今度、どこ登ろうかな?

山と山登りについての独り言

・袴腰山、檜高山

2011年11月07日 | 山登りの記録 2011
平成23年11月4日(金)
 袴腰山2,042m、檜高山1,932.2m
 今回、久々に山のハシゴをすることにした。昔は良く、3,4日の休みを続けて山登りしたりもしたが、今はなかなかそんな余裕も無い。金曜日に余っている有給休暇を使って4連休として、4日・5日と山登りすることにした。まず最初は、このところ続いている尾瀬方面で前々回予定していて登れなかった檜高山と袴腰山の藪山2山。6年前に黒岩山・赤安山に登った時に脇をかすめていた山だ。

 昔の登山地図を見ると、奥鬼怒林道(現在のいわゆる奥鬼怒スーパー林道の成れの果ての専用林道ではない)が尾瀬から鬼怒沼に続き、中間地点の黒岩山から黒岩林道と書かれた破線が孫兵衛山、台倉高山を通過して帝釈山方面に延びている。また、孫兵衛山から七兵衛田代、大丈田代と二つの湿原を通過して実川から七入を経由して桧枝岐に下っている。台倉高と孫兵衛の間の引馬峠からも桧枝岐に下る道が書かれている。これは、昭和50年代に発行されたヤマケイのガイドブック『尾瀬』の付録の地図に書かれているので、その当時はまだ通過できる道があったということだろう。先週の台倉高山のレポでも書いたが、この辺りの山々を繋ぐ道は昭和57年の台風で壊滅的な被害を受け、特に台倉高山から黒岩山の間は大倒木帯となり、その後は藪に埋もれていった。

 現在登頂困難峰となった孫兵衛山も当時は巡視林道の一通過地点に過ぎない所だったようだ。この巡視路だが、古くは山回りの見回り道、林業関係者の捷路、東電など電力関係者の巡視路と時代の変遷もあったようだが、たかだか30年前まではしっかりした道が存在していたようだ。もともとが登山道でなかったため、これらの道はほとんど山頂の下を通過して高低差を抑えて付けられている。黒岩山も赤安山も、そして今回登ろうと思った檜高山と袴腰山もそういう訳で全て道は下を通過している。しかし、檜高と袴腰はちょっとついでというにはやや距離がある。この辺りの藪はネマガリダケ主体で尋常ではない。そんな訳で、この2山は残雪期以外はほとんど登られていないのだ。最近、すかいさんがこの2山を登っているが藪は結構あるらしい、檜高山にはどこからかは判らないが、道もある?という情報だった。

 木曜の夜に、先月の16日に行ったばかりの大清水登山口に向かう。大清水の駐車場は車が一台しかなかった。もうここも明日には閉鎖ということで、尾瀬は長い冬に入ろうとしている。空は晴れて星が瞬く。先月に来たときより暖かい感じで、季節が行ったり来たりと何時まで経っても気温は高めなのだった。5時半にアラームをセットし、夜10時半にシュラフに潜った。

 翌朝5時半に目が覚めたが、まだ真っ暗で星が光っている。シュラフに潜って、またうとうとしていたら明るくなり、結局6時過ぎに起きた。朝も大分遅くなったし、夕方は4時半で暗くなる。行動時間はこの時期最短だ。長丁場の山はもう登れない。パンを食べて支度をし、誰も居ない駐車場を6時44分に出発。大分遅い出発になってしまった。

 大清水登山口から入り、直ぐ先で右の奥鬼怒林道を進む。落葉松はまだ黄葉しているが、その他ブナやダケカンバは落葉し晩秋から初冬のたたずまい。しかし、その季節の割りには今日は寒くない。歩いているうちに一枚上に着ていたウインドブレーカーを脱いでシャツ一枚で丁度良かった。真っ直ぐ伸びた林道の奥正面に朝日を浴びた袴腰山が見えてくる。林道脇に優美に流れ落ちるオモジロ沢の滝を見て、しばらく行くとシカ避けのフェンスがあり通れなくなっている。それを潜って先にしばらく進むと、7時半に小淵沢出合に着く。先に小淵沢橋と書かれた橋が架かる手前に上に登る細い林道があり、ここで左折する。6年前に来たときは、もう少し路面が整備されていたような気がするが、随分荒れてしまってとてもここを車で上ることは困難という感じだった。急な林道をどんどん上り、ジグザグを切って手前に小さな駐車スペースがある所から登山道が始まる。8時15分に小淵沢田代入口に着く。小淵沢田代を示す標識は朽ちて、「沢田代」という字しか読めず、もう間もなくダメになるだろう。しかし、草が被り気味とはいえ、道はしっかりついているから、人はそこそこ登っているらしい雰囲気はある。滑りやすい石の多い道は上に湿原があるためか、登るにつれてますますぐちゃぐちゃしてくる。

 水流を2,3回横切り、左手に檜高山が見えてくる。間もなく傾斜が緩み、笹薮にダケカンバの幹が美しい平坦な道になり、ぬかるんだ道が少し乾いた笹の切り開きになって9時22分に小淵沢田代分岐に着いた。ここからいわゆる『奥鬼怒林道』が始まる。東は身の丈を越すネマガリの向こうに丸い袴腰山の姿が近い。黒岩方面に平坦な道を歩く。空は抜けるほど青く雲ひとつ無いが、この時期としては陽射しが暖かく登りでかなり汗をかいた。9時半に高圧線が横切る笹原に建つ東電の竣工記念碑に着く。前回来た時には無かった新しい方面標識には、高圧線沿いに切り開かれている笹原が登山道ではないことを示し、尾瀬沼と奥鬼怒を矢印が指している。前回の時にもあった説明看板は、割れているがまだそこに置かれていた。

 竣工記念碑で15分くらい休み、黒岩方面に進む。笹がきれいに刈り払われた道は歩き易い。袴腰山が段々近づいてくる。行く手に黒岩山と赤安山が樹林越しに見える所から道は下りになる。左手奥には孫兵衛山も見えている。ここが袴腰山への分岐と地図で目当てにしておいた地点だ。GPSが山頂まで590mと指す。周辺は身を越す程のネマガリの密藪。ここから藪に突入していくしかないだろう。10時13分に藪に突入する。なるべく藪の薄い所を選びながら、それでも常に左手樹林越しに見えている袴腰山とおぼしき高みを目指して行くが、ネマガリに加え倒木が多く苦戦する。最初の平坦地点から、上りになると幾分藪が薄くなる。一旦そこと思ってきつい傾斜を登り詰めた所は山頂に続く北よりの突起で、シラビソが列になって立つ。

 袴腰山の山頂部は南北に細長く、山頂はそこから未だ随分先だった。身を越す猛烈なネマガリ藪が塞ぐ中を漕ぎながら、足元の倒木を跨いだり巻いたりして、なかなか先に進めない。思ったより?ずっと手ごわい藪だ。シラビソの森の中に倒木があちこちに横たわるネマガリ藪の一角、一番高いと思われる所まで来ると、木の間越しに黒岩山や奥鬼怒の山々が間近に望めた。この山には三角点がないので、ここが山頂だろうと思って周囲を見回すと、目の前のシラビソにGさんのプラ名板、直ぐ先のダケカンバにすかいさんの山名板がぶらさがっていた。袴腰山山頂に10時50分に到着。藪に入って37分で到着だが、もっと藪漕ぎをしたような感じだった。沿面距離で600m程だろうから100m6分強というところで、時間だけ見れば大した藪じゃない?でも結構な藪が点々とありました(連続じゃないけど)。

 山頂の南寄りは幾分木も疎らで、笹薮を一段下がると、そこからは奥鬼怒方面の山々が近く展望が広がる。ここからも日光白根のドームが目に付いた。山頂の藪の中でちょっと休み、おむすびを食べた。11時9分に袴腰山頂を下る。下りの方が幾分藪漕ぎも楽だ。11時41分に奥鬼怒林道の藪に潜った地点にどんぴしゃで戻った。ここからよく見ると、孫兵衛山の稜線の向こうに、先週登った帝釈山も見えるのだった。その右にちょっと見えているのは田代山らしい。

 奥鬼怒林道を引き返し、今度は檜高山に向かう。11時56分に竣工記念碑を過ぎ、そのまま尾瀬沼方面に進み。緩く下って12時11分に小淵沢田代に着く。6年前に来たときは、周囲を霧に巻かれ、ほぼ水没した木道が広さも判別としない湿原の真ん中を通る幻想的な景色だった。今は抜けるような青空の下、広々とした湿原の全てが見える。南には奥日光や奥鬼怒の山並みが青くシルエットになり、直ぐそこに見える檜高山を背景に小さな池溏が青空を反映している。人っ子一人居ない山上の楽園といった雰囲気で、木道のお休み場で暖かい陽射しを浴びながらしばらく休む。何の音も聞こえない、こんな贅沢はないだろう。りんごを丸齧りしてその甘酸っぱい秋の味覚と、晩秋の湿原を巡る山々など飽きない眺めを楽しんだ。

 12時44分に小淵沢田代から尾瀬沼方面に向かう。檜高山は二つのコブを持つ山で、三角点は南の峰にある。尾瀬沼へ向かう道は木道になり、北の峰の北側を乗り越えていくが、そこまでの登りの間、すかいさんが見つけたという道の入口が無いか?探りながら登った。しかしそれらしいものは無い。乗っ越しの頂上部から藪を漕いでいくしか無いだろう。そこはまだ幾分ネマガリ藪は薄かった。GPSで確認すると三角点まで直線で830mある、袴腰山より厳しそうだ。

 13時丁度に藪に突入する。最初のうちは訳も無く漕いでいける程度の藪だったが、北峰の頂上辺りから2mを越すネマガリの密藪になった。一旦ここから鞍部に下るのだが、下り始めると西寄りに引き込まれて降りてしまう。藪に埋もれて先が見えないので夢中になってネマガリを掻いていくと、気がつくと西寄りになっている、修正するトラバースもネマガリで滑って思うようにならない。滑ったり転んだりしながら、どうにか13時24分に鞍部に降りた。鞍部はシラビソが茂る平坦地で嘘のように藪が無い。しかし、三角点峰の登りになると、また2mを越すネマガリの密藪になり、時にはネマガリを掴んで力でずり上がる。これ程の藪は最近に無い、久々の猛烈な藪漕ぎに暑くて汗びっしょり。とにかく、この登りはきつい上に壁のような藪漕ぎで、腕も力が入らなくなるくらい疲れた。山頂に登り上げるまで、とにかく猛烈な藪が続いた。

 13時55分、藪と格闘すること55分でようやく山頂に着いた。ネマガリを思い切り掻き分けたら、そこは藪の無い山頂だった。東に大きく展望が広がり、南に向かって刈りたての笹の切り開きが下っている。道とはこのことだったのか、この道に至る入口は分からない。しかし、またあの藪を漕いで戻ることはもうしたくなかった。帰りはこれを下ろう、何処に下りるかは分からないが多分巡視路だろうから、どのみち下に下りるに決まっている。

 檜高山頂には赤く塗られた主三角点と三等三角点の二つの三角点があった。ここにもすかいさんの名板があったが、他にプレート類は見当たらなかった。東側の展望は素晴らしく、孫兵衛山・赤安山・黒岩山から奥鬼怒や奥日光の山々がずらっと見えるが、正面に先ほど登った袴腰山が一番大きく見えた。もちろん誰も居ない独り占めの山頂だ。今日のメインであるチーズフォンデュパンを食べたがこれは旨かった。喉が渇いているのに、美味しくパンが食べられることは少ないのに(今までの経験から、コロッケパンとか焼きそばパンとかソース系の味は美味しく食べられるのですね)。

 14時29分に檜高山山頂を辞し、切り開かれた道を下る。陽が西に傾き、景色もどことなく赤みが強くなり、もうすっかり夕方間近な雰囲気だ。切り開き道は歩き易く尾根沿いを余り下ることも無く延々と続いている。ところどころに目印なのか、昔のものらしいスキーのストックが道に立ててある。樹林越しに尾瀬沼が見えるが、どうもこの分では尾瀬沼には下らないようだ。今日も尾瀬沼に下って大清水に降りる予定だったが、あの藪漕ぎを再びする気力も無いし、この道がどこから来ているのかも確かめたかった。切り開き道は、次第に峻険な道になり、1847mのオモジロ山との鞍部附近まで尾根伝いにどんどん下り始める。振り返ると、笹の頂上部を見せる檜高山が形良くとんがって遠く離れていく。岩場を下り、また歩き易くなったりする。左手には小淵沢(ニゴリ沢)を見下ろすようになり、向かいのなだらかな袴腰山が下るにつれて南に岩を見せる急峻な山に見えてくる。道は南にどんどん下る。それこそ転げ落ちそうな急斜面で、道の脇にある木々の枝に電線が束になって架けてあったりするところを見ても、これは東電の巡視路に間違いないようだ。余りに急なところは、この電線がロープ代わりにぶら下がっていた。

 尾根沿いに下っていた道は西に折れる。南側の斜面にシカ避けフェンスが張り巡らせてある。この下りで、袴腰山が余りに見事な山に見えるので少し休憩して眺めた。そこからは、落っこちるような急斜面になり、最後はシカ避けフェンス沿いに玉コブを作ったトラロープが下がり、200mばかり落ちるような下りをずり降りて、奥鬼怒林道の小淵沢橋手前のシカ避けフェンスのところに降りた。そこには東電の入山禁止の看板が立っていた。なので、この道は残念ながら利用できないでしょうね。この斜面を登るのも尋常じゃ無いです(東電の作業員は凄いね)。

 薄暗くなった奥鬼怒林道をぽくぽくと歩き、オモジロ沢の滝を再び愛でながら戻る、この滝はなかなか優美な滝です。背後の袴腰山も夕暮れに紫色に染まってきた。グレイトーンの景色の中で、名残の落葉松の黄が素晴らしく映え、こらから冬を迎える山の最後の彩りを見せていた。16時56分に大清水登山口駐車場に戻った。夕闇が包んでいくここもひっそりとしていた。大清水の案内所は全周を雨戸で塞ぎ、シーズンが完全に終わったようだった。朝はそのままだったから、今日ぼくが山に入っていた間に閉鎖をしたようだ。

 前回の時と同じ、鎌田交差点の手前にある「湯の宿畔瀬」で入浴する。入浴客が一人いたが、直ぐに出てしまったので、また貸切になった。ほんとにここは気持ちが良い、すっかりここは定番です。入浴後は、そのまま次の山に向かう。沼田で夕飯を食べて新潟へ向かった。

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2 コメント

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二つの薮山は大変でしたね (ノラ)
2011-11-08 21:26:13
あさぎまだらさん こんばんは。記録読み終わりましたが,いや大変でしたね。特に檜山の薮はすごそうだな。読んでて,那須の鬼面山や高薙山の南西薮を思い出しました。登るときに笹が壁になるっていう表現はまさにそうですね。そして思うように進めなくて流されて,また軌道修正に笹と格闘して倒されて。白身山がそうだな。笹に隠れて倒木があると,困難が倍加するんですね。この手の薮を1日2山もこなすとは。あきれますね。小淵沢田代で食べたリンゴはおいしかったでしょう。読むだけで薮にむせました。まさに久しぶりですね。ご苦労さまでした。それで,次の日には金城山へ行かれるなんて。
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距離が短いです (あさぎまだら)
2011-11-08 22:37:07
ノラさんこんばんは
確かに袴腰山も檜高山もネマガリダケの猛烈藪ですが距離が短いですね。多分この二つを合せれば結構なモノでしょうが、2つの山だったから続けて登ろうと思えた訳です。でも、会津の混合藪に比べればまだマシな方です。
シャクナゲも株立ちブナも無いですから。このところ猛烈藪はご無沙汰でしたから、久々でした。
この2山に皿伏山も加えてと思っていたのは甘かったです。
次の日に登った金城山は、一般ルートでしたが、道が崩壊していて、実はこの2山以上の凄さでした。遭難するところでした。今だから言えますが、笑えない反省材料の多い山でした。
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