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DOCOMORO100

モダニズムだけじゃない建築ブログ

外壁塗装完了

2011年10月03日 17時27分48秒 | 建築

 penkou師匠と初めて小樽を歩いた2006年の2月は、PRESS CAFEが小樽に移転する前であった。同年暮れの2回目の御来道時からは、必ずPRESS CAFEを訪ねるようになったので、運河を挟んだ向かい側に建つ「北海製罐株式会社小樽工場」を初めて見てからもう5年の月日が経つ。時々「中を見てみたいね」などと会話中に上ってはいたのだが、見学会などがなければ入館は難しいとのことで、果たせないでいた。昨年の御来道時にはいよいよ「来年こそは!」との話になり、意を決して見学を申し込んだところ案外スムーズに了承して頂けた。やってみるものである。
 そんなこんなで、今回の建築探訪1番の目的地、北海製罐株式会社小樽工場へ向かった。まずは約束の時間に事務所棟を訪ねる。扉からして魅力たっぷりである。真鍮製押し棒の光具合が素敵だ。

 業務課の担当者に案内頂いたのは、この事務所棟と工場である。撮影可能な箇所はさすがに少なく、またサイトにUPする許可を得ていない為、写真を載せることが出来ないのは御容赦願いたい。工場の建築自体も魅力的なモダニズム建築であるが、創業当時から90年も使用されているという製罐機械に驚いた。
 現在、外壁の塗装工事は完了し仮設足場も撤去されている。7月時点で既に完了していたトップの写真の運河反対側を見て、「大変だ!北海製罐がピンクになってしまう。」とマスターに告げた。その時はさすがにマスターも驚いていたのだが、全ての足場が撤去されてみると、そんなに濃いピンクではなく、それほど違和感は無かった。

「北海製罐株式会社小樽工場」
設計者:? 竣工:1921年~1935年 小樽市色内3-1
第3回小樽市都市景観賞


端まで行ってみた

2011年10月02日 12時21分36秒 | 建築

 茨木家中出張番屋は空振りに終わってしまった為、その先に進んでみることにした。その先にはおたる水族館と、なかなか大きく古そうな建築が建っている。その建築はやはり鰊と関係の深い「小樽市鰊御殿/旧田中福松邸」であった。こちらはしっかり開館されていて、内部見学することが出来た。
 入ってすぐに小屋組を見上げたところ、もの凄く大きな寸法の梁がふんだんに使用されていて圧巻であった。

 これならどんな風雪にもびくともしないだろう。もっとも、この建築は移築されてきたものなので、この高台に建てられたものではないのだが。
 ただ現在は、2階から小樽の祝津の港が良く見えてなかなか良い感じである。

 隠し部屋なんかも有り、茨木家中出張番屋で空振った分、こちらの建築を十分堪能した。

「小樽市鰊御殿/旧田中福松邸」
設計者:? 竣工:1897年 移築:1958年 小樽市祝津3丁目228
小樽市指定歴史的建造物


今度はホームまで

2011年09月21日 09時39分49秒 | 建築

 ゴールデンウィークに訪ねた際、「旭川駅舎」のホームに入らなかったことを少し後悔したのであるが、7月にはpenkou師匠と共にじっくりと見ることが出来た。まだ仮設のパネルで外壁が覆われていた為、少し暗い感じであったし、もしもパネルが外れていたら旭川市内を眺めることが出来たであろう。模型で見た鋼管トラスも実際に見ることが出来た。天井が工場のような雰囲気で少々重たい感じだが、駅のホームの屋根であるから、意匠性を求められているわけでもないし、まあ良いのかなと思う。

「旭川駅舎」
設計者:内藤廣 竣工:2010年(工事継続中) 旭川市宮下通8丁目4153番地1


旭川市役所の隣に・・・

2011年09月20日 15時08分07秒 | 建築

 昨年の今頃、東京や熱海そして横浜を訪ね、penkou師匠やmさんとハードな建築探訪を行った。あっと言う間に1年が経ってしまったわけであるが、台風直撃の初日から“カンカン照り”の3日目まで、思い出深い探訪であった。その初日にDOCOMOMO選定建築である「東京芸大図書館・絵画棟・彫刻棟」を見た。同じ天野太郎氏により設計された建築が、旭川にも在る。DOCOMOMO建築「旭川市役所」と同じ敷地に建つ「旭川市民文化会館」がそれである。アスベストによる急な閉鎖で、劇団四季が旭川市を提訴したことでも話題になった。現在は全館改修が済んでおり、使用再開している。
 実はpenkou師匠と2度も旭川市役所を訪ねているのに、この建築が天野氏の基本設計であることを最近まで知らなかった為、殆ど撮影していない。penkou師匠、本当に済みません。この写真は旭川市役所を熱写している最中、気まぐれで撮ったものであった。

「旭川市民文化会館」
設計者:基本設計・天野太郎 実施設計・石本建築設計事務所
竣工:1975年 旭川市7条通り9丁目


最北

2011年09月19日 18時47分14秒 | 建築

 日本最北端の地、宗谷岬の丘陵に建っている「大岬旧海軍望楼」は、このブログで紹介する建築の中で当然ながら最も北に建つ建築ということになる。稚内市指定の文化財であるが、内部には入れない。写真で分かるだろうか、本体は石造である。
 日本で最も北に建ち、海岸からの強風にさらされるこの建築の、冬のあり様を見てみたい。見に行く勇気は無いが・・・。

「大岬旧海軍望楼」
設計者:? 竣工:1902年 稚内市大岬
稚内市指定文化財


雪が降ってるよ!’11オホーツク建築探訪 その6「建築は見掛けに依らぬもの・・・」

2011年06月21日 15時20分58秒 | 建築

 人は見掛けに依らぬと言うが、建築にもそのようなものが有る。博物館網走監獄内に建つ「教誨堂(きょうかいどう)」もその一つと言える。トップの写真のように、窓以外は和風伝統建築といった風情であるが、中に入ってみると、見事な洋風建築だ。正面の須弥壇に少し違和感をおぼえるほどである。1909年の火災で一度焼失し1912年に再建されたもので、平成17年には文化庁より登録有形文化財の認定を受けている。



内部に入り、天井の照明を見上げたのだが、なかなかの意匠で驚いた。

 明治45年というから、ぎりぎり明治時代の建築である。明治の監獄内に優れた意匠を持つ建築が建てられていたと思うと、溜息が出る。 

「教誨堂」
設計者:? 竣工:1912年 網走市字呼人1-1
登録有形文化財


雪が降ってるよ!’11オホーツク建築探訪 その5「木造在来」

2011年06月17日 17時19分40秒 | 建築

 現在、修士論文の準備でちょっと忙しいことになっているのだが、「生きてます」の報告も忘れてはならない為、論文と関係の深そうな建築をUPする。
 「何?これ・・・。」と言われそうだが、「旧網走刑務所職員官舎(再現構築物)」である。オリジナルは明治45年に建設された、在来工法の木造住宅である。しかも「9坪ハウス」。(1戸あたりの床面積が9坪というだけだが。)
 それで何故これが修士論文と関係有るのかと言うと、右往左往してさっぱり行先の見えなかったテーマを、結局「木造軸組在来工法」がらみの構造実験系としたからである。話せばもの凄く長くなるが、思いっきり短くすると、先の“地震”による。

 で、現在学部4年生の学生と2人で、必死になって文献を読んでいる・・・。

「旧網走刑務所職員官舎(再現構築物)」
設計者:? 竣工:1912年 網走市字呼人1-1


雪が降ってるよ!’11オホーツク建築探訪 その4「ここにも擬洋風」

2011年06月06日 20時15分04秒 | 建築

 「網走刑務所旧庁舎」は1909年に火災焼失したのだが、3年後に再建された。1988年には博物館網走監獄に移築されている。明治時代の擬洋風建築で、雰囲気が良い。色彩はオリジナルなのかどうか分からないが、塗り替える前の札幌中島公園に建つ「豊平館」を思い出させる。内部には土産物店などが有って、オリジナル状態ではないが外部は見ごたえの有るものだ。

「網走刑務所旧庁舎」
設計者:? 竣工:1912年  網走市字呼人1-1


雪が降ってるよ!’11オホーツク建築探訪 その3「健さんはどこ・・・?」

2011年05月28日 10時14分48秒 | 建築

 「博物館網走監獄」に到着した頃には寒さもピークに達し、図らずも往時の囚人の気分をほんの少し味わうこととなった。何せ館内のストーブは殆ど仕舞い込まれた後であったから結構辛い見学となったのだが、囚人達の辛さといったらもう想像出来ないくらいだと思う。


 網走監獄と言えばトップの写真「正門」が有名である。赤の中にアクセントとして用いられている黒褐色の“焼き過ぎ”煉瓦は現在製造されていない貴重なものらしい。その門をくぐる際に屋根を見上げた。ふとローマのパンテオンの入り口を思い出した。


「網走刑務所正門」
設計者:金子肇・佐藤源之丞(司法省) 竣工:1912年(再現:1983年) 網走市字呼人1-1


雪が降ってるよ!’11オホーツク建築探訪 その2「えっ、これが?」

2011年05月27日 16時43分37秒 | 建築

 「北見市芸術文化ホール(きた・アート21)」の駐車場に辿り着いて少し驚いた。設計者にJVとはいえ毛綱毅曠氏も名を連ねているのだが、普通の建築に見えた。駐車場側からだと、本当に普通過ぎる。以下の写真の大ホールロビーは目を引くデザインであったが、毛綱建築を期待して訪ねたものだから、肩透しを食った気分である。

 毛綱氏がお亡くなりになったのは2001年であるから、まだ御存命のときに竣工している。JVの比率のことも有るだろうし、あまり期待し過ぎてもいけないのだろう。

「北見市芸術文化ホール(きた・アート21)」
設計者:石本・毛綱・高谷JV 竣工:1997年 北見市泉町1丁目2-22


雪が降ってるよ!’11オホーツク建築探訪 その1「プレオープン」

2011年05月23日 10時42分48秒 | 建築

 タイトルにプレオープンと書いたのは、新「旭川駅舎」の全ての工事は、まだ終了していないからである。よって嘗ての駅正面の建築物はまだ残っており、外観を撮影することは出来なかった。また、車で訪れたので、駅のホームにも入っていない。しかしそれではこの駅の特徴が分からない。少しでも記事になるように展示模型の写真を載せようと思う。

これがホームの天井を支えるトラスである。もっとシンプルな模型も有った。

いつか列車で訪れた際にはホームもしっかり見たいと思う。本当は入場券で入れば良かったのだけれども。

「旭川駅舎」
設計者:内藤廣 竣工:2010年 旭川市宮下通8丁目4153番地1


久しぶりに建築探訪

2011年05月03日 14時07分57秒 | 建築

 トップの写真は、昨夏のツーリングでの写真である。根室市内の「明治公園サイロ」であるが、天気が良く日光浴をする人達もいて幸せな雰囲気であった。このサイロは煉瓦積みであり、現在ではそう沢山残ってはいない。四角い煉瓦で円筒を形成しているので、近くで見ると表面の凹凸が面白い模様に見える。

 震災以降様々なことがあり、現在は経済をまわそうということで自粛ムードから一転して人々が動き始めている。自分も道東に行ってこようと思う。昨夏は釧路、根室に行ったのだが今回は網走方面を訪ねる予定だ。沢山は廻れないだろうが、本当に久しぶりの建築探訪なので楽しみである。

「明治公園サイロ」
設計者:? 竣工:1932年・1936年 根室市牧の内
登録文化財


佐藤忠良先生の御冥福をお祈りいたします。

2011年03月30日 18時21分46秒 | 建築

 今日、札幌西高校の大先輩である彫刻家の佐藤忠良氏がお亡くなりになった。98歳であった。自分が高校生だった頃講演会を開いて下さったのだが、最初の一言目が何と「自分よりも伊福部昭に来てもらった方が良かったと思う」というものだった。恥かしいことに当時は彫刻家の佐藤忠良氏の名前を全く知らなかった。しかし講演会を拝聴してからは、全国に在る氏の彫刻を見て廻っている。もう何体見たことだろう。滋賀県の佐川美術館では何時間居たか分からないほど長居した。これからも佐藤氏の彫刻を沢山見て廻りたいと思う。

「佐藤忠良記念子どもアトリエ」
設計者:アトリエaku 竣工:2008年 札幌市南区芸術の森2丁目


フィッシャーマンズワーフMOO

2011年03月21日 19時12分45秒 | 建築

 2007年にpenkou師匠と訪れ、昨年はK君とツーリングに出掛けた釧路市の「フィッシャーマンズワーフMOO」も、今回の地震で被災した。1階部分に浸水し、地下の機械室の分電盤などは全滅なのだそうである。復旧には何ヶ月もかかるとのことで、「ここも大変なんだ・・・」と思わずにはいられない。福島第一原発や気仙沼市などの映像の凄まじさを見ると、他の事が消し飛んでしまうのだが、日本の多くの場所で大変な思いをしている人が沢山いらっしゃる。
 新聞で仮設住宅を建て始めている旨の記事を読んだ。自然災害が起こり仮設住宅を目にすると、自分の意識も長期的なものに変わる。これから時間がかかろうとも、こつこつと地道に前進するのみだ。


参考になる記事

2011年03月13日 23時58分32秒 | 建築

 当ブログで相互リンクして頂いている新潟市のパワフル社長相模さんのブログ「おーがにっくな家ブログ」の3月13日の記事は、今後大変役に立つ内容だと思います。相模さんはブログを拝読するととてもパワフルで個性豊かな方かと思うのですが、実はとても思いやりのある素晴らしい方です。住宅建築に関する経験や知識も豊富で信頼のおける方でもあります。
 
 経験と言えば、小さなことですが私の経験も綴りたいと思います。阪神淡路大震災が起こった際、中学時代からの友人が神戸市内で被災しました。彼のアパートは倒壊を逃れ、電気や水道などのライフラインも徐々に回復していきました。最後まで残ったのが都市ガスでしたが、その為被災者の方々は自宅では入浴出来ず、銭湯などで5時間近くも並んで待っていたそうです。テレビニュースなどで熱帯魚を飼う際に用いるヒーターで水を温め入浴した話を見ましたが、当時ゼネコンの現場監督だった私が注目したのは、左官屋さんが使う「投げ込みヒーター」でした。一斗缶くらいならすぐに温かくなるので、この投げ込みヒーターを大阪の親戚経由で届けてもらいました。浴槽いっぱいの水を温めるために、それこそ5時間近くかかりポットのお湯も足したそうですが、「並ばなくて良い分、色んなことが出来て良かったよ」と述べていました。投げ込みヒーターを関西に送った方は多かったらしく、私も1個をかろうじて入手できたと記憶しています。

 小さなことでも自分に出来ることをしたいと思います。