≪ゆみ≫
ゆみには二人の妹がいる。幼稚園の年中さんで、とてもおしゃべりのゆきと、まだ一才になったばかりのゆり。ゆりは、ゆみが学校から帰るとずっと後をついてくる。ゆみが紙オムツを取り替えてあげると、ゆりは笑う。
翔ちゃんのふるえを感じながら、ゆみは、翔ちゃんといっしょにゆりもふるえてるような気がした。いつも笑っているゆりの顔が泣き顔に変わり、ゆりの泣き声が聞こえた。
小学校に入学したばかりのころ、ゆみは一人で泣いていた。初めての学校と、お母さんの入院が重なった。なんでもないことでも、ふいに涙があふれた。
「大丈夫よ。心配しなくていいのよ」
先生はやさしかった。でも、だんだん言葉が変わっていった。
「もう一年生なんだから」「ここは幼稚園じゃないのよ」
「そんなことわかってる。そんなことわかってる。でも、お母さんがいなくなったらどうしようって、朝早く目がさめた日は、一日、どうしようもなかった。このまま帰ってこなかったらどうしよう」。そう思うだけで、涙が止まらなかった。
入学式の日、ゆみのとなりに翔ちゃんがいた。
初めて会う男の子が何か言いたそうにしてたから、顔を近づけたら、突然ほっぺをなめられた。びっくりして涙がこぼれた。
おばちゃんは大きな声で「ごめんねーーー」と言いながら、ハンカチでほっぺと涙をふていくれた。それでも涙が止まらないゆみを思い切り抱きしめてくれた。お母さんの匂いがした。
「だいじょうぶ。びっくりしただけ…」
そう言って泣きながら笑うと、おばちゃんも笑った。
それから、ゆみが泣いていると必ずおばちゃんが声をかけてくれた。
「ゆみちゃんはやさしいんだよ。だから、すぐに涙がこぼれるんだよね」
ある日の帰り道、おばちゃんが言った。そんなふうに言ってもらったのは初めてだった。
ゆみは思った。『泣いてもいいんだぁ』
「おばちゃんも子どものころ、いっぱい泣いた?」
おばちゃんとつないだ手をにぎりながらゆみが聞く。小さくギュッとにぎり返しながら、おばちゃんが言う。
「うん。いっぱい。いっぱいね」
それから、ゆみの耳に顔をつかづけて小さな声で言う。
「子どものころじゃなくて、い、ま、も、よ」
ゆみは笑った。おばちゃんみたいな大人になれるなら、泣き虫でもいいかな。そう思えた。
おばちゃんが戻ってくるまで、ほんの5分くらいの間だった。となりの教室で翔ちゃんのぬれたオムツとズボンを取り替えて、戻ってきたおばちゃんは、もういつものおばちゃんだった。その間、先生が何をしゃべったのか、ゆみの耳にも、良太の耳にも聞こえなかった。二人は、となりの教室の翔ちゃんとおばちゃんの息づかいを聞いていた。聞こえるはずのない気配を聞いていた。
ゆみは心の中で何度もくりかえした。
「おばちゃん、ごめん。あんなにいっぱいおばちゃんに助けてもらったのに。おばちゃんの代わりに翔ちゃん、助けてあげられなかった。」
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