つばさ

平和な日々が楽しい

不思議な文字の、衰えぬ生命力である。

2012年11月30日 | Weblog
春秋
2012/11/30
 日本語の書き言葉には緊張感が宿っている――。米国に生まれ日本語で書く作家として知られるリービ英雄さんに、この国の言葉の魅力をうかがったとき即座にこんな答えが返ってきた。「大陸の文字を変形して島国の感性をあらわす仮名をつくった。文化の越境です」
▼そう言われてみれば、ここでもこうしてつづっている仮名文字とはなんと不思議なものか。もともとは中国伝来なのに、いまではすっかりオリジナルみたいな顔をして日本語を支えている。その微妙なたたずまいを、リービさんは緊張感と表現するのだろう。模倣と創造があやなす日本文化を象徴しているのかもしれない。
▼これほどの「作品」が確立した時期は10世紀前半とされてきたが、50年ほどさかのぼることがわかったそうだ。平安京の貴族の屋敷跡から出土した9世紀後半の土器片に「かつらきへ」(葛城へ)などと書いてあったという。万葉仮名がだんだん崩れて平仮名ができていった道筋を知る、新たな手がかりになることだろう。
▼土器片の平仮名の大半は意味がわからないらしい。漢字にはない趣を楽しみ、いたずら書きでもしたのだろうか。そういえば、いま世界で人気の日本的な「カワイイ」文化には平仮名の丸っこい形も一役買っているようだ。越境して姿を変えた文字がまたボーダーをこえて愛される。不思議な文字の、衰えぬ生命力である。

世間に良い会社と見られているところが、40年後も優良企業である確率は高くない

2012年11月29日 | Weblog
天声人語11月29日
 イチョウの黄葉が舞う歩道には、さすがにくたびれた姿が交じる。ダークスーツに白のシャツかブラウス。大学生が最後の1年ほどを託す、会社訪問用の勝負服である▼来春の卒業予定者の就職内定率(10月1日現在)が、前年より約3ポイント高い63%と発表された。水準はまだ低いが、2年続けての上昇だ。学生は有名どころにこだわらず、自分を生かせそうな中小にも目を向けているらしい▼女子の内定率が男子を上回ったのは、17年間の調査で2度目という。先輩の苦労を知るだけに、企業研究などの準備を周到に重ねてきたようだ。男子は数社だめだとシュンとなる、との観察もある▼あさってには企業と大学3年生の接触が解禁され、学生の就職戦線は二本立てとなる。下の代が動き始めれば、4年生の追い込み組には「一周遅れ」の焦りが募ろう。〈就活にやや疲れたる夜ならん迎えし犬に娘(こ)の甘えおり〉安達三津子▼4年生の未内定者は推計15万人。採用意欲は上向きながら、選ぶ目はなお厳しい。数十社も回れば己を否定された気にもなる。しかし何ごとも縁。50社だめでも、51社目の面接者が隠れた輝きを見抜くかもしれない▼週刊ダイヤモンドの最新号で、産業史に通じる一橋大大学院の橘川武郎(きっかわ・たけお)教授が語っている。「世間に良い会社と見られているところが、40年後も優良企業である確率は高くない」。そもそも、同じ勤め先で全うする人生は珍しくなろう。思い詰めず、振り返らず、顔を上げて社会に踏み込みたい。

「ダメなものはダメ」?

2012年11月29日 | Weblog
【産経抄】11月29日
 「ダメなものはダメ」。平成元(1989)年7月の参院選で流行語となった、当時の土井たか子社会党委員長お得意のフレーズである。政府・自民党の消費税構想を激しく批判する、憲政史上初の女性党首の周りには、いつも大勢の聴衆が集まったものだ。結果は社会党が議席倍増の大躍進を遂げ、特に女性議員の進出が目立った。
 ▼滋賀県の嘉田由紀子知事は土井氏と、若き日に京都で勉学に励んだ共通点がある。大先輩の雄姿を、記憶にとどめているはずだ。その嘉田氏が、新党「日本未来の党」の代表に就任することになった。
 ▼表の顔が嘉田氏なら、裏で党を取り仕切るのは、国民の生活が第一を解党して合流する小沢一郎氏以外にはあり得ない。平成元年の参院選は、当時すでに自民党の実力者だった小沢氏にとっても、忘れられない選挙だろう。
 ▼嘉田氏が、「ダメなものはダメ」と決めつけるのは、原発である。きのう初めて、「10年間でゼロにする」と目標時期まで明言した。福島第1原発事故以降、「脱原発」に勝る政治スローガンはないといえる。
 ▼ただし、代替エネルギーの確立を待たずに強行すれば、国民生活と経済に与える影響は甚大だ。数日前の小紙コラムで、増田明美さんが指摘しているように、「電気代は○倍に、失業率は○%になります」などと、負担の大きさについても、議論を重ねるべきだ。
 ▼土井氏の主張が正しかったかどうかは、その後の社会党の退潮を見れば明らかだ。嘉田氏の「卒原発」はどうだろう。嘉田氏は、東海道新幹線の新駅の建設凍結を訴えて、知事選に勝利した。最近になって、新駅についての発言が一転したとの報道があっただけに、余計に気になる。

「このままでは大変な事態に陥る」

2012年11月29日 | Weblog
春秋
2012/11/29
 お隣の韓国では、一足早く選挙戦が始まっている。次期大統領を目指す争いは与野党の一騎打ちとなり、大接戦の様相だという。政権が代われば政府の陣容は大きく入れ替わり、退いた大統領の権威は地に落ちてしまう。いやが上にも選挙戦は熱を帯びることになろう。
▼経済規模を比べれば、東京は韓国一国をも上回るマンモス自治体である。有権者から直接選ばれ、強い権限を持つ知事はしばしば大統領にも擬せられる。きょうがその都知事を選ぶ選挙の告示の日だ。13年ぶりに首都の顔が交代するレースとなるが、衆院選と投票日が重なり、すっかり影が薄くなってしまった感じがする。
▼もっとも今回の都知事選は、現職の知事が自らのイスを放り投げ、国政を目指したことから始まったものだ。盛り上がりを欠いて当然かもしれない。首長が国政に奔走する流れはなお続き、今度は滋賀県知事が新党を立ち上げた。「10年後をメドに原発から卒業する」と訴え、衆院選に100人規模の候補者を立てるという。
▼諸藩から人材が集い、新たな国を造った明治維新の例はある。だが「ひょっとして首長は片手間でこなせるのか」と余計なことも考えてしまう。いずれ来るであろう首都直下の地震や急速に進む高齢化への備えなど、足元にも難問は山積している。「このままでは大変な事態に陥る」という点で、東京は国に負けていない。

「あのやさしいものは 日々 ひとを愛してゆくための ただの疲労であったと」

2012年11月28日 | Weblog
【産経抄】11月27日
 警視庁の宮本邦彦警部が、線路内に入った女性を救おうとして急行電車にはねられ、53歳の生涯を終えたのは、平成19(2007)年2月だった。冷たい雨のなか、100メートルを超える列ができた通夜に、こんなメッセージが届けられた。
 ▼「警察官としてだけではなく、ひとりの人間として『とにかく助けたい』の一心だったと思う。息子と同じ思いだったのでしょう」。その6年前、JR山手線の新大久保駅で、転落した男性を助けようとして亡くなった韓国人留学生、李秀賢さん(当時26)の父親からだった。
 ▼線路内に人が取り残されているのを見つけたら、誰もが、「助けたい」と思う。とはいえ自らの危険を顧みず、救出のために行動を起こせるかどうかは、別問題だ。
 ▼埼玉県本庄市内の踏切で24日午後、線路上にしゃがみこんでいた70歳の男性を見つけたとき、中村のり子さん(60)に、躊躇(ちゅうちょ)はなかったようだ。すぐに遮断機をくぐり、男性を踏切外に出そうとした。電車の運転士が急ブレーキをかけたかいもなく、2人が亡くなる最悪の結果となってしまった。
 ▼宮本警部の殉職後、伝記やテレビドラマを通じて、その生い立ちと人柄が広く世間に紹介された。いっしょに暮らす90代の母親の世話に明け暮れていたという中村さんは、どんな女性だったのだろう。
 ▼詩人の故茨木のり子さんに、「小さな娘が思ったこと」と題した作品がある。あこがれの奥さんの肩には、くちなしの匂いのする靄(もや)のようなものがかかっていた。大人になった娘が気づく。「あのやさしいものは 日々 ひとを愛してゆくための ただの疲労であったと」。中村さんの肩にも、同じ匂いのする靄がかかっていたのではないか。

無礼傲慢身勝手無精に勇気礼節謙遜努力。何にでも値が付いてしまうかもしれない、

2012年11月28日 | Weblog
春秋
2012/11/28
 大型遊園地(テーマパーク)ではお目当ての乗り物の前に長蛇の列ができる。割増料金で行列に並ばず優先的に乗れたりするのだが、先日の東京の独演会の桂文珍師、「お金があれば割り込めちゃうんだからすごいですねえ」ってな調子で観客をおおいに沸かせていた。
▼師も読んだのだと思う。マイケル・サンデル米ハーバード大教授の「それをお金で買いますか」には、「割り込み権」をはじめ今お金で売り買いできる珍物がこれでもかと並ぶ。絶滅にひんしたサイを撃つ権利。赤の他人の生命保険。高校は生徒が本を1冊読めば2ドル支払い、肥満の社員が痩せれば会社は報奨金を出す――。
▼それでも最近のフランスの話には驚いた。注文のとき「お願いします」と言い添えた客のコーヒー代を、邦貨で20円ほど割り引くカフェが出始めたそうだ。わずかな額とはいえ、ついに「常識」までが売りものである。インターネットの仮想空間に浸りきりでまひした他人への心遣いを取り戻す手伝い、という趣旨らしい。
▼割り込み話で沸く独演会場に出し抜けに着メロが響いた。「そのうち、よけいにお金払えばいちばん前の席で携帯で話せるようになるんでしょうかねえ」。文珍師のアドリブに一層盛り上がった客席で考える。無礼傲慢身勝手無精に勇気礼節謙遜努力。まさかまさかのうちに、何にでも値が付いてしまうかもしれない、と。

日本の小学生の思い出を引き継ぎ、

2012年11月27日 | Weblog
春秋
2012/11/27
 子供時代の思い出が染み込む物といえばランドセルだろう。玄関に放り投げたまま遊びに飛び出た日々がある。いじめられて、自分の体よりも大事に守った記憶もある。6年間で一心同体となり、うっかり人のものを背負った時など、驚くほどの違和感が走ったものだ。
▼百貨店の入学用品の売り場は、いまが盛況。もちろん花形はランドセルだ。形は同じでも、赤や黒だけでなく、刺しゅう入りやキラキラ模様の個性派もある。呼び名の源はオランダ語の「ランセル(背嚢(はいのう))」らしいが、小学生のために考え抜かれた日本独特のデザインは、欧米にも例がない。ランドセルは日本文化である。
▼来週パリのルーヴル美術館で開く手工業品の展覧会に、その日本のランドセルが並ぶ。老舗メーカーの池田地球が「日本の技と美意識を伝えたい」と、伝統の能装束などと一緒に出展することになった。欧州の通学用かばんは布製のリュックサック型が多いから、パリの市民は見たこともない形に目を奪われるに違いない。
▼国際協力団体のジョイセフは、日本各地で集めた中古のランドセルをアフガニスタンに贈っている。その数は合計10万個を超えた。元が丈夫だから中古でもピカピカに見える。日本の小学生の思い出を引き継ぎ、現地の子供たちが得意げに学校に通っているそうだ。日本人自身が気づいていない日本の姿が、世界にはある。

100平米(へいべい)の知恵比べは続く

2012年11月26日 | Weblog
天声人語11月26日
 自宅のはす向かいがコンビニで、冷蔵庫がわりに重宝している。めまぐるしい盛衰を映し、ここの店名は15年で3回変わった。徒歩3分ほどの間に、無休で競う同業が4店。道すがら、これほどのおでんを誰が買うのかと思う▼日本のコンビニが、10月末で5万店を超えたという。店を支える周辺人口から国内はすでに限界との説もあったが、消耗戦を勝ち抜いたところが増殖しているらしい▼コンビニは、独自の商品とサービスで若者の消費をリードしてきた。野菜を置く店も増え、遠出しづらい高齢者をつかんでいる。宅配便、公共料金、ATM、防犯の駆け込み寺……。生活スタイルの変化に即応し、先の大震災では、有事に頼れる社会インフラとしても見直された▼経営環境は厳しい。わが国の小売業は、縮む人口と胃袋を取り合う宿命だ。物を売るだけなら敵は多く、近くて便利は当たり前、我らお客の要求はきりがない。大手は全国を七つ八つに分け、おでんの味を変えているそうだ。おにぎりや弁当はさらに細かい▼〈コンビニのおにぎりコーナー早々と売切(うりき)れとなる田植えの季節〉内藤三男。農村や町はずれには、砂漠のオアシスのような店もあろう。旅先でなじみの看板を見つけ、助かったと思うことがある▼多機能ゆえの安らぎは、コンビニならではだ。食文化を壊すといった批判に耐えるには、深いところで消費者とつながり、味方を増やすほかない。四季に合わせ、行事をにらみ、100平米(へいべい)の知恵比べは続く。

日本のアイデア商品に目を見張る人々の姿を想像すると、心が弾む。

2012年11月26日 | Weblog
【産経抄】11月26日
 米国に初めて滞在したとき、文房具店で途方にくれた。「ホッチキスがほしい」。何度訴えても、店員は首を傾げるばかり。「ステープラー」と言わないと通じない。
 ▼「酒場などで酔った勢いであまり親しくない異性もしくは同性が安易に口づけを交わして、離れられない関係におちいった場合、その最初の口づけを指して『ホッチキス』という」なんてことも、もちろんない。細見和之さんの詩集『ホッチキス』に入っている作品の一節だ。
 ▼ではなぜ、日本で「ホッチキス」(最近ではホチキス)と呼ばれてきたのか。トップメーカーの「マックス」のホームページによると、明治後期に伊藤喜商店(現イトーキ)によって最初に発売されたのが、米国のホッチキス社の製品だったからだ。辞書などには、機関銃の発明者として知られるベンジャミン・B・ホッチキスの名に由来する、とある。ただし、文献の裏付けはないらしい。
 ▼年々改良が加えられているものの、コの字形の針が悩みの種だった。書類を廃棄する際に、取り外すのが面倒だ。時に食品に混入される事件も起こる。そこで10年以上前から、針を使わない製品の開発が相次いできた。
 ▼先月東京で開かれたIMF・世界銀行の年次総会で、各国関係者に「針なしホッチキス」を含めた、日本の最先端の文房具を配布すると大好評だったという。自信を得た各社は、海外展開を急いでいる。
 ▼文房具のマーケットは、かつて世界を席巻した家電製品に比べれば些細(ささい)な規模にすぎない。それでも海の向こうで、日本のアイデア商品に目を見張る人々の姿を想像すると、心が弾む。「ホッチキス」が、世界中で通じる日も遠くないかもしれない。

「対立は荒廃を招く。協調こそが繁栄につながる」

2012年11月26日 | Weblog

余録:毎日新聞 2012年11月25日
 東南アジア諸国連合(ASEAN)の旗は日本の国旗とデザインが似ていて、青地の中央に日の丸と同じような赤い円がある。円の中心には黄色い10本の稲の束が描かれている。加盟10カ国の友好と結束を示す標章だ▲1967年に発足したASEANは国際社会でさほど目立つ存在ではなかった。それが90年代に入って著しい経済成長とともに急速に注目を浴び始めた。世界銀行のリポートが「東アジアの奇跡」と称したころだ▲ASEANが開く国際会議は次々と周辺国を引き寄せ、ASEANプラス3(日中韓)や、米国とロシア、インドなども加わる東アジアサミットは重要な外交舞台としてすっかり定着した。ASEANはそのホストとして地域協力のけん引役を務める▲ASEANの基本精神は「協調」にある。東南アジアは長年、ベトナム戦争やカンボジア内戦など厳しい戦乱の時代を経験してきた。そんな歴史の反省から「対立は荒廃を招く。協調こそが繁栄につながる」という教訓を導き出した▲先週のASEAN首脳会議ではオバマ米大統領のミャンマー初訪問という番外編もあって、軍事独裁だった国の変貌が注目された。これを弾みにASEANは3年後の共同体構築に向けて歩み続ける。一方の日中韓はせっかく首脳が顔をそろえながら3国の首脳会合さえ持てない不和ぶりだ▲稲は1本だけでは弱い。しかし10本の束になれば何十倍もの強さになって丈夫な縄を編むこともできる。小国の集まりという弱点を利点に変えたASEANの知恵だ。北方の隣人である我々も先人から伝わる「三本の矢」の逸話をかみしめるべきだろう。