・アンデルセンその薄ら氷に似し童話抱きつつひと夜ねむりに落ちむとす・
第一歌集「燈黄」所収。1950年(昭和25年)刊行。
難解である。ひとつひとつの言葉の意味は明瞭である。「アンデルセン」は一首のなかにあるように童話作家の名。「薄ら氷=うすらひ」は薄氷。下の句の語義も難しいところはない。
一首を難解にしているのは「薄ら氷に似し」という直喩である。何か不安に満ちた印象である。
アンデルセンの童話は一種独特の悲しみに満ちている。とりかえしのつかない結末、永遠の別れ。・・・グリム童話にも「本当は怖いグリム童話」という本が出たように、その原型はかなり違ったものであったらしい。
「赤頭巾」の話は、「森はおそろしい所だ。一人で行ってはならない。」と子どもに言い聞かせるためのものであると聞いたことがある。童話とは本来そのようなもの、子どもにさとす「寓話」的要素があったようだ。
その「アンデルセン童話」が「薄ら氷」(うすら・ひ)にているという。何か底知れず恐ろしい印象を伴う。それを抱いて「ひと夜・眠りに落ちんとす」というのだから、結句9音の字余りと相まって、恐ろしさに脅えているような夜とも言える。
終戦の前の年に、「防寒・食糧に全く自信なし」と作者が自註するような状況下の一場面である。この状況が直接詠われず比喩によって、しかも下の句さえも一首の比喩になっているところが、葛原妙子が「前衛短歌」の一翼と呼ばれる所以であろうと思う。「写生派・写実派」の歌人はこういう表現はしない。近藤芳美が「奇形児的」と呼んだのはこういう点であろう。
それにしても、以前の記事で述べた「前衛短歌」の特徴を葛原は持っている。
1.「比喩による表現」が前面に出ていること。
2.戦争体験にうらづけられていること。
3.斎藤茂吉の初期の歌集、特に「あらたま」を熟読していること。
などである。
難解歌を読むには、作品が作られた背景・作者の経歴なども考えて時間をかけて読む必要があるのだろう。
