うさとmother-pearl

目指せ道楽三昧高等遊民的日常

春をあるく 行脚報告

2007年05月17日 | ことばを巡る色色
先週末は、京都行。
「丸紅コレクション 淀君の小袖と美しきシモネッタ」 於 京都文化博物館
旧京都日本銀行のこの博物館。天井は高い。飾り漆喰、飴色の柱、真鍮のシャンデリア。 たくさんのたくさんの小袖、着物、そうしてボッティチェリ。
高台寺 ねね様の蒔絵の廟。天井には天女。お庭は小堀遠州。
山門前でお昼を頂く。「阿わた 玄撫庵 満る市」
実は高台寺は勢いでネットオークションで手に入れた拝観券。「阿わた」さんも、たまたま割引券が手に入ったので訪れた。高台寺を目当てにしていたわけではないのに、偶然入手した。高台寺の拝観券と高台寺前のお昼ごはんの割引券、なんの符牒か、もう、高台寺に行くしかない、逃れられないという感じになっている。そんなに期待してはいなかったのに、後から後からお料理が出てきて、食べるのに疲れてしまうほどのご馳走だった。悪いことは言わない。おすすめですよ。「阿わた」さんは、高台寺のお宿に併設されている10席余りの割烹。しかし、料理旅館の立派なお昼がいただける。私が頂いたのは3800円の昼懐石(ただし割引券を使わせていただきましたので、私の散財はほんの少しで申し訳ないほどでした。いやいや3800円でも申し訳ないほどのお料理でした。デザートの胡麻ムースまで本当においしくいただきました。お昼は1500円くらいからあるそうなので、次回も行けそうです。)
その晩に、これも偶然読んだ「へうげもの4」では、ねね様が小袖を派手すぎると織部の妻に与える場面あり。お昼に見た淀君の小袖の柄とそっくりだった。どうも今回は、ねね様に呼ばれた京都旅だったようで。

週もかわり、仕事のついでに名古屋で見たのは、
「名古屋城障壁画展」
これも頂いた招待券だったのだけれど、最近日本画づいている。少し前の私だったら、こんなに楽しく見ることはできなかったろうけれど、「開眼」体験後なので、どれもこれも面白く見た。平日の正午近くにお城の襖絵を見るのは名古屋のおばば様たち。「もったいなかったねえ、みんな燃えてまったねえ、あれも5月の今頃やった」と、名古屋空襲のことを口々に語っておられる。つい数年前だったようにね。空襲で全焼した本丸御殿はたくさんの写真に残っている。戦前には市民にも公開されていたらしい。その頃は、名古屋に住む人たちのものであった本丸御殿。おばば様、本当に本当にもったいないことやったよね。京都や姫路城だけが、日本のお宝ではなかったよ、アメリカさんは余裕の戦争の中できっちり残すべき物を選定していたろうけれど、江戸初期狩野派の詰まったこのお屋敷も残して欲しかったよね、とわたしも思うよ。
虎、雉、桜、梅、中国の王様。そして、狩野探幽は天才なり。

さあ、次は、ついに若冲。一生に一度の、二度と会えぬ若冲だ。
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2 コメント

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くやしいですね (matsubara)
2007-05-27 22:54:44
今晩は。
名古屋城障壁画ようやく昨日見てきました。
本当に焼失が惜しまれますよね。
姫路城も犬山城も彦根城も燃えなかったのに・・・
なぜ名古屋が・・・
残れば国宝になったのに・・・
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アメリカさん (家主うさと)
2007-05-28 17:57:03
matsubara様
おいでになりましたか、障壁画展。すばらしい物でしたね。
最近、いろいろなところを見て実感しているのですが、米軍の爆撃は非常に綿密に計算されたものだったんでしょうね。近い未来、自分のものになる国の、何を残しておきたいかを、きちんと考えていたのでしょう。その計画の中で、残念ながら名古屋は文化遺産としての価値ではなく、爆撃のダメージを優先されてしまったんですね。産業振興の土地だというイメージが帰ってあだとなったのかもしれません。でも、障壁が、残っていて本当によかった。
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