ワニなつノート

つながりさえあれば

 

3年前にホームを出た子の、生活保護の申請に同行した。

「住居」がないので、手続きに時間がかかるかと思ったが、今ホームで「居候」している事情を説明したところ、順調に申請できた。

援助ホームを出た子はこの十年で21人。
生活保護の申請は7人目。3人に一人という数字。

親に頼れない子が18や二十歳で「自立」し、一人で「生活し続ける」大変さを、改めて思う。

初めから「生保」を受ける子はいない。
2~3年は一人でがんばる。仕事ができないのではない。がんばりすぎるほどがんばる。
でも「つながり」が足りない寂しさが、弱った身体に溜っていくとき、ふと駅のホームですべて終わらせたくもなる。

         □

一方で私は、「できる」を増やすための教育が腑に落ちず、障害があっても「ふつう学級がいいよ」と言い続けてきた。0点でも高校へと言い続けてきた。

勉強もできるし、仕事もできるし、自立もできるホームの子たちが、ひとり、またひとりと、孤独に苛まれる姿をみせつけられて思うことは、「できる」を増やすことよりも、「つながり」を身体の隅々にまでしみ込ませる子ども時代のありがたさだ。
          
言葉が話せなかろうが、テストが0点だろうが、安全なつながりの記憶こそが、つながりのある一生を支える宝物になる。

 

今年も「0点でも高校」を目指す親子がいる。
来年、合格できる確証はない。
それでも、その子の姿と過去のRONINした子たちの姿が重なり、「ああ、この子たちはなんてしあわせなんだろう」とおもう。

親とのつながりと仲間とつながりにあふれた今があれば、どんなことがあっても大丈夫と思える。

つながりさえあれば、いくつになっても、何度でもやり直せる。

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