Brian H. Bix, A DICTIONARY OF LEGAL THEORY, Oxford University Press, 2004, p123
包含的実証主義/排除的実証主義(inclusive v. exclusive positivism)
「包含的法実証主義(inclusive legal positivism)」(時に「ソフトな法実証主義(soft legal positivism)」とか「組込み主義(incorporationism)」も呼ばれる)と、「排除的法実証主義(exclusive legal positivism)」(時に「ハードな法実証主義(hard legal positivism)」とも知られる)との間の議論は、法実証主義の次の信念をより細部に立ち入った中での違いである。つまり、法と道徳(morality)の間に必然的なつながりがないのか、それとも「概念上の」つながりがあるか、ということだ。包含的実証主義(そのもっとも著名な提唱者はジョセフ・ラズである)は、法実証主義者の信念とは次の意味だと解釈したり、次のとおりだと説明する。つまり、道徳的基準(moral criteria)は、ある規範が法的地位を有するための十分条件になれないし、必要条件にもなれない、ということだ。ラズの言葉によれば、排除的法実証主義は次のとおり主張する。「全ての法の存在やその内容は、社会的源泉(social sources)によって完全に決定される」と。
排除的法実証主義によるもっともよく知られた議論は、法と権威の関係性に基づくものだ。法体系(legal systems)は、元来(議論はあるが)権威であることを自称する。そして、権威ある法規範になり得るということは、その規範が解決しなければならなかった(道徳の、または他の)理由付けに頼ることなしに、確認されるべきである。この議論では(そしてラズの用法によれば)、ある権威に従う人々(?)は「次の場合にのみ、権威の決定により利益を得ることができる。つまり、その人々(?)が、自身の存在や内容を、その権威がそこで解決しようとするのとまさに同じ問題を取り上げることに依ることなしに確立できる場合である」(『公的領域における倫理』[1994])。
包含的法実証主義(その主張者として、ジュールズ・コールマン、ウィルフリッド・ワルチャウ、フィリップ・ソパー、デイヴィッド・リヨンズがいる)は、異なる見解を主張する。つまり、ある法ルール(またはある法システム)が道徳的内容を持つことは必要でないとしても、ある特定の法システムでは、慣習的ルールにより、道徳的基準(moral criteria)が、その法システム内で妥当性を持つため必要とされたり、妥当性を持つには十分となる可能性がある。包含的法実証主義のもっとも強力な主張は、法律専門家(公務員)や法律文書が法について語る態度と整合的に見えるだろう。加えて、包含的見解の主張者は、法実証主義の中核となる信条(慣習的事実または社会的事実を基礎に据えること)を放棄することなく、ロナルド・ドゥオーキンが法実証主義に向ける批判の多くを受容することができる。次の2つの状況を区別することは、時折、便宜である。1つは、道徳的基準が法的妥当性の必要条件になると言われる場合である(もっとも知られた場合が、憲法的司法審査の一部として道徳的基準が用いられるとき)。もう1つは、道徳的基準が法的妥当性の十分条件になると言われる場合である(解説者がコモンロー上の判断の実情を観察するやり方や、コモンロー以外の法理上の判断の実情をよく説明すること)。
[コメント]
・「憲法典の定める手続によって制定された法律は実定法である」「最高裁の宣言した判例は実定法である」というように、ある社会的事実に依拠して法(law)の有無を判断するという発想は素直であり、認定のルール論ともなじみやすい(たぶん)。この意味でハードな法実証主義者の主張は支持でき(たぶん)、「法は、道徳と無関係に同定できる」という分離テーゼは維持できる(たぶん)。□長谷部135,139-40,225-6
・しかし、実定法の解釈の場面ではどうか。実定法が道徳的概念を用いているときや、実定法の欠缺が生じているとき、解釈者(典型的には裁判官)は自らの道徳的信念に依存するように見える。ソフトな法実証主義者であれば「法が道徳的考慮を取り込むことはありうる」と素直に認めるだろうが、ハードな法実証主義者は「法が判断者に道徳的信念に依ることを認めているにすぎず、それだけでは法が道徳的考慮を含んでいることにはならない」と強弁するだろう。□森村170-2、長谷部135-6
・ラズの「権威」の議論はよくわからない。宇佐美256-63を読んでもちんぷんかんぷん…。
瀧川裕英・宇佐美誠・大屋雄裕『法哲学』[2014]
森村進『法哲学講義』(筑摩選書)[2015]
長谷部恭男『法とは何かー法思想史入門〔増補新版〕』[2015]