猿八座 渡部八太夫

古説経・古浄瑠璃の世界

忘れ去られた物語32 古浄瑠璃 親鸞記 ③

2014年06月20日 20時05分54秒 | 忘れ去られた物語シリーズ

 しんらんき ③  

ある時、都周辺の碩学(せきがく)が集まって、こんなことを話し合ったのでした。

 「この頃、法然や親鸞の教えが、どこでも、もてはやされているのは心外である。此奴等の教えが正しいとはとても思えない。」

 「こんなに人々を引きつけるのは、きっと魔法の様なものを使っているのに違い無い。怖ろしいことだ。このことを奏聞して、遠島にさせてやろう。」

 そうだそうだ、この二人をやっつけようということになり、早速に参内すると、

 「近年、法然、親鸞は、日夜朝暮に、専修一行(せんしゅいちぎょう)の法という教えを説き広めています。洛中の老若男女貴賤を問わず、夥しい人々がこの法談を聴聞するために集まって来ます。この二人は、魔法を使っているのです。このような群衆を放置しておいては、国の乱れに繋がります。何とかして下さい。」

 と、口々に奏聞するのでした。御門はこれを聞いて、

 「一宗と一宗の争いであるなら、嫉みの訴えとも考えるが、全ての宗派が揃って、そのように申すのであれば、釈尊の教えに反する教えなのであろう。この二人の僧を、島流しとせよ。」

 と、宣旨するのでした。碩学達は、喜んでそれぞれの寺へと帰って行きました。そして、法然上人は、土佐の番田(はた)(高知市)へ、親鸞上人は、越後の国府(こくぶ)(上越市:五智国分寺)への流罪が決まったのでした。

  法然上人は、親鸞上人に、

 「さて、今までは、ひと所に流されるものと思っていましたが、そうではなくて、互いに遠い国に別れ別れとなるとは、誠に名残惜しいことになりました。」

 と涙ながらに言うのでした。親鸞上人も、

 「愚僧も、内々、御一所にと思っておりましたが、残念ながら、上人様は土佐の番田へ、愚僧は越路へと聞いて、大変心細く思っております。」

 と、涙ぐんでいます。やがて、法然上人が、

 「さて、現世は、老少不定(ろうしょうふじょう)。遅れ先立つ事もあるでしょうから、必ず西方安楽世界で、お会いいたしましょう。」

 と言えば、親鸞上人は、

 「そうですね。あちらの世界でお会いいたしましょう。」

 と、互いに袖に縋りついて、嘆き合うのでした。住蓮房、安楽房を初め、多くの弟子達は、この有様を見ると、

 「ああ、明日からは、法然上人とも、又親鸞上人とも、一体どなたを、拝めばよいのですか。」

 と、一同、声を上げて泣き叫ぶのでした。まったく、釈迦の御入滅の場面を見る様です。二人の上人は、会者定離の習いは、今更驚くことでもないと、それぞれに最後の説法をするのでした。

 「互いに恋しいと思うのなら、片時も怠らず念仏を唱えましょう。そうすれば、安養安楽世界に救われるでしょう。さらば、さらば。」

 と、二人の上人が立ち別れる時、弟子達は、法然、親鸞の衣の袖に縋り付いて、声を上げて泣くのでした。やがて、法然は土佐の番田へ、親鸞は越後の国に流されたのでした。

  それからというもの、何人も、念仏した者は、一族郎党諸共に罪科に問われる事になったのです。都の人々は、王意に背くことはしませんでしたが、口は閉じて、内心では念仏を唱えて暮らしたのでした。住蓮房と安楽房は、法然、親鸞上人に別れた後、しばらく呆然としていましたが、咎めがあろうとも、念仏をやめようとはしませんでした。或る日、念仏禁制を取り締まる武士達が、この念仏の声を聞き付けて、寺中へ踏み込んで来ました。

 「念仏禁制と触れているのに、念仏するとは、お上を軽んじるのか。」

 と、二人の僧を縛り上げました。時の奉行は、二人を投獄すると、参内して事件の奏聞をしました。宣旨の内容は、斬首でした。早速に二人の僧は、五条河原に引き据えられてしまったのでした。二人は、

 「上人達には、ご心配をかけますが、我々が一足先に、彼の岸でお待ちいたしましょう。」

 と覚悟を決めると、声も高らかに念仏を唱え始めたのでした。その時、一人の太刀取りが近付いて、こう問いました。

 「このような災難に遭っても、念仏さえ唱えれば、助かるのか。」

 安楽房は、これを聞いて、

 「おお、これは良いお尋ねですね。魂には、永遠の家はありませんし、五体の主も永遠ではありません。どうして、念仏することが、悔いになりましょうか。『一念弥陀、即滅無量罪』と言うのですよ。あなた方の様に、咎深き人間も、一心に阿弥陀仏を信じて、「南無阿弥陀仏」を唱えれば、その罪は、たちどころに消えて、成仏することができるのです。」

 と、念仏の尊さを説くのでした。しかし、太刀取り達はやがて、後ろに廻り、

 「御房、何度、念仏をお唱えても、この太刀先には敵うわけがない。この太刀を受けて見よ。」

 と言うなり、お首をバッサリと刎ねました。二人の首は、前に飛んで落ちましたが、その首が念仏を三遍唱えたのでした。人々は、驚いて、奇蹟が起きたと、心の中で念仏を唱えました。太刀取りは、その人々の様子を見ると、

 「ええ、何が奇蹟だ。念仏している所を討ったので、そのように聞こえたのにすぎぬわい。只の気の迷いだ。さあ、獄門に上げるぞ。」

 と息巻いて、二人の首を、五条河原に曝したのです。ところが、不思議な事に、二人の太刀取りの一人は、突然血を吐き、今一人は、泡を吹いて、ばったりと倒れてしまったのでした。驚いた人々が、御僧達の首を見ていると、一人の首には後光が射し、もう一人の口からは、青蓮華(しょうれんげ)が顕れました。まさに菩薩が来迎したのでした。この有様を見た人々は、有り難し、有り難し、これこそ菩薩だと、拝まぬ人はありませんでした。

 つづく

 


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