Cosmos Factory

伊那谷の境界域から見えること、思ったことを遺します

「里山」という表現

2009-05-05 18:13:44 | ひとから学ぶ
 義理の父は大正生まれである。戦後世代が過半数を占めるようになれば、もはや「かつて」という時代もそれほど以前の話ではなくなった。すでに平成に入って20年を経過していればそれも当然のことで、わたしが社会に出たころはとおの昔という感じになっている。しかし、ではわたしは古き時代を知っているかといえばそうではない。きっとわたしが聞き取りで話を聞いた人たちの多くも、果たして「わたしがしゃべって良いものか」などという迷いを持っていたのだろう。「昔のことをよくご存知の方はいませんか」と聞くと必ず紹介される人がいた時代から、いまやそういう問いかけは「無駄」とも思える時代になってきている。はたして「よくご存知」とは知識の多いという意味と捉えられることはないだろうか。

 義父が地元の郷土雑誌へ寄稿するといって箇条書きに記憶をたどったものを書いた。それを自然の先生にまとめていただいたのだが、義父はいまひとつ言いたいことがまとまっていないと言う。「自然」という視点と「暮らし」という視点では当然まとめ方も異なってくるのだろうが、人の言った言葉、そして書いたものをどう捉えるかというのは、人それぞれなのだ。わたしにもそれを読んでみてほしいと言われ原文とまとめられたものに目を通すが、おおかたは原文をもとにまとめられていると捉えられるだろう。しかし義父が言うところの主旨をどう表現するかは、本人ではない以上なかなか汲み取れない部分があるものだ。なんとか意に沿うようなまとめ方にできないものかと考えることになったが、そもそも表題からしてどうなのかという疑問をわたしは持ったのである。

 今回の寄稿は自然分野の方たちの特集号である。「自然」という視点に立つものの、自然の専門的な視点に沿ったものばかりではなく、自然と○○といった具合にさまざまな視点をあてようという試みが目立つようになった。そんななか、今回の寄稿文の表題に「里山」という言葉が見える。ところが原文に入っていくと、冒頭では固有名の山の名を使ったり総称していた「野山」とか単に「山」という言葉を使っている。そしてしだいに書き綴っていくうちに「里山」という言葉でそれらを表現するようになるのだが、こういう表現にわたしは少し疑問を持ったのだ。あくまで山とか野山という捉え方をしていた以上「里山」という表現をする必要があるのたろうか。そんなことを思いながら義父にそもそも「里山」という言い方はしていたのかと問うと、「里山とは言わずに固有名や「野山」と言っていた」と言う。わたしの印象でも近ごろは盛んに「里山」という言葉を使うようなったが、子どものころには使った記憶がない。わたしにとっては木が生えていればすべて「ヤマ」と呼んでいた記憶がある。それだけ山の中に暮らしていたということにもなるのだろうが、それを改めさせられたのは、社会に出て長野県内でも比較的平らな土地に行った時に思い知らされた。平地林は「山」ではないと。ようは簡単には言葉を使えないということを知ったのである。もちろんわたしにとっての「ヤマ」は変わりないわけだからそれで良いのだが、他の地域には当てはまらないということである。そこから考えれば、「里山」という近年盛んに表現されるようになった空間表現よりは、かつて使っていた呼称をあてた方がその地域を表現するのはより正確ではないかということである。体系化した中での総称ならともかく地域固有の事例を表現するのなら「里山」という表現は必要ないのではないかということである。

 このごろは盛んに「里山」という言葉を使うようになった。そして「里山とは」という具合にそこはいったいどういう空間なのかという問いは誰しも持つだろう。それについてはリンク先へ譲るとして、ウィキペディアで説明されているように、里山そのものは古くからあってその語も文献上に登場すると言うが、今捉えられている「里山」と等しかったかどうかについては難しい。そして「現在のような里山の再評価に直接繋がる言論活動を開始した人物という意味では、京都大学農学部・京都府立大学などの教官を務めた四手井綱英がいる。四手井は今日的な意味での「里山」という言葉の使い方を考案した」と説明している。ごく近年使われるようになった単語であって、かつての暮らしを表現する際に「里山」と表現してよいかどうかについては難しいわけである。ここに知識を加えて「里山」と表現することの問題性を指摘したいわけである。わたしは時おり「里山」という言葉を使うものの、かつて使っていなかった言葉だけに、あまり率先して使うことは避けている。流行語に惑わされることなく、ありのままをまず捉えてみることが必要だろう。
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