ワニなつノート

花を 怖れる ことは できない


《花を 怖れる ことは できない》



ゆうきくんとまゆちゃんには、怖れがない。
私が、子どものころに植えつけられた「怖れ」を、二人は持たない。


分けられる怖れ、隠れなければいけない怖れ。障害という言葉もダウン症もいじめも、二人の怖れには、つながらない。「怖れなくていい」と、伝えてくれる両親ときょうだいがそばにいてくれる、から。両親のいう通りの学校と、地域と、日常のつながりがあるから。

「《ダウン症の》がよけいだね」と新聞の見出しにつぶやくまゆちゃん。
「まゆちゃんがさみしいから、早く帰ってあげて」と訴えるゆうきくん。

二人を思いながら、「花を怖れることはできない」話を思い出す。

          ◇
『野生育ちのサルにヘビを見せると、大騒ぎする。顔をしかめ、耳をパタパタと動かし、檻の格子をにぎりしめて、毛を逆立てる。ヘビをみようとさえしない。一方、実験室で育ったサルにヘビを見せても、何も起こらない。」

その実験室のサルに、ヘビを怖がるように教えるのはとても簡単だという。
『実験室育ちで恐いもの知らずのサルに、野生育ちのサルがヘビを怖がっているところを見せると、たちまち自分たちも怖がり、その後もずっと怖がり続けた。怖がるサルを見ていたのは、ほんの数分だった。』

ところが同じ手法を使っても、花を怖がらせることをサルに教えることはできない。
『実験室のサルに花のビデオを見せ、つづいておびえたサルの画面を見せて、ビデオのサルが花を怖がっているように見せかけた。テープは何の効果もなかった。実験室育ちのサルは、ヘビを怖がるサルを見たときには、死ぬほど怖がったのに、花のビデオを見ても、びくともしなかった。』

(『動物感覚』 テンプル・グランディン )

花を、怖れさせることはできないのだ。
ゆうきくんにとっての花。

まゆちゃんにとっての花。
子どもたちにとっては本来、お互いが花なのだ。


          ◇
そしてまた、苦界浄土を思い出す。

《草の親》

「ゆりはもうぬけがらじゃと、魂はもう残っとらん人間じゃと、新聞記者さんの書いとらすげな。大学の先生の診立てじゃろかいなあ。そんならとうちゃん、ゆりが吐きよる息は何の息じゃろか――。
草の吐きよる息じゃろか。
うちは不思議で、よくゆりば嗅いでみる。やっぱりゆりの匂いのするもね。ゆりの汗じゃの、息の匂いのするもね。体ばきれいに拭いてやったときには、赤子のときとはまた違う、肌のふくいくしたよか匂いのするもね。娘のこの匂いじゃとうちは思うがな。思うて悪かろか……。

ゆりが魂の無かはずはなか。そげんした話はきいたこともなか。木や草と同じになって生きとるならば、その木や草にあるほどの魂ならば、ゆりにも宿っておりそうなもんじゃ、なあとうちゃん」

「ゆりが草木ならば、うちは草木の親じゃ。ゆりがとかげの子ならばとかげの親、鳥の子ならば鳥の親、めめずの子ならばめめずの親―――。…なんの親でもよかたいなあ。鳥じゃろと草じゃろと。うちはゆりの親でさえあれば、なんの親にでもなってよか。」

(「苦界浄土」石牟礼道子)


花を怖れさせることは、できない。たとえ、草木のようだと言われようと。子どもを怖れさせることは、できない。
       

   ◇

《ガンになってよかったこと》
幾度か思ったことはあるが、うまく伝えられる自信がなかった。3月の検査を終えて、「もうすぐ5年になる」と思ったとき、「ガンになってよかったこと」を言葉にしてみようと思った。
そんな時、ゆうきくんの病気を知った。「…絶対言えない」と思った。



あれから4カ月が過ぎる。いまやはり、言っておこうとおもう。
私がガンになってよかったと感じること。それは、ゆうきくんの病気を怖れないでいられる自分がいると感じること。

ゆうきくんの病気のことを聞いて、私にできることは何もなかった。ゆうきくんにもまゆちゃんにも両親にも、かける言葉が見つからなかった。

はじめはそう思った。病気が怖かったのだとおもう。だけど毎日の生活はつづく。24時間交代で付き添う両親。家に残される妹の生活。私にできることはないけれど、怖れないで、変わらず、おもいつづけ、話し続けることはできる。

先日、私が術後5年経過したことを伝えると、ゆうきくんのお母さんから返信が届いた。
「5年後、ゆうきもさとうさんに続きます」。

……やっぱりうまく言葉にできてる感じはしない。でも、ガンになっても辛い治療が続いても、変わらない確かなものがある。辛いことや不安はある。それでも怖れないでいいと感じる、つながり、切れないものがある。それが、お互いの生きる支えになる、と感じている。

花を怖れることはできない。
花は怖れなくていい。
花は何。
子ども同士の出会いがすべて花。


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