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精神疾患を発症してまともに働けないのに休職や退職の効力を争う。

2015-09-14 | 日記

精神疾患を発症してまともに働けないのに休職や退職の効力を争う。


1 精神疾患 発症が疑われる社員の基本的対応
 使用者は,社員の健康に対して安全配慮義務を負っていますので(労契法5条),遅刻や欠勤が急に増えたり,集中力や判断力が低下して単純ミスが増えたりするなど,精神疾患発症が疑われる社員については,上司から具体的問題点を指摘した上で,医療機関での受診や産業医への面談を勧めるなどする必要があります。
 また,使用者は,必ずしも社員からの申告がなくても,その健康に関わる労働環境等に十分な注意を払うべき安全配慮義務を負っていますので,社員にとって過重な業務が続く中でその体調の悪化が看取される場合には,メンタルヘルスに関する情報については社員本人からの積極的な申告が期待し難いことを前提とした上で,必要に応じてその業務を軽減するなど社員の心身の健康への配慮に努める必要があります(東芝(うつ病・解雇)事件最高裁平成26年3月24日第二小法廷判決参照)。
 所定労働時間内の通常業務であれば問題なく行える程度の症状である場合は,時間外労働や出張等,負担の重い業務を免除する等して対処します。長期間にわたって所定労働時間の勤務さえできない場合は,原則として,私傷病に関する休職制度がある場合は休職を検討し,私傷病に関する休職制度がない場合は普通解雇を検討することになります。
 私傷病に関する休職制度は普通解雇 を猶予する趣旨の制度であり,必ずしも就業規則に規定しなければならない制度ではありません。休職制度を設けずに,精神疾患を発症して働けなくなった社員にはいったん退職してもらい,精神疾患が治癒して労働契約の債務の本旨に従った労務提供ができるようになったら再就職を認めるといった制度設計も考えられます。


2 精神疾患の発症が強く疑われるにもかかわらず精神疾患の発症を否定する社員の対応
 精神疾患の発症が強く疑われるにもかかわらず社員本人が精神疾患の発症を否定して就労を希望した場合,漫然と就労を認めてはいけません。就労を認めた結果,精神疾患の症状が悪化した場合,安全配慮義務違反を問われて損害賠償義務を負うことになりかねません。
 精神疾患の発症が強く疑われる社員が出社してきたものの,債務の本旨に従った労務提供ができない場合は,就労を拒絶して帰宅させ,欠勤扱いにするのが原則です。
 職種や業務内容を特定して労働契約が締結された場合は,債務の本旨に従った労務提供ができるかどうかは,当該職種等について検討します。
 職種や業務内容を特定せずに労働契約が締結されている場合も,基本的には現に就業を命じた業務について債務の本旨に従った労務提供ができるかどうかを判断することになりますが,現に就業を命じた業務について労務の提供が十分にできないとしても,当該社員が配置される現実的可能性があると認められる他の業務について労務の提供ができ,かつ,本人がその労務の提供を申し出ているのであれば,債務の本旨に従った履行の提供があると評価されるため(片山組事件最高裁平成10年4月9日第一小法廷判決),当該社員が配置される現実的可能性があると認められる他の業務について本人が労務の提供を申し出ているのであれば,当該業務についても債務の本旨に従った労務の提供ができるかどうかを検討する必要があります。
 債務の本旨に従った労務提供があるかどうかを判断するにあたっては,専門医の診断・意見を参考にします。本人が提出した主治医の診断書の内容に疑問があるような場合であっても,専門医の診断を軽視することはできません。主治医への面談を求めて診断内容の信用性をチェックしたり,精神疾患に関し専門的知識経験を有する産業医の意見を聴いたりして,病状を確認する必要があります。
 精神疾患の発症が疑われるため,会社が医師を指定して受診を命じたところ,本人が指定医への受診を拒絶した場合は,債務の本旨に従った労務提供がないものとして労務の受領を拒絶し,欠勤扱いとすることができることもあります。
 社員本人が精神疾患の発症を否定している場合であっても,直ちに精神疾患が発症していないことを前提とした対応を取ることができるわけではありません。精神疾患を原因とした欠勤等を理由とする懲戒処分は,無効と判断される可能性が高いものと思われます(日本ヒューレット・パッカード事件最高裁平成24年4月27日第二小法廷判決参照)。
 精神疾患の発症が疑われる社員が精神疾患の発症を否定して,債務の本旨に従った労務提供ができると主張している場合でも,休職命令を出すことができます。ただし,休職事由の存在を立証することができなければ,休職命令は無効となってしまいますので,精神疾患の発症が疑われる社員が精神疾患を発症して債務の本旨に従った労務提供ができないことの証拠等,休職事由の存在を立証できるだけの診断書等の証拠をそろえてから休職命令を出す必要があります。
 精神疾患を発症して休職に入った社員が,債務の本旨に従った労務提供ができる程度にまで精神疾患が改善しないまま休職期間が満了すると,退職という重大な法的効果が発生することになりますので,休職命令発令時及び休職期間満了直前の時期に,何年何月何日までに債務の本旨に従った労務提供ができる程度にまで精神疾患が改善しなければ退職扱いとなるのかを通知すべきと考えます。事前に休職期間満了日を明確に通知することは,休職期間満了退職の効力が無効と判断されにくくなる方向に作用する一要素となります。


3 精神疾患を発症して出社と欠勤を繰り返す社員の対応
 精神疾患を発症して出社と欠勤を繰り返す社員に対応できるようにするためには,精神疾患を発症した社員が出社と欠勤を繰り返したような場合であっても休職させることができるよう休職事由を定めておく必要があります。例えば,一定期間の欠勤を休職の要件としつつ,「欠勤の中断期間が30日未満の場合は,前後の欠勤期間を通算し,連続しているものとみなす。」等の通算規定を置いたり,「精神の疾患により,労務の提供が困難なとき。」等を休職事由として,一定期間の欠勤を休職の要件から外し,再度,長期間の欠勤が必要とするような規定にはしないようにしておくことになります。
 精神疾患を発症した社員が出社と欠勤を繰り返しても,真面目に働いている社員が不公平感を抱いたり,会社の負担が過度に重くなったりしないようにして会社の活力を維持するためには,欠勤日を無給とし,傷病手当金の受給で対応するのが効果的です。出社と欠勤を繰り返す社員の対応に困っている会社は,欠勤期間についても賃金が支払われていることが多い印象です。
 私傷病に関する休職制度があるにもかかわらず,精神疾患を発症したため債務の本旨に従った労務提供ができないことを理由としていきなり普通解雇するのは,休職させても休職期間満了までに債務の本旨に従った労務提供ができる程度まで回復する見込みが客観的に乏しい場合でない限り,解雇権を濫用したものとして解雇 が無効(労契法16条)と判断されるリスクが高いものと思われます。


4 精神疾患を発症した社員が休職を希望している場合の対応
 精神疾患を発症した社員が休職を希望している場合は,休職申請書を提出させてから,休職命令を出すとよいでしょう。休職申請書を提出させてから休職命令を出すことにより,休職命令の有効性が争われるリスクが低くなります。
 精神疾患を発症した社員が休職申請書を提出したら,休職命令書を交付して,休職期間の開始日や満了日を明確にするようにして下さい。休職申請書を出させて内部決済が済んだだけで安心してしまい,休職命令書を交付せずに何となく休ませていると,何年何月何日までが欠勤で,何年何月何日からが休職期間で,何年何月何日までに債務の本旨に従った労務提供ができる程度に精神疾患が回復しなければ退職扱いになるのかかよく分からなくなることがあります。その結果,いつまでたっても精神疾患が治らないので退職させようとしたところ,休職命令や休職合意の存在,休職期間の開始日や満了日の立証に困難を伴い,休職期間満了退職扱いにすることができなくなる可能性があります。


5 復職の可否の判断基準
 復職の可否は,「休職期間満了日までに,債務の本旨に従った労務提供ができる程度に精神疾患が改善しているか否か」により判断するのが原則です。
 ただし,診断書等の客観的証拠により,間もない時期に債務の本旨に従った労務提供ができる程度に精神疾患が改善していると認定できる場合には,休職期間満了により退職扱いにするかどうかを慎重に判断する必要があります。休職期間満了時までに精神疾患が治癒せず,休職期間満了時には不完全な労務提供しかできなかったとしても,直ちに退職扱いにすることができないとする裁判例もあります。
 職種が限定されている場合は,限定された当該職種について債務の本旨に従った労務提供ができる程度に精神疾患が改善しているか否かを検討します。
 通常の正社員のように,職種や業務内容を特定せずに労働契約が締結されている場合も,現に就業を命じられた特定の業務について,債務の本旨に従った労務提供ができる程度に精神疾患が改善しているか否かを検討するのが原則ですが,労働者が,現に就業を命じられた特定の業務について,労務の提供が十全にはできないとしても,その能力,経験,地位,当該企業の規模,業種,当該企業における労働者の配置・異動の実情及び難易等に照らして当該労働者が配置される現実的可能性があると認められる他の業務について労務の提供を申し出ているならば,当該業務について,債務の本旨に従った労務提供ができる程度に精神疾患が改善しているか否かを検討する必要があります(片山組事件最高裁平成10年4月9日第一小法廷判決参照)。
 復職の可否を判断するにあたっては,専門医の診断・意見を参考にして下さい。精神疾患を発症して休職している社員が提出した主治医の診断書の内容に疑問があるような場合であっても,専門医の診断を軽視することはできません。主治医への面談を求めて診断内容の信用性をチェックしたり,精神疾患に関し専門的知識経験を有する産業医の意見を聴いたりして,病状を確認して下さい。
 精神疾患を発症して休職している社員が提出した主治医の診断に疑問がある場合に,会社が医師を指定して受診を命じたところ当該社員が指定医への受診を拒絶した場合は,休職期間満了時までに,債務の本旨に従った労務提供ができる程度にまで精神疾患が改善していないものとして取り扱って復職を認めず,退職扱いとすることができることもあります。
 休職命令の発令,休職期間の延長等に関し,同じような立場にある社員の扱いを異にした場合,紛争になりやすく,敗訴リスクも高まるので,休職制度の運用は公平・平等に行うようにして下さい。同じような状況にある社員の取扱いを異にする場合は,裁判官が納得できるような合理的理由を説明できるようにしておいて下さい。


6 休職と復職を繰り返す社員の対応
 精神疾患を発症した社員が休職と復職を繰り返すのを防止するためには,復職後間もない時期(復職後6か月以内等)に同一又は類似の事由により欠勤した場合(債務の本旨に従った労務提供ができない場合を含む。)には,復職を取り消して直ちに休職させ,休職期間を通算する(休職期間を残存期間とする)等の規定を置いて対処する必要があります。そのような規定がない場合は,普通解雇を検討せざるを得ませんが,有効性が争われるリスクが高くなります。
 精神疾患を発症した社員が休職と復職を繰り返しても,真面目に働いている社員が不公平感を抱いたり,会社の負担が過度に重くなったりしないようにして会社の活力を維持するためには,休職期間を無給とし,傷病手当金の受給で対応するのが効果的です。休職と復職を繰り返す社員の対応に困っている会社は,休職期間についても賃金が支払われていることが多い印象です。


7 業務に起因する精神疾患の発症と休職期間満了退職
 精神疾患の発症の原因が長時間労働,セクハラ,パワハラ等の業務に起因する労災であることが判明した場合,
 ① 私傷病を理由とした休職命令が休職事由を欠き無効となり,その結果,休職期間満了退職の効力が生じなくなったり,
 ② 療養するため休業する期間及びその後30日間であることを理由として,休職期間満了による退職の効果が生じなくなったり(労基法19条1項類推)
します。
 いずれの法律構成によっても,精神疾患の発症に業務起因性が認められる場合には,原則として休職期間満了退職の効力は生じないことになります。



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行方不明になってしまい,社宅に本人の家財道具等を残したまま,長期間連絡が取れない。

2015-09-14 | 日記

行方不明になってしまい,社宅に本人の家財道具等を残したまま,長期間連絡が取れない。


1 社員の行方を捜す努力
 社員が社宅に家財道具等を残したまま行方不明になった場合,まずは,電話,電子メール,社宅訪問,家族・身元保証人等への問い合わせ等により,社員の行方を捜す努力をして下さい。警察に行方不明者届を提出する場合は,親族が提出するのが通常と思われますが,勤務先からの行方不明者届も受理される扱いとなっていることも憶えておくとよいでしょう。
 それなりの期間努力しても社員の行方が分からないときは,退職扱いにし,社宅から出て行ってもらわざるを得ませんが,
 ① 労働契約を終了させる方法
 ② 社宅利用契約を終了させる方法
 ③ 社宅の明渡し方法 等が問題となります。


2 労働契約を終了させる方法
(1) 合意退職・辞職
 行方不明になった社員が,退職の挨拶をしてからいなくなった場合や,退職する旨の書き置きを残しているような場合であれば,合意退職の申込ないしは辞職の意思表示があったと評価する余地があります。決裁権限がある上司が退職を承諾している場合には承諾を通知した時点で,承諾の事実がない場合には,辞職の効果が発生する期間として就業規則に定められた期間又は14日のいずれか短い方の期間を経過した時点で,退職の効力が発生したものとして扱えば足りるでしょう。
 他方,何の前触れもなく社員が突然行方不明になったような場合には,合意退職の申込ないしは辞職の意思表示があったと評価することは困難ですので,別の対応が必要となります。
(2) 欠勤が一定日数続き所在不明の場合には当然に退職する旨の就業規則の規定
 行方不明になった社員を退職させる方法としては,就業規則に欠勤が一定日数続き所在不明の場合には当然に退職する旨退職事由として規定しておき,適用することにより対処するのが一般的です。このような規定は,行方不明期間があまりにも短い場合には合理性を欠くものとして無効となる可能性がありますが,行方不明のまま30日~50日程度の欠勤を続けている社員に退職の効果が生じるようなものであれば,通常は合理性を有する規定として有効となるものと考えられます。
 要件を満たす場合には,行方不明の社員に対する意思表示なくして当然に退職の効力が生じることになりますので,行方不明になった社員に対する通知は不要です。解雇予告や解雇予告手当の支払も不要です。
(3) 解雇
 長期間の無断欠勤は,普通解雇 事由及び懲戒解雇 事由に該当するのが通常です。使用者が労働者を懲戒するには,あらかじめ就業規則において懲戒の種類及び事由を定めておくことを要するとするのがフジ興産事件最高裁平成15年10月10日第二小法廷判決ですので,就業規則がない会社の場合は,労働組合との労働協約に懲戒の種類及び事由が定められていて当該労働者に労働協約の効力が及んでいるといった特段の事情のない限り懲戒解雇することはできませんが,民法627条に基づき普通解雇することはできます。
 社員が無断欠勤して行方不明になった場合であっても,解雇が客観的に合理的な理由を欠き,社会通念上相当であると認められない場合は,その権利を濫用したものとして無効となります(労契法16条,15条)。慎重を期すのであれば,解雇に踏み切るまでの無断欠勤期間については,やや長めに考えた方が無難かと思われます。最低限,会社は,社員の行方を捜す努力をして,記録に残しておく必要があります。
 原則として解雇予告や解雇予告手当の支払が必要なことは通常の解雇と変わりありません。社員は無断欠勤した上に行方不明になっているわけですから,「労働者の責に帰すべき事由」(労基法20条1項ただし書)が存在し,労働基準監督署長の解雇予告除外認定を得て,解雇予告又は解雇予告手当の支払なしに解雇することができるケースが多いものと思われます。しかし,労働基準監督署長の解雇予告除外認定を得るためには,それなりの準備が必要ですし,ある程度の時間がかかりますので,事案によっては解雇予告又は解雇予告手当の支払をして解雇してもいいかもしれません。
 行方不明の社員の居場所が分かった場合は,以上の点を考慮して解雇通知すれば足ります。しかし,いくら捜しても社員が行方不明の場合は,別途,検討が必要となります。
 すなわち,解雇の意思表示は,解雇通知が相手方に到達して初めてその効力を生じるため(民法97条1項),有効無効以前の問題として,解雇通知が行方不明の社員に到達しなければ解雇の効力を生じません。社員が自宅で生活しており,単に出社を拒否しているに過ぎないような事案であれば,社員の自宅に解雇通知が届けば社員の支配圏内に置かれたことになりますから,実際に社員が解雇通知を読んでいなくても,解雇の意思表示が到達したことになります。しかし,会社が把握している自宅が引き払われているなど本当の意味での行方不明でどこに住んでいるのか皆目見当がつかない場合は解雇通知を発送すべき宛先が分かりません。会社が把握している社員の自宅が引き払われてはいなくても,長期間にわたり社員が自宅に戻っている形跡が全くないような場合は,社員の自宅に解雇通知が到達したとしても社員の支配圏内に置かれたと評価することはできませんので,解雇の意思表示が社員に到達したことにはならず,解雇の意思表示は効力を生じません。
 電子メールによる解雇通知は,行方不明の社員からの返信があれば,通常は解雇の意思表示が当該社員に到達し,解雇の効力が生じていると考えることができるでしょう。ただし,電子メールに返信があるような事案の場合,そもそも行方不明と言えるのか問題となる余地がありますので,解雇権を濫用したものとして無効(労契法16条)とされないよう,解雇に先立ち,行方不明の社員と連絡を取る努力を尽くす必要があります。他方,行方不明の社員からメール返信がない場合は,解雇の意思表示が到達したと考えることにはリスクが伴いますが,連絡を取る努力を尽くした上で,リスク覚悟で退職処理してしまうということも考えられます。
 行方不明の社員の家族や身元保証人に対し,行方不明の社員を解雇する旨の解雇通知を送付しても,解雇の意思表示が到達したとは評価することができず,解雇の効力は生じないのが原則です。兵庫県社土木事務所事件最高裁平成11年7月15日第一小法廷判決では,行方不明の職員と同居していた家族に対し人事発令通知書を交付するとともにその内容を兵庫県公報に掲載するという方法でなされた懲戒免職処分の効力の発生を認めていますが,兵庫県は従前から所在不明となった職員に対する懲戒免職処分の手続について当該職員と同居していた家族に対し人事発令通知書を交付するとともにその内容を兵庫県広報に掲載するという方法で行ってきており,兵庫県職員であった行方不明になった県職員は自らの意思により出奔して無断欠勤を続けたものであって,上記の方法によって懲戒免職処分がされることを十分に了知し得た特殊な事案に関する判断であり,射程を広く考えることはできません。通常,家族に解雇通知書を交付し社内報に掲載したといった程度で,解雇の意思表示が到達したと考えるのは困難です。
 完全に行方不明の社員に対し,解雇を通知する場合は,簡易裁判所において公示による意思表示(民法98条)の手続を取る必要があります。公示による意思表示の要件を満たせば,解雇の意思表示が行方不明の社員に到達したものとみなしてもらうことができます。
(4) リスク覚悟の上での退職処理
 行方不明の社員が退職の効力を争うことは稀ですから,厳密な退職の要件を満たさなくても,リスク覚悟の上で退職処理してしまうという方法も考えられます。家族や身元保証人等とよく話し合い,家族等の了解を取ってから退職扱いにすれば,リスクを格段に下げることができます。もっとも,退職の効力を争われた場合は無効と判断される可能性が高いので,後日,行方不明だった社員から連絡があり,社員が復職を強く希望したような場合には,その時点で復職の可否を検討する必要があるものと思われます。


3 社宅利用契約を終了させる方法
 労働契約が終了すれば,通常は,社宅利用契約も終了することになります。
 福利厚生施設としての社宅の法律関係は,社宅利用規程によって規律され,通常は,借地借家法は適用されません。社宅の明渡しを請求できるかどうかは,社宅利用規程の明渡事由に該当するかどうかにより決せられることになります。
 社宅利用料が高額であるなどの理由から,社宅契約が借地借家法の予定する賃貸借契約と認定された場合は,契約の解約には6か月前の解約申入れが必要であり(借地借家法27条),解約には正当の事由が必要となります(借地借家法28条)。トラブルを避けるためにも,福利厚生施設としての役割に反しない金額の利用料設定にしておくべきでしょう。


4 社宅の明渡し方法
 行方不明の社員が退職扱いとなり,社宅利用契約が終了したとしても,実際にどうやって部屋の明渡し作業を行うかは別途問題となります。行方不明の社員を相手に訴訟を提起し,公示送達(民事訴訟法110条)の方法により訴状を送達し,勝訴判決を得て強制執行するというのが,法律論的には本筋かもしれませんが,時間,費用,手間がかかります。かといって,勝手に荷物を運び出して処分してしまうわけにもいきません。
 実務上は,行方不明の社員の両親等の協力を得て,明渡しに立ち会ってもらい,荷物を引き取って保管してもらうことが多いのではないでしょうか。完全に適法なやり方と言えるかどうかは微妙なところであり,ある程度のリスクを覚悟した上で行うことになりますが,両親等の協力があれば,トラブルに発展するケースはそれほど多くはありません。



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仕事の能力が低い。

2015-09-14 | 日記

仕事の能力が低い。


1 募集採用活動の重要性
 仕事の能力が低い社員を減らす一番の方法は,採用活動を慎重に行い,応募者の適性・能力等を十分に審査して基準を満たした者のみを採用することです。採用活動の段階で手抜きをして,十分な審査をせずに採用していったのでは,教育制度がよほど整備されているような会社でない限り,仕事の能力が低い社員を減らすことはできないでしょう。


2 採用後の対応
 注意指導,教育して必要な能力を身につけさせたり,異なる部署への配転をするなどして能力を発揮できるよう最大限努力して下さい。
 ただし,特定の能力があることを前提として高給で採用された社員,地位を特定して高給で採用された社員に契約で想定されている能力がないことが判明した場合は,教育や配転ではなく,直ちに退職勧奨 普通解雇 を検討するのが原則となります。


3 退職勧奨
 能力不足の程度が甚だしく,十分に注意指導,教育しても改善の見込みが低い場合には,会社を辞めてもらうほかありませんので,退職勧奨や普通解雇を検討することになります。解雇が有効となる見込みが高い程度に能力不足の程度が著しい事案では,解雇 するまでもなく,合意退職が成立することも珍しくありません。
 他方,能力不足の程度がそれほどでもなく解雇が有効とはなりそうもない事案,誠実に勤務する意欲が低かったり能力が低い等の理由から転職が容易ではない社員の事案,本人の実力に見合わない適正水準を超えた金額の賃金が支給されていて転職すればほぼ間違いなく当該社員の収入が減ることが予想される事案等で退職届を提出させるのは,比較的難易度が高くなります。


4 解雇
 能力不足の程度が甚だしく改善の見込みが低い場合には,退職勧奨と平行して普通解雇を検討することになります。普通解雇が有効となるかどうかを判断するにあたっては,
 ① 就業規則の普通解雇事由に該当するか
 ② 解雇権濫用(労契法16条)に当たらないか
 ③ 解雇予告義務(労基法20条)を遵守しているか
 ④ 解雇が制限されている場合に該当しないか
等を検討する必要があります。
 普通解雇が有効となるためには,単に就業規則の普通解雇事由に該当するだけでなく,②客観的に合理的な理由が必要であり,社会通念上相当なものである必要もあります。
 解雇に客観的に合理的な理由がない場合は,②解雇権を濫用したものとして無効となってしまいますし,そもそも①普通解雇事由に該当しない可能性もあります。解雇に客観的に合理的な理由があるというためには,労働契約を終了させなければならないほど能力不足の程度が甚だしく,業務の遂行に重大な支障が生じていることが必要です。
 解雇が社会通念上相当であるというためには,労働者の情状(反省の態度,過去の勤務態度・処分歴,年齢・家族構成等),他の労働者の処分との均衡,使用者側の対応・落ち度等に照らして,解雇がやむを得ないと評価できることが必要です。
 能力不足を理由とした解雇が認められるかどうかは,基本的には労働契約で求められている能力が欠如しているかどうかによります。単に思ったほど能力がなく,見込み違いであったというだけでは,解雇は認められません。
 長期雇用を予定した新卒採用者については,社内教育等により社員の能力を向上させていくことが予定されているのですから,能力不足を理由とした解雇は,例外的な場合でない限り認められません。一般的には,勤続年数が長い社員,賃金が低い社員は,能力不足を理由とした解雇が認められにくい傾向にあります。採用募集広告に「経験不問」と記載して採用した場合は,一定の経験がなければ有していないような能力を採用当初から有していることを要求することはできません。
 特定の能力を有することが労働契約の条件とされて高給で採用された社員,地位を特定して高給で採用された社員に労働契約で予定された能力がなかった場合には,解雇が認められやすい傾向にあります。ただし,解雇が比較的緩やかに認められる前提として,当該当該契約で求められている能力の内容,地位を特定して採用された事実を主張立証する必要がありますので,労働契約書等の書面に明示しておくべきです。労働契約書等に明示されていないと,当該当該契約で求められている能力の内容,地位を特定して採用された事実の主張立証が困難となることがあります。
 能力不足を理由とした解雇が有効と判断されるようにするためには,能力不足を示す「具体的事実」を立証できるようにしておく必要があります。抽象的に「能力不足」と言ってみても,あまり意味はありません。何月何日に能力不足を示すどのような具体的事実があったのか,記録に残しておく必要があります。「彼(女)の能力が低いことは,周りの社員も,取引先もみんな知っている。」というだけでは足りません。会社関係者の陳述書や法廷での証言は,証拠価値があまり高くないため,紛争が表面化する前の書面等の客観的証拠がないと,解雇の有効性を基礎付ける事実を主張立証するのには困難を伴うことが多いというのが実情です。



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就業時間外に社外で飲酒運転,痴漢,傷害事件等の刑事事件を起こして逮捕された。

2015-09-14 | 日記

就業時間外に社外で飲酒運転,痴漢,傷害事件等の刑事事件を起こして逮捕された。


1 事実調査
 まずはできるだけ情報を集めて下さい。逮捕勾留されておらず出社できるのであれば,本人からも事情を聴取し,記録に残しておいて下さい。
 逮捕勾留されたことにより社員本人と連絡が取れなくなり,無断欠勤が続くことがありますが,まずは家族等を通じて連絡を取る努力をして下さい。家族等から欠勤の連絡等が入ることがありますが,懲戒解雇 等の処分を恐れて犯罪行為により逮捕勾留されていることまでは報告を受けられない場合もあります。
 年休取得の申請があった場合は,年休扱いにするのが原則です。年休取得を認めずに欠勤扱いとした場合,欠勤を理由とした解雇 等の処分が無効となるリスクが生じます。年休を使い切らせてから対応を検討した方がリスクは小さくなります。


2 起訴休職制度
 刑事事件を起こした社員が起訴された場合,起訴休職制度のある会社では起訴休職を検討します。社員が起訴された事実のみで形式的に起訴休職の規定の適用が認められるとは限らず,休職命令が無効と判断されることもあります。休職命令を出す際は,その必要性,相当性について検討するようにして下さい。
 起訴休職制度を設けると有罪判決が確定するまで解雇することができないと解釈されるおそれがありますので,起訴休職制度は設けずに個別に対応するという選択肢もあり得るところです。


3 懲戒処分
 会社の社会的評価に重大な悪影響を与えるような従業員の行為については,私生活上の行為を理由として懲戒処分に処することができます。日本鋼管事件最高裁昭和49年3月15日第二小法廷判決は,「営利を目的とする会社がその名誉,信用その他相当の社会的評価を維持することは,会社の存立ないし事業の運営にとって不可欠であるから,会社の社会的評価に重大な悪影響を与えるような従業員の行為については,それが職務遂行と直接関係のない私生活上で行われたものであっても,これに対して会社の規制を及ぼしうることは当然認められなければならないと判示しています。
 もっとも,就業時間外に社外で社員が刑事事件を起こしただけで直ちに懲戒処分に処することができるわけではなく,
 ① 社員の言動が懲戒事由に該当すること
 ② 当該懲戒が,当該懲戒に係る労働者の行為の性質及び態様その他の事情に照らして,客観的に合理的な理由があり,社会通念上相当であると認められること(労契法15条)
等が必要となります。
 懲戒解雇・諭旨解雇・諭旨退職のような退職の効果を伴う懲戒処分は紛争になりやすく,その効力は厳格に判断される傾向にあります。会社の社会的評価を若干低下させたというだけでは,懲戒解雇・諭旨解雇・諭旨退職のような退職の効果を伴う懲戒処分の理由としては不十分であり,会社の社会的評価に及ぼす悪影響が相当重大であると客観的に評価することができるような事実を証拠により認定できる必要があります。
 日本鋼管事件最高裁昭和49年3月15日第二小法廷判決は,「就業時間外に社外で行われた刑事事件が会社の社会的評価に重大な悪影響を与えたこと」を理由とする懲戒解雇・諭旨解雇の可否の判断にあたり,「当該行為の性質,情状のほか,会社の事業の種類・態様・規模,会社の経済界に占める地位,経営方針及びその従業員の会社における地位・職種等諸般の事情から綜合的に判断して,右行為により会社の社会的評価に及ぼす悪影響が相当重大であると客観的に評価される場合」に該当するかどうかを検討しています。
 タクシーやバスの運転業務に従事している社員が飲酒運転した場合や,電鉄会社社員等,痴漢を防止すべき立場にある者が痴漢した場合は,懲戒解雇・諭旨解雇・諭旨退職のような退職の効果を伴う懲戒処分であっても有効とされやすい傾向にあります。
 就業規則等で弁明の機会付与が義務付けられていない場合は,被懲戒者に弁明の機会を与えずに懲戒処分に処することができないわけではありませんが,できるだけ弁明の機会を与えることが望ましいところです。弁明の機会を与えているかどうかは,懲戒処分が社会通念上相当であると認められるか,懲戒権を濫用したものとして無効とならないかを判断する際に考慮されることになります。弁明の機会を与えることにより処分の基礎となる事実認定に影響を及ぼし処分の内容に影響を及ぼす可能性がある場合には,弁明の機会を与える必要性が高いものと思われます。
 就業規則等で弁明の機会付与が義務付けられている場合は,懲戒処分に先立ち被懲戒者に弁明の機会を付与する必要があります。弁明の機会を与えずに懲戒処分に処した場合は,弁明の機会を与えても事実認定や処分内容に影響がないといった事情がない限り,懲戒処分が無効とされる可能性が高いものと思われます。
 懲戒解雇が無効とされるリスクがある事案については,より軽い懲戒処分にとどめた方が無難なことも多いところです。結果として,社員が自主退職することもあります。
 最初に刑事事件を起こした際に,懲戒解雇 を回避してより軽い懲戒処分をする場合は,書面で,次に痴漢等の刑事事件を起こしたら懲戒解雇する旨の警告をするか,次に痴漢等の刑事事件を起こしたら懲戒解雇されても異存ない旨記載された始末書を取っておくとよいでしょう。これがあれば万全というわけではありませんが,同種事犯を犯した場合の懲戒解雇が有効となりやすくなります。


4 退職金の不支給・減額・返還請求
 懲戒解雇 事由に該当する場合を退職金の不支給・減額・返還事由として規定しておけば,懲戒解雇事由がある場合で,当該個別事案において,退職金不支給・減額の合理性がある場合には,退職金を不支給または減額したり,支給した退職金の全部または一部の返還を請求したりすることができます。
 退職金の不支給・減額事由の合理性の有無は,労働者のそれまでの勤続の功を抹消(全額不支給の場合)又は減殺(一部不支給の場合)するほどの著しい背信行為があるかどうかにより判断されます。懲戒解雇が有効な場合であっても,労働者のそれまでの勤続の功を抹消するほどの著しい背信行為がない場合は,本来の退職金の支給額の一部の支払が命じられることがあります。例えば,小田急電鉄(退職金請求)事件東京高裁平成15年12月11日判決は,鉄道会社の従業員が私生活上で行った電車内の痴漢行為を理由とする懲戒解雇は有効と判断されましたが,それまでの勤続の労を抹消するほどの強度の背信性を持つ行為であるとまではいえないとして,本来の退職金の支給額の30%の支払を命じています。



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社内研修,勉強会,合宿研修への参加を拒否する。

2015-09-14 | 日記

社内研修,勉強会,合宿研修への参加を拒否する。


1 義務か自由参加か
 まずは,社内研修,勉強会,合宿研修への参加が「義務」なのか「自由参加」なのかをはっきりさせる必要があります。参加が義務ということであれば,研修等に要する時間は社会通念上必要な限度で労基法上の労働時間に該当することになります。研修等の時間が時間外であれば時間外割増賃金の支払が必要となりますし,時間内であっても賃金を支払うことになるのが通常です。
 他方,自由参加ということであれば,当然,参加を義務付けることはできず,参加するかどうかは本人の意思に委ねられることになります。時間外割増賃金等を支払ってでも参加させる業務上の必要があるようなものなのかどうかを,まずは判断する必要があります。


2 使用者が社員に対し受講を命じることができる研修等の内容
 使用者が社員に対し受講を命じることができる研修等の内容は,現在の業務遂行に必要な知識,技能の習得に必要な研修等に限られず,使用者が社員に命じ得ることができる教育訓練の時期及び内容,方法は,その性質上原則として使用者(ないし実際にこれを実施することを委任された社員)の裁量的判断に委ねられています。ただし,使用者の裁量は無制約なものではなく,その命じ得る研修等の時期,内容,方法において労働契約の内容及び研修等の目的等に照らして不合理なものであってはなりませんし,また,その実施に当たっても社員の人格権を不当に侵害する態様のものであってはなりません。合理的教育的意義が認められない教育訓練,自己の信仰する宗教と異なる宗教行事への参加等を義務付けることはできません。
 一般教養の研修への参加を義務付けることができるかは微妙なところですが,一般に本人の意思に反してでも受講させる必要があるような性質のものではないのですから,本人の同意を得た上で,受講させるようにすべきです。どうしても一般教養の研修への参加を義務付ける必要がある場合は,その必要性について合理的な説明ができるようにしておく必要があります。


3 研修等と年次有給休暇の取得
 参加が義務付けられている社内研修,勉強会,合宿研修の期間中の年次有給休暇取得の請求(労基法39条5項本文)がなされた場合,研修期間,当該研修を受けさせる必要性の程度など諸般の事情を考慮した上で,時季変更権行使(労基法39条5項ただし書き)の可否が決せられることになります。
 社内研修等の期間が比較的短期間で,当該社内研修等により知識,技能等を習得させる必要性が高く,研修期間中の年休取得を認めたのでは研修の目的を達成することができない場合は,研修を欠席しても予定された知識,技能の習得に不足を生じさせないものであるような場合でない限り,年休取得が事業の正常な運営を妨げるものとして時季変更権を行使することができます(NTT(年休)事件最高裁第二小法廷平成12年3月31日判決参照)。
 一般教養の研修については,その性質上,時季変更権を行使して研修期間中の年休取得を拒絶することは難しいケースが多いものと思われます。



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転勤を拒否する。

2015-09-14 | 日記

転勤を拒否する。


1 転勤を拒否された場合に最初にすべきこと
 転勤を拒否する社員がいる場合は,まずは転勤を拒否する事情を聴取し,転勤拒否にもっともな理由があるのかどうかを確認します。
 転勤が困難な事情を社員が述べている場合は,より具体的な事情を聴取するとともに裏付け資料の提出を求めるなどして対応して下さい。認められる要望かどうかは別にして,本人の言い分はよく聞くことが重要です。
 本人の言い分を聞く努力を尽くした結果,転勤拒否にもっともな理由がないとの判断に至った場合は,転勤命令に応じるよう説得するのが原則です。
 それでも転勤命令に応じない場合は,懲戒解雇 等の処分を検討せざるを得ませんが,懲戒解雇等の処分が有効となる前提として,転勤命令が有効である必要があります。


2 転勤命令の有効性
 転勤命令が有効というためには,
 ① 使用者に転勤命令権限があり
 ② 転勤命令が権利の濫用にならないこと
が必要です。


3 転勤命令権限
 就業規則に転勤命令権限についての規定を置いて周知させておけば,通常は①転勤命令権限があるといえます。併せて,入社時の誓約書で転勤等に応じること,就業規則を遵守すること等を誓約させておくことが望ましいところです。
 社員から,勤務地限定の合意があるから転勤命令に応じる義務はないと主張されることがありますが,勤務地が複数ある会社の正社員については,勤務地限定の合意はなかなか認定されません。他方,パート,アルバイトについては,勤務地限定の合意が存在することが多いところです。
 平成11年1月29日基発45号では,労働条件通知書の「就業の場所」欄には,「雇入れ直後のものを記載することで足りる」とされており,「就業の場所」欄に特定の事業場が記載されていたとしても,直ちに勤務地限定の合意があることにはなりません。ただし,それが雇入れ直後の就業場所に過ぎないことや支店への転勤もあり得ることをよく説明しておくことが望ましいところです。


4 転勤命令が権利の濫用にならないか
 ①使用者に転勤命令権限の存在が認定されると,次に,②転勤命令が権利の濫用にならないかどうかが問題となります。正社員については,通常は転勤命令権限が認められるため,②転勤命令が権利の濫用にならないかどうかが主要な争点になることが多いところです。
 使用者による転勤命令は,
 ① 業務上の必要性が存しない場合
 ② 不当な動機・目的をもってなされたものである場合
 ③ 労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるとき
等,特段の事情のある場合でない限り権利の濫用になりません(東亜ペイント事件最高裁昭和61年7月14日第二小法廷判決)。


5 ①業務上の必要性
 東亜ペイント事件最高裁判決が,「右の業務上の必要性についても,当該転勤先への異動が余人をもっては容易に替え難いといった高度の必要性に限定することは相当でなく,労働力の適正配置,業務の能率増進,労働者の能力開発,勤務意欲の高揚,業務運営の円滑化など企業の合理的運営に寄与する点が認められる限りは,業務上の必要性の存在を肯定すべきである。」と判示していることもあり,企業経営上意味のある転勤であれば通常は①業務上の必要性が肯定されます。
 ただし,①業務上の必要性の程度は,②③の主張立証にも影響するため,①業務上の必要性が高いことの主張立証はしっかり行う必要があります。


6 ②不当な動機・目的
 退職勧奨 したところ退職を断られ転勤を命じたような場合や,労働組合の幹部に転勤を命じた場合に,問題にされることが多い印象です。
 ①転勤させる必要性が高ければ,②不当な動機・目的がないと言いやすくなるので,②不当な動機・目的がないといえるようにするためにも,①業務上の必要性を説明できるようにしておくことが重要です。


7 ③通常甘受すべき程度を著しく超える不利益
 まずは,単なる不利益の有無が問題となるのではなく,「通常甘受すべき程度を著しく超える不利益」の有無が問題となることに留意して下さい。
 社員の配偶者が仕事を辞めない限り単身赴任となり,配偶者や子供と別居を余儀なくされるとか,通勤時間が長くなるとか,多少の経済的負担が生じるといった程度では,③労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるとはいえません。
 単身赴任手当や家族と会うための交通費の支給,社宅の提供,保育介護問題への配慮,配偶者の就職の斡旋等の配慮は必須のものではありませんが,③通常甘受すべき程度を著しく超える不利益の有無を判断するにあたっては,転勤を命じられた社員の不利益を緩和する措置が取られているかどうかといった点も考慮されます。
 就業場所の変更を伴う配置転換については,子の養育又は家族の介護の状況に配慮する義務があること(育児介護休業法26条)には注意が必要です。育児,介護の問題ついては,本人の言い分を特によく聞き,転勤命令を出すかどうか慎重に判断することをお勧めします。
 本人の言い分をよく聞かずに一方的に転勤を命じ,本人から育児,介護の問題を理由として転勤命令撤回の要求がなされた場合に転勤命令撤回の可否を全く検討していないなど,育児,介護の問題に対する配慮がなされていない場合は,③労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるとして,転勤命令が無効とされるリスクが高まります。
 裁判例の動向からすると,特に,家族が健康上の問題を抱えている場合や,介護が必要な場合の転勤については,慎重に検討したほうが無難な印象があります。


8 転勤命令違反を理由とした懲戒解雇の有効性
 転勤命令自体が無効の場合は,転勤命令拒否を理由とする懲戒解雇 は認められません。
 有効な転勤命令を正社員が拒否した場合は重大な業務命令違反となるため,懲戒解雇は懲戒権の濫用(労契法15条)とはならず有効と判断されることが多いですが,拙速に懲戒解雇を行った場合は懲戒権を濫用したものとして無効と判断されることがあります。
 社員が転勤に伴う利害得失を考慮して合理的な決断をするのに必要な情報を提供する等して転勤命令に従うよう説得する努力を尽くし,転勤命令に従う見込みが乏しいことを確認してから,懲戒解雇すべきでしょう。懲戒解雇を急ぐべきではありません。



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金銭を着服・横領したり,出張旅費や通勤手当を不正取得したりして,会社に損害を与える。

2015-09-14 | 日記

金銭を着服・横領したり,出張旅費や通勤手当を不正取得したりして,会社に損害を与える。


1 客観的証拠の収集と事情聴取
 金銭の不正取得が疑われる場合,まずは不正行為を裏付ける客観的証拠をできるだけ収集して下さい。不正が疑われる社員から事情聴取する際,客観的証拠と照らし合わせることにより,嘘や矛盾点が見抜きやすくなります。
 もっとも,金銭の不正取得は,本人の説明なしでは実態が分かりにくいことも多いため,客観的証拠を収集する努力をある程度したら,不正が疑われる社員から事情聴取して下さい。事情聴取に当たっては,事情聴取書をまとめてから本人に署名させたり,事情説明書を提出させたりして,証拠を確保します。
 事情説明書等には,何月何日の何時頃にどこで誰が何をしたのかといった問題となる「具体的事実」を記載させることが重要です。本人提出の事情説明書等に「いかなる処分にも従います。」と書いてあったとしても,問題となる具体的事実が記載されておらず,具体的事実を立証できないのであれば,懲戒処分や解雇 は無効となるリスクが高くなります。
 本人が提出した事情説明書等に説明が不十分な点や虚偽の事実や不合理な弁解があったとしても,突き返して書き直させようとしたりせずにそのまま受領し,追加の説明を求めるようにして下さい。せっかく提出した書面を突き返したばかりに,必要な証拠が不足して,訴訟活動が不利になることがあります。虚偽の事実や不合理な弁解が記載されている書面を確保することにより,本人の言い分をありのまま聴取していることや,本人が不合理な弁解をしていること等の証明もしやすくなります。


2 配置転換・降格
 当該業務に従事する適格性が疑われる事情があれば,配置転換を検討します。賃金額が減額されない配置転換であれば,明らかに嫌がらせ目的と評価できるようなものでない限り,無効にはなりにくいところです。
 管理職 としての適格性が疑われる場合には,人事権を行使して管理職から降格させることも考えられます。降格に伴い賃金額が減額される場合には,降格が人事権の濫用と評価されないよう,金銭の不正取得について十分に調査するなどして,降格の必要性を立証できるようにしておく必要があります。降格に同意する旨の書面を取得できるのであれば取得しておいて下さい。同意書を提出した場合には,懲戒処分の程度を検討する際にプラスの情状として考慮することになります。


3 懲戒処分
 不正があったことが証拠により客観的に認定できる場合は,不正行為の内容・程度・情状に応じた懲戒処分を行います。不正が疑われるだけで,証拠により客観的に不正行為が認定できない場合は,懲戒処分を行うことはできません。
 懲戒処分の程度を決定するに当たっては,故意に金銭を不正取得したのか,単なる計算ミス等の過失に過ぎないのかの区別が重要な考慮要素となります。
 社員が故意に金銭を不正取得したことが判明した場合は,懲戒解雇 することも十分検討に値します。ただし,不正取得した金銭の額,会社の実質的な損害額,懲戒歴の有無,それまでの会社に対する貢献度,反省の程度等によっては,より軽い処分にとどめるのが適切な場合もあります。
 過失に過ぎない場合は重い処分をすることはできないケースがほとんどなので,注意指導,始末書の提出,軽めの懲戒処分などにより対処することになります。


 自主退職を申し出られた場合の対応
 本人が自主退職を申し出た場合に,懲戒解雇 ・諭旨解雇等の退職の効力を伴う懲戒処分をせずに自主退職を認めるかどうかは,
 ① 重い懲戒処分をして職場秩序を維持回復させる必要性
だけでなく,
 ② 自主退職を認めた方が紛争になりにくいこと
 ③ 懲戒解雇・諭旨解雇等の退職の効力を伴う重い懲戒処分をした場合は紛争になりやすく,訴訟で懲戒処分が有効と判断されるためのハードルが高いこと
 ④ 懲戒解雇に伴い退職金を不支給とした場合は紛争になりやすく,訴訟においては懲戒解雇が有効であっても,退職金の一部の支給が命じられることが多いこと
等も考慮して,冷静に判断して下さい。


5 退職勧奨 する際の注意点
 「このままだと懲戒解雇は避けられず,懲戒解雇だと退職金は出ない。懲戒解雇となれば,再就職にも悪影響があるだろう。退職届を提出するのであれば,温情で受理し,退職金も支給する。」等と社員に告知して退職届を提出させたところ,実際には懲戒解雇できるような事案ではなかったことが後から判明したようなケースは,錯誤(民法95条),強迫(民法96条)等の主張が認められ,退職が無効となったり,取り消されたりするリスクが高いところです。
 懲戒解雇できる事案でもないのに,懲戒解雇の威嚇の下,不当に自主退職に追い込んだと評価されないようにして下さい。退職勧奨のやり取りは,無断録音されていることが多いということにも留意して下して下さい。
 退職するつもりはないのに,反省していることを示す意図で退職届を提出したことを会社側が知ることができたような場合は,心裡留保(民法93条)により,退職は無効となることがあります。


6 不正取得した金銭の返還方法
 不正に取得した出張旅費等の金銭は,「書面」で返還を約束させ,会社名義の預金口座に振り込ませるか現金で現実に支払わせるのが望ましいところです。賃金から天引きすると,賃金全額払いの原則(労基法24条1項)に違反するものとして,天引き額の支払を余儀なくされることがあります。
 月例賃金を減額して実質的に損害賠償金を回収しようとする事案が散見されますが,賃金減額の有効性を争われて差額賃金の請求を受けることが多いですし,退職されてしまった場合には回収が困難となりますので,お勧めしません。


7 身元保証人に対する損害賠償請求
 社員に対し損害賠償請求できる場合であっても,身元保証人に対し同額の損害賠償請求できるとは限りません。裁判所は,身元保証人の損害賠償の責任及びその金額を定めるにつき社員の監督に関する会社の過失の有無,身元保証人が身元保証をなすに至った事由及びこれをなすに当たり用いた注意の程度,社員の任務又は身上の変化その他一切の事情を斟酌するものとされており(身元保証に関する法律5条),賠償額が減額される可能性があります。身元保証の最長期間は5年であり(身元保証に関する法律2条1項),自動更新の合意は無効と考えるのが一般的です(同法6条参照)。



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会社に無断でアルバイトをする。

2015-09-14 | 日記

会社に無断でアルバイトをする。


 会社に無断でアルバイトしている社員がいる場合は,まずはよく事情聴取する必要があります。
 アルバイトしている事実が確認され,それが企業秩序を乱すようなものである場合は,口頭で注意,指導して,アルバイトを辞めてもらうことになります。
 会社に無断でアルバイトしている社員に対し,アルバイトを辞めるよう促した場合,アルバイトを辞める旨の回答が得られるケースがほとんどです。

 単にアルバイトを辞めるよう説得するにとどまらず,会社に無断でアルバイトをした社員に対し,何らかの処分をしようとする場合は,話しは簡単ではありません。
 就業時間外の行動は自由なのが原則のため,社員の兼業を禁止するためには,就業規則に兼業禁止を定めて,兼業禁止を労働契約の内容にしておく必要があります。
 そして,何らかの処分をするためには,兼業により十分な休養が取れないなどして本来の業務遂行に支障を来すとか,会社の名誉信用等を害するとか,競業他社での兼業であるとかいった事情が必要となります。
 企業秩序を乱すようなアルバイトを辞めるよう注意,指導しても辞めようとしない場合は,書面で注意,指導し,それでも改善しない場合は,懲戒処分を検討することになります。
 解雇 までは難しい事案が多く,紛争になりやすいので,解雇に踏み切る場合は,その有効性について慎重に検討すべきでしょう。



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注意するとパワハラだなどと言って,上司の指導を聞こうとしない。

2015-09-14 | 日記

注意するとパワハラだなどと言って,上司の指導を聞こうとしない。


1 パワハラ とは
 パワーハラスメントは法律上の用語ではなく,統一的な定義はありません。
 平成22年1月8日付け人事院の通知では,パワーハラスメントは,一般に「職権などのパワーを背景にして,本来の業務の範疇を超えて,継続的に人格と尊厳を侵害する言動を行い,それを受けた就業者の働く環境を悪化させ,あるいは雇用について不安を与えること」を指すとされています。
 『職場のいじめ・嫌がらせ問題に関する円卓会議ワーキング・グループ報告』(平成24年1月30日)は,「職場のパワーハラスメントとは,同じ職場で働く者に対して,職務上の地位や人間関係などの職場内の優位性を背景に,業務の適正な範囲を超えて,精神的・身体的苦痛を与える又は職場環境を悪化させる行為をいう。」としています。


2 パワハラの行為類型
 「職場のいじめ・嫌がらせ問題に関する円卓会議ワーキング・グループ報告」では,以下のようなものを挙げています。
 ① 暴行・傷害(身体的な攻撃)
 ② 脅迫・名誉毀損・侮辱・ひどい暴言(精神的な攻撃)
 ③ 隔離・仲間外し・無視(人間関係からの切り離し)
 ④ 業務上明らかに不要なことや遂行不可能なことの強制,仕事の妨害(過大な要求)
 ⑤ 業務上の合理性なく,能力や経験とかけ離れた仕事を命じることや仕事を与えないこと(過小な要求)
 ⑥ 私的なことに過度に立ち入ること(個の侵害)


3 パワハラを巡る紛争の実態
 パワハラを不満に思い,公的機関などに相談している労働者の数は多いが,パワハラを理由とした損害賠償請求がメインの訴訟,労働審判 はあまり多くなく,解雇 無効を理由とした地位確認請求,残業代 請求等に付随して,損害賠償請求がなされることが多いです。解雇無効を理由とした地位確認請求,残業代請求等に付随して,パワハラを理由とする損害賠償請求がなされた場合は,業務指導に必要のない不合理な言動をしているような場合でない限り請求棄却になりやすく,仮に不法行為責任等が認められたとしても慰謝料の金額は低額になりやすい傾向にあります。


4 適法性と適切性
 パワハラが問題とされる言動には,
 ① 違法な言動
 ② 適法だが不適切な言動
 ③ 適切な言動
の3段階があります。
 ②適法だが不適切な言動は数多く見られますが,①違法な言動とまで評価される言動はごく一部に過ぎません。「パワハラかどうか?」という問題設定がなされることが多いですが,程度の問題として考えた方が実態を正確にイメージすることができます。不適切な言動であっても違法と評価されるとは限りませんが,違法と評価されなかったからといって直ちに適切な言動というわけではありません。


5 違法性の判断基準
(1) 違法なパワハラに該当するかどうかの一般的な判断基準
 「行為のなされた状況,行為者の意図・目的,行為の態様,侵害された権利・利益の内容,程度,行為者の職務上の地位,権限,両者のそれまでの関係,反復・継続性の有無,程度等の要素を総合考慮し,社会通念上,許容される範囲を超えているかどうか」により,不法行為法上違法と評価されるかどうかを検討するのが通常です。
 単純化して説明すると,
 ① 業務遂行上必要な言動か(目的)
 ② 社会通念上,許容される範囲を超える言動か(程度)
を検討することになります。
 ①指導教育目的等の業務遂行上必要な言動であれば,やり過ぎない限り,②社会通念上,許容される範囲を超えていないと評価されることになります。他方,①業務上必要のない言動の場合は,②社会通念上,許容される範囲を超えると評価されやすくなります。
 セクハラの対象となる性的言動は業務を遂行する上で不要なものであるのに対し,パワハラの対象となる指導教育,業務命令等は業務を遂行する上で必要なものであるため,業務を遂行する上で必要のない性的言動と比較して,違法とまでは評価されにくい傾向にありますが,業務遂行上必要のない言動については,違法と評価されやすくなります。
(2) 参考裁判例
 ア ザ・ウィンザー・ホテルズインターナショナル(自然退職)事件東京地裁平成24年3月9日判決
 「この点,世上一般にいわれるパワーハラスメントは極めて抽象的な概念で,内包外延とも明確ではない。そうだとするとパワーハラスメントといわれるものが不法行為を構成するためには,質的にも量的にも一定の違法性を具備していることが必要である。したがって,パワーハラスメントを行った者とされた者の人間関係,当該行為の動機・目的,時間・場所,態様等を総合考慮の上,『企業組織もしくは職務上の指揮命令関係にある上司等が,職務を遂行する過程において,部下に対して,職務上の地位・権限を逸脱・濫用し,社会通念に照らし客観的な見地からみて,通常人が許容し得る範囲を著しく超えるような有形・無形の圧力を加える行為』をしたと評価される場合に限り,被害者の人格権を侵害するものとして民法709条所定の不法行為を構成するものと解するのが相当である。」
 イ 海上自衛隊事件福岡高裁平成20年8月25日判決
 「一般に,人に疲労や心理的負荷等が過度に蓄積した場合には,心身の健康を損なう危険があると考えられるから,他人に心理的負荷を過度に蓄積させるような行為は,原則として違法であるというべきであり,国家公務員が,職務上,そのような行為を行った場合には,原則として国家賠償法上違法であり,例外的に,その行為が合理的理由に基づいて,一般的に妥当な方法と程度で行われた場合には,正当な職務行為として,違法性が阻却される場合があるものというべきである。」
(3) 労災認定において心理的負荷が強いとされている言動
 パワハラとの関係では,以下のようなものについて,客観的に対象疾病を発病させるおそれのある強い心理的負荷であるとされています。
 ① 部下に対する上司の言動が,業務指導の範囲を逸脱しており,その中に人格や人間性を否定するような言動が含まれ,かつ,これが執拗に行われた
 ② 同僚等による多人数が結託しての人格や人間性を否定するような言動が執拗に行われた
 ③ 治療を要する程度の暴行を受けた
 ④ 業務をめぐる方針等において,周囲からも客観的に認識されるような大きな対立が上司との間に生じ,その後の業務に大きな支障を来した
 ⑤ 業務をめぐる方針等において,周囲からも客観的に認識されるような大きな対立が多数の同僚との間に生じ,その後の業務に大きな支障を来した
 ⑥ 業務をめぐる方針等において,周囲からも客観的に認識されるような大きな対立が多数の部下との間に生じ,その後の業務に大きな支障を来した
 ⑦ 業務に関連し,重大な違法行為(人の生命に関わる違法行為,発覚した場合に会社の信用を著しく傷つける違法行為)を命じられた
 ⑧ 業務に関連し,反対したにもかかわらず,違法行為を執拗に命じられ,やむなくそれに従った
 ⑨ 業務に関連し,重大な違法行為を命じられ,何度もそれに従った
 ⑩ 業務に関連し,強要された違法行為が発覚し,事後対応に多大な労力を費やした(重いペナルティを課された等を含む)
 ⑪ 客観的に,相当な努力があっても達成困難なノルマが課され,達成できない場合には重いペナルティがあると予告された
 ⑫ 退職の意思のないことを表明しているにもかかわらず,執拗に退職を求められた
 ⑬ 恐怖感を抱かせる方法を用いて退職勧奨された
 ⑭ 突然解雇の通告を受け,何ら理由が説明されることなく,説明を求めても応じられず,撤回されることもなかった
 ⑮ 非正規社員であるとの理由等により仕事上の差別,不利益取扱いを受け,仕事上の差別,不利益取扱いの程度が著しく大きく,人格を否定するようなものであって,かつこれが継続した

6 業務指導の重要性
 近年では,上司の言動が気にくわないと,何でも「パワハラ」だと言い出す社員が増えています。そのような社員は,勤務態度等に問題があることが多く,むしろ,注意,指導,教育の必要性が高いことが多い印象です。部下にとって不快な上司の言動が何でもパワハラに該当するわけではありません。上司の部下に対する注意,指導,教育は必要不可欠なものであり,上司に部下の人材育成を放棄されても困ります。パワハラにならないよう神経質になるあまり,上司が部下に対して何も指導できないようなことがあっては本末転倒です。
 『職場のいじめ・嫌がらせ問題に関する円卓会議ワーキング・グループ報告』は,
 「個人の受け取り方によっては,業務上必要な指示や注意・指導を不満に感じたりする場合でも,これらが業務上の適正な範囲で行われている場合には,パワーハラスメントには当たらないものとなる。」
 「なお,取組を始めるにあたって留意すべきことは,職場のパワーハラスメント対策が上司の適正な指導を妨げるものにならないようにするということである。上司は自らの職位・職能に応じて権限を発揮し,上司としての役割を遂行することが求められる。」
としています。


7 コミュニケーションの重要性
 パワハラ紛争の原因には様々なものがありますが,コミュニケーション不足又はコミュニケーションの取り方が下手なことが主な原因となっているものが多い印象です。コミュニケーションが不足していたり,コミュニケーションの取り方が下手だったりすると,パワハラだと受け取られやすくなります。コミュニケーション能力を向上させるとともに,十分なコミュニケーションを取ることができるよう努力して下さい。
 コミュニケーション能力が不足しているためにパワハラだと言われてしまう場合は,懲戒処分を行うよりも,研修,降職,配置転換等により対処した方が有効な場合もあります。


8 無断録音
 パワハラの状況は,部下により無断録音されて,証拠として提出されることが多いです。訴訟では,無断録音したものが証拠として認められてしまうのが通常です。
 部下が上司をわざと挑発して,不相当な発言を引き出そうとすることもあります。無断録音されていても問題が生じないよう指導の仕方に気をつけて下さい。


9 違法なパワハラと評価されないための心構え
 自分の言動が録音されていて,社長,上司,裁判官等に聞かれても問題ないような言動を心がければ,通常は違法なパワハラと判断されるようなことはしないのが通常です。



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勤務態度が悪い。

2015-09-14 | 日記

勤務態度が悪い。


1 注意指導
 勤務態度が悪い社員は,注意指導してそのような勤務態度は許されないのだということを理解させる必要があります。訴訟や労働審判 になって弁護士に相談するような事例では,当然行うべき注意指導がなされていないことが多い印象があります。
 勤務態度が悪い社員を放置することにより,他の社員のやる気がそがれたり,新入社員がいじめられたり,仕事を十分に教えてもらえなかったりして,退職してしまったりすることがありますし,金品の横領,手当等の不正受給の温床にもなります。
 上司が,勤務態度が悪い社員に対して注意指導した場合,反発を買うことは珍しくなく,トラブルになることもあるせいか,注意指導を怠る上司が散見されます。当然行うべき注意指導を行うことができる上司は,注意指導できない上司よりも高く評価する必要があります。勤務態度が悪い社員が注意指導に従わない場合には,直属の上司1人に任せきりにせず組織として対応して下さい。当然行うべき注意指導を行って勤務態度が悪い社員の反発を買うよりも,勤務態度が悪い社員を放置したままにしておいて異動を待った方がマイナス評価がつかず得だと考える上司が出てこないようにする必要があります。
 長年にわたって勤務態度の悪い社員を放置してきた職場において,新任の上司があるべき勤務態度に是正しようとして反発を買い,トラブルになることが多いところです。勤務態度が悪くても長年放置され,態度の悪さが年々悪化してきた社員の態度を改めさせるのは難易度が高く,解雇・退職の問題に発展することも多いですので,勤務態度の悪さが悪化する前に,対処する必要があります。こういった社員は,時間をかけて根気強く注意指導していく必要があり,注意指導しても従おうとしないからといって,放置してはいけません。 
 口頭で注意指導しても勤務態度の悪さが改まらない場合は,将来の懲戒処分,退職勧奨,解雇,訴訟活動を見据えて,書面で注意指導します。書面で注意指導することにより,本人の改善をより強く促すことになりますし,訴訟や労働審判になった場合,勤務態度の悪さを改めるよう注意指導した証拠を確保することもできます。
 当事務所に相談にいらっしゃった会社経営者から「自分の勤務態度が悪いことや何度も注意指導されてきたことは,本人が一番よく分かっているはずです。」との説明を受けることが多いですが,訴訟や労働審判では,労働者側から,自分の勤務態度は悪くないし,注意指導を受けたことは(ほとんど)ないと主張がなされるのがむしろ通常です。口頭で注意指導しただけで,書面等の客観的な証拠が残っていない場合,当該社員の勤務態度の悪さが甚だしいことや十分に注意指導してきたことを立証するのが困難となってしまいます。
 「上司も,部下も,同僚も,取引先もみんな,彼(女)の勤務態度が悪いことを知っていますし,法廷で証言してくれると言っています。」という話をお聞きすることも多いですが,一般的には,紛争が表面化してから作成された上司・同僚・部下の陳述書や法廷での証言はあまり証拠価値が高くありません。取引先の社員に訴訟で証人になるよう頼むことは,それ自体ハードルが高いことが多いです。「彼(女)の勤務態度が悪い。」という点では関係者の意見が一致していたとしても,何月何日の何時頃,どこで何をどのようにしたから勤務態度が悪いと評価することができるのかといった具体的事実を聞いても,具体的日時場所等を説明できないことは珍しくありません。勤務態度が悪いことを基礎付ける具体的事実を説明できないと証拠価値が高く評価されにくくなります。
 電子メールを送信して改善を促しつつ注意指導した証拠を確保することも考えられますが,メールでの注意指導は,口頭での注意指導を十分に行うことが前提です。面と向かっては何も言わずにメールだけで注意指導した場合,コミュニケーションが不足して誤解が生じやすいため注意指導の効果が上がらず,かえってパワハラであるなどと反発を受けることも珍しくありません。


2 懲戒処分
 書面で注意指導しても勤務態度の悪さが改まらない場合は,懲戒処分を検討することになります。まずは,譴責,減給といった軽い懲戒処分を行い,それでも改善しない場合には,出勤停止,降格処分と次第に重い処分をしていきます。
 懲戒処分に処すると職場の雰囲気が悪くなるなどと言って,懲戒処分を行わずに辞めてもらおうとする会社経営者もいますが,懲戒処分もせずにいきなり解雇したのではよほど悪質な事情がある場合でない限り,解雇は無効となってしまうリスクが高いところです。そもそも,勤務態度が悪い社員に対して注意指導や懲戒処分ができないようでは,組織として十分に機能しているとはいえません。必要な注意指導や懲戒処分を行い,職場の秩序を維持するのは,会社経営者の責任です。


3 退職勧奨
 勤務態度の悪さの程度が甚だしく,十分に注意指導し,懲戒処分に処しても勤務態度の悪さが改まらず,改善の見込みが乏しい場合には,会社を辞めてもらうほかありませんので,退職勧奨 解雇 を検討することになります。十分に注意指導し,繰り返し懲戒処分を行っており,解雇が有効となりそうな事案では,解雇するまでもなく,退職勧奨に応じてもらえることが多いところです。
 他方,勤務態度の悪さの程度がそれほどでもなく,十分な注意指導や懲戒処分がなされていない等の理由から解雇が有効とはなりそうもない事案,誠実に勤務する意欲が低かったり能力が低い等の理由から転職が容易ではない社員の事案,本人の実力に見合わない適正水準を超えた金額の賃金が支給されていて転職すればほぼ間違いなく当該社員の収入が減ることが予想される事案等では,退職届を提出させる難易度が高く,退職に同意してもらうために支払う割増退職金等の金額も高くなりがちです。


4 解雇
 勤務態度の悪さの程度が甚だしく,十分に注意指導し,懲戒処分に処しても勤務態度の悪さが改まらず,改善の見込みが低い場合には,退職勧奨と平行して普通解雇 懲戒解雇 を検討することになります。
 普通解雇(狭義)とは,能力不足,勤務態度不良,業務命令違反等,労働者に責任のある事由による解雇のことをいい,懲戒解雇とは,使用者が有する懲戒権の発動により,一種の制裁罰として,企業秩序に違反した労働者に対し行われる解雇のことをいいます。
 普通解雇や懲戒解雇が有効となるかどうかを判断するにあたっては,
 ① 就業規則の普通解雇事由,懲戒解雇事由に該当するか
 ② 解雇権濫用(労契法16条)や懲戒権濫用(労契法15条)に当たらないか
 ③ 解雇予告義務(労基法20条)を遵守しているか
 ④ 解雇が法律上制限されている場合に該当しないか
等を検討する必要があります。
 普通解雇や懲戒解雇が有効となるためには,単に①就業規則の普通解雇事由や懲戒解雇事由に該当するだけでなく,②解雇権濫用や懲戒権濫用当たらないことも必要となります。②解雇権濫用や懲戒権濫用に当たらないというためには,普通解雇や懲戒解雇に客観的に合理的な理由があり,社会通念上相当なものである必要があります。
 普通解雇や懲戒解雇に「客観的に」合理的な理由があるというためには,「裁判官」が,労働契約を終了させなければならないほど社員の勤務態度の悪さの程度が甚だしく,業務の遂行や企業秩序の維持に重大な支障が生じていると判断するに値する「証拠」が必要です。会社経営者,上司,同僚,部下,取引先などが,主観的に普通解雇や懲戒解雇に値すると考えただけでは足りません。
 勤務態度が悪い社員の普通解雇や懲戒解雇が②解雇権濫用や懲戒権濫用に当たらないかを判断するにあたっては,勤務態度の悪さが業務に与える悪影響の程度,態様,頻度,過失によるものか悪意・故意によるものか,勤務態度が悪い理由,謝罪・反省の有無,勤務態度の悪さを是正するために会社が講じていた措置の有無・内容,平素の勤務成績,他の社員に対する処分内容・過去の事例との均衡等が考慮されます。



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