シニアのウエさんの旅日記

神社を軸に全国各地を歩いてます。

諸国一宮巡拝ー64.播磨国・伊和神社

2013-02-22 08:39:58 | 旅行
 中山神社のある津山から中国道に乗り東へ、山崎インターで降りて10キロほど北上したら大きな森が見えて、その横に”道の駅・播磨いちのみや”があった。道の駅に車を置いて森の中に入って行くと、そこが播磨国一宮・伊和神社、巨木に圧倒される。
 巨木の間の参道を進むと鳥居の掲額に正一位、その先の神門は簡素だが神門の横には「皇族下乗」の石標、格式高いんだ。神門脇の木々も実に大きい、更に進むと開けた境内があって伊和神社が鎮座していた。社殿には彩色が無く、古社らしい落ち着いた雰囲気、拝殿内には古い絵馬が架けられていた。
 拝殿を廻ると横には摂社が並び、拝殿の奥には本殿がお神輿のように聳えていた。ご祭神は大己貴神(大国主神・伊和大神)。本殿の後に”鶴石”、神社の創始に関る石で、大きな白鶴二羽が石の上で北向きに眠っていたと言う。ここからは真っ直ぐ南下して車を借りた姫路に戻って旅を終えた。


伊和神社入口


参道


鳥居


神門


境内


拝殿


絵馬


鶴石


本殿


ご神木

諸国一宮巡拝ー63.美作国・中山神社

2013-02-21 08:21:25 | 旅行
 旅の3日目は、伯耆国にある三朝温泉から人形峠を越えて、道の駅・奥津温泉で一休みして、津山市にある美作国一宮・中山神社には10時半に着いた。
 鳥居を抜けて参道を進むと古い神社らしく古木が目に着く。参道は真っ直ぐ伸びて、その先に神門が見える。神門の前には石橋が架かり、神門の上には本殿の屋根が見えた。神門は津山城二の丸にあった四脚薬医門を明治初頭に移築したもの。
 境内に入ると、あちらこちらに人が座っている、写生に来たグループらしい。社殿の前は割と狭く拝殿全体を写せない。この神社は和銅6年(713年)美作国が備前国から分立した時に吉備中山から勧請を受けて創建され、鏡作神を主祭神としている。本殿は永禄2年(1559年)尼子晴久により建造された国の重要文化財。社殿を廻ってみたら、高い石段の上に末社が見える、登ってみたら社殿全体が見下ろせた。創建1200年の碑も。ここからはスタートした播磨国に戻り一宮・伊和神社へ。


大鳥居


ケヤキ(樹齢800年)


ムクノキ(樹齢500年)


参道


神門へ


神門


摂社


拝殿正面


奥に本殿


高台からの全景

諸国一宮巡拝ー62.伯耆国・倭文神社

2013-02-20 07:02:34 | 旅行
 因幡国から伯耆国へ。湯梨浜町に着いて伯耆国一宮・倭文神社を目指して行くと次第に山の中、行きついた駐車場はやっと車が数台置ける程度。石段の先に鳥居があり、鳥居を抜けると神門、その横に由緒が書かれている、ちょっと心配したが間違いなく伯耆国一宮、倭文は”しとり”と読む。
 神門を過ぎても参道には人の気配が無い。国宝が出土した経塚跡の看板があったので登ってみたが急坂なので途中で断念。やっと社殿が見えてきたが様子がおかしい、社殿の前まで来ると扉が閉じられいて賽銭箱も見当たらない。たまたまここに森林パトロールの人が現れたので聞いてみたら、「普段は神主さんが居るのだが神社の戸締りをして出かけたらしい」との事。神無月なので神様も出雲に行って留守だったのかな。
 裏に廻ってみると立派な本殿が聳えている、この神社は機織に携わった氏族である倭文氏が祖神の建葉槌命を祀ったのが起源とされる。ここからは国宝・投入堂で有名な三徳山三仏寺へ。


倭文神社入口


鳥居


神門


参道


経塚跡への道


社殿


本殿裏から


社殿横


境内には


投入堂遥拝所から

諸国一宮巡拝ー61.因幡国・宇倍神社

2013-02-19 08:04:47 | 旅行
 旅の2日目は鳥取砂丘を見てから因幡国一宮・宇倍神社へ、鳥居の前に着いて「さて歩いて登ろうか」と思っていたら、先の道を車が登って行くのが見えたので後をついて車で登った。境内に着いて石段を見下ろしたらかなり高い、歩いて登らなくて良かった。
 社殿は大きくはないが立派、七五三が2組来ていて1組はすでにご祈祷が始まっていた。ご祭神は武内宿禰、5代の天皇に仕えた大臣で360余歳で昇天と伝えられる。境内には武内宿禰終焉の地の碑があった、ここで亡くなられたとは!。


鳥取砂丘で


大鳥居


宇倍神社入口


社務所


社殿


拝殿内部


奥に本殿


本殿


武内宿禰終焉の地の碑


参集殿のお庭

諸国一宮巡拝ー60.但馬国・出石神社

2013-02-18 09:01:39 | 旅行
 この旅では中国地方の未到の5社を廻る。新幹線で姫路まで行きレンタカーを借りて北上し但馬国へ向かうが、途中の竹田城址で時間を取られ但馬国一宮・出石神社に着いたのは3時半、この神社は但馬の小京都と言われる出石の町からは2キロほど離れている。
 鳥居の前の駐車場に停め、高い木立の参道を抜けて二の鳥居の先に出ると神門がある。神門の内側に昔の鳥居の一部が残されていたが、かなりの太さで大きな鳥居だったと推定される。創建は奈良時代だが現社殿は大正3年の再建。社殿の右から廻ってみると本殿が見える、ご祭神は天日槍命。社殿の左側まで廻ると末社が並んでいた。参拝後はこの日の宿、休暇村・竹野海岸へ。


竹田城址


出石神社入口


参道


神門へ


神門


拝殿


拝殿正面


奥に本殿


本殿 横から


巨樹と末社