閑古鳥 名寄新聞2/19
幼いころから必ず言っていた食前の「いただきます」。大人になった今も変わらず、食前には手を合わせて「いただきます」を言っている。理由は食材を作ってくれた人と調理してくれた人への感謝。肉や魚はもちろん、野菜であっても命をいただいているから。また、子供のころは養ってくれた親への感謝もあった。ところが、筆者が最近読んだ外国人が登場する本によると、日本以外ではあまりない習慣なのだそうだ。
調べてみると、食前の挨拶のようなものがある国でも意味合いは違うという。さらに「いただきます」でインターネット検索をしたところ、関連ワードに「クレーム」「死語」が表示され驚いた。
真偽は定かではないが、以前、小学生の保護者が「給食費を払っているのだから、うちの子供に『いただきます』を言わせないでほしい」とクレームがあり、話題になったのだそうだ。これが本当の話であれば、あきれてしまう。
また、最近は「いただきます」を言わない人が増えているそうで、いつかは死語になってしまうかもしれない。食事をはじめ、何かに感謝する―ということは素晴らしいことで、「いただきます」は日本の良き風習である。「いただきます」はもちろん「ごちそうさま」が死語にならないよう願う。
幼いころから必ず言っていた食前の「いただきます」。大人になった今も変わらず、食前には手を合わせて「いただきます」を言っている。理由は食材を作ってくれた人と調理してくれた人への感謝。肉や魚はもちろん、野菜であっても命をいただいているから。また、子供のころは養ってくれた親への感謝もあった。ところが、筆者が最近読んだ外国人が登場する本によると、日本以外ではあまりない習慣なのだそうだ。
調べてみると、食前の挨拶のようなものがある国でも意味合いは違うという。さらに「いただきます」でインターネット検索をしたところ、関連ワードに「クレーム」「死語」が表示され驚いた。
真偽は定かではないが、以前、小学生の保護者が「給食費を払っているのだから、うちの子供に『いただきます』を言わせないでほしい」とクレームがあり、話題になったのだそうだ。これが本当の話であれば、あきれてしまう。
また、最近は「いただきます」を言わない人が増えているそうで、いつかは死語になってしまうかもしれない。食事をはじめ、何かに感謝する―ということは素晴らしいことで、「いただきます」は日本の良き風習である。「いただきます」はもちろん「ごちそうさま」が死語にならないよう願う。