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DOCOMORO100

モダニズムだけじゃない建築ブログ

札幌の田上建築

2011年03月11日 00時03分10秒 | 建築

 札幌市民であれば誰もが知っている「札幌市教育文化会館」の設計者は、田上義也氏である。1977年の竣工であるが、当時としてはとても格好良いデザインだったと思う。更にホール内の音が良いらしい。音響家が選ぶ優良ホール100選に選ばれている。大ホールでは過去に何度もオペラを聞いた。だが正直なところ音響が良いのか悪いのか分からない。小ホールは宮下ギターアンサンブルの一員として、その舞台に立ったことがある。しかしこちらも緊張していて、肝心の音の良し悪しを覚えていない。何とも情けない話だ。ただ、一般の客としてなら入ることの出来ないバックヤードをたっぷり見ることが出来たのは、良い経験であった。

「札幌市教育文化会館」
設計者:田上義也 竣工:1977年 札幌市中央区北1条西13丁目


旭川の田上建築

2011年03月05日 10時09分54秒 | 建築

 今年はpenkou師匠御来道の際に、田上義也建築を見る予定である。住宅建築だけではなく「札幌市教育文化会館」や「札幌北一条教会」など公共の建築を主体に見ようかと思っている。トップの写真「北海道立旭川美術館」も実は田上建築だ。現在、高速道路が一部無料なので旭川までとても行き易い。それでこの美術館に毎年数回訪れる。建築の規模はさほど大きいものではないが良い企画展が多いし、めちゃくちゃ混むということもないので毎回気持ち良く観賞出来る。地方に住んでいると首都圏で人気の企画展を観る際の行列はとても信じられない。
 一度penkou師匠とちらっとだけ見た「本郷新記念札幌彫刻美術館」やこの旭川美術館、札幌市教育文化会館はフランク・ロイド・ライトの影響から脱却した後の作品と言える。これらの建築をじっくりと廻りたい。

 因みにこの時開催されていた企画展は「ウルトラマンアート展」。(看板内のポスターにあるように、セブンも展示されていた。)

「北海道立旭川美術館」
設計者:田上義也 竣工:1982年 北海道旭川市常磐公園内


シリーズは終えたが・・・。(その4)

2011年02月27日 10時37分37秒 | 建築

 雨が強く、全面道路にはガードフェンスが設置してあったので、遠目からの写真となってしまった。実は安井武雄氏建築の初UPである。DOCOMOMO建築である「大阪ガスビルディング」の傍に何度も宿泊したことがあるのに、何故か見に行ったことが無かった。それで先に「旧日本橋野村ビル」の方を撮影することとなった訳だが、台風直撃中だった為御覧の有り様である。
 写真は暗いが先日UPの「東京芸術大学美術館陳列館」同様、最上階のみ白く塗られた塗装が目を引く。暗くて分かり辛いがディテールも凝ったものである。この時期の建築は装飾排除と言いつつも、目を引く装飾が施されているものが多いので、見るのが楽しい。日本におけるモダニズム建築の初期のものである。「長く残ってほしいなあ・・・」と思わずにいられなかった。

「旧日本橋野村ビル/野村證券本店」
設計者:安井武雄 竣工:1930年 東京都中央区日本橋1-9-1


シリーズは終えたが・・・。(その3)

2011年02月26日 16時38分26秒 | 建築

 トップの写真のように、今回の建築探訪初日は台風の影響を受けてしまった。「日本銀行本店」の近くに来た辺りで特に雨足が強くなり、カメラを構えるのが躊躇われるほどであった。しかもどうせ撮るなら反対側か正面のファサードを撮れば良かったのだが、こちら側から数枚撮影したのみで移動してしまった。
 日銀と言えば、「旧日本銀行小樽支店」も辰野金吾の設計である。この本店も旧小樽支店も、赤い煉瓦と白い花崗岩の“辰野式”ではない。実は旧小樽支店は煉瓦積みを左官仕上げして、石張り風にしているのだが。こちら本店は2本づつのオーダーが特徴的な歴史主義建築で重厚感が漂う建築であるが、何せこの雨だったのでじっくり見ずに終わってしまった。

「日本銀行本店」
設計者:辰野金吾 竣工:1896年 東京都中央区日本橋石町2-1-1


シリーズは終えたが・・・。(その2)

2011年02月25日 00時57分37秒 | 建築

 「東京芸術大学美術館陳列館」は企画展開催中の時のみ入館出来る。それでここを訪れた時はどうだったかというと、残念ながら何も開催されていなかった。企画展は年に数回しか無いようなので、入るチャンスは実は少ない。10月には企画展が有ったようだが。
 この建築の設計者が岡田信一郎氏であることは帰札してから知った。撮っておいて良かった。スクラッチタイルの外壁を持つ建築は、芸大のキャンパス内で少なくなってしまったという。この建築は解体ということは無さそうだが。タイルの貼られていない最上階とのコントラストが良いなと思う。

「東京芸術大学美術館陳列館」
設計者:岡田信一郎 竣工:1929年 東京都台東区上野公園12-8


シリーズは終えたが・・・。

2011年02月23日 16時33分46秒 | 建築

 今回の探訪で、記事にしなかった建築がいくつか残っている。シリーズは終了宣言したのだが、お蔵入りも勿体ないので紹介しようと思う。(お蔵出しシリーズにしても良いのだが…。)
 まずは以下の写真「岡倉天心生誕之地」の石碑であるが、横浜関内「横浜市開港記念会館」(ジャックの塔)の足元に設置されていたものだ。

 岡倉天心と言えば、今回DOCOMOMO建築である「東京芸術大学」を見た。同大学は「東京美術学校」と「東京音楽学校」を前身とするが、東京美術学校の設立に大きく貢献したのが岡倉天心であったそうだ。岡倉天心生誕之地を訪れたのは意識したものではなかった。
 さてトップの写真は「東京芸術大学美術館本館」。設計は六角鬼丈氏で当ブログでは「大雪展望台エスポワールの鐘」以来2回目の登場だ。訪れた日は生憎の雨模様だった為、暗い写真となってしまった。通路側の写真も載せたいと思う。



 六角鬼丈氏は自分が建築学生だったポストモダン時に大変活躍されていて、出来たばかりの「東京武道館」を見に行った。(と言うか、近くに住んでいた。)現在は東京芸術大学を退官され同大学名誉教授となられた。上写真の庇のデザインなどを見ると、学生時代が懐かしくなる。

「東京芸術大学美術館本館」
設計者:六角鬼丈 竣工:1999年 東京都台東区上野公園12-8


超えろ限界!台風粉砕’10東京・熱海・横浜建築探訪 その54「とりあえず」

2011年02月22日 18時18分05秒 | 建築

 紹介していない建築の写真がいくつか残っているものの、とりあえず本シリーズの最終回とする。54記事の内、34は横浜編である。関内地区の一部だけだというのに随分沢山見た。その最後を飾るのは内藤廣氏設計の「みなとみらい線 馬車道駅」。この駅の内壁は本物の煉瓦積だそうである。トップの写真、改札内天井のドームも良い雰囲気だ。ここに来るまでに見た馬車道の雰囲気を壊さない意匠である。

 もうすぐAPEC開催という時期だったので、駅の壁には上写真のように大きなポスターが掲げられていた。この後みなとみらい線を使って帰ったわけではなく、JRで羽田空港に向かった。飛行機の時間にほぼぴったりというスケジュールである。本当に見れるだけ見たという建築探訪だった。penkou師匠、mさん本当に有難うございました。

 

「みなとみらい線 馬車道駅」

設計者:内藤廣 竣工:2004年 横浜市中区本町5-49


超えろ限界!台風粉砕’10東京・熱海・横浜建築探訪 その53「サクサク!」

2011年02月20日 10時05分38秒 | 建築

 タイトルにサクサク!と書いたが、「勝烈庵」のサクサクカツレツを食べた訳ではない。無念なり。penkou師匠のサイトで「勝烈庵 馬車道総本店」についての記事UPを先に越されてしまった。更に無念なり。しかも棟方志功の筆による店名のちょうちんのアップ写真を撮っていなかった。再三に渡り無念なり。

 いつ頃建てられたのか定かではないが現在の店舗はモダニズムっぽくて格好良い。このお店自体は創業84年ということであるから、建て替えられたものであろう。設計者や竣工年を知りたい。それもさることながら、やはりサクサクカツレツの味を知りたい!それが一番である。 

 

「勝烈庵 馬車道総本店」

設計者:? 竣工:?年 横浜市中区常盤町5-58-2


超えろ限界!台風粉砕’10東京・熱海・横浜建築探訪 その52「これはどうしたものだろう・・・」

2011年02月18日 12時19分56秒 | 建築

 「何じゃこりゃ!」と正直に思ったものの、「ヨコハマ建築・都市物語」には“歴史的な建物の保存活用に大きな一石を投じた作品”と書いてある。もともとのオリジナルはファサードの3階までなのだから、これはもう東京の中郵や函館の弥生小学校状態だ。好意的に見るならば、反射ガラス?の色合いが格好良いので、この改修後の建築自体はよくデザインされていると思う。旧建築最上部にガラスのハチマキが入っていたり、高層部や最上階が格好良い。しかしながら結局は剥製状態だと思うのだが・・・。横浜市認定歴史的建造物第1号の称号を得ているが、良いのだろうか。

 

「旧川崎銀行横浜支店/日本興亜損保馬車道ビル」

設計者:矢部又吉(改修:日建設計) 竣工:1922年(改修:1989年)

横浜市中区弁天通5-70

横浜市認定歴史的建造物


超えろ限界!台風粉砕’10東京・熱海・横浜建築探訪 その51「御縁がある」

2011年02月17日 15時43分12秒 | 建築

 本日は7月開催の建築学会北海道支部会及び、3月早稲田で開催の看護人間工学会へ出す論文の御指導を受け、コンサルさんへデータを納品してちょっとリラックスしながら帰宅した。と言う訳で、なななな何と!3日続けて記事をUP出来た。2008年の4月の様にたった一つしかUP出来なかった月も有るし、実はそんなに焦ってUPすることもないのだが・・・。

  昨年コンペで御一緒した浅野さんが「大津ビル」でお仕事をされていたと話された。「私もつい先日見てきたばかりなんですよー。」と驚いて告げたのだが、横浜のビルの話を北九州でするのもちょっとした御縁を感じる。このビルにはJIAの神奈川支部が入っていたり、地下にはギャラリーも有って文化的なビルだ。写真では分かりにくいがファサードはアールデコ調である。例によって網で覆われていた。ここ横浜でもう何件も見た網を又見てしまった。

「旧東京海上火災保険ビル/馬車道大津ビル」
設計者:? 竣工:1936年 横浜市中区南仲通4-43
横浜市認定歴史的建造物


超えろ限界!台風粉砕’10東京・熱海・横浜建築探訪 その50「柱4本」

2011年02月16日 17時34分58秒 | 建築

 ちょっと頑張って2日続けて記事をUPすることにした。(凄いなあ!と自分を褒めてみる。大笑)

 もう4年も経つのだが「旧安田銀行小樽支店」の記事にmさんからコメントを頂いた。(時間の経つことの何と早いことでしょう。)横浜にも小樽と同時期の「旧安田銀行横浜支店」が在るとのことだったが、今回その建築を見る事が出来た。この時期の安田銀行のデザインは安田銀行営繕課が行っており、“ファサードには4本の列柱”という統一された意匠で設計されている。小樽もそうだし、記事にしたことは無いが函館もそうである。

 この日、旧安田銀行横浜支店の入り口は開いていて何かの企画展の看板が出ていたのだが、やはり飛行機の時間が気になって入ろうと言いだせずに次の建築へと向かった。mさんは内部の金庫も御覧になったそうだ。それはまた次の機会に・・・。

 

「旧安田銀行横浜支店」

設計者:安田銀行営繕課 竣工:1929年 横浜市中区本町4-45


超えろ限界!台風粉砕’10東京・熱海・横浜建築探訪 その49「このアングルは」

2011年02月15日 14時34分07秒 | 建築

 あ痛たたたーっ!またまた1週間(以上)空けてしまいました。うーむ、ちょっと日々のスケジュールを考え直さなければならないと思い始めています。このままではこの横浜編を本当に3月まで引っ張ってしまいそうです。何とかしなければ・・・。では気を取り直して記事に。

 この建築のこのアングルは、色彩は全く違うのだが辰野金吾の「旧盛岡銀行」や「福岡市赤煉瓦文化館/旧日本生命福岡支店」を思い出させる。TOTO出版の「建築MAP横浜・鎌倉」によると設計者である妻木頼黄は辰野金吾のライバルであったそうだ。「旧横浜正金銀行本店」は現在「神奈川県立歴史博物館」なので入館も可能だったが、この辺りまで来ると飛行機の時間が気になり出してきた為、今回は見送った。外観からも素晴らしい彫刻を見る事が出来る。今回の上京時に辰野金吾の「日本銀行」を見た。大きさでは小さいが、この妻木の横浜正金銀行本店は意匠技術の点で全く負けていないものであった。

「旧横浜正金銀行本店/神奈川県立歴史博物館」
設計者:妻木頼黄・遠藤於菟 竣工:1904年 横浜市中区南仲通5-60

国の重要文化財


超えろ限界!台風粉砕’10東京・熱海・横浜建築探訪 その48「赤があざやか」

2011年02月07日 09時17分07秒 | 建築

 今回の建築探訪の横浜編では、本当に多くの建築を見た。まだまだゴールに辿りつけない。

 

「旧帝国火災横浜支店/本町ビル」は残念ながら「ヨコハマ建築・都市物語」にも詳しい記述は無い。しかし前述の「旧第一銀行横浜支店」と共に本町四丁目交差点の風景をつくる大切な建築だ。1階石張り外装のデザインが良いし、最上階のみ窓形状が違うところなどは、東京、大阪の中郵を思い出させる。RC造であるからレンガ調タイルということになるが、外装1階の白から上部階の赤への色の変化が美しい建築であった。

 

「旧帝国火災横浜支店/本町ビル」

設計者:? 竣工:1929年 横浜市中区本町5-49


超えろ限界!台風粉砕’10東京・熱海・横浜建築探訪 その47「地図で空欄と思ったら」

2011年02月02日 15時42分06秒 | 建築

 ネットの地図サイト上でこの建築の名称を確認しようとしたところ、空欄であった。隣接した建築には「横浜アイランドタワー」と書かれている。もしや!と思い調べてみたら、トップの写真の後ろ側に建つ高層建築と繋がっているらしい。これは思いつかなかった。高層棟とこの「旧第一銀行横浜支店」とでは連続性は全く無く、かつ繋がっている必要性もあまり感じない。バルコニー部分を曳き家して、他の部分は復元してまで作った建築である。横浜で見たレプリカ建築の3つ目であった。

 側面の縦長窓上部アーチが格好良いし、曳き家したバルコニーのオーダーも雰囲気が有る。てっきり単体の建築だと思ったのだが。

 

「旧第一銀行横浜支店/横浜アイランドタワー低層部」

設計者:西村好時 竣工:1929年 神奈川県横浜市中区本町6-50-1

横浜市認定歴史的建造物


超えろ限界!台風粉砕’10東京・熱海・横浜建築探訪 その46「やはり、網」

2011年01月28日 14時15分37秒 | 建築

 何とpenkou師匠に「勝烈庵」についての記述を、先に越されてしまった。本当ならこの横浜編はとっくに終了しているはずなのだが・・・。「次のシリーズネタが無いので引っ張っている訳ではございません。決してっ!」と言いつつ3月まで何処へも行けないが。今日は久しぶりに記事を書く時間を作ることが出来た。

 

 横浜編を始めてから、何度も「遠藤於菟(えんどう・おと)」と書いた。この辺りに遠藤氏の建築が沢山建っているからなのだが、札幌に住んでいるとまったくと言って良いと思うが、見る機会に恵まれない。今回「お腹いっぱい!」になるだけ見た。アルファのザガ-トが停まっていた三井物産横浜ビルが特に印象深かった。 遠藤氏は長野県の木曽町出身ということで木曽町のHPでも紹介されている。建築家をその出身地・地元の方々が大切に思ってくれる様を見ることはとても嬉しい。

 この「旧帝蚕倉庫事務所」の小口側と屋上には例によって剥落防止用のネットが設置されていたが、建物は“北仲スクール”として使用されているようで、隣接していた「旧帝蚕本社ビル/北仲WHITE」のように解体ということはなさそうだ。油断は禁物だが。

 

「旧帝蚕倉庫事務所/北仲BRICK」

設計者:遠藤於菟 竣工:1926年 横浜市中区北仲通5-57-2