私は雇われた。球根を植える仕事だ。報酬は決められており、それは雇用関係なのではあるのだが、経緯は半ば無理やりのものだった。これは使命なのだから、義務なのだから、お前はこれを埋めねばならぬのだ、しかも報酬までも貰えるのだと、ここに連れてこられたのだ。私はこの仕事がとてもとてもいやだったのだが、それとは裏腹に、拒絶することも後ろめたい気がしてしまったのだ。
まず、10個の球根が私に与えられた。注意深く取り扱うようにきつく言われ、私はそっと土を掘って、そっとそれを埋めた。いつか赤い花を咲かせるこの球根を。私はけして、すすんでそれを植えたわけではないのだ。ただ、それが正しいことなのだと言われたのだ。私たちのためになるといわれたのだ。
「私たち」それがダレとダレと私とのことをさすのか私には分からなかったのだが、「私たち」というからには、きっと「私」や、「私の大切な人」のためになるのだろうと、私は埋めたのだ。そおっと土をかぶせる時、こめかみの奥がピリピリとしたのだけれど、私はその仕事をやり遂げた。「よくやった。お前は、私たちのために、お前たちのために、よくやったぞ」そういって、私は金をもらった。それで2日分の食料と帽子を買った。本当は、私はしたくなかったんだけど。
私の植えた10個の球根は、3つの赤い花となり、赤い花びらを散らせた。「3つの花の褒美に、3日分の食い物をやろう。さあ、次の球根だ。もし4つの花になるのなら、4日分を、10の花になるのなら、10日分をやろう。」
私はまた、10個の球根を持って野原に立った。何人かの、私と同じような者が、そっと球根を持って、埋める場所を探していた。「お前は3つを花にしたそうだな。初めてなのに優秀じゃないか。羨ましいことだ。」隣の者は、声をひそめてそう囁いた。私は、本当はとてもとてもいやだったのだ。だが、私は、前よりもっと注意深く球根を埋めた。気付かれぬように、掘り返されぬように。
「いいぞ、その調子だ」 私はそれまで「私たちの役に立つ」などということを言われたことも考えたこともなかったので、少しだけいい気分になった。
私は思い出せぬほど何度も、球根を渡され、その花の数の分だけの食料を得た。「有能」であると賞賛され、胸につけるバッチに星が増えた。私は「私たち」のために功労したと讃えられ、だんだんとそれをする時に、褒美の食料と、与えられるであろうほめ言葉のことだけを考えることができるようになった。こめかみの奥を空っぽにすれば、いやな気持ちを忘れてその作業をすることができるようになった。「そうだ、私は『私たち』のためにこれをしているのだ」
戦いが終わって、野原には、本当の赤い花が香りながら揺れている。しかし、あの球根はまだ埋まったままだ。
まず、10個の球根が私に与えられた。注意深く取り扱うようにきつく言われ、私はそっと土を掘って、そっとそれを埋めた。いつか赤い花を咲かせるこの球根を。私はけして、すすんでそれを植えたわけではないのだ。ただ、それが正しいことなのだと言われたのだ。私たちのためになるといわれたのだ。
「私たち」それがダレとダレと私とのことをさすのか私には分からなかったのだが、「私たち」というからには、きっと「私」や、「私の大切な人」のためになるのだろうと、私は埋めたのだ。そおっと土をかぶせる時、こめかみの奥がピリピリとしたのだけれど、私はその仕事をやり遂げた。「よくやった。お前は、私たちのために、お前たちのために、よくやったぞ」そういって、私は金をもらった。それで2日分の食料と帽子を買った。本当は、私はしたくなかったんだけど。
私の植えた10個の球根は、3つの赤い花となり、赤い花びらを散らせた。「3つの花の褒美に、3日分の食い物をやろう。さあ、次の球根だ。もし4つの花になるのなら、4日分を、10の花になるのなら、10日分をやろう。」
私はまた、10個の球根を持って野原に立った。何人かの、私と同じような者が、そっと球根を持って、埋める場所を探していた。「お前は3つを花にしたそうだな。初めてなのに優秀じゃないか。羨ましいことだ。」隣の者は、声をひそめてそう囁いた。私は、本当はとてもとてもいやだったのだ。だが、私は、前よりもっと注意深く球根を埋めた。気付かれぬように、掘り返されぬように。
「いいぞ、その調子だ」 私はそれまで「私たちの役に立つ」などということを言われたことも考えたこともなかったので、少しだけいい気分になった。
私は思い出せぬほど何度も、球根を渡され、その花の数の分だけの食料を得た。「有能」であると賞賛され、胸につけるバッチに星が増えた。私は「私たち」のために功労したと讃えられ、だんだんとそれをする時に、褒美の食料と、与えられるであろうほめ言葉のことだけを考えることができるようになった。こめかみの奥を空っぽにすれば、いやな気持ちを忘れてその作業をすることができるようになった。「そうだ、私は『私たち』のためにこれをしているのだ」
戦いが終わって、野原には、本当の赤い花が香りながら揺れている。しかし、あの球根はまだ埋まったままだ。
ちょっとその場所から離れれば分かるはずなのだが....
いろんな世界を見ることが出来なければ人生はそれで終わっていくのだろう。『知らぬが仏』それはそれでいいのだ。
でもうさとさんは何でも知りたい。いつでも角度を変えて見る余裕がある。
何が言いたいのか私には見えないが、そんなこんなを思い付きで書き留めてみました。
そうして、いつも分かりにくくてごめん。
>錯覚して天職だと思うようになり思考の機会を奪われる
こう読んでもらえれば、本望です。
ちなみに一つの置換例
私たちー国
赤い花ー血
球根ー地雷
私って、本当に支えられ、助けられていて幸せだ。
今日もコメントありがとうございます。
そうです。これは不気味なお話なのです。
うさとさんの言葉使い、好き。
こんなとこで何ですが4月2日のフナクリフォーラム紹介します。
http://www.f7.dion.ne.jp/~funacli/top.html
今回はとても貴重なヒーリング魔術師『越智啓子』先生がはるばる沖縄長生村からおみえになります。
http://www.keiko-mental-clinic.jp/index.html
むらせ会もいいけど、センシティブなあなたに打ってつけの講演会!?
組織のためにするということの恐ろしさを今一度考えて行きたいと思っています。
ところで、上の講演会はmananaさん宛て?