夢のもつれ

なんとなく考えたことを生の全般ともつれさせながら、書いていこうと思います。

ジャパン・レクイエム:Requiem Japonica(43)

2005-10-25 | tale


 9月のお彼岸にいつものように、教会におはぎを持って行った。ルーカス神父も見舞いに来てくれていたので、そのお礼の意味もあって家族3人で行ったのだった。入院時に病院の食事に辟易していた栄子がこっそりと大福餅を輪子に持って来させたのが口に白い粉が付いていて看護婦に見つかってしまったといったエピソードなどを話しながら、みんなおはぎを2つ、3つ食べた。神父が淹れてくれたお茶もお代わりした頃、神父が訊いた。
「栄子さん、もうお身体は良いのですか?」

 栄子は神父がもう3回も同じことを尋ねるのを不審に感じた。同じことを言ったり、訊き返したりするような疎漏な人物ではないはずなのに。
「神父様、もう大丈夫ですよ。ええ、もう本当に」
「……すみません。わたし、今日ちょっとおかしいですね。……そう、申し上げないといけません。わたし、来月、オーストリアに戻ることになりました。これ、なんていいますか。そう、命令、辞令ですね」

 おはぎを持ったまま栄子は神父の目をじっとみつめ、ほんの一瞬そらして、また目を見て、それからぼろぼろと涙を流し始めた。しゃくり上げるように泣き出した妻の手から、おはぎを取ってやった宇八もその様子を見て、少し目頭が熱くなった。輪子も鼻をすすり上げるようにして、静かに泣いている。ルーカス神父はメガネを外してハンカチで目を拭っている。心の中ではもっと前から泣いていたのかもしれない。

 とても悲しくて我慢できない。だから、そういうとき人は同じことを繰り返す。本当に帰るのか、帰らなくてはならない。既に思い出に変わろうとしている楽しかった記憶を言葉にする。暑い日、寒い日、クリスマス、復活祭。こういう時、宇八は静かな聞き役である。悲しみの淵に溺れてしまった妻の体調が悪化しないか様子を注視している。神父もそれを心配している。お互いにそのことは気づいている。

 さよなら、ルーカス神父。レクイエムは完成した、来週コピーを取って届けるよ。ありがとう、羽部さん。楽譜を読みながら、頭の中で演奏するのを楽しみにしています。あなたとあなたのご家族に祝福あれ。二人の男はそうしたことをとても少ない言葉と目線で語り合った。


   AGNUS DEI
 Agnus Dei, qui tollis pecata mundi: dona eis requiem.
 Agnus Dei, qui tollis pecata mundi: dona eis requiem.
 Agnus Dei, qui tollis pecata mundi: dona eis requiem sempiternam.


   アニュス・デイ
 世界の罪を消し去る神の小羊よ、彼らに安息を与えてください。
 世界の罪を消し去る神の小羊よ、彼らに安息を与えてください。
 世界の罪を消し去る神の小羊よ、彼らに永遠の安息を与えてください。



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