにされていた。
 ウミの赤いランドセルが、テレビと向かい合わせに置かれたテーブルの間に、放り出されていた。
「ウミ……」
 と、ソラは小さな声で言いながら、ソファーの上にランドセルを置いた。
 背伸びをするように奥の台所をのぞいたが、隠れていそうな食卓テーブルの下にも、妹の姿はなかった。
(どこに行ったんだろう)
 ソラが二人の部屋に行こうとすると、和室の襖が、わずかに開いているのに気がついた。
 そっと和室に近づき、ソラが静かに襖を開けると、ウミがこちらに背中を向けて、ぺたりと畳にお尻をつけて座っていた。
「どうしたの――」
 ソラは部屋に入ると、ぽつりとつぶやくように言った。
「学校でなにかあった?」
 くるり、と顔を上げたウミは、外の物置から引っ張り出してきたのか、少し汚れた靴の箱を、大事そうに抱えていた。
「お兄ちゃん……」と、ウミは悲しそうな顔をして言った。
 ソラは黙って近づくと、蓋のない箱の中をのぞきこんだ。
「えっ、鳥?」ソラは、驚いたように言った。

 


未来の落とし物(89)

2025-06-16 21:02:00 | 「未来の落とし物」

 こくり、と小さく会釈をした子供達は、ちらりとソラの方を見ると、別段おびえた様子もなく、何事もなかったようにおしゃべりをしながら、歩き去って行った。
「別にあやしい者じゃないよ、ちょっと教えてくれるだけでいいんだ」と、先に声をかけてきた男が、近づいてきた。
「なんですか……」と、わずかに緊張した様子のソラが、身構えるように言った。
「青い色の鳥なんだけど、この辺で見かけなかったかな――」生徒達を見送っていた金色の髪の男が、壁のように大きな体を振り向かせて言った。「めずらしい鳥でね、大切に世話をしていたんだけれど、間違って逃がしちゃったんだ。どこかで見なかったかな」
「青い鳥?」
 首をかしげたソラが、顎に手をあてて考えるように言うと、男達は「水色の絵の具みたいな、青い色をした鳥なんだ」と、声をそろえて言った。
「おじさん達の鳥なの」と、ソラが眉をひそめるように言った。
「ああ」と、手前にいる男が、うなずくように言った。「まぁ、正しくはおじさん達の鳥じゃないんだけどね、とっても貴重な鳥で、目を離した隙に逃げてしまったんだよ。逃げ出した時、きっとケガをしただろうから、早く手当てしてやらなきゃならないんだ」
「見かけなかったけど――」と、ソラはニンジンが言っていたことを思い出して言った。
「同じような鳥を探していた人は、いたよ」
「――」と、男達は顔を見合わせた。表情が見えないサングラスの奥で、無言のまま、互いの意志を確認したようだった。
「どんな人だったかな」と、近づいてきた手前の男が、ソラの顔をのぞきこんだ。「おじさん達みたいな人だったかい?」
「ううん」と、ソラは首を振った。「どっちかって言うと、ぼく達みたいな感じ」
「きみみたいな、子供だったかい――」と、男が眉をひそめて言った。
 ソラは首を振り、違うよ、と言った。
「探偵だよ」
 男は体を起こすと、金色の髪の男とまた顔を見合わせ、ソラの方に向き直ると、笑いながら言った。
「呼び止めて悪かったね、どうもありがとう――」
「じゃあ」と言って、ソラはまた走り始めた。途中、足を止めて後ろを振り返ると、二人組の男が、ソラの妹と同じ位の低学年の女の子達を呼び止めて、同じようになにかを聞いているのが見えた。
 と、不意に男の一人が顔を上げ、ソラに目をとめた。こちらを向いたサングラスがきらりと黒く反射し、ソラはぞくりっ、と身震いするような寒気を感じて、あわてて顔を背けた。
 ――――……

 ピンポーン――。

 インターホンのボタンを押すと、ドアの向こうから、小さな遠い鐘の音が、かすかに漏れ聞こえた。すぐにガチャガチャと、雑音混じりの耳障りな音が鳴り、ひび割れたようなかすれた声で、妹のウミが「誰ですか?」と、名前を聞いた。

 


未来の落とし物(88)

2025-06-16 21:01:00 | 「未来の落とし物」

「それで、ニンジンが――」と、ソラは確かめるように言った。
「ああ、この町内じゃちょっとは名の知られた探偵が、選ばれたってわけさ」と、ニンジンは得意そうに胸を張った。「愛好家のあいだじゃ、空飛ぶシーラカンスとかなんとか言われて、かなりの大金で取引されることもあるらしい。騒ぎが大きくなる前に、さっさと探し出さなきゃ、誰かが先に捕まえて、ただ働きすることになっちまう」
「しーらかんすって、なに」と、ソラが首を傾げた。
「は?」と、ニンジンは目をぱちくりさせた。「知ってるよな、有名な魚」
「空飛ぶ魚なんて、トビウオしか聞いたことないよ」
「いやいや、そうじゃなくて」と、ニンジンが言った。「シーラカンスが飛ぶんじゃなくって、その青い鳥だよ」
「――鳥って、空飛ぶんじゃないの」
「だよ。魚じゃないからな」と、ニンジンが考えるように言った。
「なーんだ」ソラはちぇっと舌打ちをすると、くるりと背中を向けて歩き出した。「つまんないの……」
「はぁ?」ニンジンは、信じられないというように言った。「世界規模のこんな大きな仕事が、つまらないだって――」
「うそでしょ」と、ソラはニンジンを見上げて言った。
「いいや」と、ニンジンは急に真剣な顔をして言った。「――どうしてわかった」
「やっぱり……」ソラは残念そうにため息をつくと、ニンジンに背を向けて言った。「じゃあ、がんばってね」
「――おい、信じないのは勝手だがな、似たような鳥を見つけたら、いつでもいいから教えてくれよ」
「わかってるよ。じゃ、また公園でね」
 背中を向けたまま手を振るソラを見て、ニンジンはやれやれ、といったそぶりで小さく肩をすくめると、くるりと回れ右をして歩き出した。
 ――――……
 ソラが家の近くまでやってくると、別のクラスの生徒が何人か、二人組の、黒いサングラスをかけた外国人のような男に呼び止められ、なにかを聞かれているところに出くわした。黒っぽいスーツに身を包んだ彼らは、ニンジンよりも背が高く、どちらともがっちりとしていて、まるで服を着たゴリラのようだった。
「きみ、この近所の子だろ――」と、男の一人が、通り過ぎようとしたソラに声をかけた。「ちょっと、聞かせてくれないかな」
 外国人だとばかり思いこんでいたソラは、意外にもよどみのない、流ちょうな発音で声をかけられ、ぎくり、と驚いて立ち止まった。
「そんなに怖がらなくてもいいよ」と、金色の髪をしたもう一人の男が、笑いながら顔を上げ、ソラを見ながら言った。
「――じゃあみんな、どうもありがとう」金色の髪の男はすぐに顔を戻すと、話をしていた別のクラスの生徒にお礼を言った。

 


未来の落とし物(87)

2025-06-16 21:00:00 | 「未来の落とし物」


 ――――
  
「じゃあな、サトシ。また明日――」
 ソラは走りながら手を振ると、すぐに背中を見せ、風を切るような勢いに乗って、真っ直ぐ家に向かった。
 鍵のはずれたランドセルの蓋が、まるで生き物のように口をパクパクさせ、ちらちらと危なっかしく顔をのぞかせる教科書やノートが、今にも外に飛び出してきそうだった。
「あっ、ニンジン」と、あわてて足を止めたソラが、驚いたように言った。
「おっ、今日は早いじゃないか、お兄ちゃん」と、格子柄の長袖シャツ着た男が、足を止めて言った。
「どうしたのさ、こんな所で」と、ソラはニンジンと呼んだ男の頭から靴の先まで、めずらしいものを見るように言った。
 一見すると、少し老けた大学生にも見える男は、長袖シャツのボタンを、窮屈そうに全部はずしていた。男は、ソラがよく遊びに行く近所の公園で、子供達の先頭に立って野球をしてくれる、年の離れた友達のような存在だった。本当の名前は知らないが、公園に遊びに来るみんなから“ニンジン”というあだ名で呼ばれていた。子供達の間では、私立探偵をやっていて、テレビに出ない小さな事件ばかりを追いかけている、とまことしやかに噂されていた。
「おいおい、小学生に混じって、野球ばっかりしてるわけじゃないんだぜ」と、ニンジンがため息をつくように言った。「こう見えても、ちゃんと独立した社会人なんだからな。おまえ達と同じにすんなって」
「もしかして、事件なの?」と、ソラは目を輝かせた。
 ニンジンは、にやりっ、とまんざらでもなさそうな笑みを浮かべて言った。
「するどいな。いいか、ここだけの話だぞ。今度の仕事はとっておきなんだ。生きた宝石って呼ばれてる、世界で最も貴重な鳥を探してるんだ」
「――へぇ」と、ソラは相づちを打つようにうなずくと、「なんて鳥?」と聞いた。
 ニンジンは「ええっと……」と、額にしわを寄せ、自信なさげに目を伏せたが、思いついたように顔を上げて言った。
「悪いが、それは誰にも言っちゃいけない秘密なんだ。けどな、探してほしいって依頼されたのは、事実さ」
「うそでしょ」と、ソラは疑うような目でニンジンを見上げた。「本当に探偵なの?」
「ちょっと待て、信じないってか――」と、ニンジンはなにか言いかけたが、少し考えてから、声を潜めるように言った。
「――仕方がない。ほかの連中には内緒だからな」
 うんうん、とソラは何度もうなずきながら、ニンジンの顔をじっとのぞきこんだ。
「仕事上の秘密だから、どこの誰とまでは言えないが、今まで見たこともないような、立派なお屋敷からの依頼さ」と、ニンジンは胸を張るように言った。「今じゃ、ほとんど絶滅に近いほど数が少なくなった鳥で、遙か昔の時代に研究用として捕まえた数羽の鳥を、これまでずっと大事に育てて、少しずつだけど数を増やしてきたらしい。青い空のような色が特徴で、そのうちの貴重な一羽を、どんな巡り合わせなのか、依頼人が譲り受けたそうなんだ。だけど、子供の頃から体が弱くて、動物なんかろくに飼ったこともなかった依頼人は、ちゃんと鳥の世話をする自信がなくて、屋敷の人にまかせっきりにしていた。ところが、ふとした遊び心で鳥籠の扉を開けたとたん、その貴重な鳥が、ほんのわずかな隙を見て、屋敷の外に逃げ出してしまったんだ」

 


未来の落とし物(86)【8章 【機械仕掛けの青い鳥】】

2025-06-15 21:02:00 | 「未来の落とし物」

         8章 【機械仕掛けの青い鳥】
 小学校の玄関の扉が勢いよく開き、下校時間を迎えた元気のいい低学年の子供達が、担任の先生達に見送られながら、次々と外に駆けだしてきた。
 まだ小さな体には似合わない、もてあまし気味の真新しいランドセルが、踊るように大きく弾みながら、それぞれの帰り道へと分かれていった。
 楽しそうにおしゃべりをしながら歩いている子供達が、足早に通り過ぎていく中、赤いランドセルを背負った三人の女の子が、道の脇に建てられた電信柱の影で、ブロック塀を向きながら、ぴったりと肩をつけ合うように立っていた。
「ねえウミちゃん、どうする?」と、眼鏡をかけた女の子が、すぐ横に立つ女の子の顔を見ながら、困ったように言った。「私の家、動物は飼っちゃいけないって、ママが怒るの――」
 真ん中にいる女の子が小さくうなずくと、背の高いもう一人の女の子が、確かめるように言った
「私のお母さんも、だめだって」
 クラスメートの男子が何人か、三人の女の子に気がついてからかうように声をかけたが、男の子よりも背の高いメグミがげんこつを構えて見せると、全員おどけるように頭を抱えて、急ぎ足で逃げていった。
「ふん、弱虫」と、逃げていく男子の後ろ姿を見ながら、メグミは顔をしかめて「ベェッ」と舌を出した。
「私の家も――」と、自信なさげに目を伏せたウミは、ちょっと考えてから、覚悟を決めたように顔を上げて言った。「お兄ちゃんに話してみる。この鳥、家で飼ってあげようって」
 女の子達は、ウミの顔を心配そうにのぞきこんだ。
「大丈夫? もしだめだって言われたら、この鳥どうなっちゃうの……」と、ずり落ちてきた眼鏡を戻しながら、ユカリが言った。
 三人の足下には、青い空のような色をした鳥がうずくまっていた。ハトよりは小さく、けれどスズメよりは大きな見たこともない種類の鳥は、どこか怪我でもしているのか、ブルブルと小刻みに震えながら、首をすくめてギュッと目をつぶっていた。
 痛みをこらえているのか、じっと動かない青い鳥は、女の子達がすぐそばにいるにもかかわらず、駆け出して逃げようとすることも、翼を羽ばたかせて舞い上がろうともしなかった。
「どうしたの、どこか痛いの……」
 ウミは言いながら、膝の上に両手を置いてしゃがむと、やさしそうな目で青い鳥を見下ろした。
「鳥さん、大丈夫?」
 メグミとユカリもしゃがむと、ウミと同じように両手を膝の上に置き、やはり怖くて手を伸ばせないまま、けれどどうすればいいのか、困ったような顔をしながら、青い鳥をはげますように声をかけ続けた。


未来の落とし物(85)

2025-06-15 21:01:00 | 「未来の落とし物」

「さっきの落雷は、違うかしら? 私達も危うく被害に遭うところだったんだけれど」と、沙織は考えるように言った。「その装置が壊れた原因って、スカイ・ガール達が落とした落雷に打たれたからじゃないかしら。逃げる途中だったから、はっきり見たわけじゃないんだけれど、今日みたいな晴天で地響きを起こすような雷が落ちるなんて、人為的に雷を発生させたとしたとしか考えられないもの」
「ボスが見たとおり、スカイ・ガールを確保しようとしたタイムパトロールの連中が、重装備にもかかわらず、電撃に打たれて身動きができなくなったらしいからな」と、ジローは言った。
「おまえ達、現場に戻ってきたのか?」と、瞬は驚いたように言った。「タイムパトロールに確保されたら、スカイガール達と戦えなくなるんだぞ」
「――すみません、だんな」と、ボスは申し訳なさそうに頭を下げた。「なにか雰囲気が変だったんで、心配になって、いても立ってもいられなかったんです」
「瞬さんが連中に見つかってひどい目に遭わされでもしたら、俺たちなんか、どうしていいかわかんなくなっちまいますよ」と、ラッパが興奮したように言った。
「事前のプランの通り動いて貰わなければ、取り返しがつかなくなるんだぞ」と、瞬は言った。「私が未来時間から来たことで、時間線が微妙に振動してるんだ。振り戻しの幅を超えてしまうと、同じ現象が繰り返されなくなるんだからな」
「そう責めないで」と、沙織は瞬に言った。「泥棒さんたちが様子を見に来てくれなければ、私達がひどい目に遭わされていたはずだから」
「――まったく。仕方がないな」と、瞬はため息をつきながら言った。「だが、未来の道具を不法に投入してまで奪取したい宝石なんて、一体どんな利用価値があるものなんだろうか。考えもつかない」
「あなたでもわからないなら、もうお手上げかもね」と、沙織は指輪を見ながら言った。
「なんとか装置を探し出して、一度未来に戻ってくる」と、瞬は言った。「タイムジェネレーターが元に戻れば、アーカイブにアクセスして遙か過去の出来事まで検索できるから、なにか新たな情報が得られるかもしれない」
「どこで待ってればいいんです」と、ボスは心配して言った。
「地上でふらふらしていたら、彼らに見つかったみたいに、スカイ・ガール達に見つかっちまいますよ」と、ボスは最後に、ちらりとジローの方を向いて、恨めしそうに言った
「心配するのはわかるが、タイムジェネレーターの修理が終われば、別れた場所に、すぐまた戻ってこられるんだ」と、瞬は言った。
「本当に、大丈夫ですか」と、ヒゲが声を震わせて言った。「必ず戻ってきてくださいよ。記憶を奪われるなんて、命を吸い取られるのと同じくらい嫌ですからね」
「ああ。まかせてくれ」と、瞬は言った。

「私達も協力するから、すぐに戻ってきてよ」

 と、地上に伸びたハッチを降りた瞬に、沙織は言った。「キングは任せておいて」
「――じゃあ、ボス。ちょっと行ってくる」と、瞬はにこりと笑って言うと、小さく手を振ってハッチを閉じた。

 


未来の落とし物(84)

2025-06-15 21:00:00 | 「未来の落とし物」

「宝石にしか見えないが、どういったものなんだ」と、瞬は言うと、沙織はまだ未確認にだけれども、と前置きをしたうえで、知っていることを手短に話した。

「――神の杖、か」

「なにか、知っている事はないの?」と、沙織は瞬に言った。
「私も、ミッションの詳しい目的は聞かされていないんだ」と、瞬は申し訳なさそうに言った。「国家が絡んでいそうな案件なら、詳しく説明されなかったのもわかる気がする」「あなたのいた世界では、“神の杖”はどうなっているの」と、沙織は聞いた。
「残念だが、私が来た時代には、“神の杖”という名の組織は存在しないんだ」と、瞬は言った。「時間線を越えて、未来の道具をこの時代に持ちこめるほどの組織なら、未来の世界に記録を残していてもいいとは思うが、残念ながらはじめて名前を聞いた。このタイムジェネレーターが故障していなければ、なにかアーカイブを検索できたかもしれないがな」
「その機械で、時間を飛び越えてきたのか――」と、ジローは瞬の腕に着けられたタイムジェネレーターを、興味深そうに見ながら言った。
「ああ。この機械を使って、時間を飛び越えてきたんだよ」と、瞬は言うと、舵を取るボスに言った。「――ボス、さっき私と合流した付近に、地下鉄の駅はなかっただろうか」
「すぐには思いつきませんが、ここいらへんは地下鉄の沿線にある住宅街ですぜ」と、ボスは言った。
「ここに来る少し前のミッションで、この時間線に来たことがあるんだ」と、瞬は言った。「その時は任務外だったが、時間航行装置を積んだ単独の調査装置が故障してね、それを回収しに来たんだよ」
 と、ボスは妙に感心したようにうなずいた。
「――その時間線が、もうそろそろなんだ」と、瞬は言うと、すぐにササキが気がついて言った。
「瞬さん、もしかしたらその装置を見つけて、やって来た場所に戻れば、タイムマシンを直せるんじゃないですか」
「そうなんだ」と、瞬は言った。「きみ達に負担をかけるかもしれないが、装置を回収した付近まで、行ってみようと思うんだ」
「一人で行くつもりですか?」と、ヒゲは心配そうに言った。「もし奴らに見つかったら、なにをされるかわかりませんよ」
「俺たちも行きますよ」と、ボスは言った。
「それはできないよ」と、瞬は残念そうに言った。「どこからの情報なのか、時間移動をする装置のことが知れ渡っていて、なにやら怪しげな連中達もその装置を追ってきていたんだ。その連中とも衝突することになると、さらにやっかいなことになりかねない」
「――その装置を故障させたのって、スカイ・ガール達とは違う連中なんですかね」と、ボスは言った。
「可能性はあるな」と、瞬は考えるように言った。