乱鳥の書きなぐり

遅寝短眠、起床遊喰、趣味没頭、興味津々、一進二退、千鳥前進、見聞散歩、読書妄想、美術芝居、満員御礼、感謝合掌、誤字御免、

『Along with the Gods: The Two Worlds 神と共に 第一章:罪と罰』2017 韓国 140分

2020年08月20日 | 映画

 

 

  『Along with the Gods: The Two Worlds 神と共に 第一章:罪と罰』2017 韓国 140分

 

神と共に 第一章:罪と罰

  • 原題/Along with the Gods: The Two Worlds
  • 制作年/2017
  • 制作国/韓国
  • 内容時間/140分

韓国で大ヒットしたスペクタクルアクションファンタジー大作2部作の前編。

死者たちの魂が7つの地獄を突破しなければ新しい人生を迎えられない死後の世界で大冒険が展開。

 

 久しぶりに映画を見ました。

 家事があったので 二日に分けて見たが、楽しい時間を過ごせたと思います。

 2部作の前編という事なので、後日、後編を見ることにします。

 

 今回も簡単な記録のみにて失礼申し上げます。

 

 

 

 

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金々先生造化夢 11 九丁裏 十丁表 山東京伝 作  北尾重政 画  寛政6年 版元 蔦屋重三郎

2020年08月20日 | 山東京傳

 

 

  本当は可愛かったピグモンちゃん

 『猫 夏祭浪花鏡』風に撮ってみたもの。

 

 

    

 

 

 

 金々先生造化夢 11 九丁裏 十丁表 山東京伝 作  北尾重政 画

 寛政6年 版元 蔦屋重三郎

 

 金々先生造化夢 山東京伝 作  北尾重政 画

 山東京伝  1761-1816

 北尾重政 1739-1820

 [江戸] : [蔦屋重三郎],

 寛政6[1794]序

 黄表紙

 一冊 19cm

 読んでいるのは、早稲田大学デジタルライブラリー

 ヘ13 02056 0012

 

九丁裏 

しほくみ

の仙

女ハ

かの

ちや

づけめ

しの

さいに

なる

けうの

もの

をつける

しほを

くむ、

此しほくみといふもの、お

どりやきやうげんでみ

てハ、松かぜ、村さめなどゝ

て、しごくらくそうにみや

れども、しやう、うつしのしほ

くみハ、ことのほか、ほねのおれる

ものにて、しほになるまでハ

なまやさしき事にあらず、

そのしんく、あはれむべし、

 

九丁裏 

「むかしハ村さめだの、松かぜだの、

 とてだけかしやのしろ物をみる

 やうな、きいたふうな名とついて、かうまんな かほしたときいたが ▲

 

九丁裏 中

   ▲わがやうな うつく

    しい しほくみ、あるものか、

    今 時行二十さんが

    いさんしよなら

    あつ

    ち

    から

 

九丁裏 下

      すへぜんでござん

      しやうなどゝ

      しほくみだけ

      つがもなく

      しほや

      をいふ

 

九丁裏

石しやうの仙人、しんくして

かうのものにする大こんを

つくりしほくみの仙女し

ほをこしらへわたししけれバ、

ぬりやの仙人、ぬかをうり

にきたりたる、かいの仙人

たるをうりにきたりけれバ、

なにもかもそろいて、つけもの

やの仙人、かの大こんをたく、

あんにつける、これみな、きん/\

せんせいにくハするちやづけめ

しのためなり、かうのものば

かりもたいていや、大かたのしん

くにハあらず、

つきやの仙人ちやづけめしに

なるこめをつく、これもつきやの

ひるめしのさいになるさんまの

ひものからみちをき

かれた時、あせを

ふくてぬぐいま

でそれ/\  ユ入

用の品をつくりいだす

こと、そのさき/\ハ、か

ぞへてつくしがたし、

 

九丁裏 下 

     「あをむいて

      つきやさん

      まをふつり

      くいとハ

      川柳の

      名

      句

      で

      あ

      つた、

しほくみ

 潮汲み、汐汲み

 塩を作るために海水をくむこと。また、その人。
 
 歌舞伎(舞踊)では、『汐汲み』
 
『汐汲み』『村松風二人汐汲』など、30分舞踊。
 
 映画でも七世尾上梅幸で上演されている。

『<映画>汐汲』七世尾上梅幸/ 『京鹿子娘道成寺』芝翫 十七世中村勘三郎 中村勘九郎(十八世勘三郎 東蔵

此しほくみといふもの、お

どりやきやうげんでみ

てハ、松かぜ、村さめなどゝ

て、しごくらくそうにみや

れども、しやう、うつしのしほ

くみハ、ことのほか、ほねのおれる

ものにて、しほになるまでハ

なまやさしき事にあらず、

そのしんく、あはれむべし、

 此の『汐汲』と云うものは、踊りや狂言で見ては、『松風』『村雨』などとて、至極楽そうに見やれども、仕様、写しの『汐汲』は、事の他 骨の折れる物にて、塩に成るまでは、生易しき事にあらず、その辛苦、憐れむべし。

 ほほう^^
 なかなか、深い!
 
 
北上時行  (ブリタニカ国際大百科辞典)
 [生]?
 [没]正平8=文和2(1353).5.20. 鎌倉
 鎌倉時代末期,南北朝時代初期の武将。
 鎌倉幕府の執権高時の子。
 通称は相模二郎。鎌倉幕府が滅亡したとき,信濃の諏訪氏のもとに逃れ,建武2 (1335) 年京都の西園寺氏とはかって兵を起し,足利直義の軍を破って鎌倉を占領。
 一時北条氏を復興したが,足利尊氏に敗れた。
 のち南朝に投じて,北畠顕家,新田義興らに従い,鎌倉に攻め入ったが,義興が敗れると,足利氏に捕えられ殺された。
 
 

今 時行二十さんが

いさんしよなら

 北上時行  (ウィキペディア)
 北条氏復興のため、鎌倉幕府の残党を糾合して中先代の乱を引き起こし、鎌倉を奪還するが、わずか20日で尊氏に逐われた。
 
 

なにもかもそろいて、つけもの

やの仙人、かの大こんをたく、

あんにつける、これみな、きん/\

せんせいにくハするちやづけめ

しのためなり

 かの大こんやら、漬物やら、さぞかし臭い演じ手の役者をもじっていることであろう。

 本書の初めには江戸時代の役者名も出てきて、その時も悪態をついていたので、逆にその役者に引っかかりと愛着心を持っていたのかもしれぬとほくそえむ。

 

 

 
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金々先生造化夢 10 八丁裏 九丁表 山東京伝 作  北尾重政 画  寛政6年 版元 蔦屋重三郎

2020年08月20日 | 山東京傳

 

 金々先生造化夢 10 八丁裏 九丁表 山東京伝 作  北尾重政 画

 寛政6年 版元 蔦屋重三郎

 

 金々先生造化夢 山東京伝 作  北尾重政 画

 山東京伝  1761-1816

 北尾重政 1739-1820

 [江戸] : [蔦屋重三郎],

 寛政6[1794]序

 黄表紙

 一冊 19cm

 読んでいるのは、早稲田大学デジタルライブラリー

 ヘ13 02056 0012

八丁裏 

ぢのしたハ

しつけが

おほ

いか

つい

たち

十五日、廿

八日にハ

そうじゆつ

をたく

なり、それ

だから

地神た

ちハ、ついた

地、十五日

の礼にを

そう

じつ

の御

しうぎや

上ます

いふ、

 

八丁裏 下

   天ぢよくでばかり、ほねをおるかとおもへハ、地の

   下にても地神といふものあつて、おほく

   の手下の地神

   をあ

   つめ

   に

   ひを

   さかせ

   たり、みを

   いらせ

   たり

   する、か

   らく

   り

   の

   いと

   を

   ひき

   給ふ、

   

八丁裏 中

  此所竹田の

  しばいのゑん

  の下のごとし

  どこぞのだるま

  のぢぐらの

  ようだ、

 

八丁裏 中

  まづわせのいとかき

  きゝひきやれ

 

八丁裏 中

  これ又きん/\

  せんせいにくハする

  ちゃづけめしの

  ために、かくしん/\

  志給ふなりされバ、

  かゝるてんちのをんをあだに思ふものハ、

  もくぜんにばちもあたるはづなり、

 

九丁表

天地のめぐみにていね

にみいりけれバ、百しやう

の仙人、これをうり

とりて、もみを

うすでひい

たり、からさ

ほでうつたり、

なにやかやして、やう/\こめ

になる、これまでのしん/\、いか

ばかり ならんや、よく/\感

がへ思ふべきなり、

 

「きん/\先生、だい所へなり

 のぼりにいつたやうに

 此亭をみて、でき、

 あきのみのりとほめる、

 

九丁表

いなかそだちの仙女

すゞむ 手のづけの

くしに、ぎんなかしの

かんざし、手とり

もめんのやなぎ

に、けまり、ぐつと

はづんだ いでたち

と、みへる、

 

九丁表 下

   からさほと

   うつハいゝが

   ものまへに

   ざぶを

   かさね

   やうに

   せい

   だし

   たが

   いゝ

此所竹田の

しばいのゑん

の下のごとし

どこぞのだるま

のぢぐらの

ようだ、

竹田のしばい(竹田の芝居)  (日本国語大辞典)

 江戸時代、大坂道頓堀、太佐衛門橋南詰東入ル浜側に創設されたからくり人形芝居。

 寛文二年(一六六二)竹田近江が開場したもので、からくり専門の芝居としては日本最古のもの。

 人形、屋台、道具の類が、機械仕掛けで動くようにした見せ物。

 のち類焼で移転し、小芝居の歌舞伎となったが、劇場は明治九年(一八七六)まで存続した。

 竹田の座。

 竹田のからくり。

 竹田の細工。

竹田のしばい(竹田の芝居) (大辞林)

  江戸時代、大坂で興行されたからくり芝居。

 1662年、竹田近江(?~1704)が創始。

 初期はからくりのみ見せたが、のちには子供芝居を加えた。

 人形浄瑠璃芝居とは異なる。

 

 

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