ほんわか亭日記

ダンスとエッセイが好きな主婦のおしゃべり横町です♪

「蝦蟇の故郷」

2011-05-13 | エッセイ
2011年5月13日(金)


ここのところお天気がはっきりしなくて、湿気が多く、ウィステの髪の毛は、クルクル・・。
雨で家の前を掃くのを手抜きしていたら、どこかの落ち葉が吹き寄せられて、いっぱい散っていた。
今の時期、常緑樹の葉が代わるんだよね。
せっせと掃いて、気持ち良く一日が始まる・・・と。

さて、今日は、なんと早くも宿題エッセイにとりかかる~♪♪♪
絶好調だぞ、ウィステ。(^^)v

とはいえ、まだ未完成なので、今日は、以前に書いたエッセイを・・・
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「蝦蟇の故郷」

 我が家に帰省した息子が、ときおり私に聞くことがある。
「そういえば、うちの蝦蟇はどうしてる」
「庭のその辺で鳴いてるよ」
 いや、それどころか、玄関の扉を開けた途端、いぼだらけの体を膨らませている大きな茶色の蝦蟇に出くわし、
あやうく踏みつけそうになった。植木鉢を持ち上げると、思いがけずその下に眠る蝦蟇を見付け、ぎょっとした。
そう言うと、息子は、
「うちの蝦蟇のヤツ、そんなところにいるのか」
と、嬉しそうだ。
 小学二年生の春、息子がオタマジャクシを持ちかえったのが、事の起こりだ。
「お母さん、見て、見て。オタマジャクシ、こんなに捕まえたよ」
 バケツの中には、三センチはあろうかという大きなオタマジャクシが、うようよといた。早速、庭の半畳に
満たない池に入れると、オタマジャクシの群れは、わっと泳ぎ出した。息子は、今日の獲物を満足気に見詰め、
そんな息子を私は、笑顔で見守った。
 それが、間違いのもとだった。蝦蟇蛙のオタマジャクシだったのだ。成長した蝦蟇は、やがて春先になると
彼らの故郷である我が家の池に戻り、蛙合戦をするようになった。池の騒ぎを、「おぞましい」と、娘も私も
嫌がったが、息子はそんな蝦蟇の繁殖行動をむしろ面白がっていた。池の中にはゼリー状の紐のような卵が
産み付けられ、それらは、一気にオタマジャクシとなる。六月頃には、ぬめっとした茶色の小蛙となって
つぎつぎと上陸し、池の向こう側のツツジや柘榴の木が雑然と植わる辺りの下草に紛れていく。世代を重ね、
我が家の庭は蝦蟇の棲み家となり、息子は姿を見かけると「うちの蝦蟇」などと呼ぶ始末だ。
 娘が思春期になった頃、蝦蟇をいやがる娘の事も考えて、ついに私は、息子に隠れて蝦蟇退治を企てた。
自然にいなくなったことにしようと目論んだのだ。
<こんなもの見たくない・見せたくない>と、蛙合戦の最中の蝦蟇を網で掬い、五、六匹ずつまとめてバケツに
入れ、車で用水路へ運んだ。捨て犬、捨て猫をするのはとんでもない人と思っていたが、まさか、自分が
同じような事をするはめになるとは……。いや、この蝦蟇はもう一人前。別天地で伸び伸びと生きていけると
言い訳しつつ放していると、こんな時に限って、知人が犬の散歩をしながらやって来るではないか。
危険物を不法投棄していると誤解されるのは困るので、
「うちの蝦蟇が増えちゃって」
 と、しどろもどろに説明をして切り抜けた。どっさりある卵のほうは、思い切って掻い出し、庭隅の窪みに
捨て、土をかけた。この半透明の紐の中の黒い点々は、<ひとつひとつがオタマの命>などと考えだすと、
これは殺生だと気分が滅入る。懲りた。その隙に、新たに産みつけられた卵は、オタマジャクシとなり、
ぴんぴんと泳ぎだす。捕まえて川に捨てたら、生きていけないだろう。
<しかたない、娘には我慢して貰うか>
「今年もいっぱい産まれたな」
 と言う息子の声に、後ろめたさが改めてじとっと湧いた。
 雨もよいの午後、庭で蝦蟇がグエーグエーと鳴く。
「せめて、ケロケロにしてよ。可愛くないなあ」
 雑草だらけの庭の隅で、今年も蝦蟇の一族は健在だ。やれやれ……。
 ある日、アスファルトの上で、一匹の蝦蟇が轢き殺されていた。無残な有り様に顔を背けながら、私は、
箒と塵取りで片付けた。このままにして、ご近所に迷惑をかけてはいけない。
なんといっても、うちの蝦蟇なのだから。
私は、不運な蝦蟇がうちの土に還るようにと、シャラの木の下に埋めてやった。
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うちの蝦蟇は、シャラの花になったかな・・。(^^)
コメント
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