新谷研究室

新谷研究室の教育・研究・社会活動及びそれにかかわる新谷個人の問題を考える。

伊都キャンパス

2006年09月23日 11時55分23秒 | 教育・研究
 22日は伊都キャンパスに学生寮ドミトリーⅠが完成したので、そのオープニングセレモニーに行ってきた。大学のバスで行ったが、小一時間かかる。これから行ったり来たりが増えるだろうが、大変だと思う。テープカットのあと式典と中の視察、そして懇談会があった。懇談会も間が持たないからか早めに終わった。

学校は軍隊に似ている―学校文化史のささやき

福岡県人権研究所

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教育史学会

2006年09月18日 18時37分50秒 | 教育・研究
書評 教育史学会が終わった。発表した皆さん、成果はいかがでしたか。学会は最新の研究の成果を世に問う場所です。ゼミの発表とはちがいますし、個人の業績稼ぎの場でもありません。あくまで新しい知見を学会に報告するところです。その心がけのない発表が多いし、そういう理解に欠けた人も多い。
 そういう観点で自分の(もしくはお友だちの)今回の発表を見直してみるように。僕は最初に指導の先生に言われた言葉を覚えている。言われたのではなくて、彼が呟いたのを耳にしたのだ。「ふむふむ、これなら学会に貢献できる」
 そういうことだ。
 ところで今回うれしかったのは北原かな子さんにお会いできたことだ。かつて彼女の著書を書評したことがあり、その縁でメールのやりとりをしていた。今回、教育史学会のHPをリンクさせたら、「入会したいので…」と言って参加されたのだ。感激で胸が詰まってしまった。
 今回は台風に見舞われた。法政大学でやったときは台風が学会を直撃したが、今回は福岡を直撃してなんと帰りの飛行機が飛ばなかった。みんなだいじょうぶだった?

今日も入試

2006年09月12日 15時40分28秒 | 教育・研究
 今日も修士の入試、口述試験である。やはり疲れる。入学試験とはなんだろう。入学するための試験だ。入試なんだから試験のための準備くらいするだろうと思うのだが、「準備なんてしていないのではないか」という人が目立つ。そういう愚痴はやめておくとして、昨日、Sさんが指導を受けに来た。昭和30年代の筑豊の保健婦さんに聞き取りをしているのだと。ずいぶん探したみたいだけど、実際に病院関係の史料は残っていないそうな。そうすると聞き取りというのは残された数少ない史料ということになる。ライフヒストリーと言うと安直なんだな、数時間でその人の人生なんてまとめられるわけがない。それでやっぱり聞き取りか。保健婦の仕事ということに絞って聞き取ったことを何人か分まとめるとぼわっとこの時代の保健婦の仕事ぶりが見えてくるのではなかろうか。それが期待だ。例えば教員の仕事とは何か、と言うときに何人かの教員の仕事ぶりを観察して整理すると教員の仕事がどの程度の幅と深さがあるかわかるだろう。そのように研究してみるしかないだろうな。もとい、ライフヒストリーという手法は好きじゃないんだが、生かすも殺すも活用次第だと思う。

学校は軍隊に似ている―学校文化史のささやき

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けっこう新学期

2006年09月10日 12時30分58秒 | 教育・研究
 ふと見たら一週間ほど更新していなかった。6日に某研究所の呑み会であった。博多駅の近くのなんたらホテルの一階の居酒屋であった。「箸はお持ち帰りください。洗えば使えます」という店であった。持ち帰ったが数日鞄から出し忘れていたので、廃棄した。残念。
 7日は学府共通教育を作ろうという委員会であった。ここで出た構想が教務委員会で流されて動き始めることになる。何かしなくちゃいけないのだが、何かするたび窮屈になっても困る。そんな感じだ。思えば、某誌の原稿が二本締め切りを過ぎていた。あわてて夜中までに一本仕上げる。
 8日は社会人修士の入試だった。この日体操部OBのT氏の結婚式であったが、入試のため断念。二次会にどうぞ、ということだったが、今年は受験生が多くて、これも断念せざるを得なかった。んんんん、残念。で、原稿をもう一本仕上げる。
 夜、時代劇専門チャンネルで「十三人の刺客」を見る。テンポがとろい。
 そんなわけで朝寝坊した日曜日。寝坊といっても8時前じゃい。今日は研究室の月例研究会。午前中はYくんの発表であった。学府長賞候補になった自信のせいか、構成力はしっかりしてきた。しかし、小賢しくまとまった研究者にはなってほしくない。大きな構想力を持った研究者になれる素質は十分にあるので、そこが課題かな。学会発表までまだ一週間あるので、がんばれ!
 にしても、箱崎九大前のローソンが店をたたんだのが痛い。お弁当が貧しい。
 で、はにおさんの発表もおもしろかったのだが、自分のいいところを引き出していない。説明を急ぎすぎているとでもいうのかな。問題とすべき点をきちんと整理して書くこと。否定文は使わないで肯定文で書くこと。言葉を慎重に選び、文を丁寧に書く。長い文は書かない。章・節の組み立てで論理的な説得力を持たせる。
 dogloverさんはよくまとまっているんだが、思想的に深く読み込むという練習がほしい。きれいにまとまらないのが人間の歴史であるし、俗人の思想なのだということを理解すること、かな。
 Aさんは自信を持つこと、に尽きる。自分の土俵に持ち込むという意気込みが大切。これ以上今からは無理かな、と思ったらベストで決まる決め方を考える。それは自分の土俵。人の言葉は借りない。
 Iさんは久々の研究計画。大きな図書館史を構想しよう。いけるいける。




 

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宗像地区「同和」教育研究集会

2006年09月05日 10時06分00秒 | 人権問題
 一昨日は第15回宗像地区「」教育研究集会であった。何とか定着してきたと思う。全体講演の光井敬夫さんの話もよかったし、午後の分科会も充実していた。『学校は軍隊に似ている』は8冊売れた。なかなか本を買うという習慣は教員にはないらしい。
 本を買うということは贅沢をするということではない。学生時代に本を買う金がないなあ、とぼやいていたとき勉強家のY君のカノジョが「彼はご飯食べる金があったら本を買うみたい」とのろけた。その瞬間ひびいたね。当時学食で昼食をとると100円くらいしたかな。その金で岩波文庫が買えた。「そうだ、そうなんだ」と思った。メシを食わなくても生きていける。知がなければ生きていけない、と思ったね。
 で、その通り実行したかというとそれはウソだ。真っ赤なウソであった。意地汚い僕は飲み食いをやめたわけではなかった。しかし、優先順位は変わった。まず本代から遣う。そういうことにした。『定本 柳田国男全集』は当時大学の近くの古書店に少し安めに出ていたのをポケットに千円札があるたびにコツコツと一冊、二冊を買い増していく形で全部揃えた。
 本をさらによく買うようになったのは東大の百年史編集室で仕事をしたときだ。生協の集配の方が注文書を回収し、本を配達してくれるシステムだった。支払いは月ごとにまとめての後払いだったと思う。そうすると他の室員(東大、慶応なんかの院生がほとんど)が何を買うかを横目で見ているから、本を買う競争になる。おもしろい本を人より早く見つけてこれみよがしに注文する。人のを見てそっと自分も注文を入れる、というように。



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体調は…

2006年09月04日 18時05分00秒 | 管理・運営
 今朝は寝起きの体調が悪い。朝食も食べきれなかった。しかし、咳は止まったと妻が言うので医者に行くのは止めにした。どうしても事務的な手続きをしなくてはならないので、出勤。出たら出たで、研究院長が来て、いくつかの打ち合わせとなる。HPの更新なんかをした。10日の研究会が近い。学会も近い。いい成果を期待している。

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9月

2006年09月02日 10時46分27秒 | 教育・研究
 9月になった。明日3日は宗像地区「」教育研究集会だ。今日はその準備になる。今年は何と15回目だ。K向先生が始められたイベントだが、すっかり宗像に根付いたと思う。ユリックスでやるので時間のある人はどうぞ。
 夏の疲れが出たのか、体調がよくない。のだけれど、昼寝は苦手だ。



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