うさとmother-pearl

目指せ道楽三昧高等遊民的日常

稚き地点

2023年07月10日 | ことばを巡る色色
あまりに不調が続くので、その意味を考えてみる。自分に起こる出来事は、偶然のものであって本来、必然に有する意味はないと私は思っている。が、意味付けをする意味はあると持っている。なぜ、今、私にこれが起こっているのか。古の言葉で書かれた碑文を解読するように、あれやこれやを繋げてみるのだ。こう読み解けば、こういう分岐が見えてくると考えてみる。
あれからこれまでの長い間、私は何に囚われてきたのか。変えたい道を変えないのは、きっと変えないでいる自分が好きなのだ。変わらない自分でいたいのだ。変えてしまうと自分でいられるかがわからず怖いのだ。
稚日女尊から始まったいろいろを私はそう読み解いてみた。だから、もう一度、変わる前の私へと、囚われる前の私の地点へと行ってみよう。それは稚き日の私であり、そこから、もう一度生きてみろということなのかもしれない。それも素敵なことだ。寺山が、一番最後でもいいからさ、世界の涯てまで連れてってとうたっていたあの地点から。わたしよ恐れるな。恐れず進めばよい。
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