(承前)
「1944年9月の進撃作戦開始時において、 米第20軍団が直面していたメッツ突出部は、メッツ及びモーゼル河の西に約30kmほどの幅で広がっていた。ドイツ防衛線の左翼はメッツ市中心部から約15km離れたモーゼル河河畔にある街アルナヴィルまで伸びている。右翼の方はモーゼル河から西方に分かれる支流オルス河 の手前、メッツ市から約16km北のモンドランジェ村(0703ヘックス)まで張り出していた。」![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/1c/85/9fee907e499f38575275813b0badbc35.jpg?1631720494)
「この防衛線の南端には、森林に覆われたモーゼル高原の急斜面やモーゼル河へと続く谷あいの隘路を切り裂いて、三ヶ所に峡谷が走っている。これらの峡谷のうち、メッツから一番遠いのはリュプト・ド・マード峡谷で、 ここにはマルス・ラ・トゥールの方からシャンブリーの南で南東に折れてきた道路が通っており、アルナヴィル (0510ヘックス) 付近でモーゼル河に達している。中央の峡谷を通る道路は、マルス・ラ・トゥールからでもレゾンヴィルからでも入ることができる。この道はゴルゼ村(0409ヘックス)という、この峡谷と同じ名の峡谷中央部に位置する村を経て、ノヴェアンでモーゼル河の河岸へと到達する。」
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/6f/04/ce6c7b3581cec43838d236c08f1927a1.jpg?1631721558)
「三つのうちで最も北にあるのはマンス峡谷で、これはL字型に曲がっており、Lの字の縦棒の部分はブア・デ・ジェニヴォーの小盆地を通って南北に走っている。が、グラーブロット付近で深くなりだし、やがてヴォーやアルス・シュール・モゼルの方 に向かって折れ曲がるわけである。この峡谷を通る道は二本ある。一本はヴェルダンとメッツを結ぶ主要道路で、 グラーブロットのすぐ東から下り坂となり、マンス峡谷を横切っている。もう一本はこの道の支道(0508へックス)で、グラーブロットの南で分岐し、峡谷の底を通ってアルス・シュール・モゼルに至り、モーゼル河へ達するわけである。」
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