Cosmos Factory

伊那谷の境界域から見えること、思ったことを遺します

小宇宙の行方②

2008-12-29 18:41:26 | 民俗学
小宇宙の行方①より

 福澤昭司氏は「マチの形成」(『日本の民俗2 山と川』)の中でマチの形成期をたどり、できあがったマチが古くからあるマチとどう違うかについた触れている。安曇野市の飛騨街道沿いに形成されたこのマチは、飛騨との交流が深く、飛騨から仕事に来ていて定着した人も多いという。昭和になるとマチが南側に拡大していったところで、膨張することにより、マチの名称と区割りの編成が変わっていく。新しく形成されたマチの中心は飲食店や職人になるという。いっぽう古くからあるマチは、衣料品店や雑貨屋、医者、銀行といった堅い商売が軒を連ねる。こうした図式はなんとなく想像できることであるが、「他地区からやってきて町のはずれに店を構え、土木作業の帰りの若い衆や、ウンソーヒキの人たちにコップ酒を売ったりして、膨張するマチの活力を担ったのは飲食店だったのである」と福澤氏は言う。古くからあるマチは古くからの固定客を持ち、いわゆる盆暮勘定で生活が成り立ったのかもしれないが、漂流していた人々が定着しつつある段階では、日銭を稼いで日々を超えていくしかなかったともいえる。そうした暮らしが膨張するマチにはあったということである。「裏町」というマチが各地にあるが、表に対して裏というだけで怪しい雰囲気を醸し出す。マチには表裏があるが、わたしの印象ではヤマやサトにはそれほど対比できる表裏はないと思う。マチの生活でいうところの「オク」というところも、けして表には出てこない隠された部分という印象がある。商いには必ず表裏があるということを暗黙のうちに確認できる。多様な世界といってしまえばそれまでであるが、やはりわたしの生まれ育った経験とはなかなか違うものがそこにはある。「人が違う」という印象を抱いても不思議ではない。

 松本城の西側にできたマチは、もとは堀だったところ。1919年に松本市が埋め立てて市営住宅を建設した。財のある商人が買い取って賃貸住宅としたところだというが、湿地だったこともあってあまり好まれる場所ではなかったという。そこへ市外の人々が入居したが、商売のできるような人の集まる場所ではなかったが、銭湯だけはたくさんあったという。それは私娼を行う店があったためのようで、人目をしのぶような商売には向いていたということになるだろうか。「ここへ客としてくるのはマチへ出てきたザイの人々で、マチの檀那衆はもっと高級な場所で芸者をあげたりして遊んだともいう。新しい土地には外部の人が住み着いて、外部の客を呼び込んだのである」と福澤氏はこの地区の姿から読み取っている。この図式を聞いて思うのは、かつて景気の良かった時代にも財力の無い若者たちは、安くて女の子のいる店へ好んで足を運んだものであるが、考えてみればそこで商いをしている人たちはザイの人たちで、そしてまたそこへ足を運ぶのもザイの者だった。ようは財力のある人たちの世界とはまったく縁がなかった。ちまたでは麻生首相に対して「国民の現実が見えていない」などという批判が出るが、もともと財力のある人々とは同じ土俵にあるはずもなく、それを「解れ」というのも少しばかり気の毒な気もするし、それが人の世界のそれぞれの文化ではないかと思ったりもする。

 ヤマやサトから見れば非日常の世界であるマチであるが、そこにいる人たちにとっては非日常が日常である。「都市はヤマやサトでの非日常を日常化して商品とすることで一年中日常にからめとられてしまい、そこから抜け出す術を失って窒息しかけているのである。してみると、東京に再度オリンピックを招致したいという思いも、単なる経済効果ばかりがねらいだともいえないだろう」と福澤氏は言う。オリンピックは日常化したマチの華やかさに、さらなる非日常的な世界を与えてくれるというのだろうか。日常と非日常の境目がなくなり、混沌としてきた世界でどう生きるか、ふと考えてみるとマチは表と裏という部分でそれを解消してきたのではないだろうか。マチの人々のプライドがなした業なのかもしれない。さらに飛躍すると、昨今ヤマやサトにマチの人々が移り住む。そこでは従来そこに住んでいる人たちにとって日常の連続であってもけして病にはならずそこに価値観を得ているようにも思える。ようは自給自足的な暮らしでも十分に有意義な暮らしをする術を持っている。そこには人生のプライドのようなものがあって、ヤマやサトで生まれ育った者とはまったく違うものがあるように思う。果たして「ヤマとサトもいずれ都市的生活をまぬがれることができないとしたら、私たちはますます心を病むしかないのだろうか」という私たちは誰なのだろう。

 続く
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