標記の集会が八女郡であり、僕は特別講座に呼ばれた。7月に柳川で筑後地区人権・同和教育研究協議会の課題別研に呼ばれたときに合わせて頼まれたものだ。同じ話でいいとは言われていたが、少し手を加えた。
教育史、殊に近代教育史を研究するときに必要なのは現代及び近代教育に対する批判の視点だ。批判というのを非難だとか反論だとか勘違いする人もいるだろうが、そうではない。
史料批判ということはよく知っていると思うが、それと同じだ。きっちりと点検すること、テレビ的にいえばお宝鑑定することだ。その時現代教育に対するまなざしは絶対に必要になる。研究者を指向する者は往々にしてそこそこに優等生できた人間が多い。最近はそうでもない人が増えてはいるが、そうでもない人も魂を優等生に売り渡すことでこの業界に入ろうとしているのでは同じことだ。(これは教育現場に身を置く者も同じ。あのヤンキー先生の堕落ぶりを見ればわかることだ。)
教育学研究者に被教育者の怨みは見えない。被教育者の怨みに身を寄せることは難しい。まあ、無理だと思えばいい。ただ、自分の感じ方はたぶんまちがっている、と自覚していればいいのだと思う。
話が逸れた。教育史は何のためにするのか。僕はこの十数年、闘う教育史をめざそう、役に立つ教育史をめざそうとひそかに心懸けてきた。教育史とはもとより純粋アカデミズムにはなじまない。あくまで利用主義的に存在させられてきた領域なのだ。ならば、開き直ればいい。現代の教育の矛盾を暴く方法の一つとして教育史を役立てたいのだ。過去をほじくり返されればいやがるのは個別の人間だけではない。制度も同じことだ。
だから、学校の功も罪も暴き出していくのだ。
で、今回は旧師上田薫先生の文章を引用させていただいた。先生が昔から批判していたことが未だに変わっていない。その教え子たちにして然りかもしれない(自分も含めて)。
そうそう昔の河東中学校PTA会長のころの自慢話をしたら、会場にその当時の河東中学校のK先生が来ていた。こっちに移っていたのだ。ちと、みっともなかった。
んで、特別講座だけど、僕は第一部でお話。第二部は
イソジンズという教員バンド。
なかなか愉しいバンドで、この日は2人だけの出場だったが、みんなこっちはノリノリだった。ことにギターの
inomatchanという人のブログに僕は登場してしまった。
この方高校のセンセイなんだが、僕と趣味がよく似ていた。