オクトシティー正直村

おかしいな?変だな?と思った事を綴った駄文

一般大衆は馬鹿ではない

2016年11月27日 | Weblog
まず、一人一人が周囲に左右されず、真剣に自分で考えて結論を出す。

 その各人の結論を持ち寄って、全部を集計して多数を占めるものを全体の結論とすれば、絶対に間違った答えにはならないはずである。間違うのは検討課題に対する最初の情報が間違っていること、そして検討に際して周囲の状況に影響されることである。各人がしっかりとした自分の意見を確立していれば、全体を集計しても正しい回答が出る。過激な意見でも穏当な意見でも突拍子もない意見でもありふれた意見でも積極的な意見でも消極的な意見でも建設的でも破壊的でもいい。反対にいろいろな両極端の意見がたくさんあった方がいい。そのことによりより正確な結論が導き出される。

衆愚政治という言葉がある。

 大衆は愚かであるとの認識で、その愚かな大衆に政治を委ねることへの警鐘を意味している。何故に大衆は愚かなのか、それは問題認識に対する正確な情報が与えられず、一定の集団の影響力をもって問題をミスリードするからである。大衆を愚かにしてある集団が自分たちの都合のいいように大衆をコントロールしようとしているのである。大衆を愚かにしているのはこの集団の企みでもある。この集団から見た大衆は愚かであり、こんな大衆に政治は任せられないというのが「衆愚政治」ではないかと思う。大衆はもっと怒らなければならない。馬鹿にするなと…。

健全な政治は健全な個々人によって支えられている。

 個々人が健全でないところに健全な政治は成り立たない。そして、この健全な個々人の意見を集約して正しい全体の意見とする有効な仕組みを作り出さなければならない。まずは個々人がしっかりとした自分の意見を持ち主張すること、そして政治家がこの意見を全体の意見として集約し正しい結論を導き出すこと、メディアが正しい冷静な情報を提供し大衆をミスリードしないことだと思う。情報化社会の今日においては、メディアの与える影響は絶大である。メディアはいかようにでも大衆を動かすことができる力を持っている。大衆も政治家もこのメディアに席巻されないよう用心しなければならない。

トランプ氏がアメリカの大統領候補となった。

 選挙戦ではトランプ氏かクリントン氏か国を二分して戦われた。①本当にアメリカ国民一人一人が冷静で正確で誠実な自分の結論を出したのか、②その意見が正しく集計され正しい結果が出されたのか、③大衆がメディアの影響を受けなかったのか、と考えていくと、どうも正しい手順が踏まれたとは考えずらい。特に③が正常な思考過程に悪影響を与えている。メディアの騒ぎ方は尋常ではなかった。いや異常なほどであった。そして大衆はこのメディアに翻弄されていた。次は②であるが、獲得票はクリントン氏が多いにも拘らずトランプ氏が当選するという仕組みは何かおかしい気がする。そして、①であるが、これはアメリカ国民の健全性を信じるしかない。

アメリカ国民がトランプ氏を選出したのが間違いであったと言うなら、

 前述の③と②が原因である可能性が高い。しかし、両者の得票数は拮抗しており、どちらが正しくてどちらが間違っていると言う話でもない。どちらでも正しいのであろう。そして、より正しい結論を導くためには、大衆に基本的で正当な情報が与えられること、この情報を基に国民一人一人が自分の確固とした結論を導き出すこと、その結論を正確に集計し全体の結論を導き出すことに尽きる。この時、政治家やメディアはその影響力をもって大衆をミスリードすることは許されない。ミスリードするから大衆が間違った結論を出すのである。政治家やメディアは大いに反省しなければならない。

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