猿八座 渡部八太夫

古説経・古浄瑠璃の世界

忘れ去られた物語たち 34 古浄瑠璃 よりまさ ⑤

2014年12月29日 16時56分06秒 | 忘れ去られた物語シリーズ
よりまさ⑤

さて、特に可哀想でならないのは、都に残された頼政の家族です。御台様は、頼政が、平等院で、平家に討たれたと聞くと、
「かねてより、こうなることは、予期していたことですから、今更、歎く事もありませんが、
やっぱりあの時、夫の手で、殺して貰っていたのなら、こんな思いをしなくても済んだものを、無残にも、あの幼い者達を悲しませる事になってしまった。」
と、口説くのでした。御台所は涙ながらに、子供達に向かい、
「お前達の父は、君のお供をして、亡くなられました。この先、頼政の妻や子として捕らえられ、そこらを引き回され、屈辱を与えられ、殺されるでしょう。なんという惨い(むごい)ことでしょう。」
と、聞かせるのでした。子供達が、一度にどっと泣き叫ぶ有様は、目も当てられません。御台所は、更に、
「さあ、子供達よ。そんな辛い目に会う前に、閻魔様の前で、父が来るのをまつのですよ。さあ、念仏を唱えなさい。」
と勧めるのでした。無残にも若君達は、父に会えると思って、幼気な手を合わせ、
「阿弥陀仏や弥陀仏」
と、四五回、唱えるのでした。御台様は、目も眩れ、心も消え入るばかりですが、思い切って、兄の千代若を引き寄せると、二刀に刺し殺したのでした。これを見た、弟は驚いて、
「ああ、恐ろしの母上や。私を許して下さい。」
と、逃げるかと思えば、殺す母に縋り付いて泣きじゃくります。母は、
「何を言うのです。千代鶴。お前一人、行かないのですか。父も母も、兄も一緒に行くのですよ。」
と言うなり、心元にぐさりとひと刀に突き刺しました。それから、御台様は、肌の守りから朱艶の数珠を取り出すと、
「只でさえ、五障三従(ごしょうさんしょう)に生まれて、女は罪が深いと聞きます。どうか、これから地獄に行く私を、お助け下さい、弥陀仏様。南無阿弥陀や南無阿弥陀や、南無阿弥陀仏、弥陀仏。」
と唱え、これを最期の言葉として、自害なされたのでした。これは都の物語。
 
 さて、平等院に立て籠もった頼政の軍勢は、渡辺党を始めとし、三井寺の法師達に至るまで、壊滅状態となりました。最早これまでと思った頼政は、高倉の宮に
「味方は、悉く討たれました。頼政は、此処で討ち死にを思い定めましたので、君は、これより南興福寺を目指して落ち延び、世の成り行きを見定めて、必ず本意を御遂げ下さい。」
と、涙ながらに申し上げましたが、高倉の宮は、
「今回、謀反を思い立ったのも、張良(ちょうりょう)よりも頼もしく、樊噲(はんかい)にも勝るお前を頼りにしたからであるぞ。今更、ここで、お前と別れたら、いったいどんな事になるのか、想像もつかない。いったいどこまで落ちて行くのか検討もつかない。」
と涙ぐんで、狼狽えるばかりです。頼政が、
「良き大将という者は、攻める時には、十分に攻め込み。引くべき時には、さっと引くものです。」
と、いろいろと賺し宥め(すかしなだめ)ますと、高倉の宮は、ようやく覚悟するのでした。それから頼政は、仲綱を呼ぶと、
「おい、仲綱。お前は、君を守護して南へ落ち延びよ。そして君を、父とも兄とも敬って、しっかりと忠節を尽くすのだぞ」
と、言い含めるのでした。仲綱は時に十五才。まったく、鳳凰は、卵の中に居ながらにして、宇宙を飛び越える翼を持ち、龍の子は、一寸足らずの幼いうちから、雨を降らせることができるというのは、まさにこの子のことです。少しも憶せず、言うことには、
「これは、父上のお言葉とも思えません。二十にもならない、この仲綱が、大事の戦をほったらかして、どこかへ落ち延びるとは、一体どういう事ですか。どこかに落ち延びるにしても、ちゃんと、敵を滅ぼす計略をお立て下さい。あなたは、保元平治の合戦で、度々勝ち抜いて、天下に名を轟かせた弓取りではありませんか。私が防ぎ矢を射て、父も君も共に落ち延びさせ、然る後に、腹切って死ぬのなら、父の為には孝行。君の為には忠義の道ではありませんか。」
と、一歩も引きません。そこで頼政は、
「おお、よくぞ言った。仲綱よ。お前の言う事は、確かに理に適って、当然である。しかし、心を鎮めて、良く考えてみよ。親子諸共に討ち死にすれば、一体誰が、君を助けて、御世に送り出すのだ。先ず今は、何とかして君を落ち延びさせ、やがて、御世に出だすことができたなら、それこそが孝行ではないのか。頼政の命令に背く仲綱は、未来永劫に勘当だぞ。」
と説得するのでした。さすがの仲綱も、これに反することはできません。泣く泣く親子は暇乞いをするのでした。そうして、伊豆の守仲綱は、高倉の宮を守護して南、興福寺へと落ちて行きました。兎にも角にも、頼政親子の心の内の悲しみは、何にも例え様がありません。
つづく

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