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くりぃーむソ~ダ

気まぐれな日記だよ。

未来の落とし物(132)

2025-07-01 21:01:00 | 「未来の落とし物」

 しかし、大旗の努力もむなしく、砂時計の形をした記憶の器は、ピタリと大旗の額に貼りつくと、砂時計が時を刻むように、さらさらと大旗の中に戻っていった。

「そこまでだ。そのまま、おとなしくしていろ」

 と、有無を言わさぬ重たい声が聞こえた。
 沙織と、大旗を抱きかかえているジローにも、その姿は見えなかった。タイムパトロールがやってくるときに出現する、まぶしいほどの光のドアは、どこにもなかった。
 注意していたにもかかわらず、なんらかの計略によって、まんまと見つけられてしまった。沙織とジローは、不用意に動くことができず、じっと立ち尽くしたまま、次の指示が聞こえるのを待っていた。額に記憶の器を貼りつけられた大旗は、口を半開きにしたまま、気を失ったようにぐったりとしていた。
「――航時法及び先進ツール不法所持の容疑で確保する」と、二人の前に姿を現したタイムパトロールが、特殊警棒のような短い武器を手に、身構えて言った。
 一人だけではなかった。見えなくなる迷彩服に身を包んだ彼らは、被っていたフードを脱ぐと、次々にその姿を現した。
「ずいぶんな数で来たのね」と、沙織はゆっくりと手を上げながら言った。「見る限り、十人はいるんじゃないの」
「この前はまんまと逃げられたからね」と、隊長らしき男は笑みを浮かべながら言った。「今回は足場がないほど隊員を動員したから、どこにも逃げられないぞ。あきらめろ――」
 はらり。と、見えなくなる帽子を脱がされたジローが、姿を見せた。
「実感はないが、どうやら俺はみんなに見えているようだな」と、ジローは言いながら、抱きかかえていた大旗をゆっくりと地面に下ろしていった。
「悪く思わないでくれ」と、隊長は言うと、大旗の前で膝をついた隊員の一人が、まだ作動している額の記憶の器に手を伸ばした。
「歴史を守るためには、やむを得ないんだ」と、隊長は言うと、腰のあたりから取り出した新たな記憶の器を、沙織の額に当てようと腕を伸ばした。

「――待ちなさい」

 と、大きな声が聞こえた。タイムパトロールの連中は全員がその場で凍りつくと、同時に声の主を探して素早く周囲をうかがった。
「いたぞ、あそこだ」と、数人の隊員が向き直ると、他の隊員達も後に続いた。

「闇を切り裂く勇者の光。シャドウ・ライト・キング、参上――」

 と、通りの向こうに、体育の授業で着替えるようなジャージの上下に、マスクを被った姿で亜珠理が現れた。
 大きな声で名乗った亜珠理は、タイムパトロール達が待ち構えるただ中に、一散に駆け出した。

 

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未来の落とし物(131)

2025-07-01 21:00:00 | 「未来の落とし物」

 自分が立っていた場所に来ると、大旗はふと足を止めた。

 ここで、なにしてたんだっけ――。 

 確かに、光梨ともう一人、亜珠理の姿があったのは覚えていた。
 でも、どうしてここにいたのか、それがわからなかった。
「なにか思い出した?」
 と、誰かに声をかけられ、大旗は驚いて振り返った。
 冬の日暮れは早く、カラオケから出てきた時に見えた濃いオレンジ色の空は、今ではすっかり星空に変わっていた。
「――誰。人を呼ぶわよ」と、大旗は言った。
 目をマスクで覆った沙織が、ゆっくりと近づいてきていた。
「あなたの記憶を戻しに来たわ」と、沙織は言った。マスクをつけた沙織は、世を騒がせる怪盗、ブラック・ホームズとして大旗の前に現れた。
「知ってるわ、あんたのこと」と、大旗は後ろ向きに下がりながら、勇気を出して言った。「怪盗とかって言われてる、目立ちたがりの泥棒でしょ。もしかしたら、あんたが私の記憶を盗んだんじゃないの」
「そう思いたければ、それでもいいわ」と、沙織は斜めに提げていたバッグを胸の前に持ってくると、瞬がタイムパトロールの船から奪った砂時計形の器を取り出した。器の中には、大旗の消去された記憶が微細な砂のような粒子になって入れられていた。「すぐ済むわ。あなたの額に当てるだけで、記憶は戻るはずよ」
「――嫌だってば」と、大旗は言って後ろを向くと、走り出そうとした。

「なに。誰、離してよ」

 と、大旗は手足をばたつかせたまま、宙に浮き上がったように見えた。
 見えなくなる帽子をかぶったジローが、大旗を後ろから抱きかかえ、持ち上げていた。
「記憶を戻してあげるんだから、おとなしくしなさい」と、迷惑そうに舌打ちをして、沙織は言った。
「記憶なんて、いらないんだって――」と、ジローに抱きかかえられたまま、大旗は諦めず、手足をばたつかせて言った。「楽しくない記憶なら、無くなっちまった方がいいんだよ。せっかく友達に再会したのに、仲が悪くなるなんて、絶対に嫌なんだから」
「辛い思いも共有できない友達なんて、上辺だけの友達に過ぎないでしょ」と、沙織は大旗の思いに耳を貸すことなく、記憶の器を額に当てようとした。
 記憶の器は、額に当てることで、器の中にある粉末状になった記憶を本人に還元するシステムになっていた。

「――やめろっ」

 と、大旗は涙をにじませながら、大きな声で記憶を戻すことに抵抗していた。

 

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未来の落とし物(130)

2025-06-30 21:02:00 | 「未来の落とし物」

「大丈夫ですか」と、亜珠理は不安そうに言った。「友達のことで、みんなに助けてもらってうれしいですけど、逆にみんなを危険にさらしちゃって、なんだか申し訳なくって」
「スカイ・ガールに痛い目に遭わされた人はほかにもいるんだ」と、ジローは言った。「おれ達が救えるんなら、一人でも多く助けてやらなきゃ。スカイ・ガールの好き勝手になんかさせやしないさ」
「タイムパトロールとかって連中も、きっと自分達の時代のことしか頭にないのさ」と、ヘッドホンを首にかけたササキは言った。「この時代の誰かが犠牲になっても、歴史が書き換えられないなら、結構無茶も厭わないみたいだしな」
「――確かに」と、ヒゲは大きくうなずいた。「トラベラーの旦那も言っていたけれど、スカイ・ガール相手に軍隊並みの装備で出てきて、周りを火の海にしそうな勢いだったもんな」
「私達を相手にそこまで準備はしていないと思うけれど」と、沙織も目を覆うマスクをして言った。「誰の記憶の器を奪ったかははとっくに承知しているはずだし、私達の動きを注視しているのは間違いないわ」
 と、沙織はジローに見えなくなる帽子を手渡した。
「沙織はどうするんだ」と、ジローは帽子を被りながら言った。
「忘れたの? 私は怪盗なのよ  」と、沙織は驚いたように言った。

 ――――    

 大旗は、いつもの二人とカラオケで盛り上がり、自分が撃たれた通りを歩いて、家路についているところだった。
 二日前の記憶が、すっぽりと抜けているのは、仲間から聞いて気がついた。
 直前まで自分がなにをしていたか、詳しい話は聞いてはみたが、まるで実感がなかった。
 朝、学校の教室で、光梨の姿を見たときは、うれしさのあまり大きな声で挨拶をしてしまった。
 あとから聞いたことだが、二人の仲はどこかギスギスしていたのだという。
 しかし、そんな話は、光梨も大旗自身も、信じられなかった。
 光梨も、聞けば二日前の記憶がはっきりしないのだという。
 小学校以来の、久しぶりの親友の再会だった。積もる話はいくらでもあった。二人とも、同じように記憶をなくしてはいたが、仲がよかった頃の記憶は、嫌に鮮明だった。
 そんな二人の様子を見て、周りは不思議なものを見るように遠巻きにしていた。なるべく、関わり合いになりたくない。そんな雰囲気だった。
 二人と一緒にいたという亜珠理が、心配していろいろ尋ねてきたが、どうしてそんな反応をしてしまうのか、二人とも亜珠理に話しかけられると、とたんに苛立ちを覚えて、冷たくあしらってしまうのだった。
 放課後よく連んでいたという二人から、自分のことをいろいろと聞いているが、どの話も、自分のこととは思えなかった。話の中に出てくる大旗美木は、他人が勝手に作り出した存在しない人間に思えた。

 

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未来の落とし物(129)

2025-06-30 21:01:00 | 「未来の落とし物」

 と、亜珠理は首を振って言った。
「どうやったのか、体には銃で撃たれた傷跡は一切残っていないようです」と、亜珠理は言った。「撃った子と同じく、撃たれた前後の記憶と、それまでに至った原因となる記憶を、一切消されてしまったみたいです」
「さすが、未来の技術と言ったところだな」と、ジローは言った。「トラベラーが取り返してきた記憶は、ちゃんと本人に戻してやるんだろ」
 と、ボス達は「そうだ」と、声に出してうなずいた。
「でも、どうなの」と、沙織は亜珠理に聞いた。「タイムパトロールが監視している様子はない?」
 亜珠理はわずかに首を振った。
「まだ一日しか経っていないけど、誰かに監視されている気配は感じません」と、亜珠理は言うと、潜水艦の誰もがほっとしたように肩を下ろした。「でも、それがなんか、不自然なような気がして。どこかでうまく自分達の行動が操作されているような、そんなふわふわした感覚があるのも、事実なんです」
「あなたはどうなの」と、沙織は亜珠理に聞いた。「記憶は消されていないの?」
 と、亜珠理はうなずいたとも、首を振ったとも見えた。
「わからないんです。私が二人に追いついた時には、もうヒカリは銃を撃った後だったし、オオハタは仰向けに倒れて血だらけだったから……」
「――なにか気になるのか」と、ジローは沙織に言った。
「マスクも取られなかったんでしょ」と、沙織は顔を上げて亜珠理に言った。「推測だけれど、そのマスクはスカイ・ガールのスーツの一部ってことだし、彼女たちを追いこむために、わざとキングのマスクを回収しないで、泳がせているのかもしれない」
「それはありえますね」と、ボスは実感しているように言った。「ずる賢いヤツが人を填めるやり口ですよ」
「スカイ・ガールが私達を狙ってるって、歴史の本にでも書いてあるんでしょうね」と、沙織は言った。「キングのマスクがなければスカイ・ガールとは戦えないし、あれば我々の行動は向こうに筒抜けってことなんでしょうね」
「マスクを被っても、同じ感じなのかい」と、ラッパは言った。
「――」と、亜珠理はうなずくと、ポケットからマスクを取り出し、素早く被って、目を閉じた。「やっぱり、そわそわした感じがするんです。スカイ・ガールもなにかたくらんでいるみたいだけど、私にばれるのを怖がっているのか、覚られないように、うまく誤魔化してるみたいです」
「発信器が仕込まれてる様子もないしなぁ」と、ラッパは亜珠理のマスクをしげしげと見て言った。「スカイ・ガールと繋がってるってのも奇妙だけど、こんな薄っぺらな生地に同じくらい小さな機械を埋めこむなんて、こりゃ未来は明るいですね」
「妙な感心するんじゃねぇよ」と、ボスはラッパに怒ったように言った。「どんな物が仕込まれてるかわからないんじゃ、相手の思うつぼだろうが」
「ボス、まずは記憶を消された女の子に近づきましょう」と、沙織は言った。「時間を使って罠を張られているんなら、私達にはどうにも手出しできないもの。向こうから姿を出して貰えれば、なにかしら打つ手はあるはずよ」

 

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未来の落とし物(128)

2025-06-30 21:00:00 | 「未来の落とし物」

「まずは元気なことがわかったんだ。それが一番だろ」と、ヒゲは舌打ちをしながら言った。
「どこかで落ち合うの」と、沙織は言った。
「はい。キングの家で、待っているそうです」と、ヒゲは言った。「家に入ってしまえば、追っ手がいたとしても、目を眩ませるんじゃないかって言ってました」
「この潜水艦は、建物の中にも潜って行けるのか」と、ジローは不思議そうに言った。
「大丈夫ですよ」と、操縦桿を握るボスは言った。「空間に出てしまうと座礁したようになっちまいますが、床下から艦橋を伸ばすくらいは余裕です」
「よかった」と、沙織は言った。「早く迎えに行きましょ」
「――ほいっ。じゃあ、出発」と、ボスは言うと、ぐんと勢いをつけて潜水艦が進み始めた。

 ――――    

「ただいまーっ」と、玄関のドアを開けながら、亜珠理はわざとらしく大きな声で言った。
「おかえりなさい」と、居間の方から母親の声が聞こえたが、亜珠理は脱いだばかりの靴を持って、足音も高く階段を二階へ駆け上がっていった。

「ちょっと出かけてくるね。ご飯は帰ってきてから食べるから」

 と、自分の部屋に入る直前、亜珠理は階段の下に向けて言うと、ばたりとドアを閉めた。

「――ボス、いるの?」

 小声で言った亜珠理は部屋を見回したが、返事はなかった。首を傾げてベッドに腰を下ろした亜珠理だったが、すぐに気がつくと、靴を持ったまま、上がってきたばかりの階段を下に急いだ。
 足音を忍ばせた亜珠理が「ボス、いる?」と、床に向けて言うと、階段を降りたところで潜水艦の艦橋がにょきりと頭を覗かせた。
 亜珠理は素早く艦橋に飛び移ると、潜水艦が床に潜りこむのと同時にハッチから乗りこんで、出入り口を硬く閉めた。
「トラベラーはどうしちゃったの」と、亜珠理は言った。どことなく、潜水艦の中は沈みこんでいるような雰囲気だった。「これからどうするの」
「記憶を取られた子はどんな様子だったの」と、はじめて亜珠理と会った沙織は、挨拶もそこそこに聞いた。「困ったりはしていなかった」
 うなずいた亜珠理は、目が合ったジローに小さく会釈をすると、沙織に言った。
「銃を撃った子は前後の記憶だけじゃなく、銃を撃ったことを思い出してしまうような、関係する記憶まで遡って消されてしまったみたいです」
「撃たれた女の子はどうだったの」と、沙織は聞いた。「記憶は消されても、体の傷跡は残るでしょ」

 

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未来の落とし物(127)【11章 再会】

2025-06-29 21:02:00 | 「未来の落とし物」

         11章 再会
 瞬は戻らなかった。
 タイムパトロールに潜水艦の位置が特定されるのを避けるため、わずかな間だが地中深くに潜行し、ひと息ついたところで再び地上に戻ってきたが、すぐに戻ると言っていた瞬の姿は、どこにもなかった。
 念のため、ササキとヒゲが潜水艦を下りて付近を探してみたが、やはり瞬の姿はなかった。
「どうしましょう」と、戻ってきたササキとヒゲから報告を受けて、ボスは心配そうに言った。「トラベラーの旦那がいないことには、あの連中には刃が立たないんじゃないですかね」
 と、沙織達は顔を見合わせてうなずいた。
「俺達を追いかけているタイムパトロールからだって、逃げられないかもしれない」と、ラッパは鼻を啜りながら言った。
「彼になにかがあったことは間違いないと思うわ」と、沙織は言った。「でもだからって、諦めるのはまだ早いんじゃない」
 ラッパのため息が沙織の言葉を否定するように大きく響いた。
「考えて。私達にはまだ武器がたくさん残っているでしょ」と、沙織は言った。「この潜水艦に、見えなくなる帽子もある。それにキングだっているのよ。スカイ・ガール達の力には、正面からぶつかっても勝てないかもしれないけれど、これらの武器があれば、なにかしら抗う策が立てられるはずよ」
「逃げているだけじゃだめだ」と、ジローは言った。「スカイ・ガールからは行方をくらませることはできるかもしれないが、時間を行き来するタイムパトロールの連中からは、どこに隠れようと見つけられてしまうはずだ」
 ラッパは頭を抱えて言った。
「ボス、記憶を消されるのは嫌ですよ」
「――お前だけじゃない。俺だって、記憶を消されるのはまっぴらごめんだ」
「キングにも連絡しなくちゃ」と、ヒゲがポケットから携帯電話を取り出して言った。
「おい、それ――」と、ボスは指をさして言った。「トラベラーの旦那が持って行ったんじゃなかったのか」
 と、携帯電話を耳に当てながら、ヒゲは言った。
「未来世界には持って行っても使えないからって、出かける直前に置いていきましたよ」
「トラベラーから話は聞いたけど、無事かしらね」と、沙織は心配そうに言った。
「あっ、キングさんですか」と、急に丁寧語になったヒゲは言った。「トラベラーの旦那がいなくなったんです。はい。記憶の保管装置は手に入れました。はい。そっちは異状はないですか。妙に静かだと  はい。じゃあ待ってるよ」
 にこにこしながら電話を切ったヒゲにボスは言った。
「様子はどうだった」
「ちょうど帰りのホームルームが始まるところでした」と、ヒゲは言った。「元気そうでしたよ」
 と、ラッパが怒ったように言った。「そういうんじゃねぇよ。誰かに見張られてるとか、そういうやつだよ」

 

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未来の落とし物(126)

2025-06-29 21:01:00 | 「未来の落とし物」


「ちょっと、すみません」

 と、瞬はふと、そばを通りかかった年配の女性に声を掛けた。どこかに出かける途中といった様子の女性は、不意に声を掛けられたにもかかわらず、柔和な笑みで快く答えてくれた。
「最近出てきたスカイ・ガールって、どうなったか知っていますか」
「スカイ、なんですって?」と、女性は耳を傾けて瞬に聞き返した。
 瞬は、尋ねる人を間違ったのかと思ったが、答えはすぐに返ってきた。
「――ああ。あのマントの女の子でしょ」と、女性は言った。「そう言えばどこかに行っちゃったまま、ここのところ姿を見せないわね。きっと、なにかの宣伝だったんでしょ」
「宣伝、だったんですかね――」と、瞬がお礼を言うと、年配の女性は駅前の通りを歩き去って行った。「これでよかったのか」と、瞬は考えるように言った。
 瞬が不在にしていたわずかな時間に、なにかがあったに違いなかった。
 少なくとも、その出来事が時間に波紋を起こし、やがて大きな波となって、遙か遠くの二二三世紀にまで影響を及ぼし、もう二度と遡れない過去の歴史となって、記録から削除されてしまったのに違いなかった。
 ここからさらに過去に遡っても、同じ場所にたどり着くのが関の山か……。
 気がかりなのは、任されたミッションがコンプリートできたのか、確認できないことだった。
 この時代から、どうやらSガールの影響は排除できたようだったが、変わって表舞台に立ったマスクの彼女は、今後の歴史にどのような影響を及ぼすのか。そもそも、どうして未来の道具を所持している彼女が、二三世紀のタイムパトロールの連中に確保されず、無事でいられるのか、理由はわからないままだった。
 潜水艦に乗っていた泥棒達の安否も気になるところだが、遙か未来から来たエージェントが、無計画のまま過去に留まっていれば、予期せぬ時間の改変がさらに発現する可能性があった。
 瞬は、今さっき戻ってきたばかりの時代から、やむを得ず、やって来たばかりの時空間管理局に戻ることにした。

「職長、行ってきました」

 と、あらためて机に向かっていた職長は、後ろからいきなり声を掛けられ、びくりとして振り返った。
「なんだってんだ、またお前か。今さっき出かけたばかりだろ。私の仕事を邪魔するつもりじゃないだろうな」
 不機嫌な表情の職長に答えることなく、瞬は確かめるように言った。
「戻った過去は、私が戻ろうとした場所ではありませんでした。この時代に変化はありませんか? 私が二人存在している世界に改変されてはいないでしょうか」
「――ちょっと落ち着け」と、職長は瞬の腕を掴むと、タイムジェネレーターに器具をあてがい、反応を確かめて言った。「我々に改変は発現していないよ」
 と、瞬はほっとしたように胸をなで下ろした。
「だが、お前が戻るべき場所に戻れなかったということは、なにかがあったのに違いない」と、職長は心配そうに言った。「ミッションのこともあるし、統括の耳には入れておいた方がいいだろうな」
 瞬は、同行しようかという職長を押しとどめ、統括の部屋に一人で向かって行った。

 

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未来の落とし物(125)

2025-06-29 21:00:00 | 「未来の落とし物」


「ありがとうございました。またすぐに戻ってきます」

 と、瞬は言うと、手首のタイムジェネレーターを操作し、瞬く間に消え去ってしまった。
「相変わらず、いそがしいやつだな」と、職長は舌打ちをしながら、しかしどこかうれしそうに言った。

 ――――    

 瞬は戻ってきた。
 すぐに周りを見ると、潜水艦から下りたのと、まったく同じ場所に違いなかった。
 長い時間の間の移動は、物理的に長距離を移動するのと同じく、到着地点に誤差が生じる。
 二三世紀のタイムパトロールが乗っているような大型の時間航行船であれば、精度のいい修正装置を設置できるため、到着地点の誤差を小さくすることも可能だが、エージェントが用いる装着型タイムジェネレーターでは、小さな軀体に納めるため、簡易な修正装置しか実装できなかった。遙か未来の二二三世紀の技術をもってしても、移動到達地点の精度を高くできる小型の装置は、まだ作られていなかった。
 しかし今回は、見る限り潜水艦を下りた場所と、ほぼ同じ場所に到着することができた。
 タイムジェネレーターも無事に修理することができたことで、これから本格的な反撃に打って出るつもりだった。
 その作戦を、早く立てなければならなかった。
「――」と、歩道の端に立ったまま、瞬は黙って周囲の様子をうかがっていた。
 誰も、迎えに来る者がいなかった。
 明らかに様子がおかしかった。潜水艦に乗った彼らの時間がずれてしまったのかもしれない。と、そう考えてみたが、既に数分間は時間が過ぎていた。
 瞬が潜水艦を下りたほとんど同じ場所に戻って来ていることから、彼らが瞬以上に遅れることなど、通常はないはずだった。
 もしかすると、スカイ・ガール達の新たな攻撃による干渉があったのか  と、瞬は人の多い駅前に向かって走り出した。

「プラン通り動かなければ、取り返しがつかなくなるんだぞ」

 と、瞬は走りながら、悔しそうに言った。
 息を切らせた瞬は、多くの人が行き交う駅を前に立ち止まり、思わずため息を漏らした。
 マスクを被ったあの女の子が、駅前のモニターに大きく映し出されていた。
 モニターに大きく映し出された彼女は、神出鬼没のヒーローとして、町中の人々の注目を浴びている、といった内容だった。
「――これが、時間線が書き換わった原因か」と、瞬は独り言のように言ったが、それにしては、少し注目のされ方が静かだった。
 見れば、モニターの下に立って興味深そうに見入っているのは、瞬一人だけだった。
 駅に出入りする人達は、見慣れてしまったと言わんばかりに、気に留める者はほとんどなかった。まだ母親に抱かれている小さな子供が、マスクに興味を持って嬌声を上げるほどの、小さな反応しか見かけなかった。

 

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未来の落とし物(124)

2025-06-28 21:02:00 | 「未来の落とし物」

「なんだってんだ、まったく――」と、職長はあきれたように言った。「いつもの調子でいきなりラボに現れたと思ったら、修理をお願いしますって、お前がこいつを手渡したんだぞ」
 と、職長は修理を終えたタイムジェネレーターを瞬に手渡した。
「ひどくやられたみたいだな。そいつで、ここもやれたか」と、職長は言いながら、自分の頭を人差し指で突いて見せた。
「アンドロイドは一緒じゃなかったですか、野鳥タイプの」と、瞬はタイムジェネレーターを手首に着けながら言った。
「――鳥?」と、職長は首を傾げた。「ああ。確かにジェネレーターが壊れていて、お前がここに戻ってこられるはずはないんだよな。いきなり現れたとたんに気を失うから、こっちはほかの事なんて考える暇もなかったんだぞ。なんらかのダメージを受けているかもしれないって、人を呼んで医療室に連れて行ったんだからな」
「すみませんでした」と、瞬は急に神妙な顔をして言った。
「まぁ、トラベラーの仕事上それはやむを得ないとして、お前がいう鳥って、もしかしたらもぐりで時間航行装置を取りつけたっていう、あの鳥か」
 瞬は、気まずそうにうなずいた。
「前のミッションで修理した鳥をリリースした場所が、今回の任務の場所でした。はじめはどうして自分が選ばれたかわかりませんでしたが、前のミッションで関わっていたからこそ、今回の急なミッションに選ばれたようです」
「ふーん」と、職長は椅子に座りながら、大きく伸びをして言った。「それで、仕事は終わったのか? 自分が改造した鳥に助けられたくらいだから、ヤバいことになってるのは想像がつくけどな」
「――聞きたいんですが」と、瞬は思い出したように言った。「アンドロイドの鳥が、意志を持つなんてことはありますか。それとも、時間航行を繰り返すうち、魂魄が体内に入りこんで宿主になってしまうようなことはありますか」
「おいおい、いつの時代の迷信だ」と、職長はあきれたように言った。「二二三世紀の現代人が言うことじゃないな。大昔に戻りすぎたんだろ? もう少し医療室で休んだらどうだ。頭の中をクリーンにしないと、お前自身がモンスターになっちまうぞ」
「おっしゃるとおり、私が大昔の迷信に捕らわれているのかもしれません」と、瞬は考えながら言った。「でも、確かにあの鳥は、自分の身を守るため――いや、辛い思いをしている仲間を助けるため、自分から剣を取ることを望んだんです。私は、そう感じたんです。単なるウォッチャーとして作ったはずだったのに、旅を続けるうち、求道者のように道の果てを求めるようになってしまったらしいんです」
「――なにが言いたいのか、よくはわからんが」と、職長は困ったように言った。「作った者の意志を汲んで飛ぶ鳥なんだ。飛び続けるうち、創造者の意志をもっと深く実現しようとしてがんばるのは、それはしかし、アンドロイドとして普通の行動じゃないのか」
「――」と、瞬は目が覚めたように顔を上げると、職長に背を向けて出入り口に向かっていった。

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未来の落とし物(123)【10章 トラベラーの帰還】

2025-06-28 21:01:00 | 「未来の落とし物」

         10章 トラベラーの帰還
 瞬が目を覚ますと、そこは居心地のよい白壁の部屋だった。
 ぼんやりと天井を見上げたまま、どうして自分がここにいるのか、ついつい目蓋が落ちかかるのを我慢しながら、思い出そうとしていた。
 静かな部屋だった。
 耳を澄ませると、ブーンともツーンとも聞こえる優しげな機械音が、途切れることなく鳴り続けていた。
 横を向こうとして、頬に引っかかりを感じた。
 とっさに顔に手を伸ばした瞬は、長いコードの先に、ぴたりと肌に貼りつく吸盤のような物を掴んでいた。

 ――?

 と、瞬は表情を一変させ、体のあちこちに貼りついたコードをむしり外すと、横になっていたベッドから起き上がり、裸足を床に下ろした。
 ここは、医療室に違いなかった。
 ぼんやりとしているのは、運ばれてきた人間をパニックに陥らせないため、感情を抑制させる薬品を使用したからに違いなかった。
 うつむきながら額を押さえ、なんとか記憶をはっきりさせようと、何度も頭を振った。
 なにも思い出せなかったが、はたと動きを止めた瞬は、額を押さえていた左腕を下ろすと、見えない文字をまじまじと読むかのように、なにかを必死に感じ取ろうとしていた。

「――そうだった」

 と、短く言った瞬は立ち上がり、ベッドの外に置かれていた自分の服に着替えると、取っ手のないドアを抜け、ラボに急いだ。

 ――――    

「職長、なにがあったんですか」と、ラボに入ってきた途端、瞬はあわてたように言った。「私のタイムジェネレーターがなくなっているんですが、ここに来ていますか」
「――」と、奥の机に向かっていた職長が、珍しい物を見るように顔を覗かせていた。
「目が覚めた途端に大騒ぎか」と、職長は机に向き直ると言った。
「職長、なにがあったんですか」と、瞬は言いながら、大股で職長に向かって言った。
「そうあわてなさんなって」と、職長は手元に目を落としながら、のんびりと言った。
「――それ、私のジェネレーターですか」と、職長の元にやって来た瞬は、なにやら作業をしている職長の手元を見て言った。
「そうだよ。これは君の機械だ」と、職長は手にしたタイムジェネレーターの蓋を閉めながら言った。「なにも覚えていないのか?」
 職長が言うと、瞬はばつが悪そうにうなずいた。

 

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