2021-05-29:文献を追記して本文を更新した。
【例題】日本国籍X男とフィリピン籍Y女が日本で居住している。
(1)両者が日本で婚姻しようとする場合
(2)両者の間に実子Cが出生した場合
(3)両者が日本で離婚しようとする場合
[婚姻の要件と手続]→婚姻届でOKだが要件具備証明書必要
・日本で婚姻を挙行しようとするのだから、国際私法(抵触法)としては日本法である「法の適用に関する通則法」が参照される。通則法24条1項は「婚姻の成立は、各当事者につき、その本国法による。」と規定するから(本国法主義)、婚姻の実質的成立要件の準拠法はそれぞれの本国法となる(配分的適用)。【例題】では、X男は日本民法が規定する要件を、Y女はフィリピン家族法が規定する要件をそれぞれ具備する必要がある。□松岡編174-、フィリピンの婚姻要件につき榎本編著111-2、多田ほか35
・婚姻の方式には「婚姻挙行地が日本+一方が日本国籍→日本法」という日本人条項が適用されるため(通則法24条3項ただし書)、【例題】では日本法の方式にしたがって市役所へ婚姻届を提出することになる(日本民法739条)。添付書類として婚姻要件具備証明書が必要となるため(昭和22・6・25民事甲595号回答)、あらかじめフィリピン大使館(または大阪の総領事館)で発行を受ける。□手引き117-8、榎本編112-5、法務省ウェブサイト、多田ほか38-40、留意点につきビギナーズ203
[婚姻・離婚と在留資格]→変更許可申請が必要
・すでに日本に滞在するY女は、X男との婚姻を理由として、自身の在留資格を「日本人の配偶者等」(入管法別表第2)へ変更する旨の申請をする(入管法20条)。□ビギナーズ204
・反対に、「日本人の配偶者等」で在留していたY女がX男と離婚した場合は、正当な理由なく6か月が経過すると在留資格が取り消されうる(入管法22条の4第1項7号)。多くのケースでは「定住者(いわゆる離婚後定住)」の在留資格を目指すことになろう。法務省ウェブサイトでは若干の具体例が公表されている。□ビギナーズ74-5,57
[子の国籍]
・国籍の取得や喪失は各国の国内法が規定する。日本の国籍法は父母両系血統主義を採用するため、【例題】では、出生時において父母の一方(X男)が日本国民であるCは、日本国籍を取得する(国籍法2条1号)。□杉原413-6
・他方、フィリピンも同様の父母両系血統主義であるため、【例題】のCはフィリピン国民Y女の子としてフィリピン国籍も取得する。これには出生届を大使館に提出する。□協会21
・重国籍者となるCに対し、日本国籍法は22歳までの国籍選択を強制する(国籍法14条)。【例題】のCが日本国籍を選択した場合、フィリピン国籍を離脱する努力義務を負う(国籍法16条)。もっとも、フィリピン法は二重国籍を許容している。□法務省ウェブサイト、協会21
[離婚の準拠法と裁判管轄]→多くのケースで「国内裁判所&日本法に準拠した審理」が可能
・離婚の準拠法の決定においても、「一方が日本国内の常居所を有する日本人→日本法」という日本人条項(通則法27条ただし書)が適用される。したがって、【例題】を含む多くのケースで、「離婚の可否」「離婚の方法・機関(協議か裁判か)」「離婚の原因」「離婚の効力」について、国内離婚と同様の処理が可能である。□多田ほか51-2、ビギナーズ207
・なお、離婚届の有無のような「離婚の方式」については、通則法34条の問題となる。同条は選択的適用を採用しているので、離婚準拠法にしたがうか(1項)、行為地法にしたがうことになる(2項)。□多田ほか53
・被告が日本にいれば裁判管轄もOK(人事訴訟法3条の2第1号)。
・なお、Y女は「フィリピン国外において、フィリピン人でないX男と離婚したこと」をもって、フィリピン家族法での再婚が可能となる。この再婚にあたっては、フィリピン国内で「フィリピン国外で成立した離婚の承認裁判」を起こす必要がある(日本国内での再婚のため再び婚姻要件具備証明書を取得するためにも、この承認裁判が必要)。
[離婚時の子の問題]→多くは日本法準拠
・現在の支配的見解は、離婚時における親権者や監護者の決定を「親子間の法律関係」として(27条でなく)32条だとする。まず、[1]子の本国法が父母いずれかの本国法と一致すれば、準拠法は子の本国法となる。[2]子の本国法が父母のいずれとも異なれば、子の常居所地法となる。この結果、【例題】を含む多くのケースで日本法が適用されることになろう。□多田ほか70-2、注釈2巻134-7
・扶養義務については、特別法である「扶養義務の準拠法に関する法律」に依る。これによれば扶養権利者(養育費であれば子)の常居所地法が準拠法となる(法2条1項本文)。□多田ほか73
[氏の扱い]→外国人の特別扱い
・国際婚姻や国際離婚による氏の変動に関し、通則法は明文を欠く。そのため、準拠法をどうみるかは解釈に委ねられている。□多田ほか45
・この点に関する戸籍実務は、以下のような独特の処理をしている(批判も強い)。□注釈2巻176-80
(ア)婚姻の効力は通則法25条によって決定されるところ(【例題】では同一常居所地法=日本法)、氏の変動もこの一場面とも思われる。もっとも、戸籍実務は「氏は日本人に固有のもの」との理解に立ち、国際結婚では氏の変動が生じず、日本民法750条の適用はないと考える。
(イ)【例題】での戸籍を考えると、日本人X男が戸籍筆頭者であればY女との婚姻事項が記載され(戸籍法16条3項ただし書)、X男が戸籍筆頭者でなければX男につき新戸籍が編製される(戸籍法16条3項本文)。もっとも、夫婦間で氏が違うという不利益への配慮から、「婚姻から6か月以内ならば、家裁許可を得なくとも、呼称上の氏をY女の氏に変更できる(戸籍法107条2項)」というルートを認めている。□山下5
(ウ)なお、Y女の本国法にしたがうと、Y女の氏がX男のものに変動されていることがある。この場合、Y国の証明書があれば、「X男戸籍に記載されているY女の氏を、X男の氏に更正する」ルートも許容されている。
櫻田嘉章・道垣内正人編『注釈国際私法第2巻』[2011]
戸籍実務研究会編『初任者のための戸籍実務の手引き改訂新版第5訂』[2011]
松岡博編『国際関係私法入門』[2012]
榎本行雄編著『詳解国際結婚実務ガイド』[2012]
外国人ローヤリングネットワーク編『外国人事件ビギナーズ』[2013]
杉原高嶺『国際法学講義〔第2版〕』[2013]
山下敦子『戸籍の窓口4』[2015]
公益財団法人愛知県国際交流協会『相談窓口担当者のための「多文化」ってこういうこと−結婚・離婚編−』[2016]
多田望・長田真里・村上愛・申美穂『国際私法』[2021]