猿八座 渡部八太夫

古説経・古浄瑠璃の世界

忘れ去られた物語たち 34 古浄瑠璃 よりまさ ②

2014年12月27日 15時24分03秒 | 忘れ去られた物語シリーズ
よりまさ②
 都の人々を悩ます化け物を、祈祷では封じ込めることができませんでした。内裏では、論議百出して喧喧諤諤です。その中で、徳大寺の左大臣(実能:さねよし)は、
「目に見えぬ物に対しては、祈祷も効くであろうが、この化け物は、形を現すくせ者である。誰か武士に命じて、退治させては如何か。」
と、言いました。それでは、試してみようということになり、源平の両家の中から、化け物退治に相応しい武士を、選びました。選ばれたのは、源の頼政でした。早速に勅使が立ち、頼政が召されました。こうして、頼政に、化け物退治の勅命が下ったのでした。
 館に戻った頼政は、郎等の猪早太(いのはやた)を呼んで、こう告げました。
「この程、都に出没の化け物を、射落とせとの宣旨を給わった。どうしたものだろうか。」
早太はこれを聞くと、気色を変えて、
「これは、我が君のお言葉とも思えません。考えるまでもありません。源平両家の中から選ばれて、化け物退治の命を受けた以上は、この早太めに退治の役を御命じ下さい。例え、十丈、百丈の鬼神であろうと、退治してみせまする。もしも、射損じたその時は、御首を給わり、腹、十文字に掻き切って、死出の山まで御共いたします。」
と、迫りました。頼政は、
「いや、これも、お前の心底を、確かめる為だ。さあ、源氏の名を濯ぐ時ぞ。用意をいたせ。」
と答えると、早速に出陣の用意をしました。頼政は、赤地色の狩衣に、直垂、小袴を身につけ、早太は、黒糸縅の鎧を着ると、三尺八寸の「骨食」という太刀を差しました。
 頼政が、化け物退治をするというので、公卿大臣は言うに及ばず、源平両家の名だたる人々が、内裏につめかけて、大騒ぎです。頃は五月の闇の夜。正体不明の化け物を、射落とす事が出来るのか、武士としての運の極めでもあります。皆々、固唾を飲んで見守る中、頼政が、内裏の広庭に入りました。重藤の弓に大の雁股(かりまた:矢の種類)を番えて、化け物が現れるのを、今や遅しと待ち構えておりまと、午前0時を廻った頃のことです。東三條の森から黒雲が湧き起こりました。御殿の上を這いずり回り、火炎を吹きながら、雄叫びを上げています。この時、頼政は、
「南無八幡大菩薩。」
と、心の中で、祈念して、ひょうどとばかりに矢を放ちました。はたと手応えがありました。化け物が、御殿の庭にもんどり打って落ち、虚空に逃げようと悶えるところに、猪早太が駆けつけて、取り押さえ、九つの太刀を浴びせて、刺し殺したのでした。人々は、やったとばかりに、どよめきました。急いで火を灯して見て見ると、頭は猿、尾は蛇、手足は虎の様で、その鳴き声は鵺(ぬえ)にそっくりの化け物でした。余りに気味が悪いので、七条河原に捨てられたのでした。御門は、その武勇に感激して、頼政に「獅子王」という名の御剣を褒美に取らせました。弓の名人と言えば、唐には、雲上の雁を射落とした養由(ようゆう)。我が日本に於いては、御殿の上を射た頼政であると、感動しない人はおりませんでした。
つづく

最新の画像もっと見る

コメントを投稿